BBTime 314 究極の予防

BBTime 314 究極の予防
「春宵や食事のあとの消化剤」波多野爽波

消化剤飲むくらいなら食事抜けばいいのにと思いますが、背景はわかりません。楤の芽(たらの芽)の天麩羅大好物です。昔、楤の芽名人について行ったことがあります。楤の芽スポットをご存じで自作の道具を持って行かれます。50cm位の棒の先に1m弱の荷造り用の白いペラペラした紐がつけてあります。楤の芽は先っちょ(高いところ)についてますので、この道具で引っ掛けて引き寄せて(楤の木は曲がって)芽を摘むのです。楤の木を自宅裏に植えたこともありますが、10本ほど植えて半分は腐ってダメでした。根付いた残りも数年は芽をつけましたが、やはり枯れました。

最近「不食」「断食」などの言葉をネットでよく目にします。不食とは「ふしょく:食べ物を摂取しないで生活すること。主に宗教的行為や食事療法として行われる断食、絶食とは異なり、食欲と闘わずして食べない行為を指す」出典はこちら。断食とは「だんじき:食物を断つこと」です。プチ断食、月曜断食などもよく目にします。実は1ヶ月ほど前から完全に朝食を抜きました。それまではヨーグルトとか果物などを口にしていましたが今は紅茶かお茶、水のみです。すこぶる気持ち良いのです、それが!「今更、そんなこと言うてんの」と声が聞こえそうですが。

朝はどうしてもバタバタします。完全朝抜きにすると「時間的余裕」「カロリー過剰摂取防止」「歯を汚さない」等々、一石三鳥も四鳥も。歯を使わない、歯を汚さないは究極のムシ歯予防法です!使わないから汚れないのは当たり前、食べないからムシ歯にならないのは当たり前と言えば当たり前なのですがね。実践可能ポイント1)朝、出勤前に少しの空腹感を覚えます。この空腹感をネガティブなものではなくポジティブな感覚として解釈します。「胃の中がキレイになった!」2)昼、しっかりした空腹感が我が身を襲います。昼はトースト2枚の弁当を食べます。重度空腹は「茶腹も一時」の言葉通り軽い食事でおさまります。3)晩御飯は普通に食べます。4)朝と昼の間、昼と晩の間に口にするのはマイボトルのお茶とミンティア(フリスク)のみ。

使えば使うほど歯は汚れます。汚れれば汚れるほど磨く必要が生じます。使わなければ、その分汚れませんし、ムシ歯のリスクは減ります。「朝食完全抜き」のメリットは片手に余るほどあると確信する今日この頃ですが・・いかがでしょうか?これぞ究極の予防法です・・本末転倒じゃないの?の声が聞こえてきそうですがね。

画像は「上村松園の春宵」です。句の解説には「せつかくの春宵なるに、色気なきこと甚だしき振るまいなり。されど、かくまでの色気なき振るまいを材に、かくまでに妙な色気を点じ得たる爽波は、さながらに達人とも名人とも言うべけんや。なあんて、擬古文は難しいものですね。春宵の少しぼおっとしたような感覚が、よく伝わってきます。よほど、胃の弱い人だったのでしょうか。胃弱の文学者といえば、有名なのは漱石でしょう。しきりにタカジヤスターゼを飲んでいた様子が、『吾輩は猫である』の苦沙弥先生の描写にうかがわれます。「彼は胃弱で皮膚の色が淡黄色を帯びて弾力のない不活発な徴候をあらわしている。そのくせに大飯を食う。大飯を食った後でタカジヤスターゼを飲む。飲んだ後で書物をひろげる。二、三ページ読むと眠くなる。涎を本の上へ垂らす。これが彼の毎夜繰り返す日課である。……」。先生の胃弱は終章にいたるまで言及されており、よほど漱石がこの持病に苦しめられていたことがわかります。ここでもう一度掲句に返ってみると、味わいはずいぶんと変わったものに感じられますね。爽波と漱石とは、もちろん何の関係もありません。春宵の過ごし方といっても、当たり前ながら人さまざまで、誰もがうっとりとしているわけではないのだと、作者はいささか不機嫌なのでしょう」解説より。

終わりに「春宵:しゅんしょう」といえば「春宵一刻値千金:しゅんしょういっこくあたいせんきん」。「春宵一刻値千金とは、春の宵は趣深く、そのひとときの時間は千金にも値するということ」引用元はこちら。春の宵に晩御飯抜きは辛いですが「春朝(しゅんちょう)一刻値千金」として朝食抜きは値千金かと。ちなみに朝食完全抜きならば出勤前はうがいのみでOKです!気になればリステリンなどのマウスウオッシュでうがいというか「歯洗い」で大丈夫!と思いましたが、昨夜の歯磨きが完璧とは言えないでしょうから、お時間あれば朝磨きを!8500

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