空腹を感じるのは頭か体か?

空腹を感じるのは頭か体か?

先日「喜びを食す」を書いたあと思いました。
空腹、満腹の日々の食欲に置いてはトリックがあるように思います。
満腹を感じるのは「頭」ですが、
空腹を感じるのは「体」であると思ってしまうことです。
恐らく多くの人は、お腹がグーとなると動物としての人間を再認識し
このままでは飢えてしまう、飢えと言う恐怖にさいなまれます。
Wikipediaで「空腹」を調べると体だけではなく頭でも感じるとあります
他の体が感じる兆候を考えてみてください。
尿意、便意、寒さ、暑さ、眠気・・
いずれも波状攻撃のように波がありますが、
最後には我慢できません。

空腹を感じるのは「頭」でしょうか「体」でしょうか?
おそらくは両方でしょう。
体がトリガー(引き金)となり、頭が感じるように思います。
いずれにせよヒトは頭で空腹を妄想し、
必要以上の量を食べてやっと満腹となり、
太った体を見て嘆く、
全て同じ脳がそう思うのに関連していない

目の前にワインが半分はいっているグラスがあります
飲み干してから新たに注ぐのが普通でしょう
食欲に関してはなぜか
半分残ったままのグラスに注ぎ足してこぼしてしまう
テーブルクロスは汚れるし、お金の無駄使い。
頭は不思議ですね、空腹、腹八分、満腹、空腹・・
のサイクルをつなげて考えられない?

丸一のヒレ

ロースの切り口

ヒトは喜びを食す

ヒトは喜びを食す

昨年の4/3からスタートした一日一食
と言っても「本」のなかでは、完全一日一食ではなく、
朝には野菜ジュース、昼にはおにぎりなどを紹介しています。
言い換えれば、きちんと食べる回数が一日一回

間もなく丸一年が経とうとしています。
一日一食にして減ったものは・・
一日の食事回数(おやつも含む)、食費、体重、食べる喜び
では増えたものは・・
食に対する執着心、食べる喜びのありがた味

一年経って気がつきました。
ヒトは喜びを得たいがために食事をしている!
もちろん生きるために、成長するために、
生き物として食べることは必要です
食事量を少々減らしたくらいではさほど痩せません。
かなり食事量オーバーな日常を送っていることを知りました
すなわち、生き物としてのヒトを維持するための食事量なんて、
現代社会においては、結構少ない量で充分なようです。

ではなぜ、人々は晩御飯やディナーと称して、二時間三時間を費やし、
必要以上の量を体内に入れるのでしょうか?
理由はただひとつ、「喜び」「快楽」「幸せ」を得たいがためです。
動物性脂肪をウマイと思うのも、砂糖たっぷりの甘い菓子を美味しいと思うのも、
体が欲するのではなく、頭が心が欲するのです。
ランニングの最中にワインが欲しいとは思いません
やはり走っている時に欲するのは「水」です。
体が「水」を欲しがるのです。
走り終わって水を充分に飲んで、体が落ち着いたら
次に欲しくなるのは、ビールでありワインであり・・
本当に体が空腹の時にロースのトンカツは頭に浮かびません
やはり握り飯でしょう。

ヒトは喜び、感動、楽しみ、快楽・・で満腹になる
と言うことは、少量の本当に美味しいもので満腹になるということです。
食事のみならず、デザートやお酒も同様、人生も同様かも・・

丸一

 

体重増えないレストラン

体重増えないレストラン

歯の予防のことを考えています。
「体重の増えないレストラン」を思い付きました。
そのレストランで、お腹いっぱい食べても、
100グラムたりとも体重は増加しない!
タニタ食堂よりも受けるかも知れません
「翌朝良い目覚めのバー」これなどいかが
しっかり飲んでも、翌朝はスキッと起きられるバー

体重増加でも二日酔いでも、
結果的に体にマイナスになるものを貯め込んでしまうから厄介になるのです。
アセトアルデヒドが処理されれば二日酔いから解放されますが、
飲んでしまったお酒は糖分として体内に蓄積されます。
ひとたび体内に入ったものを除去することは容易ではありません

体内(もしくは体の表面)にはいったもので、
ほぼ100%除去できるものがあります
そうです!歯の表面の汚れです。歯垢です。
そのカフェで食事したら、歯の汚れがほぼゼロになる
なんてカフェがあったら、行ってみたいと思いませんか?
そのカラオケハウスで歌ったら、歯がピカピカになる
そのバーで一晩飲んだら、歯が白くなる

体脂肪やアセトアルデヒドは、簡単に除去できませんが、
歯垢は除去可能です。
従来の歯科診療所、歯科医院は、ご存じの通り治療がメインであり看板です。
歯磨きを看板にし、気安く来れる施設のスタイルってどんなものなのでしょうかね。
デント・カフェはそのひとつになりうるか

関係のないパニーニ

美味しいモノは体に悪い?

