BBTime 430 加点法

BBTime 430 加点法
「雪降るとラジオが告げている酒場」清水哲男

画像は今朝(2/18)の桜島:昨日朝、今シーズン初冠雪で平年より64日遅く1909年の統計開始以来最も遅い記録とのこと。初冠雪とは無関係ですが、気になる文章を見つけました。糸井重里氏の「今日のダーリン」から、2006年の文章です。

<ほめるとなぜ伸びるのか?>
たびたび語っていることなのだけれど、「ほめる」が、なぜいいのかについて、また書いておきたいと思った。
「あれしちゃいけない」とか「これしちゃいけない」というふうに、いわゆる減点法で指導していくことが、まったくわるいことだとは思わない。社会のルールに関わるようなことは、そうやって憶えることが多い。
だけれど、「それはいいね」「これはよかった」と、ほめられることで人間の可能性が増えるということは、ある。それについて、どうしてなんだろうと思っていた。
うすうす、わかっていたような気もするのだけれど、犬と遊んでいて、ああそうかと理解できた。わりと、最近のことである。

犬に、何をしたら怒られるかを、いくら教えてもやってほしいことに行き着かない。
何をしたらほめられるか(ごほうびをもらえるか)がわかったら、それができるようになる。
叱って教えるという方法で考えてみよう。例えば、まっすぐこっちに来させたいとする。右に行くのでも、左に行くのでもなく、まっすぐ進ませたいとする。右に行ったら、叱るとする。あなたが犬だったとしたら、右には行かないようにするだろう。しかし、次にどうしたらいいのかはわからない。左に行ってみる。また叱られる。では、どうしたらいいかと、あらためて右に行く。これもまた叱られる。へたをすると、このままその都度叱られて、いつまでも正解にたどり着かないかもしれない。つまり叱られるしつけというのは、「やってはいけないことを、ひとつずつ無数に憶えていく」という方法なのだ。

ほめる方法では、まっすぐ進んだときに、ごほうびをやる。右に行こうが、左に行こうが、何ももらえないけれど、まっすぐ進めばごほうびがもらえる。これだけのことだ。ほめる方法というのは、「こうすればいい」ということを教えるから、無数のやってはいけないことを憶える手間がいらない。
犬と人間を同じにするなと言われそうだけれど、この場合、同じだと思うのだ。「価値観」を共有することができれば、いくらでも可能性は広がるのではないだろうか。「やってほしいこと」「価値あること」が見えていたら、やる側だって、そっちに進めばいいということがわかる。わかることは、できやすい。そういうことなのだと思うのだ。

あ、犬のしつけよりも、目隠ししてスイカを割る遊びにもそっくりだ。目隠ししているあなたは、どっちに進んでいいか、どこで棒を降り下ろしていいかわからない状態でゲームをスタートさせる。何もわからないなりに、提案的にどちらかに向かって歩き出す。「そっちじゃない」という声がいくら聞えても、どっちに歩けばいいのかはわからない。なにか正しい方向に向いたときに、「惜しい」とか「いいよ」とか言われたら、どっちにいけばいいかわかるわけだ。だから、いずれ、スイカは割れる。

否定や減点でなく、肯定と加点の方法でものを教えていくというやり方は、「やることを簡単に、やりやすくする」ということになる。
これは、教える側の価値観を問う方法でもある。「そっちへ行くのがいいんだ」と言いきれる価値観を確かに持ってないと、ほめることはできないからね。そして、「行けば当たり」になるような方向に、「偶然でも向く」ための労力を惜しまないという、弟子側の覚悟も必須なんだよなー。
ああ、ほめあって生きていきたい。これは、ぼくの最大の夢だ。

「ほめるとなぜ伸びるのか」は昨日(2/17)の「今日のダーリン」に出て来ます。
・赤ん坊が、日々成長して、なにかがちょっとずつできるようになってくる。なだらかな坂を上るようにも変わっていくし、階段をひょいと上るようにも変わっていく。「這えば立て、立てば歩めの親心」というけれど、赤ん坊を見守る大人たちが無意識やっているいいことは、こどもの成長を、加点法的に見ているということだ。「できるようになったこと」をひとつずつ発見して、それを足し算しては「じょうずだね」とよろこぶ。まだハイハイのできない赤ん坊に対して、「まだハイハイもできないのか」という具合に、できることからの減点法で見ていたら、毎日がずいぶんと息苦しいことになるだろう。

ちょっとでもできるようになったことは、ひとつずつ立派な勲章のようにピカピカに輝いて、そのこどもの誇りになって増えていく。「まだ、あれができない、これができない」と、大人と比較して急かせるわけでもなく、周囲の早熟なこどもと比べて嘆くわけでもなく、「できたら、できるごとに、よろこぶ」加点法なのだ。これは、すばらしいやり方だなぁと、いまさら思う。

