BBTime 583 カムカムポンプ

「円涼し長方形も亦涼し」高野素十

2022/07/25投稿・昨夜から桜島は噴火警戒レベル5 7/28追加
今朝の桜島は静かです。句の解説は『猛暑の折りから、何か涼しげな句はないかと探していたら、この句に突き当たった。しかし、よくわからない。素十は常に目に写るままに作句した俳人として有名だから、これはそのまま素直に受け取るべきなのだろう。つまり、たとえば「円」は「月」になぞらえてあるなどと解釈してはいけないのである。円も長方形も、純粋に幾何学的なそれということだ。いわゆる理科系の読者でないと、この作品の面白さはわからないのかもしれない。円や長方形で涼しいと感じられる人がいまもいるとすれば、私などには心底うらやましい昨今である。ふーっ、アツい。『空』(ふらんす堂・1993)所収。(清水哲男)』(解説より)。二度目の梅雨が開けたと思ったら、またまた猛暑。サウナかと思うほどの暑さと湿気です。前々回「週一回」の補足で、歯の周りのポンプについて。

シンプルにいうと、噛むたびに歯の根っこ(歯根:しこん)と骨の間の毛細血管が圧迫・弛緩を繰り返します、いわば「カムカムポンプ」。
 記事には『歯は、体に思っている以上に全身へ影響を与えています。実は、歯でものを噛むときには、ひと噛みごとに脳に大量の血液が送り込まれています。  歯の下には「歯根膜(しこんまく)」というクッションのような器官があり、噛むときは、歯がこのクッションに約30ミクロン沈み込みます。そのほんのわずかな圧力で、歯根膜にある血管が圧縮されて、ポンプのように血液を脳に送り込むのです。  その量は、ひと噛みで3.5㎖。市販のお弁当についている、あの小さな魚の形の醤油入れがだいたい3~3.5㎖サイズなので、噛むたびに、あの容器いっぱいの血液をピュッと脳に送り込んでいるということ。ひと噛みでこの量ですから、よく噛む人の脳にはひっきりなしに血液が送り込まれて、その間、常に刺激を受け続けていることになります。つまり、噛めば噛むほど刺激で脳が活性化されて元気になり、どんどん若返るのです』(引用記事はこちら)。また記事では『「歯がない人はボケやすい」は正しい・・歯の本数が少なくなればなるほど、歯根膜のクッションにかかる圧力が減って、脳に送り込まれる血液の量が少なくなります。脳への刺激が減って、脳機能の低下につながるわけです。脳機能の低下は、ヤル気の喪失や、もの忘れを引き起こし、やがては認知症へとつながっていきます』(引用元)。

この記事を読み返して確信しました。昔、おやつの定番「かっぱえびせん」のCMコピー「やめられない、とまらない」の理由はここにあり!えびせんやポテトチップスを食べ始めたら止まらないのは、パリパリぽりぽりと噛むごとに歯根膜ポンプによって脳に血液が送られ「プチ快楽」を感じているからなのではないでしょうか。えびせんでなくとも、ナッツ類でもスルメでも同じだと思います。いずれにせよ「カムカムポンプ」を作用させることは、記事にあるように「若返り」「ボケ防止」に効果有りのようです。やはり噛むことは大事です、カムカムポンプで若返り!皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。

追加(7/28):カムカムポンプが脳に心地良い根拠のひとつ発見!脳は「ブドウ糖と酸素」を欲しがります。脳に血液が供給されることは、ブドウ糖と酸素が送り込まれることなのです。記事「脳だって、もっと栄養が欲しい」には『脳がしっかりと働くためにはエネルギーが必要で、通常はブドウ糖(グルコース)のみが利用されます。低血糖症で意識消失が起こるのは、ブドウ糖を利用できなくなるから。その脳に、ブドウ糖以上に必要なエネルギーが酸素です』(抜粋)とあります。カムカムポンプで脳も元気ハツラツ!

BBTime 576 今日でしょ!

