BBTime 523 漱石枕流

BBTime 523 漱石枕流:そうせきちんりゅう
「朝貌や惚れた女も二三日」夏目漱石

時代が違うと言えばそれまでですが今なら・・。解説には『朝貌は「朝顔」。こういう句を読まされると、やっぱり漱石は小説家なんだなあと思う。美しい花の命のはかなさを惜しむことよりも、人間心理の俗悪さを露出することに執心してしまう。朝貌は、もちろん夜をともにした女の「朝の貌」にかけてある。漱石は、ひややかにそんな女の貌を見つめるタイプの男なのであった』(解説より抜粋)。今回は「嗽:うがい」について。

前回「つばめつばくろ」に書きましたが、新型コロナウイルス感染症拡大の主犯は「唾液」です。主犯唾液ですのでマスクや黙食は有効なのです。またBBTime 503「何かある!」に書いていますように、歯科医院でクラスターがほとんど出ていないことは不思議な事実です。おそらく「バキューム(吸引)とこまめなウガイ」が感染拡大防止に有効なのだと思います。診療中には、患者さんの口の中に指を入れ覗き込みます。ただし患者さんが話すことは少なく(診療中は患者さんは話せません)、真正面での会話も少ないです。術者(歯科医師・歯科衛生士など)はマスクとメガネやゴーグルを着用します。

皆さんの日常に生かせる事として「くちうがい」をオススメします。喉(のど)うがいではなく口うがいです。コロナウイルスは口の中の細胞に入り込み増殖します。ウイルスを含んだ細胞が剥がれ落ちるなどして唾液中に浮遊します。このウイルスを含んだ細胞入りの唾液が会話などで外に飛び、向かいの人の開いた口から入ると、その人の口の中の細胞に入り込み・・の繰り返しで感染拡大となるのです。黙食が難しい場面では、話始める前にひと呼吸おいて「口うがい」してから話す。可能ならば対面ではなく横並びで席について食事する。唾液のドロプレット(小滴)は約1メートル離れると届きませんので、1メートル以内で人(特に知らない人)と話す時にはマスク着用する。ヤバいと思ったらすぐ「口うがい」する。希望者へのワクチン接種完了まではまだまだです。是非!自己防衛を。

最後に「漱石枕流:そうせきちんりゅう」について。夏目漱石のペンネームの経緯は・・『正岡子規との出会い・1889年(明治22年)、金之助は同窓生として漱石に多大な文学的・人間的影響を与えることになる俳人正岡子規と出会う。子規が手がけた漢詩俳句などの文集『七草集』が学友らの間で回覧された時、金之助がその批評を巻末に漢文で書いたことから、本格的な友情が始まる。この時に初めて漱石という号を使う。漱石の名は、代の『晋書』にある故事「漱石枕流」(石に漱〔くちすす〕ぎ流れに枕す)から取ったもので、負け惜しみの強いこと、変わり者の例えである。「漱石」は子規の数多いペンネームのうちの一つであったが、後に漱石は子規からこれを譲り受けている』(Wikipediaより引用)。漱石は子規との友交のなかで俳句を詠みますが、子規が「君は俳句の才はないからやめた方がいい」と諭し、漱石は俳句を諦め小説に転向したと聞きました。漱石(負け惜しみが強い)なのに子規の助言に従ったとは、かなり子規のことを尊敬していたのでしょうか。感染拡大に関しては「漱石枕流」ではなく朝顔の花言葉の「結束」の方がよろしいかと。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。1000

BBTime 522 つばめつばくろ

BBTime 522 つばめつばくろ
「つじかぜやつばめつばくろつばくらめ」日夏耿之介

句の「つばめつばくろつばくらめ」を漢字変換すると「燕燕燕」となります。解説には『燕は「つばくろ」「つばくら」「つばくらめ」などとも呼ばれ、「乙鳥(おつどり)」「玄鳥(げんちやう)」とも書かれる。「燕」は夏の季語とまちがわれやすいけれど、春の季語である。しかも「燕の子」だと夏の季語となり、「燕帰る」は秋の季語となる。それだけ四季を通じて、私たちに親しまれ、珍重されてきた身近かな鳥だということなのであろう』(抜粋引用)。今回は「つば:唾液」について。ちなみに作者名は日夏耿之介:ひなつこうのすけ。燕についてはこちらもどうぞ、なお「燕」は春の季語です、ご容赦のほど。

6/8付の朝日新聞記事「口の細胞、コロナに直接感染 唾液から他人に広がる恐れ」発見!抜粋引用します。『舌や唾液(だえき)腺など、人間の口内の細胞にも新型コロナウイルスが直接感染していることを、米ノースカロライナ大などの研究チームが突き止めた。口内でウイルスが増え、唾液を通じて感染を広げる可能性があるという。専門家は会食など飲食の場での感染対策に一層の注意を呼びかける』

『無症状の新型コロナ患者でも、唾液からは3週間以上ウイルスが検出された例もあった。味覚や嗅覚(きゅうかく)がなくなった患者の唾液からは、ウイルスが見つかりやすい傾向もみられた。こうした結果から、研究チームは、口内の細胞に新型コロナが直接感染する、と結論づけた。研究者は口内の細胞が、気づかぬうちに感染し、唾液をのみ込んで気管や肺などにウイルスが侵入したり、他人に飛散させたりする「培養装置」になっているとしている』

新型コロナの口内での感染については、日本歯科医学会連合が昨年4月、「口腔は、鼻腔(びくう)とともに咽頭(いんとう)や気道より先んじて感染するのだと推測されます」とウェブサイトで市民に注意喚起するなど、可能性が指摘されてきた。国が10月に発表した国内のクラスター(感染者集団)事例の分析資料でも、「発症者とスプーンを共用していた」「大皿料理を共有していた」などの例があったと報告。「唾液で感染することを強調すべき」と注意を呼びかけていた。日本歯科医学会連合専務理事の小林隆太郎・日本歯科大附属病院教授(口腔外科)は「ウイルスを含む飛沫(ひまつ)は見えないので、マスクを適切に着け、唾液の飛沫が口に入る可能性が高まる飲食の場ではさらに注意が必要になる」と話す』(抜粋引用)。

