BBTime 629 一膳九皿

「九月来箸をつかんでまた生きる」橋本多佳子

2023/08/27投稿 8/28加筆
今週末は九月ですが気温は真夏のまま。句の解説は『多佳子は生来の病弱で、とくに夏の暑さには弱かったという。したがって、秋到来の九月は待ちかねた月であった。涼しくなれば、食欲もわいてくる。「さあ、また元気に生きぬくぞ」の気概に溢れた句だ。それにしても「箸をつかんで」は、女性の表現としては荒々しい。気性の激しさが、飛んで出ている。なにしろこの人には、有名な「雪はげし抱かれて息のつまりしこと」がある。この句を得たのは五十一歳。「箸をつかんで」くらいは、へっちゃらだったろう。しかも、この荒々しさには少しも嫌みがなく、読者もまた作者とともに、九月が来たことに嬉しさを覚えてしまうのである。九月来の句には感傷に流れるものが多いなかで、この句は断然異彩を放っている。ちなみに、若き日の多佳子は、これまた感情の起伏の激しかった杉田久女に俳句の手ほどきを受けている。「橋本多佳子さんは、男の道を歩く稀な女流作家の一人」と言ったのは、山口誓子である。(清水哲男)』(引用元)。今回は「一日二善」「一日二食」を踏まえての結論です。

前回前々回で、訪問診療中に施設の食事回数について感じたことを書きました。一日三食ではなく二食で良いのでは?。数カ所で「一日二食」の話をしました、ある施設で目撃した「一膳九皿」で結論が出ました。その日の昼食は「鮭のムニエル、サラダ、小鉢、ご飯」が標準。準備テーブルを見ていると、きざみ食、ミキサー食、水分摂取制限など、細かく利用者に合わせた膳が並びます。その中にひとつだけ皿数の多い膳を発見。数えてみると、なんと九皿が所狭しと並んでいます。これはこれは豪華ですねと、配膳係の方に問うと意外な答えが・・。

まず「一日二食」の結論から。数カ所で聞いた答えはおおかた次のようです。1)利用者の中には「こんなに(一日三食)は食べきれないから二食でいい」との声も確かにある。2)朝食はシンプルにパンと牛乳だから、そんなに時間や手間はかからない。3)施設説明時に「一日三食提供します」と「ここは一日二食です」なら、あなた(利用者家族も含めて)ならどちらを選びますか?・・というわけで「一日三食」です。

では「一膳九皿」のわけは?・・極めてシンプルでした。利用者(九十歳を超えた女性)の御家族が「おばあちゃんには、好きな物を好きなだけ食べて欲しい」と希望され、施設がその要望に応えて九皿であるとのこと。んー目から鱗でした。そうです!ここは病院ではないし、利用者は入院患者ではない。仮に残り少ない日々を「好きな物を好きなだけ」食べて欲しい。これには納得するしかありませんでした。職員さん曰く「いつも二割から三割しか食べられません」「食事量もご家族には報告しています」「それでもいいから豪華にしてくださいがご家族の希望です」。目から鱗の後、目頭が熱くなりました。

画像は黒砂糖です。南九州ではお茶請けによく登場します。少し前のことでした。訪問診療中に十時のお茶の時間、遠目に見ているとお茶と黒砂糖。職員さん「花子さんにはおまけでひとつ多く入れておくね」・・聞きながら「やめてくれ」と思いました。黒砂糖とはいえ砂糖です。ご自分での歯磨きは不十分な方が多く、結構口の中は汚れています。タイミングを見計らって職員さんに「黒砂糖は砂糖ですよね」「できれば他のものに」など話しました。他のものにと言った手前、探しました。黒砂糖よりムシ歯リスクが低く、コストパフォーマンスは同じくらいのお茶請けは?これが意外とないんです。

しかし「一膳九皿」を目撃してから探すことをやめました。おやつに、これはダメこれが良いよりも、何を召し上がってもいいのでメンテナンス(口腔清掃)をお任せください、の方がベターだと思ったからです。九皿同様、おやつは楽しみです。歯を守るためにおやつを変えるのではなく、食べた後の習慣(システム)を改善すべきであると思います。例えば、まず固形物(黒砂糖など)を出してあげて、ほぼ食べ終わってからお茶を出す。もしくは必ず最後はお茶で口の中を歯を洗うようにする、などです。もちろん、ご希望あらばメンテナンスいたします。

食べることは、多くの方にとって喜びであり幸せ。喜び優先なのか歯の健康が優先なのか?喜び優先であることは明白!黒砂糖、九皿・・その方の人生において喜びなのです。「食べるために」五年前に書いておりました、お時間あれば是非こちらも読みください。では皆様、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 628 一日二善

「餡パンの紙袋提げ夏の果」下山光子

2023/08/15投稿
立秋(8/8)はとうに過ぎていますが「夏の果」なぞ、程遠い日々です。句の解説は『季語は「夏の果(はて)」。そろそろ、夏もおしまいだ。朝夕には、いくぶんか涼しい風も吹きはじめた。あれほど暑い暑いと呻(うめ)いていたくせに、いざ終わりとなると少し淋しい気がする。そんな情感が、さらりと詠まれた句だ。なんといっても「餡パンの紙袋」を提げているのが良い。代わりに同じ食べ物でも、茄子や胡瓜などでは荷も句も重くなりすぎるし、かといって水羊羹や何かの菓子の類では焦点がそちらのほうに傾いてしまう。その点餡パンは、主食というには軽すぎるし、お八つというにははなやぎに欠ける。よほどの餡パン好きででもない限り、食べる楽しみのために買うというよりも、ちょっとお腹がすいた時のために求めておくというものだろう。だから、餡パンの紙袋を提げていても、当人にはいわば何の高揚感もない。いくつかの餡パンをがさっと紙袋に入れてもらい、ただ手にぶらぶらさせて歩いているだけである。その気持ちの高ぶりが無いままに、しかし四辺には秋の気配がなんとなく漂いはじめているのであって、このときに作者はさながら紙袋の軽さで夏の終わりを実感したというところか。深い思い入れではないだけに、逆にあっけなく過ぎていく季節への哀感がじわりと伝わってくる。『茜』(2004)所収。(清水哲男)』(引用元)。今回は前回「一日二食」への追加です。

タイトルを考えるに「一日一善」が浮かびました。改めて語源(由来)を調べてみてビックリ!「一日に善いことをひとつしましょう」と文字通り理解しておりました。では善いこと「一日一善」の善とは?