大人の成長がむつかしくなるのは、やっぱり、理念としての完成形から、減点されて始まるからではないだろうか。山登りの喩えでも、てっぺんに立つのが完成である。そこまで、あと何キロと数えて登っていく。いつでもそのとき立っている場所が、頂上から引き算されていることになるのだ。いわゆる「目標」を立てて、そこに至るというやり方は、すべて減点法であるとも言えるだろう。こどもが育つときのように、これを加点法に変えることはできないものだろうか。「目的」に到達することを意識するのではなくて、日々、一歩あるいは二歩三歩進む過程を、よろこぶ。それを繰りかえしているうちに、ただの目的地と言わず、あらゆる場面に行ける能力が身につくのではないか。ちょっとした思いつきなのだけれど、考えてみたいなぁ。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
2006年に「ほめるとなぜ伸びるのか?」を書いていました。

二つの文章を読んで「加点法」は、ムシ歯予防に最適な手法だと思います。「お菓子を食べすぎるな」「もっと歯を磨け」はまさしく減点法・・では予防における加点法とは?ひとつの方法が前回ブログ「甘い力」の応用ではないかと思います。ムシ歯予防における加点法をさらに考えてみます。スイカ割り理論使えますね!3880

https://youtu.be/kafVkPxjLYg
アレサ・フランクリンの記事も見つけました、こちらです。

BBTime 429 甘い力

BBTime 429 甘い力
「少しのことにも、先達は、あらまほしきことなり」兼好法師

画像は京都府八幡(やわた)市の石清水八幡宮です。徒然草に登場します・・『仁和寺にある法師、年よるまで、石清水を拝まざりければ、心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、ただひとりかちより詣でけり。極楽寺・高良(こうら)などを拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。さて、かたへの人にあひて、「年比(としごろ)思ひつること、果し侍りぬ。聞きしにも過ぎて、尊くこそおはしけれ。そも、参りたる人ごとに山へのぼりしは、何事かありけん、ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意(ほい)なれと思ひて、山までは見ず」とぞ言ひける。少しのことにも、先達(せんだち)はあらまほしき事なり。』第五十二段より。現代語訳などはこちらこちらをご参照の程。この縁で「徒然草エッセイ大賞」が開催されており、今回応募しました。いまだに連絡が来ませんが(笑)。募集テーマは「発見」!

『今回のテーマは「発見」です。思いがけず見つけた素敵な場所、それまで気づかなかった知人や自分の一面、生きる知恵や時代のゆくえなど、あなたが「みつけた!」「わかった!」と感じた物事、考えなどを紹介してください。下記いずれか(または両方)を選んで一文にしてください。〇あなたの印象的な「発見」を、あなたの思いや考え、理由を交えて紹介してください。〇「発見」をテーマに、あなたが身近に考えることなどを、批評や提言にまとめてください。』(募集要項より抜粋)。では応募した拙文をご披露します。「甘い力」(徒然草エッセイ大賞応募文章)・・

「甘い力」  四十年近く前のこと。歯科大入学後間も無く、先輩の口からため息のようなひと言「敗者だ」。新聞に「ムシ歯のワクチン開発につながる研究」の見出し。先輩曰く「実用化されれば歯科医不要、敗者だ」。「将来どうなるんだろう」とその時思った。

杞憂に終わった。しかしそれは喜ぶべきことではなく、憂うべきことだと、今思う。日々「ムシ歯の真の原因は?」と自問自答。「カイスの三つの輪」という古典的病因論を大学で習った。三つの輪とは「歯・細菌・砂糖」で、これらが重なるとムシ歯になるという極めてシンプルな理論。予防のためには輪の重なりを減らせば良い。歯をなくすことは本末転倒なので、残る二つの輪を小さくすることでリスクは減り予防につながる。細菌を減らすために歯を磨き、砂糖を減らすためにお菓子を食べないようにする。これまたシンプルで可能だと信じていた。歯科医になりたての頃、ムシ歯の小学生に「歯をしっかり磨き、あまりお菓子を食べないように」と注意し、親御さんには「お菓子を制限してください」と忠告した。磨き残しのある年配の方に「しっかり磨くように」と真顔で諭していた。

これは間違いではないのか?不可能なこと強いているだけではないか?と疑い始めたのが、ここ十年。まさしく「発見」であった。卵焼きにも焼肉のタレにも砂糖は入っている。ケーキやジュースだけではない、しかもムシ歯菌にとっては卵焼きもケーキも同じ。砂糖の摂取量を減らすことはできても、ゼロにすることは無理である。細菌すなわち汚れにおいても同様で、磨けば予防できると信じていた。磨けば予防可能、これは事実。しかし完璧に磨くことはできないのが現実。フロスや歯間ブラシを併用しても、歯の汚れを自力のみで完璧に取り去ることは不可能に近い。左手の汚れは、目で見て右手で落とすことができ、落ちたか否かを確認できる。ところが口の中はさにあらず。汚れている箇所を確認しないまま闇雲に磨き、汚れが落ちたか否かを確認することもできない。日常生活で不可能なことを、あたかも可能であるかのように説き、時にムシ歯をつくったのは自業自得であるかのように説明してきたことを心密かに恥じた。「甘いものを食べ過ぎず歯を磨けばムシ歯にならない」は、実生活においては正しくないのである。試験管の中では「カイスの三つの輪」は正しい、しかし口の中では正しいとは言えない、少なくとも現実的ではない。