小生なりに解釈すると・・新型コロナウイルスは口から感染しやすく、口の中で増殖し、唾液を介して他の人に感染しうる・・このためマスクは感染予防(うつされる)のみならず感染拡大予防(うつす)の両方に有効です。ウイルスの大きさを考えるとマスクを素通りするから、意味がないとの見方もありましたが、要は唾液のドロプレット(小滴:しょうてき)ですので、マスクは十分に効果有りです。また、唾液ドロプレットが主犯のようですので「会食」「マスク無しおしゃべり」「マスク無しカラオケ」などはリスクが高くなります。もちろんワクチン接種が進めば、このようなリスクは低下します。ではでは皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。9760

BBTime 521 むしむし

BBTime 521 むしむし
「でで虫の知りつくしたる路地の家」尾野秋奈

解説に『でで虫、でんでん虫、かたつむり、まいまい、蝸牛。この殻を背負った生きものは、日本人にとってずいぶん親しい間柄だ。あるものは童謡に歌われ、またあるものは雨の日の愛らしいキャラクターとして登場する。生物学的には殻があるなし程度の差でしかないナメクジの嫌われようと比較すると気の毒なほどだ。雨上がりをきらきら帯を引きながらゆっくり移動する。かたつむりのすべてを象徴するスローなテンポが掲句をみずみずしくした。ごちゃごちゃと連なる路地の家に、それぞれの家庭があり、生活がある。玄関先に植えられた八つ手や紫陽花の葉が艶やかに濡れ、どの家もでで虫がよく似合うおだやかな時間が流れている』(解説より抜粋)。今回は去る六月四日、六四:ムシについて。

六月四日は語呂合わせで、昔なら「ムシ歯予防デー」今では「歯と口の健康週間」です(6/4-10)。歯科医師会のページには『1928年(昭和3年)から1938年(昭和13年)まで日本歯科医師会が、「6(む)4(し)」にちなんで6月4日に「虫歯予防デー」を実施していました。1939年(昭和14年)から1941年(昭和16年)まで「護歯日」、1942年(昭和17年)に「健民ムシ歯予防運動」としていましたが、1943年から1947年までは中止されていました。しかし、1949年(昭和24年)、これを復活させる形で「口腔衛生週間」が制定されました。1952年(昭和27年)に「口腔衛生強調運動」、1956年(昭和31年)に再度「口腔衛生週間」に名称を変更し、1958年(昭和33年)から2012年(平成24年)まで「歯の衛生週間」、そして2013年(平成25年)より「歯と口の健康週間」になっています』(出典はこちら)。

八月七日は鼻の日、十月十日が目の日などに対して、病名「ムシ歯」が由来であることを思うに、ある意味「ムシ歯」が親しい、身近もしくは軽いモノであったのでしょうか。極端に言えば病気というより「日焼け」や「肥満」などのような身体のある状態との認識でしかなかったのかも知れません。その証拠に(歯科医師会ですら)初めは「虫歯」の表記を使っており、昭和17年にやっと「ムシ歯」と表記しています。ムシ歯は「虫歯」ではなく「ムシ歯」なのです。なぜなら「蝕まれた歯:むしばまれたは」でムシ歯なんです。

六月四日は「虫の日」でもあると先日知りました。朝日新聞記事「6月4日は虫の日 危機を生きる小さな命、無視できない」には『絶滅の危険性がより高いカテゴリーになるにつれて、むしろ関心や研究の「熱量」が下がっていく傾向が確認できた。極めて絶滅の恐れが高い、絶滅危惧ⅠA類は最も悲惨で、すでに絶滅した種よりも「無視」されていた』(出典はこちら)。

また別の記事「ムシ嫌い助長する都会の生活 カギは「室内」と「誤解」」も・・『そこで①昔は室内に侵入する虫は感染症の病原体を運ぶリスクがあったため、嫌がられた②危険な虫を怖がらないよりも、無害な虫を怖がる方が「誤解」のコストが低く、虫を嫌がる方が合理的、という二つの要因から、都市部では虫嫌いが助長されやすいとの仮説を立てた』(出典はこちら)。いずれも無視できない話です。

不快害虫という言葉をご存じでしょうか。不快害虫「本来無害むしろ益虫にもかかわらずヒトから不快に思われるゆえ駆除の対象とされる虫」のことです。迷惑千万な話です(こちらもどうぞ)。知り合いの和尚さんの話・・ゴキブリであっても出会ったら視界から消えるまで「目を瞑る(つむる)」・・さすがです。

最後に小生にとっては無視できないお話。何気なくラジオを聞いていると、番組「ラジオ英会話」から次のようなダイアログが・・。

私事で恐縮ですが、昔のこと祖父の入院時、朝刊を届けるついでに義歯を洗おうと病室近くの洗い場に行ったところ「食器洗い場」と「洗面所」の二箇所ありました。小生迷わず、食器洗い場の方で義歯を洗っていたところ「入れ歯は洗面で!」と面識のない付き添いの方に言われました。一瞬「入れ歯は食器よりもキレイであるべきなのに」「食器より入れ歯の方が格が上でしょ」と違和感を覚えました。歯科医師にとっては無視できない誤認です。

鹿児島は梅雨の中休みゆえか、日中はすこし蒸し蒸し。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。9100


https://youtu.be/SSudCtDoSTk

BBTime 520 ゆめゆめ

BBTime 520 ゆめゆめ
「夏草や兵どもが夢の跡」松尾芭蕉

句の解説には『五月雨の降のこしてや光堂:旧五月十三日、芭蕉と曽良は平泉見物に訪れ、別当の案内で光堂(正式には金色堂)を拝観している。「おくのほそ道」の途次のことだ。句意を岩波文庫から引いておく。……五月雨はすべてのものを腐らすのだが、ここだけは降らなかったのであろうか。五百年の風雪に耐えた光堂のなんと美しく輝いていることよ。とまあ、これは高校国語程度では正解であろうが、解釈に品がない。芭蕉はこのように光堂の美しさをのみ詠んだのではなくて、光堂の美しさの背景にある藤原氏三代やひいては義経主従の「榮耀一睡」の夢に思いを馳せているのだからである。有名な「夏草や兵どもが夢の跡」はこのときの句だ。』(解説より抜粋)。今回は「ゆめ」について。