「明日は又明日の日程夕蛙」高野素十

2022/6/2投稿
好きな句です。句の解説には『とにもかくにも今日の仕事を消化して、作者はしばし夕蛙の鳴き声に耳を傾けている。ホッとしている。明日もまた忙しいが、明日は明日のこととして、今日はもう仕事のことは考えたくないという心境だ。このように、昔は蛙たちが一日の終りを告げたものだが、いまの都会では何者も何も告げてはくれない。もっと言えば、一日の終りなどは無くなってしまっている。だから、明日の日程のために眠ることさえできない人も増えてきた。過労死が起きるのもむべなるかな。こんな世の中を愚かにも必死につくってきたのは、しかし私たちなのである。『雪片』所収。(清水哲男)』(解説より)。気持ちは理解できますが「明日は明日のこととして」と言えない今日この頃。コロナ然り、ウクライナ戦争しかり、気候変動然り・・。今日をしっかりしないと明日が来ない世の中になるのではないかと危惧します。思うだけでは世の中は変わりません、行動を起こさなければ・・言うは易く行うは難し。今回は最近気になっている曲のご紹介。

BBTime 570 吾子の歯

「万緑の中や吾子の歯生えそむる」中村草田男

2022/4/19投稿 4/22当ブログ誕生日(1999/4/22開始)本日アースデイ
4/18の朝、ラジオから流れてきた歌に愕然としました。まずは句の解説『どんな歳時記にも載っている句だ。それもそのはずで、「万緑」という季語の創始者は他ならぬ草田男その人だからである。「万緑」の項目を立てる以上、この句を逸するわけにはいかないのだ。草田男自身は、ヒントを王安石の詩「万緑叢中紅一点」から得たのだという。見渡すかぎりの緑のなかで、赤ん坊に生えてきたちっちゃな白い歯がまぶしいという構図。人生の希望に満ちた親心。この親心のほうが、読者には微笑ましくもまぶしく感じられるところだ。私は読んでいないが、この句のモデルになったお嬢さんが、最近、家庭人としての草田男像を書いた本を上梓され評判になっている』(解説より抜粋)。我が子(吾子:あこ)の成長を礼賛し喜ぶ掲句に対して、今回はあまりにも「らんぼう」な歌について。

数字の語呂合わせで、4/18を「良い歯の日」として日本歯科医師会が1993年(平成5年)に制定したとのこと。その朝に聞こえてきた歌は・・「虫歯のこどもの誕生日」。作詞作曲みなみらんぼう、2010/5/12発売。歌詞を聞いて驚き悲しくなりました。その歌詞は・・

揚げ足取りです・・まず「虫歯」この表記は誤りです。ムシ歯:う蝕歯とは蝕まれた(むしばまれた)歯の意味です。虫の歯ではありません。「甘いお茶」ケーキに合わないし、わざわざ「甘い」をつける必要もないでしょ。「あしたになったら」治りません!治療受けないと治りません。「虫歯の虫」細菌は居ますが見えません。あまりにも子供騙し!らんぼうです。

「悪いことなどしていない」これは正しい。悪いのは周りの大人です。歌詞の内容から就学前児童と思われます。周りの大人に責任有りです。「前歯がないよ」これまたひどい!おそらく上の前歯(BAAB)のことでしょう。昔は「みそっぱ」(カリエスでおそらく味噌のような色の歯)とか「哺乳瓶カリエス」などの言葉も聞きましたが、上顎前歯(じょうがくぜんし)がなくなる状態は、かなりひどいです。もちろん奥歯もカリエスでしょう。「残りの虫歯」案の定、前歯のみならず奥歯もムシ歯、ひどい状態です。

まず理解して欲しい(気付いて欲しい)のは、我が子の病気を歌にして歌うのか?しかもNHK「みんなのうた」で流れていたようです。「こどものムシ歯ごときで・・」との考えは間違っています。ムシ歯は病気で、しかも不治の病です。歯は使い捨てではありません。乳歯であってもかけがえのない歯です。この歌を幼稚園や小学校でみんなそろって聞いたり歌ったりしていたなら、ゾッとします。まさに掲句とは対照的です。

句の解説にも出てきますが「万緑:ばんりょく」は万緑叢中(そうちゅう)紅一点から生み出された季語です。この紅一点の「紅」とは柘榴の花とのこと(上の画像)。中村草田男の描く親心、かたやみなみらんぼうの歌の親子像、あなたならどちらを選びますか?皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 560 快眠快食快便