この「善」には六つあり、他人に対する「善」は大方ひとつのみで、他は自分に対する行いのようです。一日一善とは自分自身に対して「善いこと」しましょう!の意味なんです。

一日一善:「一日に一回は善い行いをして、それを日々積み重ねなさい」「「一日一善」は仏教の「六度万行」から来ています。お釈迦様は善い行いを六行とし、「布施=親切にする」「持戒=約束を守る」「忍辱=忍耐」「精進=努力」「禅定=反省」「智恵=考え智恵を高める」の六つから成り立った言葉です。この事から、お釈迦さまはこの六行のどれか一つでも一日の中で実践することで、他の五つも行ったと同じ事になるというように教えました。よって、一善というのはこの六行のうちのどれか一つの言うことを指し、それが元で「一日一善」という言葉が生まれました。」(出典はこちら)。

さらに詳しく調べると・・六度万行(ろくどまんぎょう)とは『布施持戒忍辱精進禅定智慧六度六波羅蜜)を成就するためのあらゆる善行・徳行のこと。『大品般若経』では「六度相摂」を説き、六度行の中に菩薩行のすべてが含まれているとする。浄土教では、そうしたすべての行の功徳が念仏に包摂されているとし、これをとくに六度念仏、あるいは方行念仏という。『無量寿経釈』には、念仏は正、万行は雑と説かれている(昭法全八四)が、その万行の眼目が六度行であることには変わりない。』(出典はこちら)。

布施:ふせ 出家修行者、仏教教団、貧窮者などに衣食その他を施し与えること。
持戒:じかい 戒律をたもつこと。破戒・捨戒に対することば。仏教に帰依する者の根本として生活態度を律すること。
忍辱:にんにく 耐え忍ぶこと、堪忍すること、認めること、忍可すること
精進:しょうじん ひたすら努力して怠けることなく、仏道にかなった善行を勇敢に実践し続けることを意味する
禅定:ぜんじょう 智慧を得るために精神を集中させること。
智慧:ちえ ものごとを判断し、決定する心の働き (全て引用元はこちら)。

他人への善なる行為は「布施」のみで、他の五つ「持戒・忍辱・精進・禅定・智慧」は自分自身への行為です。善行・善い行為というより、生き方における「善」です。先日(8/11)の朝日新聞「折々のことば」・・「なにもしないことはなにもしないのではなくて、悪いことをしているのだ 佐橋滋」

「一日一善」を今以上に心がけるならば、世の中の「一日一進」は可能です。画像にあるように「消防士は火の粉を被っても現場に飛び込んで行く」・・施設の関係者の方々、訪問診療に携わる皆様、いかがでしょうか。「一日二膳」を真剣に考えてみてはもらえないでしょうか。ではでは、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 627 一日二食

「よく噛んで食べよと母は遠かなかな」和田伊久子

2023/08/10投稿
「台風のたたたと来ればよいものを 大角真代」台風6号に関して同感です。以前より公共交通機関運休が早めすぎ長すぎのような気がします。句の解説『季語は「かなかな」で秋、「蜩(ひぐらし)」に分類。どういうわけか我が家の近隣では,ここ十数年ほど、まったく鳴いてくれなかった。それがまたどういうわけか、十日ほど前から突然にまた鳴きはじめたのである。数は少なくて,一匹か二匹かと言うほどに淋しいが,とにかく「かなかな」は「かなかな」である。素朴に嬉しい。そして、なんと昨日は朝の起き抜けにも鳴いた。まだ明けきらぬ四時半くらいだったか、一瞬空耳かと疑い,窓を大きく開けてたしかめたら、たった一匹だったけれど、やはり「かなかな」であった。早朝の鳴き声は,田舎にいた少年時代以来だろう。夕刻の声は寂寥を感じさせるが,早暁のそれは清涼感のほうが強くて寂しさはないように思われる。やはり一日のはじまりということから、自然に気持ちが前に向いているためなのだろうか。懐かしく耳を澄ましながら、しばししらじらと明けそめる空を眺めていた。伴うのが寂寥感であれ清涼感であれ,「かなかな」の声は郷愁につながっていく。「子供にも郷愁がある」と言ったのは辻征夫だったが、ましてや掲句の作者のような大人にとっては,「かなかな」に遠い子供時代への郷愁を誘われるのは自然のことだ。遠い「かなかな」,遠い「母」……。もはや子供には戻れぬ身に、母の極めて散文的な「よく噛んで食べよ」の忠告も,いまは泣けとごとくに沁み入ってくるのだ。私たち日本人の抒情する心の一典型を、ここに見る思いがする。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)』(引用元)。今回は歯磨きと「一日二食」について。

