BBTime 518 記事ふたつ

BBTime 518 記事ふたつ
「行く春について行きたる子もありし」矢島渚男

読み返してみても、解説にあるような深い意味を推測すらできませんでした。解説には『掲句の「子」は、赤ちゃんよりはもう少し大きい子だろう。作者の知っている子だが、そんなによく知っていたわけでもない。たぶん近所の子、あるいは友人か知人の子で、その死は伝聞によってもたらされたくらいの関係か。春の終り。生きとし生けるものの生命が盛んになる夏を待たずに逝った子のことを思って、作者の心はいわば春愁のように沈んでいる。しかし沈みながらも、作者は悼む気持ちをできるだけ相対化しようとしている。実際、子供というものは、習性と言ってよいほどに何にでもついていきたがる。だからこの子は、きっと春についていっちゃったんだと、そう思い決めることにしたのである。これまた、苦いユーモアにくるんで刻んだ心やさしい墓碑銘と言ってよい。『百済野』(2007)所収』(解説より)。最近、目にした記事について。

ひとつ目は、5/17記事「排ガス規制が「銀歯」に影響、原材料のパラジウムが高騰 「100万円前後の持ち出しも…」(出典はこちら)。車の排ガス規制で・・「風が吹けば桶屋が儲かる」のような話ですが、これは数年前から歯科業界では言われ続けてきた事実です。記事には『排出ガス規制をクリアするために、自動車に「排ガス浄化装置」という装置を組み込んでいる。この装置を作るうえで欠かせないのが「パラジウム」という金属。いま世界各国の需要拡大に伴い、このパラジウムの価格が高騰している。パラジウムが実は「銀歯」の材料にもなっている。歯科医院で虫歯の治療に使われる銀歯だが、原材料は銀だけではなく金、銀、パラジウムなどからなる「金銀パラジウム合金」、通称「金パラ」という合金から作られている。パラジウムの価格高騰により、この金パラの価格も上がっているのだ』(引用元)。

車(ガソリンエンジン車など)の排気ガスを浄化する際に触媒としてパラジウムが必要で、大量にパラジウムが使われるようになり高騰しているとのこと。ちなみに歯科用金属にパラジウムを混ぜているのは日本だけだと言われています。歯科用の通称「キンパラ・12パラ」とは金(ゴールド)を12%含む歯科用金属のことで、その組成は「金Au 12%、パラジウムPd 20%、銀Ag 52%前後、銅Cu 15%前後」。パラジウムを混ぜる理由は、適度な硬さ(天然歯に近い)にするためで、似たような硬さにしないと、その金属(冠やインレー)とご自分の歯が長持ちしないからです。画像はパラジウム地金

ネットでパラジウム価格を見て驚きでした!5/18時点で、1グラム当たり金:7254円、プラチナ:4886円、パラジウム:11467円、銀:117円の相場です。パラジウムは金の約1.5倍の価格、銀の100倍です(引用元)。実は数年前より歯科治療で「脱パラジウム」の動きが加速しています。簡単に言うと「白い被せ物:白いクラウン(冠)」の保険適用が拡大されています。口の中の条件・状態にもよりますが、大方上下とも6番目の歯までは白い冠が保険適用となっています。ついでに、土台(コア)の材料も脱金属の流れです。もし今後、歯の根の治療後に「被せ物はどうしましょう?」との質問には「金属を使わない方法は?」と聞いてみてください。一概に言えませんが、土台であれば「ファイバーポスト」、被せ物なら「CAD/CAM冠:キャドキャムかん」がオススメです。高騰しているパラジウムを使用しない分、割安感もあります。蛇足ですが・・エンジンを持たない車(電気自動車など)が増えるにつれ、当然ながら「触媒としてのパラジウム」の必要性は減少し、いつしかゼロとなります・・その時にはパラジウムは暴落するでしょうね。

さて二つ目は、5/17記事「歯磨きに「虫歯を予防する効果はない」衝撃事実」・・この見出しを鵜呑みにするとショックでしょう。この見出しの真意は「歯磨きだけではムシ歯予防は不十分です」だと解釈しました。記事には『実際に歯ブラシでこするだけの歯磨きには、むし歯の予防効果はありません。なぜなら、むし歯になりやすいところは、たいてい歯ブラシの毛先が届かないからです。むし歯になりやすいところとは、奥歯の噛み合わせの溝の中と、歯と歯の間です。また、一度むし歯を削って材料を詰めた場合、詰めた素材と歯の境目も、歯ブラシの毛先が届かず、新たにむし歯になりやすい箇所です』(引用元)。この文章は真実ですが、即「歯磨きに予防効果はない」とするのはちょっと飛躍し過ぎだと思います。

