「百八はちと多すぎる除夜の鐘」暉峻康隆
2022/9/28投稿
九月の終わりに除夜とは気が早すぎるのですが・・あしからず。解説には『季語辞典で、鹿児島県志布志町の寺に生まれた暉峻は、百八の鐘のルーツを探っています。以下、要旨を記します。江戸中期の禅宗用語辞典『禅林象器箋』(1741)に「仏寺朝暮ノ百八鐘、百八煩悩ノ睡ヲ醒ス」とあり、寺の百八の鐘は毎日の朝暮の鐘のことだった。それをサボッテ、除夜だけ百八鐘を撞くようになったのは江戸後期からである。』(解説より抜粋)。百八の由来は諸説あるようです。今回は煩悩についてのエッセイ。
文藝春秋とnoteの共同コンテスト「文藝春秋SDGsエッセイ大賞」に提出した文章です。タイトルはカーボンニュートラルならぬ「煩悩ニュートラル」
『昔のこと。民放テレビ局の周年記念で、マーガレット・サッチャー氏の講演を聴いた。「無理がなければ無駄がない」の言葉が心に残る。常々御意と思う。逆を言えば「無理をするから無駄が生じる」。しかし所詮ひとの世、生きていくためには無理をする。もっと便利に、もっと美味しく、もっと快適に、もっと速く、もっと売れるようにと枚挙にいとまがない。全て煩悩のなせる技である。
NASAがスペースコロニー研究のために作ったエコスフィアというモデルがある。ガラス球に数匹のエビ、藻、空気、人工海水が密閉されており、適度な光と温度のみ与えることで、この小宇宙は数年にわたり持続可能であると言う。一切無駄が無いのでサステナブルなのである。ひとの世において「無理しない」「無駄がない」は無理な話、しかし無理を減らす、無駄を減らすは可能だ。否、せねばならない。そこで、カーボンニュートラル同様「煩悩ニュートラル」の提案。
日々歯科診療に携わっていると切に思う。歯科医なりたての頃は「甘いものを控えてください」と本気で言っていたが、今は「食べたらケアしてください」と話す。ムシ歯予防は可能である、ムシ歯になる前に足を運んでくれれば確実に予防できる。ヒントとなる経験をひとつ。タオル洗濯の際、洗濯機にタオル・洗剤・水の順に入れて回すと、途中でタオルが偏り止まった。そこで一案、まず洗剤を入れ、水を張り、そこにタオルを入れていけば止まることなく完了する。タオル・洗剤・水は同じ、順序を変えるだけで結果が異なる。
「予防にまさる治療なし」と言うが、あまたの病の中でムシ歯のみがほぼ完璧に予防できる。問題が起きてから足を向けるのではなく、日頃何も無い時に来て欲しい。ムシ歯になる前に予防処置をさせて欲しい。順序を変えるだけで健康が維持できる。後手後手医療から先手先手予防へ。歯は磨いてももらうもの。美味しいもの、甘いもの、好きなものを食べることは「喜び」すなわち煩悩。煩悩を満たすからには、見合う努力を多少なりとも生活に加えるべきであろう。努力とは精進、煩悩と精進はセットである。
煩悩ニュートラルは新しいことではなく、昔から生活の中に存在している。「放生会」や「ラマダンにおける断食」などはその好例であろう。ひとだからこその煩悩を、ひとの知恵をもって帳尻を合わせる。煩悩ニュートラルによって地球を守ることは必ずや可能である。』
まもなく九月尽、今年も残り四分の一。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。