昨日「同じケーキなのに」を書いたあと考えていました。
なぜ「美味しいモノは体に悪いのか?」

おそらく昔のこと、ヒトらしくなってきて「美味しい・不味い」ということを知り、
美味しいを求めるようになってきた頃
美味しいもの=滅多に食べられないもの、ではなかったのでしょうか?
「猿酒」という言葉を聞いたことがあります。
が木の洞に溜め込んだ果実(サルナシといわれる)が、自然に発酵して酒になったものを古代の人が飲んでいたのが猿酒の初めであったという伝説がある」Wikipedia
ヒトは動物性脂肪を美味しいと感じるとも聞きました。
酒にせよ、脂身にせよ、美味しいけど体にはリスキーである
逆に考えると、低リスクの食べ物は日常の食べ物で、さほど感動もなかった。
つまり、美味しいとは思わなかった。
年に1回もしくは数回しか口にできなかった食べ物、
滅多に口にできない=感動する=美味しい と、なったのでは?

低リスク(体の健康や歯に対して)の食べ物しか口にしなかった頃は、
歯磨きは不要でした。
今や酒、脂身、甘いもの、刺激の強いもの、何でも入手可能、入口可能です。
よって、ヒトは美味しいと言う喜びを得たと同時に「体に良くない」というリスクも手にしてしまった。摂取する量や回数を考慮しなければならなくなった。
と、いうことでしょうかね。

食べ物に関してコントロール(制限)が必要である
口のメンテナンスもこのコントロールに入ると思います。
ご本人が可能なコントロール、ご本人だけでは出来ないコントロール、
より良い口のメンテナンスは、ご本人だけでは出来ないコントロールのひとつです。

脂身が美味しい

悪くなる前に・・ではなく

悪くなる前に出会ってください
と、こちらに書きました。
具体的にどうすれば出会えるのか?
色々な方法は考えられます。
家族が通っている歯医者にいく
知り合いからの情報、
ネットで検索

今、もっと確実に健康な歯を守るシステムを
あーでもない、こーでもないと考えています。

アイデアや知恵があれば、ご教授下さいませ。

同じケーキなのに!

最近、モクのケーキにはまっています。
ふと、歯医者の仕事に絡めて考えました
モクのケーキは食べた人を幸せにします。
と、同時に少なからず太るリスクも食べた人に与えます。
と、同時に少なからずムシ歯のリスクも与えます。
全く同じ、一個のモクのケーキ
モクのケーキのみならず、岡山酒店のワインも同様
飲んだ人に喜びを与えます、同時に、健康へのリスクも
ゼロとは言えません。
お菓子やワインだけではありません
森山の唐揚げ弁当であっても、カナンの胡桃トーストであっても、
同じように、喜びとリスクを持っています。

食べる量、飲む量、その後の歯磨きなどをしっかり踏まえることで、
限りなくリスクをゼロに近づけることは可能ですし、多くの人は、それらを実践することで「喜び」だけを享受されていると思います。

カボチャです

さて、一人の歯医者がいます。
その歯医者は、あなたの歯を守ることができます。
その同じ歯医者が、あなたの歯を破壊(悪く)する可能性も持っています。
結論から言います。
あなたが、いつ歯医者と出会うかで大きく「その後」が変わります。
バージンティース(全く治療を受けていない健康な歯)の時に出会えば、
貴方の白い歯の守り人になってくれます。
ひとたび、ムシ歯になって治療が必要になってしまった時に出会えば、
その歯医者が、守り人とは反対の破壊者になる可能性はゼロではないのです。
もちろん、ムシ歯を削って日常生活に支障が無いようにと歯医者は治療を行います。
しかし、歯医者とて人、歯もヒトの一部、100%再発・悪化は無いとは言えません。
ほぼ100%守ることができるのは、悪くなる前に出会うことです。
ご本人には歯の治療はできません、
実は同様に、完璧に歯を守ることも、ご本人には出来ないのです。
同じケーキやワインが、
その人にプラスを与える一方、マイナスになることもある。
歯医者に出会うタイミングで、5年後10年後に大きな差が出る。
是非、悪くなる前に出会ってください。

スペインの赤