先日、目覚めた時に、ふと気が付いたんです。睡眠中に見る「夢」と、あなたの夢は?と聞かれて「はい、私の夢は宝くじ1等に当たることです」「ムシ歯をなくすことです」の「夢」は全く別物であるということに、今更ながら気が付きました。

全く同じ「夢」を使うため「どうせ夢なんだから、実現できなくてもいいんじゃない」「そんなの単なる夢よ」「バカな夢見るのはおよしなさい」等々、言われるのがオチ。目覚めるといつしか忘れてしまう儚い夢と「将来こうありたい」「いつしかこうなりたい」の「夢」が漢字も同じであるため、混同されていると思いました(これまた今更ながら)。

ラジオか何かで聞いたのですが、就寝中に見る夢は、寝ている間の脳内整理整頓で出たゴミだそうです。ホリエモンの文章に『僕が睡眠時聞を大事にするのは、ビジネスや遊びの能率を上げるためだ。人間は通常、睡眠中に浅い睡眠と深い睡眠を1~2時間のサイクルで繰り返す。脳内では、深い眠りの間に昼間の短期記憶が整理され、浅い眠りのときに長期記憶への固定化が行われるという。つまり、学んだ知識を自分のものとして定着させるには、睡眠中の記憶の固定化が欠かせないのだ』(出典はこちら)。ここに出てくる「深い眠りの間に昼間の短期記憶が整理され」た時のゴミとのこと。よって目覚めた時には夢の内容を覚えていても「おはよう」と言った瞬間に忘れてしまいがちだし、無理して思い出さない方が脳のためには良いそうです。寝ている間に見る夢はゴミ(不要なもの)ですが、若い時に見る夢はゴミではありません。

現在放送中のNHKラジオ第二「こころをよむ」の「健康長寿の”賢食”術」に「上医治未病」が出てきます。日経新聞記事に『中国の古い医学書「黄帝内経」にこんな記述がある。「上医治未病、中医治欲病、下医治已病」。大まかな意味は「一流の医者は、病気にさせない。二流の医者は、病気になりかかっている人を治す。三流の医者は、病気になっている人を治す」。一流の医者は、まだ病気になっていない「未病」を治すと諭している』(出典はこちら)。古い医学書「黄帝内経:こうていだいけい」とは前漢代に編纂された中国最古の医学書(wikipedia)と言われるもので、前漢とは紀元前206年−8年の王朝です。二千年以上も前に、病気になりかかっている人を治すのではなく、さらに手前の未病の人を治す医者が最良の医者であるという考えがあったことに驚きました。まさしく治療ではなく予防する医者です。

歯科医院の電話番号に「6480」を見かけます。ムシ歯ゼロの語呂合わせです。ムシ歯ゼロもしくはムシ歯予防は「夢」なのでしょうか。いえいえ決してそんなことはありません、実現可能なことです。「上医治未病」とはまさにムシ歯ゼロを実現している歯科医。全ての歯科医は「上医:最良の医者」になることができます。

夢を掴むような、いえ雲を掴むような話になりましたが、最後におまけをひとつ。今宵の夢見る前の歯磨きだけは「ゆめゆめ忘るるなかれ」の「ゆめゆめ」を漢字で書くと?・・驚くなかれ「努努:ゆめゆめ」なのです。では皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。8290



BBTime 519 イカリをあげて

BBTime 519 イカリをあげて
「マスクして人の怒りのおもしろき」上野さち子

掲句の季語は「マスク」で冬です、悪しからず。解説には『句は、大きなマスクをした人が、盛んに怒っている図だ。通りすがりに見かけて、ちょっと足が止まった。その人は大声で何かを言っているのだが、マスクに声がこもってしまって、明瞭には聞き取れない。口も鼻も覆われているし、わずかに目の光りだけが怒りの形相を伝えてくる。まことに恐ろしげな目つきで、しかし、言葉はモゴモゴだ。笑っては失礼かと思うが、作者は思わず吹きだしそうになってしまった。それを「おもしろき」と単純素朴に押さえているところが、それこそ実におもしろい。何が原因で怒っているのかは知らねども、たしかに第三者として見ていると、句のとおりに「人の怒り」に笑いを誘われることがある。そして、そんなに、こっちが笑いたくなるほど逆上することもあるまいにとも思う。むろん、これは第三者の心の余裕が思わせることなのだが……。といって、句はマスクの人を揶揄しているのではない。むしろ、つくづく人間とは「おもしろき」生き物よと感心しているのである』(一部抜粋)。今回は「イカリをあげて」

『ワクチンもない。クスリもない。 タケヤリで戦えというのか。 このままじゃ、政治に殺される。 私たちは騙(だま)されている。 この一年は、いったい何だったのか。 いつまで自粛をすればいいのか。 我慢大会は、もう終わりにして欲しい。 ごちゃごちゃ言い訳するな。 無理を強いるだけで、なにひとつ変わらないではないか。 今こそ、怒りの声をあげるべきだ。』5/11宝島社の新聞広告より。

COVID-19にイカリを上げる
発症そのものにイカリを上げる
原発場所にイカリを上げる
初期封鎖対応不備にイカリを上げる
水際封鎖不完全にイカリを上げる
国内初期対応不備にイカリを上げる
全世帯配布ガーゼマスクにイカリを上げる
第一波対応にイカリを上げる
緊急宣言一回目にイカリを上げる
オリンピック延期にイカリを上げる
マスクをせずにくしゃみする人にイカリを上げる
年越しても収束しないことにイカリを上げる
変異株ウイルスにイカリを上げる
路上飲みにイカリを上げる
オリンピックありきにイカリを上げる
はっきりしないけどイカリを上げる
・・・・

この一年は、いったい何だったのか。 いつまで自粛をすればいいのか。 我慢大会は、もう終わりにして欲しい。 ごちゃごちゃ言い訳するな。 無理を強いるだけで、なにひとつ変わらないではないか。 今こそ、怒りの声をあげるべきだ。(宝島社広告抜粋)

『今からもう、よく考えておくべきだ。いったい何に元どおりになってほしくないのかを。(パオロ・ジョルダーノ)◇感染者の数、発生地からの距離、マスクの販売枚数、株価暴落で失う金額、検査結果が出るまでの日数と、数えてばかり。恐怖にも浸され頭がいっぱいだけど、それでも「今までとは違った思考をしてみるための空間」を確保しておこうと、イタリアの作家は言う。コロナは今「僕らの文明をレントゲンにかけている」のだからと。『コロナの時代の僕ら』(飯田亮介訳)から』(朝日新聞折々のことば 2020/5/23)。ちょうど一年前のコラムです。