「ヒトは甘いものが好きである」を進化の過程で検証すると「ヒトが選ぶものは甘い」がより的確だそうだ。摂食する際に高カロリーのものを選ぶようになり、結果的にそれら高カロリーのものはヒトにとって「甘かった」とのこと。原始人のみならず現代人を魅了してやまない「甘い力」。ヒトやアリのみならず、ムシ歯菌をも引きつける「甘い力」は絶大である。

近年、ムシ歯をはじめ多くの病気について予防の重要性が声高に説かれる。「予防に勝る治療なし」は言うは易く行うは難し。とはいえ数ある病気の中でも病因が明らかなのはムシ歯をおいて他にない。そこで「甘い力」の利用を考える。老若男女から愛され、癒しや喜びを与える甘い力を利用しない手はない。

ムシ歯発生をゼロにする方法は本当にあるのか。カイスの輪において「歯」をゼロにはできない、「砂糖」ゼロもほぼ不可能に近い、残るは「細菌」。思うに「何を食べるか」よりも「食べた後、どうするか」である。砂糖てんこ盛りのスイーツを食べても、完璧に磨き上げればムシ歯にはならない。日常において、ムシ歯の真の原因は砂糖ではなく「行動」だと確信する。口の中から如何にして汚れを減らすかが、最も模索すべきことだと思う。歯ブラシに加え糸ようじ、歯間ブラシ、フッ化物などを駆使することは可能でも、この離れ技を多くの人に求めるのは、これまた無理難題である。ズバリ、解決法をひと言で言うならば「歯は磨いても、もらうもの」。プロ(歯科衛生士・歯科医師)による定期的なクリーニングを加えるのが一番現実的だと思う。「えっそんな」と思わず、髪の毛を触って欲しい。その髪を切ったのは誰ですか?多くはプロのはず。月に一度でいいのである。月に一度「歯は磨いても、もらうもの」を実践頂ければ、ムシ歯発生ゼロは可能だ。「そんなこと近くの歯医者も言ってるよ」と聞こえてきそうだが、おそらく甘い力を使ってはいない。甘い力を利用した予防とは「ムシ歯予防カフェ」。月に一度、できれば二度、三度と足を運んでもらえば完璧である。スイーツを楽しんだ後にプロに「磨いてもらう」甘い仕掛け。甘い力で行動変容を促し、しっかりと予防を日常に組み込む。スイーツをムシ歯の主犯と捉えるのではなく、スイーツの持つ「甘い力」を予防に生かす。これぞまさしく「ムシ歯ワクチン」システム。カフェは現在構想中だが、発見を発明に、発明から文明文化へとムシ歯予防を進化させたい。病気は要らぬ、健康ほしい!

エッセイに書いていますように「ムシ歯予防カフェ」実現に向けてあれやこれや考えております。同じタイトルで「BBTime 356 甘い力」書いており、徒然草五十二段は「BBTime 384 超極旨!」で引用しています。またエッセイは加筆後「BBTime 415 新年信念」で、実は既にアップしております。ではでは  3630

BBTime 427 温々磨き

BBTime 427 温々磨き:ぬくぬく磨き
「春立つと古き言葉の韻よし」後藤夜半

立春(2/4)の朝の桜島です。句の解説には『韻は「ひびき」と読ませる。昔から、立春の句や歌は数多い。それだけに、後代になるほどひねくりまわし過ぎた作品が目立つようになってきた。止むを得ないところではあるけれど、だからこそ、逆に立春という題材をどう扱うかは、俳人や歌人の腕の見せどころでもある。「芸の人」夜半としては、そこでしばらく考えた。考えた結果、立春のあれやこれやの情景を捨て去って、一見すると素朴な発想のこの一句に落ち着かせることにした。さすが、である。つまり、この句には古今の名句や名歌のひびきが、すべて収まってしまっているからだ。さりげなく「他人のフンドシで相撲をとる」のも、立派な芸というべきだろう。脱帽。(清水哲男)』(解説より)。昨日節分で本日立春、暦の上では春ですが、寒さはこれからが本番のようです。「春が立つ」に因んで「ブラシ立つ」について。

先日、NHKラジオ第2の「体感する万葉集」に「立つ」が出てきました。霞立つ・風立つ・霧立つ・波立つ等々・・「立つ」とは「人知人力(じんちじんりき)の及ばぬものが目の前に発生する事」「自然の理によってその場に立ち現われる現象」とのこと。

立つブラシこと「チョコブラシ」・・これは人智人力によって立っています(笑)。すなわち意図あってのデザインです。自立することによって、置く場所(存在する場所)を問いません・・歯科医師的発想(感覚)かもしれませんがね。

温々のベッドで目覚めた朝、ベッドサイドに「チョコブラシ」が立っていれば・・手を伸ばして温々(ぬくぬく)のまま歯磨き可能です。歯ブラシと唾液があれば、歯磨きは可能です。チョットだけ習慣(常識)を変えてみませんか?爪楊枝使用の際に歯磨き粉は使いません、デンタルフロス(糸ようじ)も同じく歯磨き粉使用しません。歯ブラシも歯磨き粉なし、唾液だけで充分可能です。しかも口の中は言わばあなたの体内、唇(くちびる)閉じれば閉ざされた空間です。歯磨きに使う唾液はあなたの唾液・・飲み込んで何の問題があるのでしょうか、全く問題無しです。歯磨きは「洗面所」で「歯磨き粉使用」という習慣(常識)を変えてみませんか?歯磨きが終わった時にはバッチリお目覚めです!