2ページ目で『最も効果的なむし歯の予防法は、フッ素を使うこと。フッ素には、むし歯の初期に起こる、歯から唾液中に溶け出したカルシウムやリンを元の歯に戻す効果があります(再石灰化作用)。また、口の中の細菌の増殖を抑える作用や、歯のエナメル質に働いて酸に溶けにくくさせる作用もあります』(引用元)。とあり3ページ目に結論として『「むし歯を減らす」たった2つの方法・・・むし歯ができないためには、むし歯ができる環境を根本的に改善する必要があります。そのための一番の近道が、砂糖を摂る頻度が高い人は、その頻度を減らすことです。  また、長い間、歯に詰め物をしていたり、歯の根が露出したりして、むし歯のリスクが高まっている人なら、フッ素入り歯磨き剤を使うことです。この2つを実践するだけでも、むし歯になるリスクは一気に低くなるのです』(引用元)。

揚げ足取る気はありませんが・・・歯磨きに効果なしと見出しにするのに、結論で「フッ素入り歯磨き粉を使うのが良い」と・・歯磨き粉を指で歯に塗るわけでもないでしょうから、やはり歯磨きは必要ですよね。さらにアドバイスするならば、夜の歯磨きをメインとし時間をかけてください。まず歯ブラシに歯磨き粉を付けずに「唾液」での歯磨きをオススメします。口の中で最もムシ歯ができにくい部位は下の前歯です。理由はシンプル・・常に唾液で濡れているから。つまり唾液によって守られているからです。鏡で口の中を見てください、ベロ(舌)を上げるとピンと伸びたスジ(舌小帯:ぜつしょうたい)が見えます。小帯の歯に近いところに左右に小さな膨らみ(舌下小丘:ぜっかしょうきゅう)が確認できます。ここから唾液が出てきます。よって下の前歯は始終唾液で守られている訳です。すなわち唾液には歯を守る作用があるんです。と言うことで、まずは唾液磨き。歯磨き粉を使うのは最後にちょこっと、歯ブラシに載せ、歯磨き粉を歯の表面に塗るつもりで歯磨きし、うがいせずに吐き出して終わり!せっかく塗布したフッ化物をうがいで流してしまうのはもったいないのです。このやり方だと、翌朝起床時の口の中のネバネバが少ないのが実感いただけます。

最後に、最もムシ歯予防効果のある方法をお教えします!ズバリ「歯は磨いても、もらうもの」なんです。セルフケア(自分磨き)でフッ素入りペーストを常用し、月に一度は「プロケア」を受けることを勧めます。脱金属で白い冠や詰め物を選択する、保険外でセラミック製のモノを選ぶ・・ご存じのように生えてきた時は白い綺麗な歯です。守った方がお得ですよ!繰り返しますが「歯は磨いても、もらうもの」。ではでは皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。4930

BBTime 471 エアロゾル

BBTime 471 エアロゾル
「歯痛に柚子当てて長征の夜と言いたし」原子公平

先ずは句の解説を・・『夜の「歯痛」は心細い。歯科医に診てもらうためには明日まで待たなければならないし、そのことを思うだけでも、痛みが増してくるようである。とりあえず、手元にあった冷たい「柚子(ゆず)」を頬に当ててみるが、ちょっと眠れそうにないほどの痛みになってきた。とにかく、このまま今夜は我慢するしかないだろう。そんなときに、人は今の自分の辛さよりももっと辛かったであろう人のことを脳裏に描き、「それに比べれば、たいしたことではない」と、自分を説得したがるもののようだ。』(解説より前半)。句では「柚子」ですが、古来(江戸時代)、歯痛の時に人々が神頼みしたのは「梨」でした。先日『WHO「歯科定期検診は先送りを、エアロゾル感染めぐり研究必要」』の記事を目にしました。今回はコロナ禍における歯科受診について。

記事は・・『世界保健機関(WHO)は11日、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が抑制されている地域で歯科医院が再開していることに伴い、空気中を漂う微粒子「エアロゾル」を介した新型コロナ感染から患者やスタッフを守る必要があるとの見解を示した』。現時点で確たる証拠はないものの・・『WHOは、エアロゾル発生の可能性がある処置についてより多くの研究が必要と指摘。現時点で歯科医院の治療椅子から新型コロナに感染したというデータはないが、エアロゾルに関する研究対象には口内に風や水をかけるスリーウェイシリンジや歯の表面をきれいにする超音波洗浄装置、研磨などが含まれるとした』(記事より)とのこと。

エアロゾルとは『粉塵や煙、ミスト、大気汚染物質などといった空気中に浮遊している粒子のことで、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大の原因の1つでもあるとされている』(引用元)。確かに歯科では歯の切削時には水で冷却しますし、スリーウエイシリンジ(水・空気・水+空気)を始終使いますので、リスクゼロとは申しません。定期的に来院することで得られるメリットと感染リスクを皆様が判断されるのが良いでしょう。勿論歯科医としては定期来院は必須と考えますので、来院して欲しいと思います。

