BBTime 555 かつ丼

「たくあんの波利と音して梅ひらく」加藤楸邨

2022/1/22投稿 2/1お替り追加
句は「たくあん」なのに「かつ丼」とは、これいかに。「新編 折々のうた 第三」には『「波利」はハリと読むのかそれともパリか。後者の方が実際の音には近いが、この場合にはあえてハリと読むべきだろう。たぶん作者は、「波利」と意識的に漢字で書いて、パリという音をうしろに漂わせながら、ハリの音に軽やかに遊んでいるのである。その結果「梅ひらく」がこの音と優しく響き合う。たくあんと梅の花がこんな形で結びつけられるのを見ることに、詩を読むだいご味もあるといえる』(11頁より抜粋)。毎年、この時期になるとこの句を思い出し味わうとともに「沢庵食べたい!」と唾液が・・今回は「食べたい!」のお話。

先日(1/21)の今日のダーリンは「かつ丼」。久々に(ひょっとすると初めて)「かつ丼食べたい!」の文章でした。食べて書いた人は糸井重里氏。何はさておき、まずは召し上がれ!

『水曜日のお昼に、去年からずっと食べたかった「かつ丼」を食べに行った。「ソースかつ丼」も大好きではあるのだけれど、やっぱり少なめの丼つゆでさっと煮て、卵でとじたものが、本流というか王道というか、ぼくのいちばんなのだ。』

『浅い丼鍋でつくるから、揚げたてのとんかつの一部分には、まったくつゆがかかってないところがある。火にかけて、つゆがわぁっと沸いたところに長ネギを入れ、そこに揚げたばかりの熱いとんかつをするっと滑らせる。とじる卵にしても、まんべんなくかけたりしないし、黄身と白身はあんまり混じり合っていない。あえて、出来上がりの「ばらつき」を料理にしているのだ。食べるときに箸を入れたその部分によって、ちょっとずつ別のメロディが聞こえてくるわけだから、おいしさの変化がたのしめる。
 つゆのかかったごはん、長ネギと重なるとんかつ、かりっとしたころもの部分もうまいし、しっとりとつゆのしみた煮物としてのかつもたのしめる。ときには、とろっとした卵の黄身をごはんに混ぜて、卵かけごはんのように食べる一瞬もある。途中途中で、箸休めのように白菜の漬物を食べたり、小梅をかりっとかじったりしてもいい。思い出したように、かつおぶしの香りも軽やかに残るなめこの味噌汁をすすったりもする。』

『そして、これはみんながやっていることではないのだが、小皿に盛ってくれたキャベツの千切りに、とんかつ用のソースをかけたものを待機させておいて、そこに最初に目をつけておいた、つゆも卵もかかってない、まだ衣のちくちくしているようなかつの一切れを取り分け、ソース味のとんかつとしてキャベツといっしょにいただく。ロースかつ定食にせずに、かつ丼にしたわたしなのに、ソースのとんかつも味わえるのである。
 それも、かつ丼をあえて「むら」に仕上げているおかげだ。この店の、こういうかつ丼のつくり方は、いまは亡きご主人がつくっているころからずっと同じだ。奥さんと娘さんが、店の味をしっかりと引き継いでいる。

 行こうと決めて行く前の日々も、たのしみだったし、 こうやって、思い出している時間も、またおいしい。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。とんかつのなかでも特に丼については、「やまいち」だなぁ。』

最後に出てくる「やまいち」とは東京淡路町のお店だそうな(小生未体験)。こんなにも美味しい「かつ丼」は読んだことがない。嵐山光三郎著「頬っぺた落とし う、うまい!」にもかつ丼はなかったような、明日にでも「やまいちかつ丼」食べたい!

小生、高二から寮生活で日曜は食事無く自前調達。学校近くの喫茶食堂「花の木」のカツ丼が好きでした。味もさることながらおかみさんが美人、けどいつもご主人と仲悪そうに働いていました。画像のような陶器の丼ではなく、底の浅い塗物の大きな蓋付きで、蓋を取った時に立ち登る卵とじの甘い湯気をはっきり覚えています。残念ながらその店は今はなし。

画像は銀座「とん喜」のかつ丼。昔、この店で隣テーブルの男性(工事現場労働者風)が「歯が悪いから小さく切ってくれ」に、お店のご主人「切ったらかつ丼にならん」と。横で聞きながら「だよね!だから歯は大切」とひとり合点しました。カツのみならず、付いてくる沢庵も歯が健康でなければ「パリ」とはいきません。皆さま、かつ丼を味わうためにも御自愛の程ご歯愛の程。