訪問診療でいろいろな施設に行きます。それぞれ特色があり、はたから見ると違いとして見えてきます。施設利用者の方々の口の中も十人十色、キレイな人もいれば汚れている人もいます。利用者のレベル(介護度、認知症程度等等)に大きく左右されますが、施設の方針の違いも影響するしているように思えます。ある施設は「自立支援」が目標。食堂の椅子から車椅子に移ろうとされる時に、手を貸そうとすると「ご自分でできることはご自分でしてもらいます」とのこと。歯磨きも同様「歯ブラシを持てる方には自分で磨いてもらいます」・・理解できないでもないです。椅子に座る行為(動作)は座ってしまえば完了します。しかし歯磨きは違います。洗面で歯ブラシを手に磨かれても・・「磨いた」と「磨けた」は異なります。食事の際にほんのひと口箸を付けただけで「食べました」とはなりません。ほぼ食べ終えて「食べました」です。

利用者の食後の口腔清掃介助はかなり大変です。口を開けてくれない、歯ブラシを噛む、嫌がる・・等々。ただ、訪問していると結構きれいにしていらっしゃる施設もあります。清掃介助は大変です!そこで汚す前に「汚れにくい、汚す量を減らす」方法を考えてみませんか?という提案です。
1)おやつを考える!ある施設の午前十時ごろ・・おやつの時間でした。お茶と小皿に「黒砂糖」(鹿児島では結構身近です)のかけらが数個。遠目に見ていると「おまけしとくね」ともう一個。歯科医師としてはアリャアリャです。歯の表面の汚れのきっかけは砂糖です。他のものに変えてみませんか?提案したらおそらく「費用の問題」開口一番出て来そうです。口の健康(言わばその方の寿命)と費用は、どちらが優先?

2)自立支援であっても清掃介助は必要!くどい様ですが「腰掛ける」と歯磨きは違います。可能であれば(利用者の方がさせてくれれば)介助は必須です。利用者の方の顔に汚れが付いていれば洗ってあげるでしょう。口の中の汚れ、歯の汚れ、義歯の汚れは他人には見えにくいだけなんです。介助が必要です。

3)施設利用者の食事を「一日二食」にする!今回の提案の中で最も真剣に考えて欲しいことが「三食から二食へ」です。雑誌サライの記事によると「現代では、基本的に1日3食が当たり前ですが、これが定着したのは江戸時代・元禄期(1688~1704年)以降のこと。江戸中期に、さまざまな産業の生産性が高まり、流通が盛んになるまでは1日2食が普通だったのです」(出典元)。一日三食は、端的に言えば江戸中期以降の食習慣に習っているだけのことです。医学的にも三食より二食が良いとの記事が目に留まります。

─―日本では一日3食が健康の基本だと教わります。あまり食事をしないほうが健康にいいということですか。
すべての人が実践できるアドバイスがあるとすれば、食べる回数を減らすことです。一日3食も必要ありません。」記事はこちら是非お読みください。

「胃腸は、4~5時間以上、食べ物を入れない時間をつくらないと正常に働いてくれないといわれています。消化・吸収の時間を考えても、それは正しいと考えます。
このため1回1回の食事の量を減らして回数を多く食べるよりは、食事の回数を減らし絶食時間を長くしたほうが、消化管の負担にもならず、栄養吸収の面でも効率的です。
もちろん、これは単にエネルギー摂取という意味だけではありません。胃腸に負担をかけず、かつ細胞にあるミトコンドリアをリセットする効果もあり、アンチエイジングにも効果的です。」記事はこちら、是非お読みください。

画像はミキサー食。一日三食であれば、ミキサー食利用者の食事は朝昼晩に仮に四皿あったとするとミキサーにかける回数は12回です。ミキサー食の方が6人いらっしゃったら、72回ミキサーにかけることになります。一日二食に変えたなら、労働量・労働時間も減ります。加えて歯の汚れる量・回数も減るのです。二食に変えようとして二の足を踏むのは「利用者家族への配慮」でしょう。しかし、そこは医学的根拠を説明して理解を求めるべきだと思います。

施設のモットーは「利用者の幸せ」と異口同音に言われるでしょう。そうであるならば1)おやつをしっかり考える 2)歯磨き介助をする 3)一日二食へ変える じっくりそれぞれの立場で考えてください、お願いします。皆様、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 626 ジャムパン

「厚餡割ればシクと音して雲の峰」中村草田男

2023/08/07投稿
台風が近づいて来ております。厚餡とはアンパン・饅頭の類。句の解説『辛党(からとう)の読者(私もそうです)は、意表を突かれたかもしれませんね。季語は「雲の峰」で夏。もこもこと大きく盛り上がった入道雲を意識しながら、何も暑い季節に「厚餡(あつあん)」を「割る」こともあるまいに、と……。要するに、飲み助は甘いものを暑苦しいと思い込んでしまっているのです、たぶんね。でも、最近酒量の落ちてきた私にはよくわかるようなつもりになっているのですが、そんなことはないようです。薄皮の饅頭(まんじゅう)でしょうか。特に冷やしてあるわけでもないのに、手にする「厚餡」入りの菓子はどこか冷たく重く感じられます。作者が言いたいのは、この「厚餡」と「雲の峰」との質感の相似性でしょう。あの「雲の峰」も、いま手にしている饅頭と同じように、そおっと丁寧に「割ればシクと音して」割れるようだ。「シク」が眼目。「パクッ」でもなければ、ましてや「バカッ」でもない。あくまでも大切に割るのですから、無音に等しい「シク」と鳴るわけですね。日本のどこかで、今日もこんなふうに「雲の峰」を眺めている人がいるのかと思うと、それだけでも心が安らぎます。『銀河依然』(1953)所収。(清水哲男)』(引用元)。今回はBBTime 623「アイディア」の続きのようなお話。

