歯科小説「あなたがいれば」インレイと唐揚げ その2

歯科小説「あなたがいれば」インレイと唐揚げ その2

「初めまして、院長のカワノです。詰めていた金属がとれたそうですね。痛みはないですか?」
「はい、痛みはありません。冷たいものが少ししみるかなと言うくらいです」
「まずは、見せて下さい」
診療台が横になると、大きく口を開けた。
「金属の下がどうやらムシ歯になっていたようですね。とれた理由はこのムシ歯でしょう。レントゲンで確認しますが、ムシ歯を除去して詰め直しましょう」
「先生、一つ不思議なことがあるんです。とれたあとカチカチすると、とれる前よりも心地良いような気がします」
「なるほど、ひょっとすると外れた金属が噛み合わせのバランスを崩していたかも知れません。この金属を入れた時、噛み合わせはどうでした?」
「昔のことではっきり覚えていませんが、つけてから二、三日は違和感があったような気がします。その後は慣れました」
「なるほど、まずはレントゲンを撮りますね」
レントゲン室に移動して、撮影し診療台に戻ると横のディスプレイに今しがた撮影した画像が映し出されていた。
「この部分がムシ歯です。金属と歯の間に何らかの理由で隙間ができて、その隙間に唾液などが入り込みます。細菌、いわゆるバイキンも入ります。結果ムシ歯ができた、金属をつけていたセメントが外れて、今回金属も外れたということでしょう」
「外れた金属をつけることはできますか?」
「できないとは言えませんが、新しくする方が良いでしょうね。方法としては大まかに二通りあります。削り直して型取って新たに作る。この場合、保険のカバーする銀色の金属、実は通称「12パラ」といいますが、金が12%入っています。保険外ですが金合金つまりゴールド、歯の色に似た白いセラミック、または硬い樹脂の材料があります。もう一つの方法として、新たにできたムシ歯の部分を取り除いて樹脂をつめることも可能です」
「樹脂を詰める方法は、一回で済むのですか」
「はい、一回で済みます」
「とれた金属を使わない理由はなんですか?」
「先程、お話をお聞きして、噛み合わせに問題を生じていた可能性があります。たとえ噛み合わせを調整してからつけるとしても、金属の下に新たなムシ歯ができていたことも考えて、あまりお勧めしませんね」
「では、樹脂を詰めて下さい」
「わかりました。実は、先程言われた、慣れました、について今後のためにもお話ししておきますね。歯に金属を詰めたり被せたりした場合、金合金ならまだしも、保険の金属では慣れると言うことはまずありません。革靴であれば慣れると言うことも充分考えられます。革ですから、靴の方が形を変え足に合うこともあるでしょう。しかし歯の場合は金属ですから、金属の冠や詰め物、インレイと言いますが、これら金属が形を変えることは考えにくいという訳です」
「しかし、数日後には慣れてあまり違和感を感じなくなったように記憶していますが」
「実はそこが問題と言うか、怖いのです。違和感を感じなくなったのは、慣れたのではなく、噛み合わせがずれて、もしくは噛み合わせをずらして違和感を感じなくなっただけなのです。ヒトの体は適応能力が非常に高いために、噛み合わせのズレに適応してしまったと考えられます。この小さなズレも数カ所に及ぶと問題となります」
「怖い話しですね」
「河上さん、この外れた金属を見て下さい、一カ所だけきらきらと光っています。ひょっとするとこの部分が強く当たっていたことも外れた一因かも知れませんね。外れたことによって、噛み合わせのズレがなくなり、心地よくカチカチができるようになったとも考えられます。今回外れたことは、怪我の功名かも知れませんよ」
正雄は話しを聞くうちに、今回外れたことを良かったと思い始めていた。これももりやまの唐揚げの御陰?

Unknown

 

その1はこちら

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です