「眠る山薄目して蛾を生みつげり」堀口星眠

2022/2/21投稿
イラストをご覧ください。カエル大好き詩人草野心平の詩です、本文(四文字)よりもタイトル字数が多い作品です。句の解説は『季語は「眠る山(山眠る)」で冬季だが、冬の間は眠っていた山が目覚めかけて「薄目して」いるのだから早春の句だ。山のたくましい生産力を描いて妙。早春の山というと、私などはすぐに木々の芽吹きに気持ちがいってしまうけれど、それでは凡に落ちる。当たり前に過ぎる。というよりも、山を深くみつめていないことになる。山は、我々の想像以上に多産なのだ。植物も生むが、動物も生む。もちろん「蛾」も生むわけだが、ここで「蛾」を登場させたところが素晴らしい。「蝶」ではなくて「蛾」。「蝶」でも悪くはないし、現実的には生んでいるのだが、やはり「薄目して」いる山には、地味な「蛾」のほうがよほど釣り合う。「蝶」であれば、「薄目」どころかはっきりと両眼を見開いていないと似合わない。「薄目」しながら、半分眠っている山が、ふわあっふわあっと、幼い「蛾」を里に向けてひそやかにかつ大量に吹きつづけているイメージは手堅くも鮮やかである』(解説より抜粋)。今回は快眠のみならず快食快便についてのお話。

小生ほぼ毎日訪れる「ほぼ日」で目にしたのが「快眠快食快便」。『小説雑誌に『快眠快食快便』という連載コラムがあった。いまの時代には、このコラムのタイトルは、よく言われる常識のように見えるかもしれないが、当時はずいぶんとユーモラスなものに思えた。「快眠快食」まではあちこちで語られていただろうが、「快便」は一般的には下ネタでもあるわけで、リズムにまかせて快を3つ並べた表現に、考えた編集者のセンスを感じていた。つまり、いまよりだいぶん若かったぼくは、このタイトルを「おもしろいなぁ」と思っていたのである。』(今日のダーリン2/17より)

『しかし、いま「快眠快食快便」というタイトルは、もうユーモラスには感じられない。
 どちらかといえば、人生の目的というくらい立派な目標だ。なぜならば、快眠も、快食も、快便も、「そんなことはふつう」じゃなくなっているからだ。眠が快なること、食が快であること、便が快たること。そのひとつひとつが、そうそう思うようにはならない。詳しく語るつもりはまったくないのだけれど、この3つの快から、ぼくはもう遠ざかっているのである。遠ざかっている、とまでは言いたくないな。遠ざかりつつあるというような感じです、ほんとは。そして、その快からの距離は広がるばかりだろう。知らなかったなぁ、考えてこなかったなぁ。』(今日のダーリン2/17より)

いくらでも眠れるし、いくらでも眠りたい男であった。食いたいものがあれば、満腹の後もさらに食うアホだった。出るとか出すとか、考えることもなく日々通じていた。どうだろう、2〜3年前くらいまでは、それだった。それがそうでなくなるということが、老いるということだ。だれに教わることもなく、覚悟をしてきたわけでもなく、ごく自然に、身体が変化してきたというわけだ。老いるつもりもなく、老いを恐れていたわけでもないのに、老いにともなう事態に「へーえ、そうか」と思うばかりだ。』(今日のダーリン2/17より)

『若い諸君、先に知ってしまったものとして伝えておく。「老い」なんてものはない、そんなもの見たことない。ただただ、老いると起こることが起こるのである。たとえば「快眠快食快便」がありがたく思えはじめたら、「そうか」と、わが秋の気配を知ることになるのである。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。秋には秋の実りもあるし、などと、春を待ちつつ言ってみる。』(今日のダーリン2/17より)

このエッセーを読んで思いました。「眠食便」を同時に「快」にできる方法あり!(と確信してます)。ズバリ「歩き」です(ダーリンを読むと糸井さんは日々歩いていらっしゃるようですが)。数年前より腕にアップルウォッチ、これが結構せかすんです。「今日はどうしたの?」「立ちなさいよ」「今日スゴイじゃない」等々。せかされると、こちらも「ハイハイ」と言いながら立ったり歩いたり・・。以前より明らかに歩く量が増えての実感が「快眠快食快便」です。

昔々「足は第二の心臓」と耳にした時、そんなことはないでしょ、足は足、心臓は心臓と思ってましたが、今では「第二の心臓」であると実感します。「ポンプとして流れをアシストする」意味で第二の心臓なのでしょう。ご存じのように血液は心拍によって全身を巡るのですが、さすがに隅々までとはいきません。血管は大別して「動脈・静脈・毛細血管」の三種類あります。歩くことで、心臓から送り出される血液、毛細血管を通過して、再び心臓にかえる血液の流れがより活発になるのだと思います。

口の中にもポンプがあります。歯の根っこ(歯根:しこん)の周りを、みかんネットのように毛細血管が取り巻いています。口の中のポンプ、歯のポンプとは「噛むこと」。グッと噛むと歯は沈みます、この時に歯と顎の骨の間の毛細血管も押されてひしゃげます。噛み終わると圧がなくなるので血管が元の太さに戻り新しい血液が流れ込みます。噛むことで貧血、圧が抜けて充血。噛むことは歯の周りの血液循環を促しているのです。