ほぼまいにちアクセスする「ほぼ日」8/1付からの引用です。
『・アイディアとか、クリエイティブとか、創造性とか、どういうものなんだろうと、ずっと考えてます。すごいものだと思うんですよ、そこからいろんなことが始まるし、人も金も集まるし、世の中のたくさんのことを変えてしまうことだってある。すごいんだけど、それはすごい人だけのものじゃない。それは、だれでもが出せる、どこからでも出てくる。そういうカジュアルで気楽なものだとも思うのです。』

『◆アイディアとはジャムパンである。
昨日、「ほぼ日」の道場でそういう話をしました。
「あんパン」って、明治の時代の大発明だと思います。で、それはすばらしいことだけれど、偉そうじゃないです。もともと、あんこは昔からあったものだし、そのあんこを餅でくるんだ大福も、小麦粉で包んでふかしたまんじゅうもあったわけで、同じことをパンでやろうとしたのがあんぱんです。パンをふくらますのにまんじゅうのように酒種を使ったと。すごそうじゃないけど、すばらしいアイディアです。だれもが、いつも、あんパンをつくろうとする心を持とう。と言いたいのですが、これはこれで「わたしなんかにできるかなぁ?」と思われやすいですね。』

『たしかに、大福やまんじゅうの方法を、パンに応用するというアイディアはたいしたものです。しかし、その「あんパン」が登場した後で、「あんこじゃなくて、このジャムってものを入れても、同じようにおいしい菓子パンができるんじゃないか」と考えてつくって売り出した人も、いるんですよね。それはそれですばらしいアイディアじゃないですか。さらにはクリームパンだとか、チョココロネだとか、揚げあんパンだとか、カレーパンだとか、あんパンと見た目も変えたおいしいパンが出るわけです。人はだれでも、いつでも、どこかで、わたしのジャムパンを探せると思うのです。アイディアというのは、ジャムパンでオッケーなのです。ぼくらのいつもの生活のなかに、ジャムパンは隠れている。江戸時代の人にも、あんパン以前の人にも、ジャムパンはまったく見えてなかったんですよね。アイディアって、すごいけど、自然に納得のいくものです。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。書いてて、あんパンとジャムパン食べたくなっちゃったよ。』

ご存じの方も多いと思いますが、あんぱんもジャムパンも発明したのは「銀座木村屋」。「木村屋のあゆみ」に詳しく載っております。

おやつ堂開店して今月で半年になろうとしております。パン+ジャム=ジャムパン。ムシ歯予防+カフェ=ムシ歯予防カフェ。あんぱん、ジャムパンのように「ムシ歯予防カフェ」が根付くよう精進の日々です。暑さ、台風、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 622 施設昼食

「カップ麺待つ三分の金魚かな」上原恒子

2023/06/19投稿 6/21追加
 句の解説から『季語は「金魚」で夏。うん、たしかにあの三分という待ち時間は、なんとも中途半端である。作者は仕方なく「金魚」鉢に目をやっているわけだが、この句を読んで、では他の人たちは、この間何をして待っているのだろうかと興味が湧いた。いや、それよりも自分は普段どうしているのかな。「カップ麺」を食べるときは、たいてい家に一人でいるときだ。発売当時(1971年)ならばまだしも、一家そろってカップ麺などという情景は、あまりいただけない。でも、三分間では、タバコに火をつけて一服やるには短かすぎる。しかし、何もしないでじっとカップ麺の蓋を眺めているには長過ぎる。かといって、他にすることも思いつかない。それこそ仕方がないから、金魚を飼っていない私は、たいてい壁の時計を見てきたようだ。別に正確に三分間を待とうというのではないのだけれど、なんとなく三分という時間のことが頭にあるので、それで結局は時計を見る習性がついてしまったのだろう。この句の手柄は、誰もが持つそうした日常的な些細な無為の時間を、あらためて思い起こさせるところにある。俳句の題材は、見つけようと思えば、どこにでもあるという見本のような作品だと思う。ところで、こうした無為の時間を気にするのは、どうやらメーカー側も同じのようで、日清食品のホームページには、こんなコーナーができている。一分間で出来上がりというスパゲッティ「スパ王」用のキッチン・タイマーならぬ「美女タイマー」だ。一応なるほどとは思ったけれど、なんか見てるだけでせわしない。それに、すぐ飽きてしまう。他に、妙案はないものだろうか。『正午』(2001)所収。(清水哲男)』(引用元)。カップ麺には大変お世話になりました。当時、カップ麺は袋麺(インスタントラーメン)よりも高価であったため、高校時代はラーメンポットで袋麺を、大学ではカップ麺に世話になりました(値段が下がったのかな?)。我田引水ですが三分あれば是非食前歯磨きを!食前歯磨きは食後同様に意味があります。今回は施設セミナーの補足内容です。

設定を高齢者施設でお昼12時からのランチとします。(もちろん、カップ麺ではありませぬ!)
11:30 1)テーブル(食卓)に野菜そのものか模型を展示→眼
    2)BGM「きょうの料理」と「3分クッキング」を交互に流す→耳
    3)テーブルの高さ、姿勢の確認と調整
    4)調理場が近くにあれば料理の匂い→鼻
    5)ここまでは言わば「食べる」ための準備体操

