BBTime 439 上善如水

BBTime 439 上善如水
「そんなことよく思ひつく春の水」岡田史乃

春の水は『季語は「春水(春の水)」。春は降雨や雪解け水などで、河川はたっぷりと水を湛える。明るい日差しのなかで、せせらぎの音も心地よく、ちょっと足を止めてのぞきこんでみたくなる』(引用元)と、あるように恐らく海の水は対象ではありませんが・・。今回は「水」についてのお話。ちなみに「上善如水」は「じょうぜんは水のごとし」と読み、如しは「若し」の表記もあります。

先日、ラジオから漢詩「上善水の若し」が流れてきました。最近見つけた隠れ家バー「如水:じょすい」のこともあり思わず傾聴・・老子の言葉です。
上善は水の若(ごと)し。水は善(よ)く万物を利して争わず、衆人の悪(にく)む所に処(お)る、故に道に幾(ちか)し。(最上の善なるあり方は水のようなものだ。水は、あらゆる物に恵みを与えながら、争うことがなく、誰もがみな厭(いや)だと思う低いところに落ち着く。だから道に近いのだ。)』(引用元)。

この言葉、日本酒の名前として耳にしてましたが、今回改めてその意味を知って思わず「唾液磨き・水磨き」に結びつけてしまいました(我田引水・笑)。「タツブラシ」「鰯の頭も!」にも書いたように、歯磨きには基本的に歯磨き粉は不要というよりほとんど意味が有りません。何も付けずに「唾液磨き」の方がムシ歯予防効果は高く、歯磨き本来の目的はより達成できます。

シャンプーで「頭皮」を洗い、石鹸で「皮膚についた汚れ」を落としますが、あくまで洗い流す(洗浄)のは「水」です。シャンプーや石鹸の仕事は「汚れや脂分」を皮膚から浮かせるだけです。洗濯石鹸や食器用洗剤も同じこと。シャツの繊維の間や食器表面に付着した汚れ・油などを洗剤の力で浮かせて、それを洗い流すのは「水」。ところで歯の表面に洗剤の力(泡の力)で浮かせるような汚れはつきません。カレー皿をイメージしてください。キレイな皿・キレイな乾いた皿にカレーを盛ります。油を含んだカレーは乾くほどにこびり付きます。しかし歯は乾いてはいません、常に唾液で濡れた状態です。ですから、歯の表面にカレーがこびりつくことはないのです。

繰り返し書きます。歯の汚れは歯磨き粉では落ちません!物理的に落とす・・多くは歯ブラシでこする、フロス(糸ようじ)で取る、歯間ブラシで取るなどの方法しかないのです。「ハミガキ」にも書きましたが、歯の表面の汚れ=バイオフィルムは薬剤(歯磨き粉)では落ちません!重ね重ね「唾液磨き」を勧めます、使いたい方は「仕上げ」にチョコッとどうぞ。

「上善如水」・・意味ある(よき)歯磨きは「唾液洗い・水洗い」。やはり「水」の力は偉大です。さて、先に紹介した「老子」の水に対する考えと「孔子」の考えは違うようです。以下引用『孔子の儒家思想でも「水(川)から学べ」といっていますが、老子と孔子とでは川のとらえ方が異なります。儒家は、川の流れが蕩々(とうとう)としていて尽きることがないことから、水(川)を「絶えざる努力の象徴」ととらえました。絶えず流れ動いている様子を勤勉な人間の姿にたとえたのです。一方、老子は、第八章のように、水を「何事にもあらがうことなく生きるものの象徴」ととらえていました』(引用元)。孔子の考える「水=絶えざる努力」もまさしく予防そのもの!

補足します・・コロナウイルスに関して「アルコール消毒」も盛んに言われます。アルコールは洗浄ではなく「殺菌」です。『マスクや手洗いうがい、アルコール消毒によってウイルスの侵入を防ぐのは皆さんご存じの通りでしょう。今回はアルコール消毒に注目してください。今回のコロナウイルスやインフルエンザは脂質でできた「エンベロープ」と呼ばれる膜を表面に持っています。(持っていないものもあります:ノロウイルスなど)コロナウイルスやインフルエンザウイルスの表面のエンベロープをアルコールは破壊でき、これによってウイルスは不活性化するのです。石鹸などによる手洗いも同じで、このエンベロープを壊してしまうのでウイルスは不活性化します』(引用元)。引用文にあるように、水は洗い流しますが、アルコールはウイルスそのものを殺し(破壊)ます。詳しくはこちらも是非。手洗いについてはこちらも。

コロナウイルス禍が収束し、さらに終息に至るまで「手洗い・うーがい・歯磨き」の徹底を!もちろん終息後も、ご自愛の程、ご歯愛の程。3760

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