お替り!ここのメニューにかつ丼はありません、丸一です。画像は上ロース、ボリュームすごいでしょ!店は丸一、味は花丸。

BBTime 554 色違い

「買初にかふや七色唐辛子」石川桂郎

今年の買初(かいぞめ)は結果的にiPhoneでした。2年ごとの機種変更ですが、今回は難産も難産、堪忍袋の緒が切れました。・・唐辛子について以前「BBTime 269 人生七色唐辛子」に書いております。「人生、七味とうがらし ある占師  鷲田さんのことば うらみ、つらみ、ねたみ、そねみ、いやみ、ひがみ、やっかみ。人を翻弄(ほんろう)するこれら七つの性(さが)は、いずれも自他の比較に由来する。他人と較(くら)べる中でしか自己を見ることのできない人の宿痾(しゅくあ)であり業である」(一部抜粋)。とは言え、今回は恨み、辛み、嫌味など言いたくなりました(小人です)。

本題に入る前に句の解説を・・『買初(かいぞめ)は「初買」とも言い、新年になって初めて物を買うことだ。といっても、スーパーで醤油や味噌などを買うのとは違う。新年を寿ぐために、いささか遊び心の入った買い物をすることを指している。だから、いろいろと買うなかで、本年は「買初となすしろがねの干鰈」(岡本差知子)と思い決めたりする。句として公表するとなれば、おのずから作者のセンスが問われるわけだ。作者は「七色唐辛子」を「買初」とした。なかなかに小粋な選択ではないか。買初コンテストがあるとしたら、必ずベスト・テンには入りそうである』(一部抜粋)。さて本題です。

事の起こりは昨年4月のこと、毎月のスマホ代(通信料と機種代)を圧縮しようと使用中キャリアの弟分へ相談したところ「安くなります」「最新機種への変更も可能です」「四年払いの残り二年分はチャラになります」と、こちらの希望が全て叶います、とのことで二つ返事で乗り換えました。ご存じのようにiPhoneは毎年9月に新機種発表です。9月に段取り確認で弟分キャリアに足を運び、12月が買い替え時期のため、再度11月に日程を詰めるために足を運びました。ちょうどその頃、半導体不足により品薄との報道でしたが、12月下旬には三台揃いますとのことで機種変更日を予約。たまたま予約の二日前に近くに寄ったので顔出してみると「間に合わないかも」とのこと。まぁしょうがないかと予約変更して当日(クリスマス)にワクワクしながら(iPhoneは最高のおもちゃです)店に行くと・・色が違う!予約した色が届いていない!店側は「高級感のあるグラファイト(黒)」がありますが・・予約色はシルバーなのに「高級感」もへったくれもないもんだと頭に血が登り始めました。まぁケースに入れるので百歩譲って「黒」でもいいです、と店側の不当な要求を飲みました。この後、耳を疑うことを言い出すではありませんか!思わず「What did you say? 何だって?」と声を荒げました。

店員曰く「今回新機種変更される3台のiPhoneは、残債なしと思ってました」さすがに爆発!・・「残債(三台分で約二十万)をチャラにする方法は?」への回答が「使わないでも良いので安いアンドロイド(三万三千円)を買ってください」そうすれば「残債がチャラにできます」と言うではありませんか。1台13万円以上する買い物で、数ヶ月前から予約しており、段取り確認で数回足を運んだ結果が「高級感のある黒ならあります」「必要のないアンドロイド買ってください」・・あきれてモノが言えません。お店にはバイバイしました。数日後、晦日(12/30)に年末の買い出しの際に「使用中の機種買い取ります」との看板を別のキャリアの店先で発見。大まかに希望を言うと「可能です」とのことで、年明けに乗り換えキャンペーンがありますのでその時に・・と小生にとって渡りに船、正月早々行きました。担当男性に今回のことの顛末を話し、こちらの希望機種を伝えると、目の前で「今、当店にはご希望の色はございませんが、福岡店にありました。発送を指示しました」とテキパキ。前のキャリアとは違うと感心しながら次の予約日を決めました。ところが・・・またしても

予約当日、店に出向くと前回の対応ではない別男性店員、嫌な予感。予感的中、またしても希望した「シルバー」が届いていない!運送業者が云々と言い訳がましく話しますが、昨年末のことがあったのでさすがにキレました。「あなたは十万円以上の品物、例えばヴィトンのバッグを予約していて、店側の指定した日に行って、希望された色は届いていません、別の色ならありますが」と言われて「ハイ、それ買います」と言いますか?と詰問しました。店員は「すみません」・・すみませんじゃなくて「あなたは違う色を買いますか?と質問しているのです」と再度聞くと・・「いえ、買いません」

