BBTime 632 食べるを治す

「笑ひ茸食べて笑つてみたきかな」鈴木真砂女

2023/10/04投稿
暑い暑いと汗かいている間に九月から十月神無月へ。句の解説『軽い好奇心からの句ではあるまい。八十歳を過ぎ、心から笑うことのなくなった生活のなかで、毒茸の助けを借りてでも大いに笑ってみたいという、一見するとしごく素直な心境句である。が、しかし同時にどこか捨て鉢なところもねっとりと感じられ、老いとはかくのごとくに直球と見紛うフォークボールを投げてみせるもののようだ。よく笑う若い女性にかぎらず、笑いは若さの象徴的な心理的かつ身体的な現象だろう。どうやら社会的な未成熟度にも関係があり、身体的なそれと直結しているらしい。したがって、心理的なこそばゆさがすぐにも身体的な反応につながり、暴発してしまうのだ。私はそれこそ若き日に、ベルグソンの「笑いについて」という文章を読んだことがあるが、笑い上戸の自分についての謎を解明したかったからである。何が書かれていたのか、いまは一行も覚えていない。といって、もはや二度と読んでみる気にはならないだろう。いつの間にやら、簡単には笑えなくなってしまったので……。(清水哲男)』(解説より)。先日、地元民放テレビ中継時、小生の決めゼリフ(笑)・・「食べるを治療し、美味しいを守る」より「食べるを治す」について。

訪問診療に携わっていると、診療室内チェアサイドとは異なるシーンに出会います。端的に言うと「チェアサイドの常識が当てはまらない」。順不同でいくつかあげてみます。
1)補綴物はコントロール可能な人のための形態である。補綴物(ホテツブツ)とは、歯にかぶせる冠(クラウンなど)、歯がない箇所を前後の歯で補う(おぎなう)ブリッジ、義歯(入れ歯)等のことです(こちら参照)。
2)例えばブリッジの歯がない部分の橋渡しをポンティックと言います。歯がない部分ですので、歯茎の上に乗っかるような形態をしています。通常チェアサイドでは審美性(見た目)を考慮して歯茎との隙間を減らし見た目を自然な形にします。

しかしこの形では図のように汚れ(プラーク)が溜まりやすいので歯磨きが必要となります。訪問先患者さんの状態は様々で、ご自分で歯磨きができない方もいらっしゃいます。当然、ブリッジ部分には汚れが溜まります。このような場合審美性にはかけますが次の図のような形もあり、この方が食べ物や汚れはたまりにくいし清掃も楽です。多くの補綴物はご自分で歯科医院に足を運び、口を開け治療を受けられた時にセットされており、ご自分で口腔清掃ができていた時の形なのです。

3)入れ歯に関しても同じです。特に部分入れ歯には「クラスプ」と呼ばれる多くは金属製のバネがあり、このバネで歯をつかみます。義歯の着脱(つけたり外したり)はご自身にして頂きますが、施設利用者の方の中にはできない方もいらっしゃいます。この場合、施設スタッフの方がつけ外しをせざるを得ません。おおかた、クラスプは他人が付け外しするデザインではなく、他人の口の中の義歯の見えにくいクラスプに爪をかけて外すのは至難の技です。

4)歯が無い方が食べやすい。訪問先で多々あることです。前歯部分に本数の多いブリッジ(6本分8本分など)がセットしてあるけど歯周病でブリッジ全体がグラグラしている。噛まなければ痛みはないが、食事に時間がかかるし噛むと痛い。ミキサー食であってもグラグラブリッジが邪魔して食事時間が長くかかる。この場合、迷わずブリッジを除去します。歯を除去、抜歯、つまり歯が無い方が食べやすくなるケースもあるのです。

5)モグモグゴックンはひと続きではない。ある時「ゴックンしないので診てほしい」と依頼。その方は上下歯はなく入れ歯(総義歯)も使用せず。指を口腔内に入れるとモグモグされる。モグモグはできるのにゴックン(嚥下:えんげ)ができない。なぜだろうと舌を診てみると「舌根(ぜっこん)部がこわばって盛り上がっており、喉ちんこが見えない」・・原因はこれ?と思い、舌根部の機能回復をはかりました。詳しくは「BBTime 625 生きる入り口」に詳しく書いております。モグモグとゴックンは一連の動作行為ではなく、モグモグしてゴックンにバトンタッチしているのです。このバトンが上手につながらないとゴックンできないのです。

6)食思(しょくし)について。食思とは食欲、食い気のこと。施設の昼食準備を見ていると「普通食」「刻み食」「ミキサー食」など様々です。その方の摂食・咀嚼能力、利用者希望に合わせて準備されます。当然のことながらミキサー食は普通食に比べて、色彩・匂い香り・歯応えなどにおいて劣り、その分食欲減退につながります。いろいろな工夫が必要となります、詳しくは「BBTime 621 施設診療」をご参照ください。

7)食べるを治す。歯科医となって四十年近くなろうとしています。恥ずかしながら今頃になって歯科医の仕事は「食べるを治す」ことであると気が付きました(猛省)。ムシ歯の治療も歯周病の治療も入れ歯を作るのも全て「食べる」ためです。木を見て森を見ずでした、かと言って木の根元の笑茸もおそらく見ていなかったでしょう、精進します。皆様、ご自愛の程ご歯愛の程。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です