『一ばんしりぞけがたい誘惑は何かというと、まったく考えるのを放棄してしまいたいという誘惑よ。シモーヌ・ヴェイユ 鷲田さんのことば それだけが「ただ一つ、これ以上苦しまないですむ方法」だと、炭鉱労働者や失業者を支援し、みずからも工場に入った思想家は言う。断片化された労働、機械の速度への隷従、命令への服従。気がつけば彼女自身が「服従よりもさらにすすんで、何ごともあきらめて受け入れるようになっていた」。『工場日記』(田辺保訳)から。(鷲田清一)2017/11/29朝日新聞朝刊より。

八十四歳渋沢栄一翁が、関東大震災(1923年・大正12年)時に「みんな何をしてもらえるかより、みんな何ができるかを考えようじゃないか」と(NHKラジオ第二「歴史再発見」より)。かのジョン・F・ケネディは1961年1月20日、ワシントンD.C.で行われた大統領就任演説で「国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく、あなたが国のために何を成すことができるのかを問うて欲しい」と語りました(参照元)。イカリを上げて上げて上げて、堪忍袋が空疎になったらじっくり考え、考えたら自ら行動に移すべきではないか・・と思います。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。6240




 

 

BBTime 518 記事ふたつ

BBTime 518 記事ふたつ
「行く春について行きたる子もありし」矢島渚男

読み返してみても、解説にあるような深い意味を推測すらできませんでした。解説には『掲句の「子」は、赤ちゃんよりはもう少し大きい子だろう。作者の知っている子だが、そんなによく知っていたわけでもない。たぶん近所の子、あるいは友人か知人の子で、その死は伝聞によってもたらされたくらいの関係か。春の終り。生きとし生けるものの生命が盛んになる夏を待たずに逝った子のことを思って、作者の心はいわば春愁のように沈んでいる。しかし沈みながらも、作者は悼む気持ちをできるだけ相対化しようとしている。実際、子供というものは、習性と言ってよいほどに何にでもついていきたがる。だからこの子は、きっと春についていっちゃったんだと、そう思い決めることにしたのである。これまた、苦いユーモアにくるんで刻んだ心やさしい墓碑銘と言ってよい。『百済野』(2007)所収』(解説より)。最近、目にした記事について。

ひとつ目は、5/17記事「排ガス規制が「銀歯」に影響、原材料のパラジウムが高騰 「100万円前後の持ち出しも…」(出典はこちら)。車の排ガス規制で・・「風が吹けば桶屋が儲かる」のような話ですが、これは数年前から歯科業界では言われ続けてきた事実です。記事には『排出ガス規制をクリアするために、自動車に「排ガス浄化装置」という装置を組み込んでいる。この装置を作るうえで欠かせないのが「パラジウム」という金属。いま世界各国の需要拡大に伴い、このパラジウムの価格が高騰している。パラジウムが実は「銀歯」の材料にもなっている。歯科医院で虫歯の治療に使われる銀歯だが、原材料は銀だけではなく金、銀、パラジウムなどからなる「金銀パラジウム合金」、通称「金パラ」という合金から作られている。パラジウムの価格高騰により、この金パラの価格も上がっているのだ』(引用元)。

車(ガソリンエンジン車など)の排気ガスを浄化する際に触媒としてパラジウムが必要で、大量にパラジウムが使われるようになり高騰しているとのこと。ちなみに歯科用金属にパラジウムを混ぜているのは日本だけだと言われています。歯科用の通称「キンパラ・12パラ」とは金(ゴールド)を12%含む歯科用金属のことで、その組成は「金Au 12%、パラジウムPd 20%、銀Ag 52%前後、銅Cu 15%前後」。パラジウムを混ぜる理由は、適度な硬さ(天然歯に近い)にするためで、似たような硬さにしないと、その金属(冠やインレー)とご自分の歯が長持ちしないからです。画像はパラジウム地金

ネットでパラジウム価格を見て驚きでした!5/18時点で、1グラム当たり金:7254円、プラチナ:4886円、パラジウム:11467円、銀:117円の相場です。パラジウムは金の約1.5倍の価格、銀の100倍です(引用元)。実は数年前より歯科治療で「脱パラジウム」の動きが加速しています。簡単に言うと「白い被せ物:白いクラウン(冠)」の保険適用が拡大されています。口の中の条件・状態にもよりますが、大方上下とも6番目の歯までは白い冠が保険適用となっています。ついでに、土台(コア)の材料も脱金属の流れです。もし今後、歯の根の治療後に「被せ物はどうしましょう?」との質問には「金属を使わない方法は?」と聞いてみてください。一概に言えませんが、土台であれば「ファイバーポスト」、被せ物なら「CAD/CAM冠:キャドキャムかん」がオススメです。高騰しているパラジウムを使用しない分、割安感もあります。蛇足ですが・・エンジンを持たない車(電気自動車など)が増えるにつれ、当然ながら「触媒としてのパラジウム」の必要性は減少し、いつしかゼロとなります・・その時にはパラジウムは暴落するでしょうね。

さて二つ目は、5/17記事「歯磨きに「虫歯を予防する効果はない」衝撃事実」・・この見出しを鵜呑みにするとショックでしょう。この見出しの真意は「歯磨きだけではムシ歯予防は不十分です」だと解釈しました。記事には『実際に歯ブラシでこするだけの歯磨きには、むし歯の予防効果はありません。なぜなら、むし歯になりやすいところは、たいてい歯ブラシの毛先が届かないからです。むし歯になりやすいところとは、奥歯の噛み合わせの溝の中と、歯と歯の間です。また、一度むし歯を削って材料を詰めた場合、詰めた素材と歯の境目も、歯ブラシの毛先が届かず、新たにむし歯になりやすい箇所です』(引用元)。この文章は真実ですが、即「歯磨きに予防効果はない」とするのはちょっと飛躍し過ぎだと思います。