12:00 昼ご飯開始 BGM「夏は来ぬ」「みかんの花咲く丘」「夏の思い出」を流す。

12:30 食後 まずはうがい、かなり力強く。次に義歯洗い。そして歯磨き。もし可能であれば食事前の「食前磨き」も効果的です。では皆様、ご自愛の程ご歯愛の程。


BBTime 621 施設診療

「走り梅雨ちりめんじゃこがはねまわる」坪内稔典

2023/06/10投稿 6/12追加 6/13更に追加
 鹿児島は梅雨真っ只中で、跳ね回るどころか雨の中を泳ぎ廻っています。句の解説は『梅雨の兆し。そのただならぬ気配に、「ちりめんじゃこ」がはねまわっている。昔から鯰は地震を予知すると言われるが、「ちりめんじゃこ」も雨期を予知するのだろうか。予知して、こんな大騒をするのだろうか。そんなはずはない。そんなことはありっこない。このとき、ただならぬのは「ちりめんじゃこ」よりも作者の感覚のほうである。誰にでも、他人はともかくとして、なんとなくそんな気がするという場面はしばしばだ。独断的な感受という心の動きがある。詩歌の作者は、この独断に言葉を与え、なんとか独断を普遍化しようと試みる。平たく言えば、「ねえ、こんな感じがするじゃない」と説得を試みるのだ。その説得の方法が、俳句と短歌と自由詩と、はたまた小説とでは異なってくる。そのことから考えて、掲句の世界は俳句でしか語れないものだと思う。たとえば、詩の書き手である私は、この独断を句のように放置してはおけない。はねまわる「ちりめんじゃこ」の様態までを自然に書きたくなってしまう。書かないと、気がおさまらないのだ。したがって、こうした句をこそ「俳句の中の俳句」と言うべきではなかろうか。ふと、そう思った。なお「ちりめんじゃこ」は関西以西の呼称だろうか。東京あたりでは「しらすぼし」と言う人が多い。『猫の木』(1987)所収。(清水哲男)』(引用元)。今回はBBTime 618「ゴックン」とBBTime 620「食べる」のまとめです。

1)摂食・嚥下について。
「認知期」「準備期」「口腔期」「咽頭期」「食道期」のステージがあります。

2)認知期でできること:ある日のお昼ご飯。お分かりのように右が「普通食」、左が「ミキサー食」。一目瞭然!食欲を刺激するのは右側普通食。それぞれ匂いを嗅いでみると・・ミキサー食はなんとなく料理がわかる程度。介助者はひと匙ごとに「キャベツですよ」「お魚ですよ」など声で伝えながら食べさせていらっしゃいます。ミキサー食の場合、「目で見えること:視覚情報」「鼻でわかること:嗅覚情報」において劣ります。それらを捕捉することとして「食材そのもの」「食材模型」などで情報を増やすことは可能ではないでしょうか?また、言わば食前酒効果を狙って音楽の使用です。小生が小学生の頃お昼の給食前には必ずある音楽がスピーカーから流れてきました。給食準備の合図です。施設においても同様に、お昼直前に童謡や文部省唱歌などを流してみてはいかがでしょう。六月は「雨雨ふれふれ」七月は「われは海の子」など。

3)準備期・口腔期でできること:口の中に問題があれば歯科治療が必要です。さほど問題がないとして気を付けて欲しいことは、椅子とテーブルの高さ関係。差が約30cmが良さそうです。車椅子使用などで30cm確保できない時には、テーブルに脚継ぎするなどしてください。またベッドで食事を取る方は可能な限り、通常の食事姿勢(少し前かがみ)に近づけてください。ベッドを少し起こしても、やはり寝たままだと食はすすみません。舌根(ぜっこん、舌の奥)が沈下(喉の方へ落ちて)して、口の中が窮屈のまま咀嚼せざるを得ない状態なので。
義歯使用の方:シンプルに考えてください。義歯は口の中の食具(しょくぐ)、箸やスプーンと同じです。特に総入れ歯の方で、義歯が合っていないなどの理由で食べにくい時には外して(義歯なし)食べる方がベターでしょう。

4)咽頭期・食堂期:この二つのステージは反射です。できることと言えば舌骨上筋下筋の強化ぐらいですが、施設利用者の程度によって筋トレが無理な場合もあるでしょう。

 さてもちろん利用者ファースト。施設利用者が「口から食べられる」ことをまず第一に考えます。次は、介助する人介護する人の負担を減らすことを考えるべきだと思います。負担には「臭い」「汚く見える」「しにくい(例えば義歯の着脱)」なども含まれます。先日次のような相談を受けました。上顎のみ総義歯・胃瘻の方。経口摂食無しですが、幾つかの理由で上顎総義歯を入れたほうが良いケース。介護者が上顎総義歯の着脱の際に口角(こうかく:唇の左右のつなぎ目)を切ってしまうので、どうしたら良いかとのこと。ワセリン使用など色々と試されたけど、口角が切れる。解決策は「総義歯を削りましょう」でした。義歯の幅を小さくすれば着脱しやすくなります。

ある時、施設の方が「この男性の舌打ちが嫌だ」と。もちろんその男性は不快感を表現しているのではないのですが・・。そこで一言「舌打ちではなく舌鼓と受け取るのはどうですか?」。その方は奥歯が無いので、その空間に舌が入り込み舌打ちをされるのかも知れないと判断し義歯を作ります、さて結果はいかに。

訪問歯科診療に携わると、診療室とは違う判断を求めらることが多々あります。また、訪問先において如何に機転をきかせて問題を解決・改善するかも求められます。利用者ご本人も日々の食事、日々の生活はある意味大変ですが、施設の方はさらに大変です。最後にひとつ、歯科医師からアドバイス。あなた自身の認知症予防・認知症発症を遅らせるためにできることがあります。口の中の炎症を極力低いレベルに保ってください。必ず定期的(一月に一回)メンテナンスをお勧めします。皆様、ご自愛の程ご歯愛の程。