「もうあかん追儺(ついな)の豆に歯がたたず」小寺正三
いつでもどこでも、しっかり歯磨きで句のようなことは回避できます!いつでもどこでも「チョコブラシ」オススメします。9030


お知らせ:2月は「ぬくぬく磨き」キャンペーン中です。詳しくはこちらへ!

BBTime 425 マスク効果

BBTime 425 マスク効果
「純白のマスクを盾として会へり」野見山ひふみ

先日、近所のスーパーのマスク売り場に「ひと家族あたり三箱まで」との張り紙。新型肺炎の影響?なのでしょうか。仕事柄(歯科臨床)毎日マスクを着用します。まずはマスクの効果を確認しましょう。

イラストのように、ウイルスの大きさは0.1マイクロですので、やすやすマスクを通過します。では効果はないのか?・・多少あります。1)まずは罹っている人(感染者)は自分の唾液などを、撒き散らさない効果あり(飛沫感染拡大防止)。2)健康な人にはマスクによる口元の加湿は効果あり(湿度を上げるといくらか効果あり)。注意点:マスク着用の場合は、口のみならず鼻もカバーする方がベター。目の表面(粘膜)からも感染しますので、可能ならばマスクとメガネ(サングラス、伊達眼鏡、ゴーグルでも良し)が更に効果あり。

マスクよりも重要な策は「手洗い」です。イチに手洗い、ニにマスク、サンにうがいのようです。うがいはしないよりした方が良い程度のようですが、手洗いは確実にすべきとのこと。再度・・イチに手洗い、ニにマスク!・・これは経験的に賛同します。歯科医は常時マスク着用しており、しょっちゅう手洗いをします、もちろんグローブも使用します(もちろん使い捨て)。この為か、歯科医師になってインフルエンザに罹ったことはありません(休んだことはゼロ)。マスクへの過信は禁物、まずは手洗い!

掲句のように「盾」にはなりませんが、しないよりした方が少しは効果ありです。これって矛盾しませんよね(笑)。そうそう、笑うと自己免疫能は上がると言われます。マスクにメガネ着用で、手洗い励行して微笑む!これがよろしいかと。「マスクして人の怒りのおもしろき 上野さち子」よりはスマイルで。こんな使い方も「腹の立つ人にはマスクかけて逢ふ 岡本 眸」。マスクの効果についてこちらに詳しく書いてあります、是非どうぞ。『飛沫感染、マスクの予防効果は?』6620



追加:過去のマスクについてのブログ二つのご紹介。BBTime 084「マスクイヤホングローブ」、BBTime 315「記事二つ」。ご自愛の程

BBTime 424 工場消失

BBTime 424 工場消失
「砂糖水飲む文弱の一守衛」小池一覚

時代を感じます。砂糖水・文弱・・?。解説には『そういえば、最近は「文弱(ぶんじゃく)」という言葉を聞かなくなった。詩や小説を書くことなどにかまけていて、世間的には弱々しいことをいう。意味は違うが「青白きインテリ」という言葉も、ひところ流行した。聞かないというと「砂糖水」も同様である。「知ってるかい」と尋ねたら「ソレって何ですか」と、若い人に言われてしまった。ただ砂糖を冷水に溶かしただけの飲み物だ。そして「守衛」もいまや「ガードマン」なのだから、作者せっかくの韜晦も、そろそろ通じなくなってくるだろう。雑誌「すばる」(97年6月号)に、中村真一郎が書いていた。「小生の年間所得、昨年は遂に五百万円を割る。文学出版の不況が、こちらに皺寄せの結果と、小生が時代からの遊離のため」。こちらのほうが、よく通じる。(清水哲男)』(解説より。韜晦:とうかい= 自分の本心や才能・地位などをつつみ隠すこと)。さて、今回は「製糖工場消失」について・・これも時代なのでしょうか。「砂糖水」が夏の季語です、あしからず。

先日(1/17)、記事「今年の砂糖 岐路の2歩手前 3年で1工場分の需要消失」を目にしました。歯科医にとっては嬉しいニュースですが・・。記事によると『砂糖消費(主に白糖)はここ3年度でも約9万2千tの減少(年間消費183万t)となり、総需要の5%に相当する需要が消失した。これは中規模製糖工場1つ分とも指摘されている』『基礎調味料はだいたい減少をたどっているが、特に塩、砂糖は健康志向やネガティブイメージ、誤解も絡んで減少幅は大きい。また、食品市場の隅々にまで浸透しているため人口減少の影響を直接的に受けてしまう。塩はなるべく摂らない方向に向かうが、砂糖は甘みを出すためには使わざるを得ない。そこで代替甘味料が平成時代に台頭してきた。平成30年間で砂糖消費が26~28%減ったのに対し、異性化糖は15%増、加糖調製品(海外で砂糖を混ぜた二次原料)は5倍増となった』(記事より)。

「健康志向・人口減少」などの理由で砂糖消費量減少となれば、これは致し方ないでしょう。加えて、これまでが「甘すぎ」たのだと思います。スターバックスの「抹茶クリームフラペチーノ」には何と!65g(グランデサイズ)入っているそうで、キャラメルフラペチーノにはさらに多い66g(グランデ)。WHO(世界保健機関)が2015年に出した指針では「肥満や虫歯を予防するために、砂糖などの糖類を一日に摂取するカロリーの5%未満に抑えるべきだとする新指針を発表した。平均的な成人で25グラム(ティースプーン6杯分)程度」(引用元)。WHOは1日あたり25gを推奨しています。となるとスタバ1杯で2.5日分の砂糖を摂取することに・・やはり「甘すぎ」!

