BBTime 393 ノーサイド

BBTime 393 ノーサイド
「あきかぜのふきぬけゆくや人の中」久保田万太郎

ノーサイド・・終わりました。お疲れ様でした、と同時に深謝いたします。試合終了後「ノーサイド」が頭の中をゆっくりと動いておりました。

一般的にノーサイドは「戦い終えたら、両軍のサイドが無くなって同じ仲間だという精神に由来する」(wikipedia より)と受け止められていると思います(詳しくはこちらもどうぞ)。勿論、否定しませんが小生こんなことも考えました。

連想したは「It is no use crying over spilt milk.」(訳語には「覆水盆に返らず」が当てられますが、厳密には意味が違うようです)。今回思ったのは、松任谷由実「ノーサイド」に出てくる「彼はもう二度と かぐことのない風」です。

ノーサイドとは試合終了・・もうこれ以上走る必要もない・スクラム組むこともない・タックルの必要もない・・もっと言えばもう走りたくても走れない、スクラム組みたくても組めない、もう全て終わったんだよ、です。

だからこそ、やりたいこと、走りたければ、スクラム組みたければ、今だよ!今しかないのよ、です。No side の対義語はないでしょうが、あえて作れば On side 試合中でしょうか。ノーサイドの瞬間に全て終了です、やりたければ今でしょ!のように思えるのです。日本はノーサイドで次は四年後のフランス大会ですが、残る南アフリカなどはまだノーサイドではなく、オンサイドです。

最後に冒頭の区の解説文をご紹介『人込みのなかの淋しさ。極めて現代的で都会風の抒情句だ。銀座あたりの人込みだろうか。平仮名を使ったやわらかい表現から、時間的には秋晴れの日の昼下がりだろう。これを「秋風の吹き抜け行くや人の中」とでもやったら、とたんにあたりは暗くて寒くなってしまう。すなわち、翻訳不可能な作品の典型ともいえる。人込みのなかの淋しさを、むしろここで作者は楽しんでいるのである』。万太郎同様、ノーサイドの淋しさをワイン片手に味わっております。かつて楕円球を追いかけた者として・・。5900



追加:ノーサイドの歌詞が尻切れ蜻蛉でした。
「人々がみんなあなたを忘れても ここにいるわ
何をゴールに決めて 何を犠牲にしたの 誰も知らず
歓声よりも長く 興奮よりも速く 走ろうとしていた
あなたを 少しでもわかりたいから
人々がみんな立ち去っても私 ここにいるわ」

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