BBTime 430 加点法

BBTime 430 加点法
「雪降るとラジオが告げている酒場」清水哲男

画像は今朝(2/18)の桜島:昨日朝、今シーズン初冠雪で平年より64日遅く1909年の統計開始以来最も遅い記録とのこと。初冠雪とは無関係ですが、気になる文章を見つけました。糸井重里氏の「今日のダーリン」から、2006年の文章です。

<ほめるとなぜ伸びるのか?>
たびたび語っていることなのだけれど、「ほめる」が、なぜいいのかについて、また書いておきたいと思った。
「あれしちゃいけない」とか「これしちゃいけない」というふうに、いわゆる減点法で指導していくことが、まったくわるいことだとは思わない。社会のルールに関わるようなことは、そうやって憶えることが多い。
だけれど、「それはいいね」「これはよかった」と、ほめられることで人間の可能性が増えるということは、ある。それについて、どうしてなんだろうと思っていた。
うすうす、わかっていたような気もするのだけれど、犬と遊んでいて、ああそうかと理解できた。わりと、最近のことである。

犬に、何をしたら怒られるかを、いくら教えてもやってほしいことに行き着かない。
何をしたらほめられるか(ごほうびをもらえるか)がわかったら、それができるようになる。
叱って教えるという方法で考えてみよう。例えば、まっすぐこっちに来させたいとする。右に行くのでも、左に行くのでもなく、まっすぐ進ませたいとする。右に行ったら、叱るとする。あなたが犬だったとしたら、右には行かないようにするだろう。しかし、次にどうしたらいいのかはわからない。左に行ってみる。また叱られる。では、どうしたらいいかと、あらためて右に行く。これもまた叱られる。へたをすると、このままその都度叱られて、いつまでも正解にたどり着かないかもしれない。つまり叱られるしつけというのは、「やってはいけないことを、ひとつずつ無数に憶えていく」という方法なのだ。

ほめる方法では、まっすぐ進んだときに、ごほうびをやる。右に行こうが、左に行こうが、何ももらえないけれど、まっすぐ進めばごほうびがもらえる。これだけのことだ。ほめる方法というのは、「こうすればいい」ということを教えるから、無数のやってはいけないことを憶える手間がいらない。
犬と人間を同じにするなと言われそうだけれど、この場合、同じだと思うのだ。「価値観」を共有することができれば、いくらでも可能性は広がるのではないだろうか。「やってほしいこと」「価値あること」が見えていたら、やる側だって、そっちに進めばいいということがわかる。わかることは、できやすい。そういうことなのだと思うのだ。

あ、犬のしつけよりも、目隠ししてスイカを割る遊びにもそっくりだ。目隠ししているあなたは、どっちに進んでいいか、どこで棒を降り下ろしていいかわからない状態でゲームをスタートさせる。何もわからないなりに、提案的にどちらかに向かって歩き出す。「そっちじゃない」という声がいくら聞えても、どっちに歩けばいいのかはわからない。なにか正しい方向に向いたときに、「惜しい」とか「いいよ」とか言われたら、どっちにいけばいいかわかるわけだ。だから、いずれ、スイカは割れる。

否定や減点でなく、肯定と加点の方法でものを教えていくというやり方は、「やることを簡単に、やりやすくする」ということになる。
これは、教える側の価値観を問う方法でもある。「そっちへ行くのがいいんだ」と言いきれる価値観を確かに持ってないと、ほめることはできないからね。そして、「行けば当たり」になるような方向に、「偶然でも向く」ための労力を惜しまないという、弟子側の覚悟も必須なんだよなー。
ああ、ほめあって生きていきたい。これは、ぼくの最大の夢だ。

「ほめるとなぜ伸びるのか」は昨日(2/17)の「今日のダーリン」に出て来ます。
・赤ん坊が、日々成長して、なにかがちょっとずつできるようになってくる。なだらかな坂を上るようにも変わっていくし、階段をひょいと上るようにも変わっていく。「這えば立て、立てば歩めの親心」というけれど、赤ん坊を見守る大人たちが無意識やっているいいことは、こどもの成長を、加点法的に見ているということだ。「できるようになったこと」をひとつずつ発見して、それを足し算しては「じょうずだね」とよろこぶ。まだハイハイのできない赤ん坊に対して、「まだハイハイもできないのか」という具合に、できることからの減点法で見ていたら、毎日がずいぶんと息苦しいことになるだろう。

ちょっとでもできるようになったことは、ひとつずつ立派な勲章のようにピカピカに輝いて、そのこどもの誇りになって増えていく。「まだ、あれができない、これができない」と、大人と比較して急かせるわけでもなく、周囲の早熟なこどもと比べて嘆くわけでもなく、「できたら、できるごとに、よろこぶ」加点法なのだ。これは、すばらしいやり方だなぁと、いまさら思う。

大人の成長がむつかしくなるのは、やっぱり、理念としての完成形から、減点されて始まるからではないだろうか。山登りの喩えでも、てっぺんに立つのが完成である。そこまで、あと何キロと数えて登っていく。いつでもそのとき立っている場所が、頂上から引き算されていることになるのだ。いわゆる「目標」を立てて、そこに至るというやり方は、すべて減点法であるとも言えるだろう。こどもが育つときのように、これを加点法に変えることはできないものだろうか。「目的」に到達することを意識するのではなくて、日々、一歩あるいは二歩三歩進む過程を、よろこぶ。それを繰りかえしているうちに、ただの目的地と言わず、あらゆる場面に行ける能力が身につくのではないか。ちょっとした思いつきなのだけれど、考えてみたいなぁ。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
2006年に「ほめるとなぜ伸びるのか?」を書いていました。

二つの文章を読んで「加点法」は、ムシ歯予防に最適な手法だと思います。「お菓子を食べすぎるな」「もっと歯を磨け」はまさしく減点法・・では予防における加点法とは?ひとつの方法が前回ブログ「甘い力」の応用ではないかと思います。ムシ歯予防における加点法をさらに考えてみます。スイカ割り理論使えますね!3880

https://youtu.be/kafVkPxjLYg
アレサ・フランクリンの記事も見つけました、こちらです。

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