BBTime 351 義歯不適合
「耳も眼も歯も借り物の涼しさよ」兼谷木実子
画像は錦玉製の和菓子「観世水」作った方はこちら。句の解説に『耳は補聴器、眼は眼鏡、歯は入れ歯。どれも借り物の恩恵を受けている。クローンの研究も進んでいて、そのうち、肝臓も心臓も、五臓六腑が借り物で、脳まで借り物の時代がくるかも知れない。不自由であることや老化の象徴を「涼しさ」とみなすことは「俳諧」の「諧」の伝統。涼しさよの「よ」まで含めて伝統的嗜好を踏んだつくりであると言えよう』(解説)とあります。読売新聞のサイトで「入れ歯はどうして合わないのか?」の記事を読みました。かなり掘り下げてあり(本音を書いてあり)的を射た内容だと感心しました。小生も記事内容と同じ意見です。では記事を読んでいきます。
『入れ歯はどうして合わないのか?』以下記事より抜粋・・「かめない」「外れる」「痛い」「しゃべりにくい」と不満の声があふれています。最近、部分入れ歯を作った同僚は「痛いから」と言って使っていません。総入れ歯になると、ガタついてちゃんとしゃべれないから、人前に出にくいという話も聞きます。もちろん快適に入れ歯を使っている方も大勢いると思いますが、不満の声も多い入れ歯。どうして入れ歯を快適に使えないのでしょうか?」
『入れ歯「名人」の仕事とは』・・「名人」いわく、「入れ歯が完成した段階じゃ合わなくて当たり前、調整して使いやすくします」。歯茎に痛みや違和感がないよう削って調整しては、使って試し、さらに調整という作業を繰り返して、この男性はなんと9回通ったということでした。初診から調整が済むまで5か月がかり。「何度も通うのは大変でしたね。でも、正月にお餅まで食べられるようになったんですから、この入れ歯で人生が変わりました」と喜んでいました」・・患者さんによっては、9回どころかもっとかかる方もいらっしゃいます。期間も半年以上かかる方も。
『入れ歯作りは、2、3回の通院では終わらない』・・「入れ歯作りは2、3回通って終わりではないことを、患者さんに理解していただきたい」と言うのは、日本補綴歯科学会副理事長で日本歯科大教授の志賀博さんです。「口の動きを見ながら、個人トレイを作ってていねいに型を取る。それをもとに模型でかみ合わせを確かめて入れ歯を作る。それでも口に入れると当たるところが出たりするので、口の動きに合わせた調整が必要」と言います」
『調整の診療報酬は低く、患者は何度も通うのは面倒』・・「型、かみ合わせ、調整の三つがきちんとできていないと、いい入れ歯はできません。でも、患者さんは何度も通うのを嫌がるし、調整は時間がかかる割に収入になりません。完成したら、『入れ歯はこんなもんですよ』と言って、合わせて終わり。何か不都合があれば来てもらうという感じですね」とベテラン歯科医は話していました。そしてこうも言います。「何度も調整をやっている先生は熱意があるんでしょうけど、保険だと入れ歯自体の報酬も高くはないし、調整は時間がかかる割に報酬が低い。自費の場合だって手間のかかる調整は手早く終わらせたいですよ」保険には、「新製有床義歯管理料」2100円前後(装着月1回のみ請求可、患者負担は3割)や「歯科口腔リハビリテーション料」1140円前後(月1回、同)など入れ歯の調整に関連する項目があります」・・この点が一番のネックなんです。必要な調整を全てカバーする保険収入が設定されてないのです。なぜ、全ての義歯調整に保険点数が設定されてないのか?あくまでも個人的推測ですが・・まず、保険義歯は誰が作っても(新米歯科医でもベテラン歯科医でも・義歯下手でも義歯上手でも)同じです。全ての義歯調整に保険点数があるとするならば、入れ歯下手な歯科医師ほど結果的に高収入となりかねません・・これはおかしな話です。かと言って入れ歯の上手下手で保険点数に差をつけるのは現実的に無理です。よって、保険義歯の値段も一律だし、義歯調整の値段も同じになるわけです(おそらく)。
『入れ歯の設計は、歯科技工士に丸投げ』・・「入れ歯作りの現場を見てみようと歯科技工所を訪れると、入れ歯の現実がもう少しよく見えてきました。入れ歯の設計図は、技工指示書という書面で歯科医が歯科技工士に示すことになっています。残っている歯の本数やかみ合わせは人それぞれなので、土台をどのような形にして、固定する金属をどこに引っ掛けるかといった判断は難しそうです。ところが、歯科医から送られてきた技工指示書の束を見せてもらうと、中には留意点が書かれたものもありますが、何も書かれていないものがほとんどなのです」