「噛む噛むポンプ」について思いました。「やめられない、とまらない!」はかっぱえびせんのコピーですが、他にもとまらない食べ物はあります。ポテトチップス、ナッツなど、パリパリポリポリの食品はとまりません。とまらない理由はいくつかあるようですが、脳の報酬系が刺激されることが主因のようです。以前「BBTime 261 あんぱん」に書きましたが、ヒトは進化の過程において「甘いものが好き」なのではなく、「好き(好んで食べる=高カロリー)ものが甘かった」のだそうです。この考え方同様、パリポリ食品がやめられないのは、パリポリする食べ物を食べた方が長生きする(生き延びる)からと考えられるでしょう。すなわち「歯のポンプ」を作動させる食品は進化的にも好んで食されるのだと推察します。

歩くこととパリポリ食品で「快眠快食快便」実践可能です。もちろん歯磨きもお忘れなく、皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 558 未来形

「ものの芽の出揃ふ未来形ばかり」山田弘子

2022/2/16投稿
そろそろ大好物の楤の芽(タラ)が出てきます。句の解説には『句意は明瞭だ。なるほど「未来形ばかり」である。誰にでもわかる句だが、受け取り手の年代にによって、読後感はさまざまだろう。中学生くらいの読者であれば、あまりにも当たり前すぎて、ものたらないかもしれない。中年ならば、まだこの世界は微笑とともに受け入れることが可能だろう。だが、私などの後期高齢者ともなると、思いはなかなかに複雑だ。つまり、みずからの未来がおぼつかぬ者にとっては、ちょっと不機嫌にもなりそうな句であるからだ。「ものの芽」ばかりではなく、私たちは、日々こうした「未来形」の洪水のなかで生きているような気分であるからだ。考えてみれば、これは今にはじまったことではなく、いつの時代にも、人々は「未来形」ばかりに取り囲まれてきた』(解説より抜粋)。今回は前回「現在過去未来」に続いて「未来形」についてのお話。

先日ネットで「削るべきか削らざるべきか?–AIは歯科医よりも歯を知っているかもしれない」とのタイトル記事を見つけました。内容は「歯科医療はAI導入に適した分野であり、導入するタイミングが来ている」とのこと。二つの理由を上げています。まず『レントゲン写真が豊富にあります。患者は2年ごとに歯科用レントゲンを撮影するので、他のどの医用画像よりも多数のレントゲン写真があります。これは、歯科用AI放射線システムの開発に非常に役立ちます。システムは、多数のレントゲン写真でトレーニングする必要があるからです』(記事より)。さらに続きます『次に、歯科業界には、他分野の医療業界よりも起業家精神があります。ほとんどの歯科医は診療所にある程度投資しているので、医者であると同時に事業主でもあります。歯科医の主な関心事は患者に最適な治療を施すことであり、AIはそれを助けます。それだけでなく、AIは歯科医が事業主として直面する経営上の懸念に対処するのにも役立ちます』(記事より)。

導入したところ・・『われわれの技術を採用している歯科医の反応は、非常に肯定的です。もっとも、アーリーアダプターはAIに好意的である可能性が高いため、これは想定内です。確かに懐疑的な歯科医もいます。疑念を晴らすためには、教育が必要です。懐疑論者でも、一度技術を手にし、AIにできることとできないことについて学べば、AIが自分の仕事にとっての脅威ではなく、より高レベルな仕事を実行できるようにする強力なツールであることに気づくでしょう。歯科におけるAIリテラシーが高まるにつれてシステムの採用が急拡大し、AI診断への抵抗がなくなっていくと期待しています』(記事より)。アーリーアダプター(early adopters)とは新し物好きの意味。患者さんの反応について記事は続きます。『歯科医は、このテクノロジーで最も気に入っているのは患者の反応だとよく言います。患者にとっては、こうした技術があること自体が素晴らしいことであり、歯科医がそのような最先端の診療技術を提供していることを高く評価します。また、AIは患者が医師の診断を理解するのに役立ちます。レントゲン写真上の不明瞭な斑点を指して「分かりにくいですが、これが治療の必要な虫歯です」と説明するのではなく、医師は、AIが明確に輪郭線を引いてラベルを付けた虫歯のレントゲン写真を患者に見せることができます』(抜粋)。最後に「10~15年後にはほとんどの歯科医が導入しているでしょう」と結んであります。