2ページ目で『最も効果的なむし歯の予防法は、フッ素を使うこと。フッ素には、むし歯の初期に起こる、歯から唾液中に溶け出したカルシウムやリンを元の歯に戻す効果があります(再石灰化作用)。また、口の中の細菌の増殖を抑える作用や、歯のエナメル質に働いて酸に溶けにくくさせる作用もあります』(引用元)。とあり3ページ目に結論として『「むし歯を減らす」たった2つの方法・・・むし歯ができないためには、むし歯ができる環境を根本的に改善する必要があります。そのための一番の近道が、砂糖を摂る頻度が高い人は、その頻度を減らすことです。  また、長い間、歯に詰め物をしていたり、歯の根が露出したりして、むし歯のリスクが高まっている人なら、フッ素入り歯磨き剤を使うことです。この2つを実践するだけでも、むし歯になるリスクは一気に低くなるのです』(引用元)。

揚げ足取る気はありませんが・・・歯磨きに効果なしと見出しにするのに、結論で「フッ素入り歯磨き粉を使うのが良い」と・・歯磨き粉を指で歯に塗るわけでもないでしょうから、やはり歯磨きは必要ですよね。さらにアドバイスするならば、夜の歯磨きをメインとし時間をかけてください。まず歯ブラシに歯磨き粉を付けずに「唾液」での歯磨きをオススメします。口の中で最もムシ歯ができにくい部位は下の前歯です。理由はシンプル・・常に唾液で濡れているから。つまり唾液によって守られているからです。鏡で口の中を見てください、ベロ(舌)を上げるとピンと伸びたスジ(舌小帯:ぜつしょうたい)が見えます。小帯の歯に近いところに左右に小さな膨らみ(舌下小丘:ぜっかしょうきゅう)が確認できます。ここから唾液が出てきます。よって下の前歯は始終唾液で守られている訳です。すなわち唾液には歯を守る作用があるんです。と言うことで、まずは唾液磨き。歯磨き粉を使うのは最後にちょこっと、歯ブラシに載せ、歯磨き粉を歯の表面に塗るつもりで歯磨きし、うがいせずに吐き出して終わり!せっかく塗布したフッ化物をうがいで流してしまうのはもったいないのです。このやり方だと、翌朝起床時の口の中のネバネバが少ないのが実感いただけます。

最後に、最もムシ歯予防効果のある方法をお教えします!ズバリ「歯は磨いても、もらうもの」なんです。セルフケア(自分磨き)でフッ素入りペーストを常用し、月に一度は「プロケア」を受けることを勧めます。脱金属で白い冠や詰め物を選択する、保険外でセラミック製のモノを選ぶ・・ご存じのように生えてきた時は白い綺麗な歯です。守った方がお得ですよ!繰り返しますが「歯は磨いても、もらうもの」。ではでは皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。4930

BBTime 517 本気なの?

BBTime 517 本気なの?
「用もなき母の電話や柿の花」荻原正三

季語は「柿の花」で初夏。『梅雨のころ、柿は黄色をおびた白色の花をつける。若葉と一緒に咲くためあまり目立たない。落ちやすい花で、地面などに散らばっているのを目にすることもある』(引用元)。昨日(5/11)鹿児島は梅雨入りしました。過去二番目65年振りの早さとのこと、やはり温暖化の影響でしょうか。さて句の解説は『掲句は作者六十歳前後の作品で、切れ字の「や」には軽い嘆きがあり、共感します。おおむね母親は用もない電話をする存在で、こ ちらが忙しいときは甚だ迷惑です。母親がもっている息子像は、胎児であったときの記憶をふくんで理想化されているのに対し、息子がもつ母親像は、理想から出発しているゆえにしぼんでいくしかない面があります。だから、息子が齢を重ねるほどに、反りが合わなくなる場合もでてくるのでしょう。(中略)ところで、下五を「柿の花」で終えているのも侘しい気がします。柿の花は黄白色の壺型で、葉の陰から地面に向けてうつむくように咲きます。俳人でもなければ、この花に心を寄せる人は少ないでしょう。しかし、この花があればこそ秋には柿が実ります。そう 考えると母の日の今日、おふくろさんありがとう』(引用元)。今回はワクチン接種における日米の本気度の差について。

先日来、接種に関するニュースを聞き驚くやら呆れるやら。アメリカではプロバスケットや大リーグの試合会場で希望者に接種可能だそうです。5/3記事「NBA観戦のファンに予約なしでワクチン接種 米ウィスコンシン州」・・内容は『NBA=アメリカプロバスケットボールの観戦に訪れたファンが、新型コロナウイルスのワクチンを予約なしで接種できる珍しい取り組みが2日、ウィスコンシン州で行われました。この取り組みは、中西部のウィスコンシン州・ミルウォーキーに本拠地を置くNBAのバックスが2日、初めて実施しました』(引用元)。

『バックスの本拠地のアリーナ内に設けられた接種会場には、試合開始の1時間ほど前から観客が次々と訪れ、受付から15分ほどで1回目の接種を終えていました。この日はイースタンカンファレンス3位のバックスと1位のネッツが対戦する好カードということもあって、観客は上限いっぱいの3280人が集まり、会場のスタッフも含めおよそ200人がワクチン接種を受けたということです。ワクチンを接種した人は「驚くほどスムーズだった。とても便利だし、理にかなっている」とか「去年10月に1度感染した経験があるので、再び感染しないためにワクチンを接種しに来た。誰にでも開かれていて、とてもいいアイデアだ」などと話していました』(引用元)。

『ウィスコンシン州の保健当局の担当者は「まだ接種できていない人たちは仕事で時間がないとか週末は接種できないなど、いろいろな理由がある。そういう人たちにも便利で簡単に接種できる機会を作っていきたい」と話していました』(引用元)。プロバスケットだけではありません、大リーグも!