記事では『一方で、今年は東京五輪も開催され、業界の啓発活動「シュガーチャージ」(砂糖でエネルギー補給)で少しでも砂糖に対する誤解を払しょくして消費減を食い止めたいと期待を寄せている』と締めくくっていますが、今の生活においてわざわざシュガーチャージしなくても充分に摂取していると思います。

とは言え「甘いもの」は必要です。人々は砂糖が欲しいのではなく「甘いもの」を口した時の「喜び」が欲しいのだと理解します・・これを否定する気は更々ありません。そこでひと工夫。砂糖ゼロでも「喜び・満足・安堵」が得られるものは色々あります。今が旬のみかん類・りんごなどの果物、焼き芋だって甘いけど砂糖ゼロです。製糖工場関係者は大変だとは思いますが「大きく変わる」と理解して頂き、この減糖の流れを更に大きな流れとなるよう応援します。以前ご紹介した「大豆ヨーグルト」「極旨バナナジュース」「超極旨!」も砂糖ゼロです、是非お試しください。5990

https://youtu.be/ftxnr28LDXc

追加:以前「甘味」について書いておりました。「まずは甘さですが 私達が甘味が好きなのは糖分探知機として進化したからです 大雑把に言えば 糖分は高エネルギーなので それを好む様に 脳の配線が組まれたのです 私達が好きだからハチミツは甘いのです」・・詳しくはBBTime261「あんぱん」をどうぞ。

BBTime 422 革命的

BBTime 422 革命的
「居酒屋の灯に佇める雪だるま」阿波野青畝

今冬は雪不足のようで(鹿児島は降らないので伝聞)「佇める(たたずめる)雪達磨」も少ないのでしょうか。今回は、前々回「うどんの形」に書いていた「革命的デザイン」についてのお話。

AERA の綴じ込み付録です。いつのAERA か不明ですが、まだジョブズ氏ご存命であった時だと思います。8番目の言葉として紹介されているのが「時折、革命的な製品が出てきて、すべての様相を一変させてしまう:Every once in a while a revolutionary product comes along that changes everything.」です。iMac iPod iPhone iPad・・と革命的製品を立て続けに世に送り出しました・・人々の生活は一変しました。その後、Apple Watch AirPods など、これまた人々の生活を変える(であろう)製品を生み出しました。付録の裏表紙には「We innovate out. 我々は革新で苦境を切り抜ける」とあります。

Appleデザインに関する記事『Appleに影響を与えた伝説の工業デザイナー、ディーター・ラムスの「いいデザインの10か条」』を見つけました。十ヶ条とは・・・
1)いいデザインは革命的である。Good design is innovative.
2)いいデザインは製品を使い易くする。Good design makes a product useful.
3)いいデザインは美的である。Good design is anesthetic.
4)いいデザインは理解し易くする。Good design makes a product understandable.
5)いいデザインは出しゃばらない。Good design is unobtrusive.
6)いいデザインは正直である。Good design is honest.
7)いいデザインは長く続く。Good design is long-lasting.
8)いいデザインは首尾一貫している。Good design is thorough down to the last detail.
9)いいデザインは環境に優しい。Good design is environmentally friendly.   10)いいデザインはデザインが最小限である。Good design is as little design as possible.

詳しくは、ぜひ記事を読んでください、動画も是非!これら十ヶ条のひとつひとつに納得します。特に10番目の「最小限である」は、Apple製品には色濃く反映されていると思います。結構以前よりApple製品には「取扱説明書」が付いていません。「使い易く、理解し易く、最小限」であるからこそ使用中に使い方を習得してゆくのだと思います。と同時に残り二分か三分、もしくはそれ以上を使用者に委ねているような気もします。「革命・革新」とは製品が100%そうではなく、使用することで生活を「革命的・革新的」に変えていくのではないでしょうか。

我田引水、親バカちゃんりんです(笑)。「チョコブラシ」デザインのベースには「いつでもどこでも:everytime everywhere」「くさびじょう欠損をつくりにくい」「環境に優しい」などがあります。文献上1498年に現在の歯ブラシの原型が中国で作られました。お分かりのように、五百年前と今とでは食べるものも生活様式も全くと言っていいほど違います、全く同じものは「歯の形」だけ!それ故、歯ブラシの形が五百年間不変だったとしたら・・如何なものでしょうか?チョコブラシが革命的製品と言うのは憚れますが、使う人の「歯磨き」を変えるチカラ(デザイン)を持っていると自負しております。