愚痴を聞いて頂いて申し訳ありません。今回、色に関してひとつ付け加えます。歯科治療自費診療(保険外治療)において色が関係する治療があります。多くはセラミックの被せ物だと思います。おおかた十万円以上の治療、言い換えれば十万以上の買い物です。色に関して満足もしくは納得できなければ必ず「色が納得できません」と仰ってください。自費診療において患者さん(客)は妥協する必要はありません。保険診療には限度があるので、色において「完全納得」といかないことはあります。しかしながら自費診療において妥協する必要はありません。歯科医が何やらぶつぶつと言っても自費診療ですので満足納得いくまで希望を伝えてください。

What did you say? (何と言ったの?)今回、耳を疑うような対応が続きケータイ会社では「色違い」は当たり前、普通のことなんだろうかとまで思いました。客の希望(予約)と色が違っても「どうせ買うだろう」という考えがあるのでしょうか?ちなみに今回登場する3社は「SAY」。はじめ「Say Yes」で最後は「Say No」のお話でした。皆さま、ご自愛の程ご自愛の程。

BBTime 553 口楽器

「運命やりんごを砕く象の口」長谷川裕

唐突ですが「象の歯は何本あるでしょう?」・・答えは後ほど。解説には『本来「りんご(林檎)」は秋の季語だが、貯蔵力が強いので、昔から冬季にも広く出まわってきた。雪の降る日の店先で真っ赤な林檎を見かけたりすると、胸の内までがぽっと明るくなるような気がする。だが、掲句の「りんご」は、そんな抒情的なしろものじゃない。情を感じる余裕もあらばこそ、大量の林檎があっという間に次から次へと「象の口」に放り込まれ噛み砕かれてしまう。これが「運命」と言うものか。と、作者は呆れつつも得心し、得心しつつも呆然としている図だ。自分の運命も、考えてみればあれらの林檎のように、あれよという間に噛み砕かれてきたようである。ちょっと待ってくれ。そう願ういとまもなく、他の多くの林檎たちともどもに噛み砕かれ消化され、あとには何の痕跡も残らない。そこで力なく「へへへ」と笑うがごとくに、自然に「運命や」の慨嘆が口をついて出てきたということだろう。なんとなく滑稽であり、なんとなく哀切でもある。自己韜晦(とうかい)も、ここまで来れば立派な芸だと言うべきか。』(解説より抜粋)。先日、ラジオから流れてきた曲を聴きながら思いついたのが「口楽器:くちがっき」。今回は口楽器の動画を見ながら歯磨きを!

さて、ラジオからの歌声はスウィングル・シンガーズ(The Swingle Singers)でした。画像を見てお分かりのように歴史は古く1962年にパリでスタート。ウィキペディアによると『グループは全部で8人のメンバーからなり、構成はソプラノ、アルトテノールバス、各2名。ジャズのスキャットの歌唱法を男女の混声合唱に持ち込んだそのサウンドは、ジャズの側からもクラシックの側からも異色で新鮮なものとして評価され、一般にも理解しやすい音楽は「ダバダバ」コーラスとして知られる。バッハ・シリーズのヒットから始まってベートーヴェンチャイコフスキーからオペラロッシーニ)にいたるまでクラシック音楽でのレパートリーを拡げ、さらに現代ポップスのヒットチャート(ビートルズビージーズなど)やその他のスタンダード・ナンバーのアレンジと、幅広い楽曲の複雑かつテクニカルかつ印象的なカバーを生み出している。アレンジはジャズの和声法やスタイルが基調であることが多い。ナット・キング・コールなど洗練された歌手・ピアニストの影響も見られる。』(Wikipediaより)とのこと。

彼らの「口楽器」の演奏を堪能してもらう前に冒頭の答えです。象の画像を見て頂くと何となく判るのですが、象の歯は上下左右の奥歯で四本です。大きな奥歯のみの四本なんです。ちなみに前歯由来の牙(きば)を含めると六本となります。では皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 552 磨く

「明け方の夢でもの食う寒さかな」辻貨物船

大方、夢の中では食べる寸前に目が覚めます。句の食べ物は何だったのでしょうか。解説には『寒い日の明け方、意識は少し覚醒しかけていて、もう起きなければと思いつつ、しかしまだ蒲団をかぶっていたい。そのうちにまた少しトロトロと眠りに引き込まれ、空腹を覚えてきたのか、夢の中で何かを食べているというのである。誰もが思い当たる冬の朝まだきの一齣(ひとこま)だ。まことに極楽、しかしこの極楽状態は長くはつづかない。ほんの束の間だからこそ、句に哀れが滲む。いとおしいような人間存在が、理屈抜きに匂ってくる。物を食べる夢といえば、子供のころには日常的な飢えもあって、かなりよく見た。でも、せっかくのご馳走を前にして、やれ嬉しやと食べようとしたところで、必ず目が覚めた。なんだ夢かと、いつも落胆した。だから大人になっても夢では食べられないと思っていたのだが、あれは何歳くらいのときだったろうか。なんと、夢で何かがちゃんと食べられたのだった。何を食べたのかは起きてすぐに忘れたけれど、そのもの本来の味もきちんとあった。それもいまは夢の中だという自覚があって、しかも食べられたのである。感動したというよりも、びっくりしてしまった』(解説より抜粋)。今回は「磨く」についてのお話。