追加6/12:咀嚼嚥下の際に力を発揮するのが脳神経の五番目「三叉神経」です。脳神経の一番目「嗅神経」を忘れておりました。味の9割は嗅覚由来ともいわれます。こちらの記事を是非お読みください。施設のご飯の際に、この「嗅覚」を刺激してください。スプーンで「これはカボチャですよ」とミキサー食を口元に運ぶ前に、まず鼻先に!鼻先で嗅いでもらう時間が余計にかかりますが、咀嚼嚥下の準備運動となり、誤嚥回避につながります。もちろん食も進みます。花より団子ではなく「鼻から団子」・・口に入れる前に嗅ぐ・嗅がせる!人生に華が必要なように、食事には鼻が必要です。

追加追加:施設におけるお昼ご飯前の候補曲を追加します。食事中はゆっくりの曲の方がよろしいかと。

BBTime 620 食べる

「アジフライにじゃぶとソースや麦の秋」辻 桃子

2023/06/05投稿 6/7筋トレ追加
 昨夜、食べました!アジフライ。句の解説は『季題は「麦の秋」で、夏。「秋」を穀物の熟成する時期ととらえることから、夏であっても「麦の秋」と言う。麦刈りの人の昼食だろうか。あるいは、労働とは無関係な人の、一面に実った麦を視野に入れながらの食事かもしれない。空腹の健康とたくましい麦の姿が、よく照応している。「さあ、食べるぞ」という気持ちが活写されていて、気持ちのよい句だ。ひところ話題になった「お茶漬けの友」のテレビCMの雰囲気に同じである。ソースをじゃぶとかけたら、後は一気呵成にかっこむだけ。健啖家は、見ているだけでも爽快だ。ところで、あのCMを見たドイツ人がイヤそうな顔をした。音を立てて物を食べることに抵抗があったわけだが、ビール天国のドイツのCMでは、咽喉を鳴らしてビールを飲むシーンなども皆無だという。日本だって、昔は蕎麦以外は音を立てないで食事をするのが礼儀だった。それが、いつしか安きに流れはじめている。で、もう一つの余談。私はアジフライにソースはかけない。醤油を使う。好みの問題だが、何かと言うと醤油を使う人が、我が世代には多い。子供の頃に、ソースが出回っていなかったせいだろう。(清水哲男)』(解説より)。小生、日南生まれ南九州育ちのせいか「麦の秋」は記憶にありませんし、季語と知ったのもかなり後のことでした。今回は前々回「ゴックン」の補足話。

この画像はご覧の通り、朝日新聞朝刊「折々のことば」。ここの「生きる」はおそらく「人生を味わう」の意味だと思います。仕事で高齢者施設を訪問するに「食べる=生きる」であると痛感します。「食べる=人生を味わう」はほぼ健康な人における話。BBTime618「ゴックン」を補足していきます。BBTime 271 「食べるために」もお読みください。

まず(1)認知期を強化する方法として・・その料理の材料を同じテーブルに置く。目からの情報をより豊富にする。可能なら現物(かぼちゃ料理なら、丸ごとカボチャそのもの)を、無理ならカボチャの模型か画像でも。耳からの情報強化として皿ごとの説明、レストランで給仕係の説明のように。

(2)準備期(3)口腔期においては・・可能な限り少し前屈みの姿勢をとる。椅子の背もたれに背をつけない、通常食卓の姿勢です。この姿勢だと頭位も少し前傾になりますので、咀嚼しやすく、食塊を後方(咽頭)に送りやすくなります。大方、食卓テーブルと椅子の座面の高低差は30cm(テーブルが72cmなら椅子座面は42cm)。車椅子利用などで高低差が縮まる際には、テーブル脚に継ぎ足ししてあげる。

(4)咽頭期(5)食道期は反射ですので、嚥下の際に力を発揮する舌骨上筋・下筋の強化ぐらいです。

これはBBTime 615 「明日は我が身?」でご紹介したポスター。「音で、認知症に挑め。」・・そうです、音です!音楽です!高齢者施設において、食事前(食事の合図)と食事中と童謡・文部省唱歌などを週替わりで流してみてはいかがでしょう。今なら「あめふり」や「夏は来ぬ」など。今回の話はあくまでも私見です、あしからず。ではでは、皆様ご歯愛の程。

追加:舌骨上筋・下筋のトレーニングについて。画像はNHKラジオ「健康ライフ」のツイートです。

BBTime 617 丁寧に安寧に

「丁寧に暮らす日もあり新茶汲む」奥田友子

2023/05/04投稿
先日 5/2は八十八夜、鹿児島は茶所でもあります。句の解説は『目にとめて、すぐにどきりとした。私には「丁寧に暮らす」という意識がほとんどない。大げさではなく、生まれてこのかた、大半の日々を行き当たりばったりに暮らしてきた。貧乏性に近いと思うのだが、常に何かに追いまくられている感じで暮らしており、生活や人生に落ち着きというものがない。友人などには反対に、少なくとも見かけは、何事にも丁寧につきあい、悠然としている奴がいて、どうすればあんなふうに暮らせるのかと、いつも羨しく思ってきた。そんなわけで、句の「暮らす日も」の「も」に若干救われはするけれど、しかしこれは謙遜でもありそうだ。新茶の馥郁たる香りや味を本当に賞味するには、精神的にも身体的にもよほどの強靭さとゆとりがなければ適わない。そういうことなんだろうなあ。きっと、そうなんだ。『彩・円虹例句集』(2008)所載。(清水哲男)』(引用元)。今回は先月4/25に亡くなった、ハリー・ベラフォンテ氏について。おやつ堂テーマソング「Banana Boat」を大ヒットさせた方です。

ご冥福をお祈りいたします・・合掌。記事には『世界的シンガー、俳優、活動家として知られるハリー・ベラフォンテ(Harry Belafonte)が2023年4月25日、NYマンハッタンのアッパー・ウエスト・サイドの自宅で96歳で逝去した。彼の長年のスポークスマンであるケン・サンシャインは、彼の死因について、うっ血性心不全だったと伝えている』(出典元)。