最後に雪だるまとスノーマンのデザインについて。先日ラジオでこの両者の違いを話してました。スノーマンはパーツが三つ「頭・胴・足(下半身)」、日本の雪だるまは「頭と胴」のふたパーツ、だから達磨さんであるとのこと。句の解説は『繁華街に近い裏小路の光景だろうか。とある居酒屋の前で、雪だるまが人待ち顔にたたずんでいる。昼間の雪かきのついでに、この店の主人がつくったのだろう。一度ものぞいたことのない店ではあるが、なんとなく主人の人柄が感じられて、微笑がこぼれてくる。雪だるまをこしらえた人はもちろんだけれど、その雪だるまを見て、こういう句をつくる俳人も、きっといい人にちがいないと思う。読後、ちょっとハッピーな気分になった。『春の鳶』所収。(清水哲男)』(解説より)。チョコブラシで磨いてもらって「ちょっとハッピー」になって頂ければ幸いです。3720




https://vimeo.com/30462683
追加:付録についてネット検索したら 2011/06/29発売号でした。因みにSteve Jobs氏命日は 2011/10/05。

BBTime 421 耳うどん

BBTime 421 耳うどん
「パンに耳うどんに腰や冬うらら」千坂希妙

バイアスがかかってました(笑)。毎日新聞朝刊(1/13付)に、この句を見た瞬間「耳うどん」が俳句に詠まれてる!と驚き「パンに 耳うどんに 腰や冬うらら」と読んでしまい何度読んでも「?」意味不明・・前回「うどんの形」をアップしたので頭の中に「耳(から)うどん」が茹で上がっていました。皆様は、お分かりのように「パンに耳 うどんに腰や 冬うらら」です。普通に読めばすんなりと解説文も理解できます。(バイアス:思い込みや偏見)

以下解説より『「パンに耳うどんに腰」がある。では、大根には?答えは「足がある」だろうか。とまれ、こうした言葉遊びを楽しむような、いわば能天気でおだやかな日和、それが季語「冬うらら」』(毎日新聞季語刻々より)。

「大根には足がある」もバイアスがかかっているような気がします(笑)。「首がある」も正解では?(青首大根があるでしょ)。さて「お菓子を食べすぎるとムシ歯になる」・・これもバイアス。他の食べ物でもムシ歯になります、砂糖が僅かでも含まれていればムシ歯になり得るのです。肝心なのは「何を食べてもいいので、食べた後にいかにキレイにするか」。お菓子→甘い→砂糖が多く含有であれば、ムシ歯のリスクは高くなりますが「お菓子の食べ過ぎ=ムシ歯発生」ではありません。

さらに「歯を磨けばムシ歯予防できる」も思い込みです。歯を磨くことはできますが、完全に磨き上げることは、ほぼ無理難題なのです。そのため歯医者の口から「あまりお菓子を食べないように」の一言が出るのです。毎日100%磨き上げるのは無理ですが、乱暴な言い方をすると「一週間で磨き上げる」ことは可能です。歯ブラシのみならず、フロスや歯間ブラシも使ってくださいませ。定期的(せめて3ヶ月に1回)な歯科受診もお勧めします。チョコマカ磨きしやすい「チョコブラシ」もオススメです!2120

BBTime 420 うどんの形

BBTime 420 うどんの形
「なんとなく松過ぎ福神漬甘き」岡本 眸

お正月にカレーと聞くと「おせちもいいけどカレーもね!」を思い出します。ククレカレーサイトには『1976年(昭和51年)以降、年末年始に流された買い置き訴求の「おせちもいいけどカレーもね!」というキャンディーズのCMが話題となりました』(ハウス食品)。今回はモノからコトに変える「形」について。

消費が「モノからコト(経験・体験)に変わった」と耳にして久しくなります。少々前の(2016/3/29)記事ですが「モノからコトへ。ユーザーの変化を追え!」には・・『人は体験に価値を見いだす―。モノからコトへのパラダイムシフトが叫ばれて早くも10年がたち、ユーザーの体験価値(UX)の重要性はいたるところで叫ばれています』(記事はこちら)とあります。例として車所有は・・『モノに対する価値観の変化の代表例が、若者の自動車に対する興味関心の低下です。かつて多くの若者は、とにかく車を欲しいと考えたものでした。ところが最近では、自分では車を持たず、必要なときに必要な分だけレンタルできる「カーシェアリング」の登録者数が増加しています。ユーザーは、車を所有すること自体には価値を見いださず、車を利用することで得られる体験価値に対価を支払っています。これはまさに「モノからコトへのパラダイムシフト」です』。また薄型テレビの例は・・『当時、薄型テレビは「作れば売れる」そんな時代でした。高額にも関わらず、生産が追い付かないほど売れたものです。ところが、液晶(プラズマ)パネルさえ手に入れば簡単に作れる薄型テレビは、韓国や台湾などのメーカーが市場に参入した途端に価格破壊が起こり、全世界で過酷なコスト競争時代に突入しました。ユーザーに受け入れられるテレビとは何か。われわれは毎日のように議論し、アイデア出しに明け暮れました。しかしながら、どんなに機能を追求しても、デザインを良くしても、ヒット商品は生まれません。理由は明確です。ユーザーにとって、テレビの経験価値(UX)とは、結局のところコンテンツ(映像)だからです。テレビ自体の機能の差はほとんどなくなり、メーカーがどれだけ頑張って高機能テレビを作ったところで、価値を創出することができなくなってしまったのです』(記事より)。この記事と少しずれるとは思いますが・・

