BBTime 452 しつこい
「外郎たべる五月のゆきどまり」服部智恵子
今春はコロナに始まりコロナに終わりました。気がつくと鹿児島は既に五月下旬、初夏の始まりです。今年2020年には春がなかったような・・。句の解説に『作者は、このもっちりした歯触りの菓子を食べながら、どういう事情からかはわからないが、五月も末になってにっちもさっちも行かなくなった状況に憮然としている。一年十二ヶ月を道に例えれば、いちばん「ゆきどまり」を感じるのは、年末の十二月か決算期の三月あたりが一般的だろう。そこへいくと、五月はすうっと通り抜けやすい感じが強い。だからこそ作者も憮然としているのであるが、しかし外郎を食べているくらいだから、事態はそんなに深刻ではないのかもしれない。歯切れという意味ではいささかもたつく外郎と、清々しい月のイメージからは外れた閉塞感との取り合わせが、どことなく滑稽にも思えてくる。もっともこの句を、あまり理詰めに散文的にパラフレーズすると、かえって味が落ちるような気もする。作者は実景や心情を帰納的に表現したのではなくて、自分のなかで整理のつかない心持ちを「たとえば、こんな感じかなあ」と演繹的に詠んでみたのだと解するほうが面白そうだ。そういう詠み方も、無論あってよい。『褻と晴と』(2003)所収。(清水哲男)』(解説より)。
老婆心ながら「憮然」について・・本来の意味は「意外なできごとに、呆然(ぼうぜん)とする様子、ぼんやりする様子」です。必ずしも不機嫌ではありません。さて今回は「しつこい:いつまでもつきまとわれて耐え難く思う様子」について。
去る冬、コロナ禍の始まりには「暖かくなれば収束する」とも言われていましたが、さにあらず。初夏になろうとする今「コロナと共に:With Corona:ウイズ コロナ」と言われ始めました・・しつこい!記事に『「新しい生活様式」が提唱されるなど、影響の長期化も懸念されています。そうした中でいま注目されている考え方が、「withコロナ」の社会。新型コロナウイルスと“共に生きる”ことを前提に、私たちの暮らしのかたちそのものを、変えていこうというのです。「withコロナ」の新しい社会へ、どう変わり、どう生き残っていくのか』とあります(出典はこちら)。しつこいコロナウイルスと共に生きる・・withCorona・・閉塞感です。コロナはさて置き、口の中の「しつこい」に話を進めます。
今更ながら『なぜムシ歯になるのか?」の興味深いイラストを見つけました。口の中の「しつこい」がムシ歯を発生させます。「バイオフィルムの形成とう蝕の発症メカニズム」のページから引用します。
1)歯の表面、歯肉溝(しにくこう)、歯周ポケット内セメント質表面に、糖タンパク質や静電気などによって0.1~1μmのペリクルを形成します。これは防ぐことはできません。
2)ペリクルは歯の表面を守る機能も持っていますが、同時にムシ歯菌などを引き寄せる性質も持っています。ペリクルを足掛かりに菌が付着し初期プラークを作ります。
3)初期プラークに、ムシ歯菌を始め雑多な菌が増殖することでマイクロコロニへと成長します。そこに砂糖が供給されるとムシ歯菌がグルカンを作ります。このグルカンが「しつこい」のです。粘着性が強く歯の表面にとどまり、マイクロコロニはより頑固なバイオフィルムへと変貌していきます。このバイオフィルムの中で砂糖を餌にムシ歯菌が酸を作り、その酸で歯が溶かされていくのです。
4)バイオフィルムは言わばバリヤを持っており、抗菌薬(抗生物質)や殺菌・消毒薬などは効きません。このため食べ物に含まれる砂糖を餌にさらに酸生産を続け、ムシ歯を深くして行きます。
・・しつこい話です。このしつこいバイオフィルムを取り除くには、薬液が効きませんので物理的に除去するしかないのです。そうです、ブラシで磨くしかないのです。さらにしつこいようですが、皆様が使っている歯磨き粉はほとんどバイオフィルム除去にプラスにはなっていないのです。BBTime437「鰯の頭も!」ご参照のほど。
唯一確実な方法があります。それは「砂糖を摂らない」こと・・最も効果的ですが、最も非現実的です。歯の健康、ムシ歯予防においては「with 砂糖」・・砂糖と共に「スイーツとともに」で行きましょう、生きましょう、が現実的でしょう。
30秒以上の手洗いが推奨されます。歯磨きはせめて三分以上、日に一回は五分以上は必要です。三分以上磨くためには歯磨き粉なしで「唾液磨き」をオススメします。「しつこい」を辞書で引くと『味などが濃すぎて、いつまでも不快な感じが口に残る様子だ。しつこい味』(新明解国語辞典)とあります。甘い味を楽しんだ後の歯の表面はまさに「しつこい味」。諦めて頂いて磨くより他ないようです。
冒頭の句の解説になぜ外郎をういろうと読むのか・・『名前の由来を、老舗「青柳」のHPより引いておく。「およそ600年前の中国が元の時代、礼部員外郎(れいほうえんういろう)という薬の調達をする官職にあった陳宗敬(自ら陳外郎と称した)が、日本に帰化し、せきや痰に効く薬を伝えた。その子宗奇は室町幕府三代将軍の足利義満に招かれこの家伝の薬を作り「透頂香」あるいは「ういろう」と呼んだ。また、客を接待するためにお菓子の製法も伝えたが、それが黒色・四角で「透頂香」と似ていたところからお菓子の方も「ういろう」と呼ばれるようになりました」』(解説より)。こちら「外郎外伝」もどうぞ。4670