記事を読んでみて・・AI導入に反対する気はありませんが違和感を持ちます。記事ではAIが有効なのはレントゲン写真をもとにした画像診断です。レントゲン画像は診断に必須ですが、他にも視診・触診・打診など画像以外にも必要な情報は多々あります。現在を診て、過去を踏まえ、診断し治療法を選び未来(予後:病気の見通し)を判断します。ただし予後に関して歯科の場合、日々の患者さんのブラッシングなどセルフケアが大きく関わってきます。加えて日本は欧米と異なり、歯科治療のほとんどが保険診療です。保険診療は最高の治療ではありません、最低限の治療の質を保証するに過ぎません。AIはまさに日進月歩ですが、日本の保険診療の内容は日進月歩とは言えません。加えて診断能力と治療スキル(技術)は別です。歯科の場合、いかに診断能力に優れていても治療技術に問題あれば話になりません。

最後に声を大にして言いたいのは、特に日本の歯科医療が「ムシ歯ありき」「歯周病ありき」であること!例外を除いて「白く健康な歯」として生えてきます。ムシ歯ありきではなく「白い歯ありき」なんです。医療においてさらにAIは導入されるでしょうが、まず導入すべきは人々の考え方・生き方の転換だと思います。病気ありきではなく健康ありき・・が本来の姿。歯科の未来形は「白い歯ありき」であり、歯科治療ではなく「歯科予防」です。明日からの未来形をじっくり考えてみませんか。未来への予感ならぬ、まだまだ余寒の今日この頃、皆様ご自愛の程ご歯愛の程。

今回の歯磨き曲(BB:Brush Beat)は未来:futureにちなんで。

BBTime 555 かつ丼

「たくあんの波利と音して梅ひらく」加藤楸邨

2022/1/22投稿 2/1お替り追加
句は「たくあん」なのに「かつ丼」とは、これいかに。「新編 折々のうた 第三」には『「波利」はハリと読むのかそれともパリか。後者の方が実際の音には近いが、この場合にはあえてハリと読むべきだろう。たぶん作者は、「波利」と意識的に漢字で書いて、パリという音をうしろに漂わせながら、ハリの音に軽やかに遊んでいるのである。その結果「梅ひらく」がこの音と優しく響き合う。たくあんと梅の花がこんな形で結びつけられるのを見ることに、詩を読むだいご味もあるといえる』(11頁より抜粋)。毎年、この時期になるとこの句を思い出し味わうとともに「沢庵食べたい!」と唾液が・・今回は「食べたい!」のお話。

先日(1/21)の今日のダーリンは「かつ丼」。久々に(ひょっとすると初めて)「かつ丼食べたい!」の文章でした。食べて書いた人は糸井重里氏。何はさておき、まずは召し上がれ!

『水曜日のお昼に、去年からずっと食べたかった「かつ丼」を食べに行った。「ソースかつ丼」も大好きではあるのだけれど、やっぱり少なめの丼つゆでさっと煮て、卵でとじたものが、本流というか王道というか、ぼくのいちばんなのだ。』

『浅い丼鍋でつくるから、揚げたてのとんかつの一部分には、まったくつゆがかかってないところがある。火にかけて、つゆがわぁっと沸いたところに長ネギを入れ、そこに揚げたばかりの熱いとんかつをするっと滑らせる。とじる卵にしても、まんべんなくかけたりしないし、黄身と白身はあんまり混じり合っていない。あえて、出来上がりの「ばらつき」を料理にしているのだ。食べるときに箸を入れたその部分によって、ちょっとずつ別のメロディが聞こえてくるわけだから、おいしさの変化がたのしめる。
 つゆのかかったごはん、長ネギと重なるとんかつ、かりっとしたころもの部分もうまいし、しっとりとつゆのしみた煮物としてのかつもたのしめる。ときには、とろっとした卵の黄身をごはんに混ぜて、卵かけごはんのように食べる一瞬もある。途中途中で、箸休めのように白菜の漬物を食べたり、小梅をかりっとかじったりしてもいい。思い出したように、かつおぶしの香りも軽やかに残るなめこの味噌汁をすすったりもする。』

『そして、これはみんながやっていることではないのだが、小皿に盛ってくれたキャベツの千切りに、とんかつ用のソースをかけたものを待機させておいて、そこに最初に目をつけておいた、つゆも卵もかかってない、まだ衣のちくちくしているようなかつの一切れを取り分け、ソース味のとんかつとしてキャベツといっしょにいただく。ロースかつ定食にせずに、かつ丼にしたわたしなのに、ソースのとんかつも味わえるのである。
 それも、かつ丼をあえて「むら」に仕上げているおかげだ。この店の、こういうかつ丼のつくり方は、いまは亡きご主人がつくっているころからずっと同じだ。奥さんと娘さんが、店の味をしっかりと引き継いでいる。