画像はご存じ「AirPods」。巷では「耳からうどん」とも評されました。昨年秋から「うどん」を使用するようになって「モノからコトへ変える形」を痛切に感じます。これまでも良い音質のイヤホン(B&O)とか、ノイズリダクションヘッドフォン(BOSE)も使いましたが、完全コードレスイヤホンの威力には感心させられます。入浴以外はほぼ使用可能で、他のこと(作業・行為)が同時にできます。あたかもラジオの中に入っているような心地よさ(聴こえ良さ)を十二分に堪能してます。

語学学習(聞き流し)や数々の講演会(ラジオ番組)など、装着した途端に語学学校や講演会会場にいるかのようで、ランニングの際にはエンハンサー(背中を押してくれるもの)として聴いてます。ラジオ各局は聴き逃しサービスを用意してますので、昔々の「エアチェック」よろしく「聴き逃しチェック」をこまめにすれば、それはそれは充実したプログラムを享受できます。

年明けに腕にした(手にした)Apple Watchはまだまだ使いこなせていませんが、AirPods同様「モノからコトへ変えるモノ」であることを実感します。アメリカ建築の三代巨匠のひとり「ルイス・サリヴァン」の有名な言葉「Form follows function.」・・『「形式は常に機能に従う。(form ever follows function. )」は通常「形式は機能に従う。(form follows function. )」に短縮されて用いられる。近代以前の建築は、形態を作る時に様式を根拠にしていた。当時の自動車が馬車を模倣したように「歴史」に従っていた。サリヴァンは方程式を解いていくと、結果的に美しいものができると説いた。この言葉はバウハウスなどモダニストの合言葉にもなった。』(Wikipediaより)。彼の言葉を逆さにして「Function flows from form.=機能(できること)はカタチから生まれる」(flow from:Success flows from health and intelligence.成功は健康と頭の良さから生まれる)・・まさに「コトを変える形」

何度か紹介している「チョコブラシ」・・これも「コトを変える形」と自画自賛しております。ご興味ある方はお試しください。次回はアップル製品に影響を与えたと言われているデザイナーに関する記事「Appleに影響を与えた伝説の工業デザイナー、ディーター・ラムスの「いいデザインの10か条」について。0970




おまけ:福神漬けについて句の解説より引用『おせち料理や餅に飽きた頃のカレーライスは、新鮮な味がする。添えられた福神漬に、作者はこんなに甘い味だったのかと、感じ入った。普段、福神漬をことさらに味わって食べることはなかなかないけれど、この場合、作者はたしかに味わっているのである。そこで、なんとなく松の過ぎていった感じが、読者にもなんとなくわかるような気がしてきて微笑ましい。福神漬はむろん七福神を連想させる効果もあるわけで、作者に残るいささかの正月気分とも呼応している。それにしても、ありがたい七福神を漬物にしてしまったという「福神漬」の命名は大胆不敵だ。ちなみに福神漬の中身は、ダイコン、ナス、レンコン、ナタマメ、ウリ、シイタケ、シソの七種類。明治十八年(1885)創製の東京名産である。』(解説より)。

BBTime 419 百年一緒

BBTime 419 百年一緒
「一所懸命紅梅も白梅も」西嶋あさ子

まだお正月気分に浸っていたいのに「紅梅白梅」とはちと早いのですが、これまたご容赦を。句の解説には『NHK放送文化研究所によると、「一所懸命」は武士が賜った「一か所」の領地を命がけで守り、それを生活の頼りにして生きたことに由来した言葉で、これが転じて「物事を命がけでやる」という意味となったという。そのうち文字のほうも、命がけで守り通すことから、一生をかけての意味を強め「一生懸命」とも書かれるようになったようだ。今では「一生懸命」と表記・表現される場合が多くなり、多くの新聞や雑誌、放送用語で統一して使用されているという。しかし、掲句を見ると、やはり「一所」でなければならないことが確かにあると思う。ひとところを死守するのは、人間も植物も同じである。毎年同じ場所で、同じ枝からほつりほつりとほころび始める。梅の花がことにつぶらで健気に感じられるのは、冴え返る清冽な空気によるものだろう。一所懸命という音には、凛々しさとともに、痛々しいような切なさもどこかに感じられる。身を切る空気のなかで咲く梅のもつ不憫さも、この言葉は抱えているのである』(解説より)。今回は一所と同じ「一緒」についてのお話(古くは一緒は「一所」と表記:新明解国語辞典より)。

拙ブログお読みの方は「ハハーン」とお分かりのように「百年一生」「百年一笑」に続いての「百年一緒」です。新明解国語辞典には「一緒:二人以上の人が同じ行動をすること」とあります・・そうです、ヒトと歯は「百年一緒」まさしく一蓮托生(正確には歯の方が若干(数年)短くなりますが)なんです。

一蓮托生・百年一緒のわけは?ズバリ「歯は新陳代謝をしないから」です。言わずもがな他の部位は新陳代謝いたします。例えば爪は6か月、皮膚は28日、髪の毛が2年から6年、心臓は3週間、胃は1週間、肝臓は2か月などで細胞が入れ替わります。3か月でほぼヒトの体の細胞が全て新しくなるとも聞きます。速いヒトでは2年で髪の毛に至る体の全てが生まれ変わることになります・・しかし歯は新陳代謝しません。そこで必要な事は・・・?

