BBTime 394 南瓜大王

BBTime 394 南瓜大王
「日あたりや熟柿の如き心地あり」夏目漱石

熟柿:じゅくし 小生大好きです、スプーンで食べます。この時期至る所で目にするのが熟柿色の南瓜・・ハロウインの南瓜です。正確には柿色のハロウインの南瓜を英語で「パンプキン」、全くの別物である日本南瓜は「スクワッシュ:Squash」と言います。パンプキンとスクワッシュの違いについてはこちらをどうぞ。

ここ数年、小生にとって戸惑い・違和感を通り越して嫌悪感を抱きつつあるのが「日本のハロウイン」です。なぜあそこまで仮装して大騒ぎをするのでしょう?他人に迷惑かけなければ悪くないとは思いますが、コンビニによっては店員までもハロウイン仕様の格好をさせられたりしてます。どう考えても「やりすぎでしょ!」日本だから・・と言えばそれまでですが、来月のボジョレーヌーボーも然り、再来月十二月のクリスマスも同様、ついでにバレンタイデーもそうです。

来年のオリンピックに向けて様々な場面で「おもてなし」の言葉を耳にします。NHKラジオ外国語番組にも「おもてなし」がついている言語があります。そこまで「おもてなし(相手に敬意をもって接する)」を声高に言うのであれば、是非「起こり・起源」を多少なりとも理解した上での日本人なりの「あなたなりの」行事として欲しいと切に思います。西洋の行事(日本以外の行事)に敬意を払う意味で、ある程度はその行事の意味を知るべきだと個人的には思います。

小生が初めてハロウインを知ったのは小学生の頃、漫画スヌーピーでした。毎年10月31日夜にライナスはカボチャ畑でカボチャ大王を待ちます・・カボチャ大王とはいわばサンタさんのような存在のようです。ハロウインとは元はケルト人のお祭りが起源で、オリジナルはカボチャではなく「カブ」でした。ハロウインがアメリカに伝わるとこの時期身近にある収穫されたカボチャ(パンプキン)がカブに取って代わったようです。詳しくはこちらをどうぞ。お時間ある方は「BBTime019 歯ロウイン」「BBTime177 チガウノヨ!」もお読みください。

ハロウインとは『毎年10月31日に行われる、古代ケルト人が起源と考えられているのこと。もともとは収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事であったが、現代では特にアメリカ合衆国民間行事として定着し、祝祭本来の宗教的な意味合いはほとんどなくなっている』(Wikipediaより)。

ボジョレーヌーボーとは『毎年11月第3木曜日(日付が変わった午前0時)に解禁される、特産品の新酒をボジョレー・ヌヴォー (Beaujolais nouveau) という。以前はその年のブドウの出来栄えをチェックすることを主な目的としたもので、ワイン業者が主な顧客であったが、その後、解禁日をイベントとして、新酒として大々的に売る販売戦略や販売手法が確立され、現在はフランスでも、日本と同じ目的で一般の消費者向けに売られている』(Wikipediaより)。

クリスマスとはキリストの誕生日ではなく(誕生日は不明)「キリストの誕生を祝う日」です。『クリスマスChristmas)は「キリストのミサ」という意味で、一部の教派イエス・キリストの誕生を祝う祭であり、降誕祭ともいう。あくまで誕生を祝う日であって、イエス・キリストの誕生日ではない』(Wikipediaより)。

バレンタインデーは『ローマ帝国皇帝・クラウディウス2世は、愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がるという理由で、兵士たちの婚姻を禁止したと言われている。キリスト教の司祭だったウァレンティヌス(バレンタイン)は、婚姻を禁止されて嘆き悲しむ兵士たちを憐れみ、彼らのために内緒で結婚式を行っていたが、やがてその噂が皇帝の耳に入り、怒った皇帝は二度とそのような行為をしないようウァレンティヌスに命令した。しかし、ウァレンティヌスは毅然として皇帝の命令に屈しなかったため、最終的に彼は処刑されたとされる。彼の処刑の日は、ユーノーの祭日であり、ルペルカリア祭の前日である2月14日があえて選ばれた。ウァレンティヌスはルペルカリア祭に捧げる生贄とされたという。このためキリスト教徒にとっても、この日は祭日となり、恋人たちの日となったというのが一般論である』(Wikipediaより)。

最後に句の解説をご紹介『不惑などという年令は、とっくのとうに過ぎてしまったのに、いまだに惑ってばかりいる。句のような心地には、ならない。いや、ついになれないだろうと言うべきか。このとき、漱石は弱冠二十九歳。あたたかい日のなかの熟柿は美しく充実して、やがて枝を離れて落下する自分を予知しているようだ。焦るでもなく慌てるでもなく、自然の摂理に身をまかせている。そんな心地に、まだ若い男がなったというのだから、私には驚きである。ここでは、みずからの充実の果ての死が、これ以上ないほどに、おだやかに予感されている。人生五十年時代の二十九歳とは、こんなにも大人だったのか。「それに比べて、いまどきの若い者は……」と野暮を言う資格など、私にはない。西暦2000年まであと二ヶ月。一年少々で、二十世紀もおしまいだ。「二十一世紀まで生きられるかなあ。無理だろうなあ」。小学生のころ、友だちと話したことを、いまさらのように思い出す。切実に死を思ったのは小学生と中学生時代だけで、以後は生きることばかりにあくせくしてきたようである』(解説より)。不惑=四十歳 7530

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