 行こうと決めて行く前の日々も、たのしみだったし、 こうやって、思い出している時間も、またおいしい。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。とんかつのなかでも特に丼については、「やまいち」だなぁ。』

最後に出てくる「やまいち」とは東京淡路町のお店だそうな(小生未体験)。こんなにも美味しい「かつ丼」は読んだことがない。嵐山光三郎著「頬っぺた落とし う、うまい!」にもかつ丼はなかったような、明日にでも「やまいちかつ丼」食べたい!

小生、高二から寮生活で日曜は食事無く自前調達。学校近くの喫茶食堂「花の木」のカツ丼が好きでした。味もさることながらおかみさんが美人、けどいつもご主人と仲悪そうに働いていました。画像のような陶器の丼ではなく、底の浅い塗物の大きな蓋付きで、蓋を取った時に立ち登る卵とじの甘い湯気をはっきり覚えています。残念ながらその店は今はなし。

画像は銀座「とん喜」のかつ丼。昔、この店で隣テーブルの男性(工事現場労働者風)が「歯が悪いから小さく切ってくれ」に、お店のご主人「切ったらかつ丼にならん」と。横で聞きながら「だよね!だから歯は大切」とひとり合点しました。カツのみならず、付いてくる沢庵も歯が健康でなければ「パリ」とはいきません。皆さま、かつ丼を味わうためにも御自愛の程ご歯愛の程。

お替り!ここのメニューにかつ丼はありません、丸一です。画像は上ロース、ボリュームすごいでしょ!店は丸一、味は花丸。

BBTime 552 磨く

「明け方の夢でもの食う寒さかな」辻貨物船

大方、夢の中では食べる寸前に目が覚めます。句の食べ物は何だったのでしょうか。解説には『寒い日の明け方、意識は少し覚醒しかけていて、もう起きなければと思いつつ、しかしまだ蒲団をかぶっていたい。そのうちにまた少しトロトロと眠りに引き込まれ、空腹を覚えてきたのか、夢の中で何かを食べているというのである。誰もが思い当たる冬の朝まだきの一齣(ひとこま)だ。まことに極楽、しかしこの極楽状態は長くはつづかない。ほんの束の間だからこそ、句に哀れが滲む。いとおしいような人間存在が、理屈抜きに匂ってくる。物を食べる夢といえば、子供のころには日常的な飢えもあって、かなりよく見た。でも、せっかくのご馳走を前にして、やれ嬉しやと食べようとしたところで、必ず目が覚めた。なんだ夢かと、いつも落胆した。だから大人になっても夢では食べられないと思っていたのだが、あれは何歳くらいのときだったろうか。なんと、夢で何かがちゃんと食べられたのだった。何を食べたのかは起きてすぐに忘れたけれど、そのもの本来の味もきちんとあった。それもいまは夢の中だという自覚があって、しかも食べられたのである。感動したというよりも、びっくりしてしまった』(解説より抜粋)。今回は「磨く」についてのお話。

朝日新聞「折々のことば」です。
『磨くということは、何かと何かを擦り合わせること。擦り合わせないと磨かれない。関口怜子    
 物は他の物と何度もこすれ合うことでぴかぴかしてくる。人も同じ。自分とは異質な人、理解しにくい人、話がうまく通じない人との摩擦をくり返し体験する中で人として艶(つや)やかになってゆくと、仙台を拠点に長く子どものためのアート・ワークショップを展開してきたハート&アート空間ビーアイの代表は語る。そんな遭遇を希(のぞ)むなら自分のほうから出かけていかなくちゃと。』

この文章を読みながら溜飲を下げると同時に「歯磨き」における「他の物」とは何だろうと考えました。単純には「歯と歯ブラシ」でしょうけど、「人も同じ。自分とは異質な人、理解しにくい人、話がうまく通じない人との摩擦をくり返し体験する中で人として艶(つや)やかになってゆく」を踏まえれば「歯」と「歯ブラシ」とは考えられません・・ここでの「磨く」とは、まさに切磋琢磨。