朝日新聞「折々のことば」です。
『磨くということは、何かと何かを擦り合わせること。擦り合わせないと磨かれない。関口怜子    
 物は他の物と何度もこすれ合うことでぴかぴかしてくる。人も同じ。自分とは異質な人、理解しにくい人、話がうまく通じない人との摩擦をくり返し体験する中で人として艶(つや)やかになってゆくと、仙台を拠点に長く子どものためのアート・ワークショップを展開してきたハート&アート空間ビーアイの代表は語る。そんな遭遇を希(のぞ)むなら自分のほうから出かけていかなくちゃと。』

この文章を読みながら溜飲を下げると同時に「歯磨き」における「他の物」とは何だろうと考えました。単純には「歯と歯ブラシ」でしょうけど、「人も同じ。自分とは異質な人、理解しにくい人、話がうまく通じない人との摩擦をくり返し体験する中で人として艶(つや)やかになってゆく」を踏まえれば「歯」と「歯ブラシ」とは考えられません・・ここでの「磨く」とは、まさに切磋琢磨。

歯磨きにおける「ものと他のもの」とは「歯と歯ブラシ」ではなく「歯の汚れと気持ち」だと考えます。「キレイを保ちたい」「健康でいたい」「美味しく食べたい」等々。「汚れ」とはズバリ「食べること」であり「生きる」ことに他ならないのです。歯を使わずに生きることはできません、食べることで当然歯は汚れます。その汚れを落とすことが「歯磨き」なのです。こう考えると歯磨きとは、「日々の生活」vs「生き方」もしくは「生き様」vs「人生哲学」・・歯をキレイにしている人はキチンと生きている人だと思います。では皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 551 去年今年

「去年今年貫く棒の如きもの」高浜虚子

この句を目にすると、鐘を撞(つ)く「撞木:しゅもく」を連想します。解説には『季語は「去年今年(こぞことし)」で新年。午前零時を過ぎれば大晦日も去年であり、いまは今年だ。(中略)高浜虚子の有名な句に「去年今年貫く棒の如きもの」がある。このときに虚子は「棒の如きもの」と漠然とはしていても、時を「貫く」力強い自負の心を抱いていた』(引用元はこちら)。2022年初投稿は去年の振り返りです。

大晦日恒例毎日新聞「余録」です。『五輪も政権もコロナに翻弄(ほんろう)された2021年。いろはカルタで振り返る。【い】いけー!璃花子(りかこ)【ろ】露骨な軍集結【は】白寿まで恋バナ寂聴(じゃくちょう)さん【に】ニューヨーク、ニューライフ【ほ】報じる執念、平和賞【へ】変異で知ったギリシャ文字【と】と/う/しば分割【ち】知の巨人旅立つ【り】立憲ふらり「路線」の旅【ぬ】拭えぬ疑惑も強シンゾー【る】ルール無用のリコール署名【を】重い軽石被害【わ】我が身省みずほ【か】画面越しの平和の祭典【よ】4冠でも道半ば【た】誰の声を「聞く力」【れ】レイレイはどっち?【そ】総務省七光り接待【つ】翼広げたパラ開会式【ね】ネバーギブアップ核廃絶【な】内部告発でFBメタメタ【ら】楽観にスガって幕【む】無理やりの森友封じ【う】宇宙でやがてセレブ婚【ゐ】異郷で無念、入管の闇【の】ノーと言えぬ石炭火力【お】王者の証しグリーンジャケット【く】軍政に抗議の3本指【や】辞メルケル【ま】マナベばいつかノーベル賞【け】権力習中【ふ】文通するのに100万円【こ】ごっつぁん理事長【え】エンジンはないねん【て】天高くツバメ舞った秋【あ】あれ、COCOAどこ?【さ】サイゴンかぶーる陥落【き】銀ぶら男爵【ゆ】夢の満票、賞タイム【め】名横綱は孤高の花道【み】見せる野球がシンジョー【し】10万円で混乱分配【ゑ】えせ統計は消しゴムで【ひ】火の車半導体【も】盛られ続けた土砂リスク【せ】選挙より占拠のトランプ流【す】捨てマスク【京】きょうの祈り、鎮魂の10年』(2021/12/31余録より)。

毎年いくつか理解困難なものがります。昨年は「【れ】レイレイはどっち?」のひとつ。家人に聞くとすかさず「双子のパンダ」とのこと。もし不明なイロハがあれば検索してみてください。今回は寅年にちなんだ四曲です。では皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。