『歯の型がきちんと取れていないことも』・・「さらに歯科技工士からはこんなぼやきも聞こえてきます。「こちらに届いた『印象』(型)がちゃんとしていればいいんですが、ひずんでいたり、歯茎の奥の方がきちんととれていなかったりすることもあるんです。私たちは型を基に作りますから、これじゃピタリと合う入れ歯は作れませんよ」歯科技工士は、歯科医から見れば下請け。「先生、『印象』がゆがんでいるので取り直してください」とは言いにくい立場です。口の中に入れても大きな問題を招かないよう工夫をして入れ歯を作って歯科医の元に送ることになりますが、いい入れ歯にはなりにくいでしょう。歯科技工士たちの話を聞いていると、型がきちんと取れていないケースは珍しいことではないようです」
記事は『入れ歯はできたら終わりではなく、使い慣れることと、歯科でのていねいな調整、定期受診によるメンテナンスが肝心と理解しておきたいですね。そして患者としては入れ歯に熱意のある歯科医を見つけたいところです』とアドバイスしていますが、小生(歯科医)の意見を述べます。1)義歯(入れ歯)の作り方は進歩しています。色々な材料や入れ歯の作り方があります。ただし保険内の材料・作り方と保険外のものがあります。2)あなた(患者さん)の希望を型を採る前に全て伝えてください。「噛める入れ歯」よりも、もっと具体的に「とんかつを食べたい」とか「焼肉を味わいたい」などの方が良いでしょう。また見栄え(審美性)も十二分に希望を訴えてください。内容によって入れ歯のデザインが変わります。3)最後の決め手は、その歯科医師が「味わうこと」と「入れ歯」を愛しているか否かです・・いずれにせよ「入れ歯を作ってください」「新しくしてください」ではなく、あなた(患者さん)がどのような人工臓器としての義歯を希望するのかを遠慮なく訴えるべきだと思います。保険義歯があなたの希望をどこまで満たすことができるかはそれぞれのケースで異なりますので、保険義歯が全てのご希望を叶えますとは言えません。
ご存じのように団扇と扇風機は違います。扇風機はONにすれば「涼」を得られますが、団扇はそうはいきません。句の解説文では「補聴器」「眼鏡」と「入れ歯」を同じく借り物と表現していますが、これは違います。健全な耳や目と100%同等ではないにせよ、補聴器や眼鏡はそのもの自体が、しっかりと「機能」を持っています。聞こえづらい補聴器はないし、見えにくい眼鏡もありません。もしそうならば、それは合っていないだけのことです。しかし義歯、特に総義歯(総入れ歯)は違います。記事中にもあるように義歯の出来上がりが完成ではありません。技工所で出来上がった義歯を歯科医が調整し、いかにその方にとっての人工臓器とするかが実は一番重要であり、これも義歯の治療だと思います。歯科医にとって、義歯は簡単な治療ではありませんが可能な治療です。技工所から届いた時はまだ「道具」ですが、必要な調整を施すことで「人工臓器」となるのです。義歯をお使いの方、ご家族に義歯使用の方がいらっしゃる方、ぜひ記事をお読みください。冒頭の句をこちら「いれば食堂と予防カフェ」でも紹介しておりました。2570
補足:技工に関して補足します。繰り返しになりますが、記事中に『歯科技工士からはこんなぼやきも聞こえてきます。「こちらに届いた『印象』(型)がちゃんとしていればいいんですが、ひずんでいたり、歯茎の奥の方がきちんととれていなかったりすることもあるんです。私たちは型を基に作りますから、これじゃピタリと合う入れ歯は作れませんよ」』とあります。これも事実です。技工士の方は届いたものを言わば素材として義歯を作ることしかできません。届いたもの(模型や噛み合わせの記録)に問題があっても、問題ありのまま作ることしかできません。技工士の方と歯科医師が良好な関係であれば「ここが問題ですので」と改善策をとることは可能ですが・・現実は「それで作って」と歯科医師が技工所に伝えて終わりです。どんなに腕の良いシェフでも、届いた素材が悪ければ美味しい料理を作ることはできません。実はもうひとつ隠れた問題があります。入れ歯の場合大方診療台の上で型を採ります(印象採得)。この時、患者さんは黙って口を開けた状態です。もちろん食事はしていません。しかし、義歯を使う時は「食事中」であり「会話中」であり「歌う」「笑う」などなど。噛んで痛くない入れ歯は「食事中の状態」の印象採得が必要であり、話しやすい義歯は「会話中の動き」の型採りが必要なんです。これは可能な治療方法(義歯製作法)です・・が保険診療には限界があります。いくらきちんと型が採れていても、動きにあっていなければ(極端な言い方ですけど)「意味のない型」なんです。
また記事に「入れ歯の設計は、歯科技工士に丸投げ」とありますが、これも事実です。義歯を新しく作る(技工士に作らせる・作ってもらう)ことが「義歯治療」ではありません。「1)まず、これから作る義歯の設計をする、デザインする。2)きちんと必要な型を採る。3)噛み合わせを採る、構築する。4)技工所から届いた義歯を調整する」などが歯科医師のやるべき「義歯治療」だと思います。