歯磨きにおける「ものと他のもの」とは「歯と歯ブラシ」ではなく「歯の汚れと気持ち」だと考えます。「キレイを保ちたい」「健康でいたい」「美味しく食べたい」等々。「汚れ」とはズバリ「食べること」であり「生きる」ことに他ならないのです。歯を使わずに生きることはできません、食べることで当然歯は汚れます。その汚れを落とすことが「歯磨き」なのです。こう考えると歯磨きとは、「日々の生活」vs「生き方」もしくは「生き様」vs「人生哲学」・・歯をキレイにしている人はキチンと生きている人だと思います。では皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 549 唇

「数へ日やレジ打つときの唇うごく」小原啄葉

画像はどう見ても「レジ打つ人」の唇には見えません(笑)が。皆さんマスクしておられますので、そもそも「唇」は隠れています。今回は「唇」についてのお話。解説には出てきませんが「唇うごく」は「くちうごく」と読むのでしょう(おそらく)。先日の朝日新聞「折々のことば」に目が留まりました。

『唇のまわりに、文化が横たわっている。 ミッシェル・セール  食べる、味わう、話す、歌う、泣く、笑う、愛撫(あいぶ)する。口は文化を最も基本的なところで担う器官だ。知性の原型もそこから蠢(うごめ)きはじめる。赤子は物の形状を囓(かじ)って確かめるし、考えるとはそもそもが、ものごとを吟味すること、つまり味わい分けることだ。そしてホモ・サピエンス。語源をたどれば「味わう人」を意味する。フランスの哲学者の『五感』(米山親能訳)から』(朝日新聞12/16付「折々のことば」)。

かなり前ですが、拙文に「さてタイトルの三つの語句(マンジャーレ・カンターレ・アモーレ)。イタリア語をかじった方はご存じ、イタリアに興味ある人にも耳なじみの言葉でしょう。イタリア人は「食べる・歌う・愛する」ために生きていると、よく日本では評されます。これに関するイタリア人の興味深い記事を見つけました。来日後はじめこそ面白いと感じたが、あまりにも目にするので、今では次元の低いステレオタイプだと思うようになったとのこと。同時に、ふと気がついたそうです。この三つはすべて「口という器官」が関係している!言われてみればそうですね。食べる、歌うはもちろんのこと、彼の解釈では「愛する=キス」で、やはりくち」(ハナ通信No.73)。

イタリア人と言えば・・こんな言葉も。『「陽気にならないと、人はいい仕事ができないぞ」ディエゴ・マルティーナ  日本文学研究家・詩人が引くイタリアの塗装職人の言葉。一日中マスクをしているからか、それとも世間の空気のせいか、仕事中は鼻歌をほとんど歌わなくなった。歌は嫌な仕事にものせてくれるし、まわりの空気もほぐす。適度のゆるみがないと、作業も軋(きし)んで不快な音を立てる。イタリア人は何より「余裕」を大事にする。無理をするのは御法度。『誤読のイタリア』から』(朝日新聞7/26朝刊「折々のことば」より)。歌う・・まさにカンターレ!

唇の脇役」も投稿しております、どうぞ。「唇のまわりに、文化が横たわっている」を考えるに、動物であれば何はさておき「食べる」ことが最優先事項。まさに物事のイロハとはイ=胃、ロ=くち、ハ=歯となります。これがヒトなら、より正しくは恐らく「歯口胃=ハロイ」。歯と口を同じとすれば「ハ・イ」。「ハイ」に携わるのが「ハイシャ(歯医者)」・・おあとが宜しいようで 皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 548 耳

「楽観的蜜柑と思索的林檎」神野紗希

これを見るとただ単に連語?と思えるような俳句です。解説には『句集「すみれそよぐ」(朔出版)から。ミカンとリンゴを楽しんでいる感じ。我が家の卓上には、ミカンとリンゴのほかに黒くなりかけた欲情的バナナ、すこし硬い禁欲的キウイ、そして軟化した蠱惑的(こわく)柿がある。そういえば、物理学者で俳人、随筆家だった寺田寅彦に今日の句の先例のような句がある。「客観のコーヒー主観の新酒かな」』(毎日新聞2020.12.25朝刊)。さて、今回は前回「歯と眼」に続く「耳」・・耳寄りなお話。

炬燵みかんで楽観的、ニュートンやジョブズでりんごは思索的なのでしょうか。さて小生の好きな耳に「食パンの耳」があります。色々な活用法がありますが、マイブームは「耳とデュカ」です。いたってシンプル、耳にデュカをのせオーブンで5分ほど焼き、オリーブオイルをのの字にかけてハイ、イタダキマス、サラダがあれば最高です。