『ニューヨーク・タイムズ紙はハリー・ベラフォンテについて、「1950年代、人種差別が蔓延っていた時代に、彼がショービジネス界の上流階級に上り詰めたことは歴史的なことだった。一方で、彼が最も重視していたのは公民権であった」と記しており、彼の功績について、Varietyは、「彼の音楽がアメリカにカリプソ・ブームを巻き起こし、アフリカ系アメリカ人のパフォーマーに新しい道を切り開いた」と称えている。
レコーディング・アーティスト、俳優のみならず、人道主義者としても比類なき功績を残したハリー・ベラフォンテは、アメリカの公民権運動における先導者の一人として率直な意見を述べ、マーティン・ルーサー・キング牧師に腹心の友とみなされた人物である』(出典元)。

『1927年3月1日、ニューヨークのハーレムで、ジャマイカ出身の両親のもとに生まれたハリー・ベラフォンテは、祖母の1人と幼少期を過ごすためにジャマイカに移り住み、その後ニューヨークに戻った。1940年代、演劇への情熱を燃やしていた彼は、クラブで歌手として働きながら稼いだバイト代で、マーロン・ブランド、トニー・カーティス、ウォルター・マッソーらが在籍していたニュースクール・オブ・ソーシャル・リサーチのワークショップに通い演技を学んだ。
1949年、ルースト・レコードからポップ・シンガーとしてデビューし、音楽キャリアをスタートさせた彼は、その後、RCAビクターと契約し、1952年にリリースした 「Scarlet Ribbons (For Her Hair)」で自身初のチャート入りを果たす』(出典元)。

『1954年にRCAからリリースされたデビュー・アルバム『Mark Twain’ and Other Favorites』にも彼の音楽的進化は投影されており、その後も「Jamaica Farewell」、「Mary’s Boy Child」といったシングルで全米TOP20入りを果たした彼は、1956年にリリースした3作目のスタジオ・アルバム『Calypso』からのシングル「Day-O (The Banana Boat Song)」で全米チャート5位を記録するなどキャリア最大の成功を収める』(出典元)。

『また彼は、50年代から60年代にかけて、音楽活動と俳優業の傍ら、公民権運動に熱心にも取り組んでいた。反共産主義に基づく社会運動“マッカーシズム”時代にブラックリストに載った彼は、1963年にはアラバマ州バーミングハムでキング牧師を刑務所から救済し、同年のワシントン大行進でも重要な役割を担った。また、後にHIV/AIDS撲滅のスポークスマンとしても多大な貢献を果たしている』(出典元)。

『1985年、ハリー・ベラフォンテがアフリカの飢饉救済のための資金を集めるために構想したチャリティ・ソング「We Are The World」は全世界で数百万枚の売り上げ、グラミー賞に輝いた。「USAフォー・アフリカ」とクレジットされたこのシングルには、彼自身もコーラスで参加している』(出典元)。

『同じく2011年のmsn.comのインタビューの中で、ベラフォンテはこう明言していた。
「人生のエンジンにおいて、最も重要な駆動力は希望というピストンです。とりわけ、あなたに与えられた機会が限られている場合、信念と希望を持たなければなりません。私は常に、自分が存在している現在の時間と、自分をもたらした過去の時間を比較しています。人類の歴史において、奴隷制度の時代ほど暗い瞬間ないように思えますが、私たちはそれを生き抜いてきたのではないでしょうか?私はフレデリック・ダグラス(19世紀の社会改革主義者)や、歴史に記録されたさまざまな紛争に希望を見出した人々の言葉を頼りに、どこに進むべきかを感じ取っているのです」』(出典元)。

「希望というピストン」・・力強い言葉です。茶化すつもりはありません、御言葉を引用させて頂きます。「予防というピストン」・・ハリー氏は歌や演技で安寧(世の中が静かで事件が起こらないこと)を願い行動されました。予防というピストン・・しっかり丁寧に噛むこと・丁寧に磨くことが口の健康維持につながります。口の健康は心身の健康につながります。丁寧に噛むことはこちらを、丁寧に磨くことはここを、ご参照ください。では皆様、御自愛のほど御歯愛のほど。


BBTime 615 明日は我が身?

「行く春やみんな知らない人ばかり」辻貨物船

2023/04/22 Earth Day 投稿
本日4/22 は拙ブログ「connote:カノート」誕生日、今年24歳です(1999/04/22開始)。句の解説は『季節の春はもとより、人間の春も短い。詩人は「行く春」の季節のなかで、みずからの青春を追想しているように思える。林芙美子は「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」と、みずからの青春を「花」に擬したが、これは女性に特有の感覚だろう。女性に特有の感覚だからこそ、男に愛唱される一行となった。男の感覚には、存外まわりくどいところがある。ぴしゃりと「花」に行き着くことなどは、めったにない。根っこのところで、いつも行き暮れている。茫洋とし、かつ茫然としている。常識では、この様子を「シャイ」と言ったりするわけだが、正体を割ってみれば、行き暮れているだけのこと。ときに男が「蛮勇」を振るうのも、そのせいである。男の詩人にとっての詩は、いわば「蛮勇」の振るい場所なのだ。辻の最後の詩集のタイトルは『萌えいずる若葉に対峙して』と名づけられており、明確に「蛮勇」が露出している。ひるがえって、彼が真剣に俳句と遊んだ理由は、そこが必ずしも「蛮勇」を要求しない場所だったからだ。行き暮れたまま、そのままに内心を吐露することができたからだと思う。句の「知らない人」とは、もちろんアカの他人も含んでいるが、男の感覚にとって重要なのは、このなかには親も兄弟も、連れ合いも子供も、友人知己もが「みんな」含まれているところだ。「蛮勇」を振るわなくとも、俳句ではそういうことを「行き暮れ」たままに言うことができる。今年の春も、もう行ってしまう。『貨物船句集』(2000・井川博年編・私家版)所収。(清水哲男)』(引用元)。今回は、前回取り上げた「認知症」に関連したお話。