かつてイチロー選手が所属したシアトル・マリナーズの球場でも。5/5記事「これがアメリカのすごさ… 茂木健一郎さん、マリナーズのワクチン無料接種を称賛 「日本の行政とは月とすっぽん」・・内容は『大リーグマリナーズが4日、米シアトルの本拠地Tモバイル・パークで来場者への新型コロナウイルスワクチンの無料接種を開始した。大リーグ球団では初めて。脳科学者の茂木健一郎さん(58)は5日、自身のツイッターで「こういうところが、アメリカはさすが」とワクチンを球団が独自で確保できる調達能力に驚くとともに「公平一律とかバカなことを言って結局破綻している日本の行政とは月とすっぽん」と日本政府の対応の鈍さを痛烈に批判した』(出典はこちら)。流石!アメリカ、ビバ!アメリカですよ。ところが、かたや日本では・・

5/10記事「ワクチン予約電話で発着信制限 NTTと携帯大手」・・内容は『NTTと携帯大手各社は、新型コロナウイルスのワクチン接種の予約で、10日朝から、電話が集中した場合、発信や着信を制限する対応をとっています。消防や警察などへの通報を含む、ほかの電話がつながりにくくなるのを避けるためだとしています。10日から多くの自治体がワクチン接種の電話予約を始めますが、NTT東日本と西日本は10日朝から、全国およそ200の自治体が予約を受け付ける電話番号への通信量が増えた場合、着信を制限する対応を取っています』(引用元)。あまりにも情けない!これで本気なのでしょうか。

テレビCMなどで「これから30分はオペレータを増員して対応します」と流れることがあります。増員の真偽はさておき民間の姿勢はこうです。それに引き換え、国や行政は・・本当に情けなく思います。政治家は口では「有事である」と言いますが口先だけなんでしょう。有事において「通信制限」するとは真逆の対応でしょ。有事の時に実力が露呈すると言われます、日本の力はこの程度なのでしょうか?・・ご自愛の程ご歯愛の程。3590



補足:折々のことばから二つ

「非常の際に臨んで、その人の真実が顕(あらわ)れる」森銑三(せんぞう)・・鷲田さんのことば「徳川の遺臣」としてその生涯を全うしようとした成島柳北は、晩年、新聞社の社長など新聞人として活動する。明治政府による弾圧下、記者ともども投獄されたとき、他の在獄者がこぞって「しょげ」あるいは「高ぶる」なか、彼一人「平素の態度を失わなかった」。おのれが定めた矩(のり)に沿い自身を限定できてはじめて人は真の自由を得る? 近世学芸史家の『明治人物閑話』から。(鷲田清一

「歴史は「誰かが何かをなすべきである」と提案する人よりも、むしろ「何かをしている人」を必要とするのです。(カレル・チャペック)・・時代の課題を指摘する時は雄弁なのに、いざ誰がその実行にあたるかとなると想像力もとたんに貧弱になると、チェコの作家は言う。「問題はそんなに単純ではない」とまた指摘を重ねるのだが、必要なのはそれぞれの生きる場所で、課題を一つ一つ具体的に解決してゆく覚悟だろう。『カレル・チャペックの闘争』(田才益夫訳編)から。

 

BBTime 516 明珍家の音

BBTime 516 明珍家の音
「厚餡割ればシクと音して雲の峰」中村草田男

厚餡:あつあん「薄皮の饅頭でしょう」と解説にありますが、歳時記によっては「あんパン」とも。ちと早いのですが・・『季語は「雲の峰」で夏。もこもこと大きく盛り上がった入道雲を意識しながら、何も暑い季節に「厚餡(あつあん)」を「割る」こともあるまいに、と……。要するに、飲み助は甘いものを暑苦しいと思い込んでしまっているのです、たぶんね。でも、最近酒量の落ちてきた私にはよくわかるようなつもりになっているのですが、そんなことはないようです。薄皮の饅頭(まんじゅう)でしょうか。特に冷やしてあるわけでもないのに、手にする「厚餡」入りの菓子はどこか冷たく重く感じられます。作者が言いたいのは、この「厚餡」と「雲の峰」との質感の相似性でしょう。あの「雲の峰」も、いま手にしている饅頭と同じように、そおっと丁寧に「割ればシクと音して」割れるようだ。「シク」が眼目。「パクッ」でもなければ、ましてや「バカッ」でもない。あくまでも大切に割るのですから、無音に等しい「シク」と鳴るわけですね。日本のどこかで、今日もこんなふうに「雲の峰」を眺めている人がいるのかと思うと、それだけでも心が安らぎます』(解説より抜粋)。今回は前回「変異人」を踏まえて「変異しない」についてのお話。

画像は姫路の明珍火箸風鈴、まさに明珍さんは「変異人」・・時代の流れに形は変われど、唯一変異しなかったものは「音」なんです。以前、拙連載「ものづくり名手名言」で取材させていただきました。以下、抜粋引用します。
『まずはいただいた資料を元に、明珍家の歴史を少し紹介します。・・・“明珍”の名の由来は、平安の頃、京都九条で甲冑師をしていた宗介紀ノ太郎が、近衛天皇に鎧、轡を献上したところ「触れあう音が朗々とし、明白にして、たぐいまれな珍器である」とお気に召され、明珍の姓を賜ったとのことである。江戸時代になると、明珍宗信が江戸に居を構え、17世紀半ば以降、系図や家伝書を整備するなどして自家の宣伝に努めた。また、鍛造技術を顕示した作品を残すとともに、古甲冑を自家先祖製作とする極書(きわめがき;鑑定書)を発行している。特に、明珍家の特徴としては家元制度を整えたことであり、江戸時代の明珍本家には諸国から門人が集まった。その後、徳川譜代の大名で姫路城主となった酒井公に従って姫路に移り住み、代々が歴々の藩主に仕えた藩お抱えの甲冑師で、千利休の注文によって茶室用の火箸を作ったことが語り継がれている。』(引用元