昨今毎日のように耳にする「フードロス」問題、まことにもったいない話です。水上勉さんの本に「野菜の切れ端、葉っぱなどを使いちゃんとした料理にするのが精進料理である」というような下りがありました、御意。パンの耳のさらに良いことは「安い」こと。いつもパン屋にあるとは限りませんが重宝しています。美味しく頂いて食物の有り難みを感じ、同時に歯の有り難みも噛みしめてください。

先日、拙ブログの読者の方より「曲の選考基準は?」との質問、お答えします。二つあります。ひとつはブログ内容に「ちなんだ曲」。もうひとつは「いい曲みっけ!」での選択。今回は「いい曲みっけ」の曲です。数日前朝、ラジオから昔懐かし「September」のイントロ・・ところが男性アナウンサーは曲名紹介で「December」・・あれ?十二月ではなく九月でしょ!と突っ込みました。再度、曲の終わりに「ディッセンバー」と。調べましたら何とありました。もちろん原曲はアース・ウインド・アンド・ファイアの「セプテンバー」で、この曲のクリスマスバージョン「ディッセンバー」があったのです。もう一曲は「林檎」にちなんでフランス人歌手「Pomme:ポム(林檎)」の曲です。では皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 543 Disaster

BBTime 543 Disaster:大惨事
「あたたかき十一月もすみにけり」中村草田男

本日11/3で霜月は始まったばかりですが・・句の解説(1999/11/30)『昔から、この句が好きだ。なんということもないのだけれど、心がやすまる。実際に今年の十一月も暖かかったが、そういう事実を越えて、何か懐かしい響きを伝えてくれる句だ。意図的に使われている平仮名の、心理的な効果によるものだろう。字面は詠嘆的なのだが、詠嘆がまといがちな大袈裟な身振りを、やわらかい平仮名がくるんでしまっている。ほど良い酔い心地。そんな感じもする。』(解説より抜粋)。1999年から二十年余り・・今では!今回はイギリス開催中の「国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)」に絡めてのお話。

先日(10/27)アップされた動画は必見です。会議場に恐竜が現れてのスピーチ。内容は『皆さん、よく聞いてほしい。私は絶滅について、1つか2つのことくらいは知っているんだ。だから、あなたに話をさせてくれ。・・これは明らかなことだと思うが、絶滅に向かうことは悪いことだ。人間たちは自分たち自身も絶滅させるのか?それは、過去7000万年の間に私が聞いた話の中で、最も馬鹿げている。・・少なくとも、私たちは小惑星の直撃を受けた。あなたの言い訳は何なのだ?あなたは気候災害の責任者なんだ。しかしながら、政府は毎年、数千億の化石燃料に公的な助成金を費やしている。巨大な隕石への助成金として年間数千億ドルもの大金を費やすと想像してみたらよい。それが、今あなたたちがしていることなのだ!・・それらのお金で出来る他の全てのことに、考えをめぐらしてみてほしい。世界を見渡せば、貧困の中で暮らしている人がいる。(お金の使い道として)彼らを助けることの方が理にかなっていると思わないか。私には分からないが…このまま、人類の絶滅にお金を払っていくのか?・・ちょっと真面目に言わせてほしい。あなたは今、経済を立て直し、このパンデミックから立ち直るとても大きな機会を手にしている。これは人類にとって、大きなチャンスなんだ!・・だから、私の大胆なアイデアを披露しよう。絶滅を選ぶな。手遅れになる前に種を救おう。あなたたち人間が言い訳をするのをやめ、変わり始める時が来たのだ。ご静聴ありがとう。』(出典はこちら)。

これは人事(ひとごと)ではなく、全国民全地球人において、今から真摯に取り組み行動を開始すべきことです!もう、言われるまでもなく日々実践されている方も多いことでしょうが、追加してください。歯科医師からのお願いはズバリ「歯科治療の削減」です。歯磨き不足・メンテナンス不十分で奥歯にムシ歯ができました。歯科医院に行くと「ムシ歯ですので削って、型をとって、パラジウム合金の詰め物を入れます」・・残念ながら、毎日のようにこのようなこと(歯科治療)を行っています。この金属インレーが歯にセットされるまでに、どれほどの化石燃料が消費され温室効果ガスが排出されることでしょう。ムシ歯を作らなければ、この治療は発生しませんから排出量ゼロです。繰り返します、どうかムシ歯をつくらないでください。歯科においての温室効果ガス排出ストップにあなたも参加してください。お願いします!皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。5160




「It’s time for you humans to stop making excuses and start making changes.」