「百年一緒」は目出度い席で謡われる「高砂」に通じます。掛け軸に見られる老夫婦・・「俗謡に「おまえ百までわしゃ九十九まで、共に白髪の生えるまで」と謡うものがあり、これも『高砂』の尉・姥に結びつけて考えられている。俗説として、「百」は「掃く」、すなわち姥の箒を意味し、「九十九まで」は尉の「熊手」を表すのだという」(Wikipediaより)。驚きですね!高砂の老夫婦は熊手と箒で掃除しています。・・もうお分かりですね!百年一緒のコツは「掃除」です。新「高砂」図では(じょう:老人)は歯ブラシを、(うば:老女)は糸ようじを持って欲しいところです(一笑)。「百年一生」「百年一笑」「百年一緒」のためには諦めていただいて、チョコマカ磨いてください。チョコマカ磨きしやすい「チョコブラシ」をデザインしました、ご興味ある方はこちらをご覧ください。6750

BBTime 418 百年一笑

BBTime 418 百年一笑
「三日月ほどの酔いが情けの始めなり」原子公平

掲句は季語が「三日月」で秋です、ご容赦の程。解説には『季語は「(三日)月」で秋。長い酒歴のある人でないと、こういう句は詠めまい。『酔歌』という句集があるほどで、作者は無類の酒好きだった。「三日月ほどの酔い」とは、飲みはじめのころの心的状態を言っている。ほろ酔い気分の一歩手前くらいの心地で、酔っているとは言えないけれど、さりとて全くのシラフとも言えない微妙な段階だ。おおかたの酒飲みは、この段階でぼつぼつ周囲の雑音が消えてゆくことが自覚され、自分の世界への入り口にあるという気持ちが出てくる。すなわち、シラフのときには自制していたか抑圧されていて表には出さなかった(出せなかった)「情け」が動き「始め」るというわけだ。「情け」といっても、いろいろある。「情にほだされ」て涙もろくなることもあるし、逆に「情が高ぶって」怒りやいじめに向かうこともある。加えて、曰く言いがたい酒癖というものもある。だが、いずれにしても、「知」よりは「情」が頭をそろそろともたげてくるのがこの段階なのであって、飲み始めた当人にその情がどこに向かうのかがわかりかけるのも、この段階だ。作者は今宵もひとりで飲みながら、長年にわたる飲酒を通じて生起した様々な心的外的な出来事を振り返って、すべての「始め」はこのあたりにあったのだなと合点している。「情けは人のためならず」と言うが、酒飲みの情はその日その日の出来心によるから、人に情けをかけたとしても、必ずしも自分のためになるとは言いがたい。酒好きには、しいんと身につまされる一句だろう。『夢明り』(2001)所収。(清水哲男)』(解説より)。今回は「智と情」についてのお話。BBTime 416「百年一生」もご参照のほど。

画像は昨年晦日(2019/12/30)の朝日新聞「折々のことば」です。『智は、いつも、情に一ぱい食わされる。 ラ・ロシュフコー 人がなす推論や判断は、期待や恐怖、自愛や憎悪といった感情に知らぬまにバイアスをかけられ、あらぬ方向に向かう。希望的観測というのはその典型だ。知性は撓(たわ)みやすいものなのだ。だからだろう、知性はみずからに明確な根拠や厳密な方法を課してきた。推論や判断は、性急にではなく丹念に、そして注意深くと。17世紀フランスの公爵の『箴言(しんげん)と考察』(内藤濯(あろう)訳)から。(鷲田清一)』 句の解説にもあるように「情(感情)が智(知性・科学的根拠)に勝る」のが人の性(さが)。健康より「美味しい・甘い」が優先されるのでヒトは太り、ムシ歯のリスクが高まります。

これから「百年一生」の時代です・・かと言って必ずしも「健康=幸福」とも言い切れないと思います。「一病息災」に一理あるのも然り、健康の為に生きるのではなく、自己の満足のために生きる。時に、不健康でなことであっても人々が「喜び」を優先させるのも、これまた「人の性」。

「破顔一笑:はがんいっしょう」とは、顔をほころばせて、にっこり笑うこと(出典)。百年一生のためには、情が智に勝る事もある、欲が理性に勝つ事もある、これが人生でしょうねと 2020年の始めに「百年一笑」・・これもなかなか良いんじゃないとほくそ笑むのでした(一笑)。

ご存じの方も多いでしょう、黒田清輝の「智・感・情」です。詳しくはこちらこちらをご参照ください。話飛びますが「美術館に行く人は「長生きする」傾向、英大学の調査で判明」の記事を見つけました。長寿の秘訣のひとつに「美しいものに触れる」があるようです。そう言えば、夏目漱石「草枕」は・・・
『山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。住みにくさが高こうじると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟さとった時、詩が生れて、画が出来る。』  やはり、人生に「美しい・美味しい」は必須です・・百年一笑!
「智:wisdom」にかけての曲です。6400