「52代目として当然のことのように、家業を継がれたのですか?」・・とんでもありません、そりゃあもう大変でしたわ(笑)。江戸の終わりまでは酒井の殿様から禄貰うて仕事してたわけです。そやから、贅沢はできませんけど、衣食住には困らしません。そら、ええ仕事できますわ。それが、明治になって禄がのうなりました。作るもんも甲冑から、それまでは副業やった火箸が専業になってきたんですわ。大正時代ですか? 志賀直哉の「暗夜行路」は。あの本のなかにも「明珍火箸」がでてきます。まあ当時は必ず、家に一つは火箸があったもんです。加えて御 先祖さんから受け継いできたうち独特の鍛え方によって、ええ音がする。そういうわけで、そこそこ需要はあったんです。昭和になって、太平洋戦争が本格化した頃に私は生まれました。そりゃもう深刻な鉄不足で、軍が来て鍛冶道具まで供出させられて、親父は少しばかりの財産を切り売りしながら食いつないどったんですわ。・・・終戦後の昭和27年から、地元の名士のかたのお口添えもあって仕事を再開するんですけど、どうにか軌道に乗り始めたと思うたら、今度は昭和35年頃からの高度経済成長による燃料革命ですわ。それまでは、夏場はともかく冬場はまだ注文がありよりました。それが、石油ストーブがでて、ガスコンロに電気コンロと・・・。もうお手上げですわ、注文なんてありゃしません。・・・当時、一番上の兄が親父とやっとったんですけど、そんな状況やさかい、もひとつ身がはいらん。他の兄たち(次男,三男)は、すでに別の仕事に就いていました。さらに私らの生まれた家まで人手に渡る。そんなときに高校卒業。食っていけるめどもありませんけど、今まで何十代と続いた技を「絶やすわけいかんと違うか」という使命感だけで、「何とかやってみよう」「何とかやりたい」という気持ちだけで、家業に就きました。三度の飯食うにも借金せなあかんというときの出発でしたわ。』(引用元)。

「では、そのあとに「火箸風鈴」を考案されたのですか?」・・・そうです。今だに風鈴を考えつかなんだらと思うと、ゾーッとしますわ。さっきも言いましたように、夏場はほとんど注文がありません。代々伝わってきた鍛え方によって、火箸が触れ合うときにええ音がする。ほな、この音を何とか使えんやろかと思うたわけです。そりゃあ、もう生きんがため、この技を伝えんがため、それだけのことですわ。何もきれいごとありゃしません。・・・いろいろ考えて、あれやこれや作ってみましたが、どうにか形になったのが昭和40年頃です。不安いっぱい抱えて店に持っていきよりましたところ、2、3日して店から「売れた。あれは売れるで、はよ作れ」との返事。ということで、少しずつ世間様に知れるようになってきたわけです。(引用元

「その音については?本来、副産物のように思えるのですが・・・。」・・・確かに、鉄に音は必要ないかもしれません。けれども、明珍の姓をいただいたのもこの音のお陰ですし、何十代と続いてきたのもきっとこの音あってのことでしょう。近くの大学で調べてもらったところ、鉄そのものやなくて、鉄の鍛え方にこの音をだす秘訣がある、いうことらしいですわ。その後、音色と余韻が優れていて、しかも音源として安定しているということで、ソニーのマイクロフォンのサウンドチェックに使われるようにもなりました。さらに、冨田 勲先生との出会いによって、この音がクローズアップされるようになり、平成9年からは、NHK「街道をゆく」のテーマ音楽に使うていただきました。また、その年の冬には「伝統工芸を守り,暮らしと心に潤いを与えてくれる音」として「音の匠」(日本オーディオ協会主催)にも選定されました。デジタル技術の発達によって、この音のほぼ完全な再現が可能になったらしく、冨田先生の昨年のロンドン公演「源氏物語交響絵巻」のCD化に際し、この火箸の音を加えたいとのことで、この2月に火箸の音色の録音がありました。何かしら、「源氏物語交響絵巻」のなかの「宇治十帖」で、浮舟が雪の降りしきる宇治川に身投げするシーンに合うらしいですわ。(引用元

「この仕事、槌を握って間もなく40年、鉄に苦しめられ、鉄に楽しませてもらいましたわ」とお話されていました。お話を伺っていて、まさしく鉄のような生き方をしてこられたのだなと思いました。鉄はさまざまな形に姿を変えます。たとえ形は変わっても、鉄は鉄。しなやかさ、強さ、時代に翻弄されるなどの脆さ、加えてこの音。時代に合わせて自由自在に形を変化させながらも、普遍のものをしっかりとなかに秘めている、継承してきている。  この「明珍火箸風鈴」の音はまさしく諸行無常の響き、不立文字の音。音を聞くと、思わず手を合わせて拝んでしまいます。この音色の何ともいえない余韻の底には、脈々と続いてきた明珍家の魂、すなわち伝統が聞こえるような気がしました。(平成12年2000年当時。出典はこちら

抜粋ゆえ話が飛んでおります。是非引用元をお読みください。現在(令和三年五月)、明珍宗敬(むねたか)氏が第五十三代として明珍家を継承されております。平安の世から兜甲冑、火箸、風鈴と形を変えつつも、変わることなく脈々連綿と受け継いでこられたものが「音」。令和はまさに「歳歳年年世不同:歳歳年年(さいさいねんねん)世同じからず」・・あなたの「音」その仕事の「音」・・耳を澄ませれば聞こえてくるはずです。ご自愛の程ご歯愛の程。3310

BBTime 515 変異人

BBTime 515 変異人:へんいびと
「目には青葉山時鳥初鰹」山口素堂

掲句にはこの時期よく出会います。目で青葉、耳でホトトギス、舌で鰹と視覚聴覚味覚および触覚を見事にカバーしており、本歌(ほんか、オリジナル)には「は」が入っています。チラシなどで目にする「目に青葉山ほととぎす初鰹」は正確には単にコピー(言葉)、「目に青葉」の方が平仮名五文字となり言いやすいのでしょう。変異しています。

「目には青葉尾張きしめん鰹だし」三宅やよい・・・句の解説に『思わず破顔した読者も多いだろう。もちろん「目には青葉山時鳥初鰹」(山口素堂)のもじりだ。たしかに、尾張の名物は「きしめん」に「鰹だし」』(解説より)。かなりの変異です。

「味噌・醤油・塩・酢・浅葱・初鰹」瀬戸正洋(せいよう)・・・解説に『調味料、そして薬味、初鰹。単語の羅列だけでできた句。たとえば映画のカメラが台所を撮影しているような感覚がある。味噌を映し、醤油を映し・・と来て、最後は初鰹をクローズアップ』(「食の一句」櫂未知子著82頁より)。この句が冒頭の句を本歌としているか否かは分かりません。踏まえているならば相当の変異です。ちなみに「浅葱」は「あさつき」。