色々な施設へ訪問診療に行きます。移動の途中で考えます・・認知症にならないためには何をすべきか?前回ご紹介したポスターには『「もう、災害のひとつだと思って受け入れています」 ある人は、認知症をそう語りました。 予防策もない。根本的な治療策もない。 発症したら向き合っていくしかない。 すべての人にとって、出口のない不安の闇。 それが、いまの認知症かもしれません。』(引用元)。揚げ足を取るつもりはありませんが、「発症したら向き合っていくしかない」のであれば、発症しないようにするか、発症をできるだけ遅くするかでしょう。医療に携わる者として、移動中の車内で考えます。

ネット検索で見つけました(後半は広告ですが)。「認知症を引き寄せる危険な三つの生活習慣とは」のタイトル記事。その三つの危険な習慣の第一がなんと「歯の手入れをあまりしない」です。「常に体の中で炎症が起きていたり、脳の成長に欠かせない栄養が足りなかったり、日常的に毒となるものを摂取していたりする人は、どんどん脳がアミロイドβを作ってしまって、やがて認知症を発症してしまう可能性が高い、ということです。」(引用元)。

再度おさらいします。
1)口腔内プラークが常に多いと歯周病が悪化。
2)歯周病菌が血液によって脳内に運ばれます。
3)歯周病菌を攻撃するために脳内にアミロイドβが現れ蓄積します。
4)アミロイドβプラークがアルツハイマー病発症に繋がります。
詳しくは「BBtime 603 プラーク三種」に書いておりますので是非。
また「BBTime 583 カムカムポンプ」もどうぞ。

具体的にすることは「ハミガキを今まで以上にする」「高価なハミガキ剤を使う」・・ではありません。ご自分では、どんなに頑張っても日々100%磨くのは不可能です。最も簡単で最も効果的な方法は「歯は磨いても、もらうもの」の実践です。かかりつけ歯科のある方は「月に一度磨いてください」と希望してください。担当者が「三ヶ月に一度でいいですよ」「半年に一回で十分です」のようなことを言っても「月に一度」を申し出てみてください。それでも「今のままで十分です(不要です)」と言われたら、躊躇せず歯科医院を変えましょう。認知症回避のひとつの方法は「慢性炎症軽減」。口の中の炎症は、他の部位に比べて確実に減らすことができます。決して認知症は「明日は我が身」ではないのです。ではでは皆様、今日もおやつ堂ですか、ご歯愛のほど。

BBTime 614 チーズの力

「春愁の中なる思ひ出し笑ひ」能村登四郎

2023/04/17投稿
春愁:しゅんしゅうとは春のものうい思い。花が散り、世の中が不穏、朝晩は肌寒い・・物憂いです。句の解説『春愁とは風流味もある季語だが、なかなかに厄介な感覚にも通じている。その厄介さかげんを詩的に一言で表せば、こういうことになるのだろうか。手元の角川版歳時記によれば、春愁とは「春のそこはかとない哀愁、ものうい気分をいう。春は人の心が華やかに浮き立つが、反面ふっと悲しみに襲われることがある」。国語辞典でも同じような定義づけがなされているけれど、いったい「春愁」の正体は何なのだろうか』(一部抜粋)。美味なるもので春愁を払うべく今回はチーズの力について。

朝日新聞4/14の広告で認知症に関するものです。「予防策もない。根本的な治療策もない。発症したら向き合っていくしかない」とあります。確かにそうかも知れませんが、この広告の中に「たどり着いた可能性が「音」でした」とあるように、いくつかの可能性が近年明らかになって来ています。認知症予防策につながる可能性のあるひとつに歯周病のコントロール、言い換えれば口腔内の炎症のコントロールがあります。

「音」すなわち耳は般若心経に出てきます。「無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法」(詳しくはこちら)。耳つまり「音」のあとに舌つまり「味」が出てきます。歯周病予防と味は少し視点は異なりますが、同じ口腔(こうくう、口)です。「音」と同様に味覚、もしくは口の健康も可能性のひとつに違いありません。

口の健康を保つ第一歩は言うまでもなく「ムシ歯予防」。そこでチーズの力を使いませんか?チーズの力・ムシ歯予防力には、WHOがキシリトールよりチーズに軍配を上げています。「チーズは、再石灰化を促す働きがあります。チーズを噛むとその刺激で唾液成分が倍増し、カルシウムイオンやリン酸イオンによる修復が進みます。また、唾液には食事で酸性に傾いた口の中を中性に戻す緩衝能があり、虫歯を起こしにくくします。そしてこの緩衝能は、チーズにも備わっています」(引用元)。加えて独特の匂いが、唾液の分泌を促すこともムシ歯予防につながるようです。

チーズの力で、ムシ歯予防ひいては歯周病予防、しかも笑顔に。おやつ堂のチーズは神楽坂「アルパージュ」から取り寄せています。ムシ歯予防はなんとなく分かったけど「笑顔」の根拠は?・・はいこちら「ハニ!チーズ」をお読みください。また認知症と歯周病の関係は「プラーク三種」「老のもと」「炎症はなし」に書いておりますので、こちらも是非。では皆様、今日もおやつ堂ですか?ご歯愛の程。