ニュースでインド変異株が連日のように伝えられます。記事に『L452R変異はアジア人の免疫から逃れるために発現したとも仮定できる」と指摘する』(出典はこちら)とあります。地球上の動植物はもちろんのこと、細菌やウイルスにおいても「生き延びるために変わる」ことは共通しています。正確に言うならば「ウイルスは始終変異しており、その時々の環境や条件に合った変異株が生き残る」のです。ウイルスであっても生き延びたいのです。結果的に生き延びるための変異なのです。

次のような記事も目にしました。「なんでんかんでん 川原ひろし社長はコロナ直撃も悲壮感なし、アフターコロナの飲食店のあり方も語る」(出典はこちら)内容は『オープン直後は好調でしたが、3月から怪しい雰囲気になり、緊急事態宣言が出た4、5月は入居していたビルが閉鎖。たくさん入居していた居酒屋がみんな撤退するありさまです。その後やることがなくて。寝るのが好きなので、働きづめだった35年分寝ようと開き直りました』『この1年、家に籠りっきりであまりにも暇なので、ペペロンチーノやバーニャカウダーといった料理を基本から勉強して、かなり料理が好きになりましたね。こんな生活を送っていると、ますます店をやりたい気持ちが強くなって、なんでんかんでんを再始動させるとともに、ラーメン以外のメニューにもチャレンジしたいと意欲が湧いているところです』(記事より抜粋)。見方によってはこの方も変異されています。そうです!コロナウイルスが変異するのであれば、我々人類も変異せねば生き残れない(仕事・収入が続かない)のではないでしょうか。

これは「明鏡志水」特製淡麗塩らぁ麺・・『JR博多駅5、6番ホームにあるラーメン店「明鏡志水」が人気だ。600~1100円と立ち食い店にしては高級だが、限定100食が連日売り切れ、食べるためだけにホームに来る人もいるという』(記事はこちら)。この方(秋吉氏)も変異人(へんいびと)です。六月末までの営業、チャンスある方は是非食べてみてください。スープをひと口飲んだだけで元気百倍食欲千倍!

仕事のみならず、マスク常用、小声での会話、ソーシャルディスタンスなど自分のみならず人(他人)も守る心遣いを踏まえたライフスタイルの実践も変異人です。最後にダーウインの言葉からふたつ。「有利な個々の変異を保存し、不利な変異を絶滅すること。・・・これが自然淘汰である」「生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである」(引用元)。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。9420

BBTime 514 舌は強か!

BBTime 514 舌は強か!
「蠅の舌強くしてわが牛乳を舐む」山口誓子

「強か:したたか」辞書には『逆境に立たされてもくじけることなく、いかなる手段や奇計とも思える策を弄してでも危機や困難を乗り越えよう(非難や世間の思惑などを気にせず、自己の利益や立場を守ろう)とする強い生命力・精神力をそなえているととらえられる様子だ』(新明解国語辞典より)とあります。今回「舌は強か!」言い換えれば「舌(美味しい)は頭(健康維持)に勝つ」「砂糖や脂肪分の量よりもオイシイが勝つ」のお話。掲句は季語「蠅」で夏です、あしからず。

巷で話題の「マリトッツォ:Maritozzo 伊語」の記事を目にしました。「伊菓子「マリトッツォ」、持ち帰りで高まる人気」(朝日新聞4/24付)・・・『ブリオッシュ生地などの円いパンに生クリームをたっぷり挟んだお菓子「マリトッツォ」が売れている。イタリア・ローマ発祥で、現地では朝食として食べられることが多いという。口をあけたような形が愛らしく、オレンジピールなどで香りづけしたり、果物を挟んだりと、バリエーションも豊かだ。手頃な大きさで持ち運びしやすく、コロナ禍で高まった巣ごもり需要にフィットしたことも人気の一因のようだ。』(記事より)。

翌日(4/25)の天声人語にも登場!『ぽっかりと口をあけたように切れ目が入り、生クリームが大量に詰まった丸いパン。週末の朝、散歩中にのぞいた菓子店で思わず声が出た。これは、ローマ名物のマリトッツォではないか▼現地で特派員をしていたころ、カプチーノと一緒に立ち飲みの喫茶店でよく食べた。手づかみで食べやすく、忙しい日の朝食にぴったりだ。最近、日本でも人気だという▼名の由来はイタリア語の「夫(マリート)」。古代ローマ時代、羊飼いの夫に妻が持たせた腹持ちのよいパンが起源だという説がある。近代にはクリームの中に指輪を隠し、プロポーズに使われたとも。最古とみられる記録は19世紀前半で、ローマの詩人が明るくうたった。〈私は毎日、聖なるマリトッツォを買いに行く……〉▼』(前半のみ)

幾つかのマリトッツォを食べました。店の違いはあれど、思ったより甘くなく美味しい!。イタリア語で「Marito:マリート」は「夫」の意。マリトッツォは日本語なら夫やウチの旦那の愛称で「ダンナちゃん」でしょうか。本「フェラーリと鉄瓶」(奥山清行著)に「朝から滅茶苦茶テンション上げないと、イタリア人とは渡り合えない」のような下りがあります。朝出勤途中のカフェでマリトッツォとエスプレッソでバチッと目を覚ますのでしょう。

人は何のために食べるのか?決して健康維持のためだけではなく、生きる糧(かて)としての食事、生きる糧である気力をチャージするためでもあるでしょう。食べることは「生きる」こと、健康維持のためだけではないと思います。マリトッツォ人気は心のチャージなのでしょうね。蛇足ですが・・歯磨きお忘れなく(笑)。福岡市なら、もちろん「アマム ダコタン」!

最後に句の解説より『誓子作品についてよく言われる即物非情の非情とは、これまで「もの」が負ってきたロマンを一度元に戻すことだ。蝶は美しい。蛾は汚い。黒揚羽は不吉。ぼうふらは汚い。蠅は汚い。みんな一度リセットできるか。それが写生ということだと誓子は言っている。子規が言い出して茂吉もそう実践している。生きとし生けるものすべてに優しさをとかそんなことじゃない。「もの」をまだ名付けられる前の姿に戻してまっさらな目でみられるか。この「強くして」がいいなあ。「生」そのものだ』(解説より抜粋)・・・まさにマリトッツォ人気も生(なま)の生(せい)。菓子パンは太る、甘いものはムシ歯になる・・ではなく、リセットしてみるとただ単に「美味しいものはオイシイ」なのでしょう、きっと。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。8010