画像は「戸隠神社:とがくし」。江戸時代、歯科医がいなかった頃は「戸隠様」にお願いしたとのこと。『江戸時代、歯が痛くなると口中医という現代の歯科医院のようなところで、主に抜歯をしてもらっていましたが、一般庶民には治療費が高く、通うことができなかったようです。では、どうしたのか? 所謂、加持祈祷を行ったのです。具体的には、「九頭龍大神を祀っている戸隠神社(長野県長野市)で、歯を患った者が3年間『梨』を絶って参拝すると治る」という言い伝えがあり、信仰したようです。戸隠神社に行くことができない江戸庶民は、梨の実に自分の名前と痛む歯の場所を、例えば「右上の奥から3番目」などと書いてから神社のある戸隠山の方角を向いてお祈りし、その後、梨の実を川へ流したと言われています』(引用元)。落語「佃祭」にもこの話が出てきます。歯医者のいる現代、痛くなったら歯科へ。願わくは痛くなる前に歯医者へ。皆様ご自愛の程ご歯愛の程。6900



BBTime 465 意味不明

BBTime 465 意味不明
「はつきりしない人ね茄子投げるわよ」川上弘美

これは俳句なのか、痴話喧嘩なのかはっきりしません(笑)。解説には『いずれにせよ「はつきりしない人」は、男女を問わずいつの世にもいるのだ。私たちの周囲だけでなく、企業や団体・・・・いや、政治の場でも「はつきりしない/させない」人や事、あるいは「玉虫色のもろもろ」はあふれかえっている。それらには鉄塊か岩石でも投げつけなくてはなるまい。この句で投げられるのは、あの柔らかくて愛しい弾力をもった茄子だから、むしろ愛敬が感じられる。ジャガイモやトマトとは違う。ヒステリックな表情から一転して、茄子がユーモラスな味わいを醸し出している。口調はきついが、カラリとしていて陰険ではない。この人は「投げるわよ」と恐い顔をして威嚇しただけで、実際には投げなかったかもしれないし、投げつけたとしても、すぐにニタリとしてベロでも出したかもしれない。』(解説より抜粋)。今回は近頃よく耳にする「積極的検査」について。

先日(7/11)も報道に『東京都で新型コロナウイルスの新たな感染者が増えていることについて、菅官房長官は積極的にPCR検査の受診を促し、陽性者を探し出している攻めの姿勢の結果だと指摘したうえで、感染拡大防止と社会経済活動の両立に取り組んでいく考えを示しました』(引用元)とあります。小生にとってまったくもって意味不明!医学的には、積極的に検査しても消極的に検査しても陰性は陰性、陽性は陽性です。積極的に検査した結果、陽性者数が増えただけで特に心配する必要はない、とでも言いたげに聞こえます。経済を止めたくないのはわかりますが、筋が違います。ロジック(論理・道筋)がごっちゃになっており、明らかに誤魔化しです。「積極的に検査」「攻めの姿勢」など、詭弁にすぎません。

さてこの時期、学校歯科検診結果を携えて子供さんが来院されます。学校の歯科検診では「疑わしきはムシ歯」と診断します。理由はただひとつ「見落とし」を避けたいからです。学校は歯科診療所と異なり、照明や設備などにおいて劣る可能性は否めませんので「疑わしきはムシ歯」と判断します。このため積極的検診で「ムシ歯あり」であっても臨床的には「(要治療の)ムシ歯なし」となる場合があるのです。

小さくとも明らかにムシ歯があった時、「削って詰める」場合と「削らずに様子を見る(経過観察)」場合があります。小生の判断基準はその方の歯の清掃状態です。清掃状態良好ならば経過観察し、不良ならば小さくとも治療を考えます。歯科医院で「削って詰めましょう」と言われた場合に、あなた自身(患者さん)も鏡で確認し、一言「様子見るのは不適切ですか?」と聞いてください。患者さんが子供さんの場合、親御さんが「経過観察は不適切ですか?」と歯科医師に聞いてください。歯は削ったら元に戻りませんので、積極的検診で「ムシ歯陽性」であってもすぐに削らずに「定期観察」「長期観察」の方が良い場合もあります。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。7910


BBTime 364 キス忘れ

BBTime 364 キス忘れ
「山椒魚あらゆる友を忘れたり」和田吾朗

「キス」と「忘れる」にちなんだ名曲「べサメ・ムーチョ」と「アンフォゲッタブル」についてのお話。まずは「キス」から・・先日ネットで次の記事を見つけました。『一度のキスで交換される細菌数はどれくらい?! キスをしている間に、8000万個もの細菌が交換されるって知っていた?』・・このタイトルを目にすると、エッ本当?あらヤだ!と思う方もいらっしゃるでしょうけど、さほど心配はいりません、ご安心ください。記事によると(以下引用)。

『この研究の発端は、「数多く存在する動物の中で、どうして人間だけが唯一、唇や舌のスキンシップをするのか」という疑問に対し、研究者たちが好奇心を抱いたことがきっかけだという。それには、カップル同士が唾液を交換しあうことで、お互いの相性を判断するのに役立つと言われている説もあれば、お互いの細菌を交換しあうことで、免疫力が高まるからだという説もある。  このような説があるにもかかわらず、キスによって口内の細菌がどのように交換されるのかを調査した研究は、過去に一つも存在しなかったという。そんなわけで、今回この研究を行った研究者たちが、21組のカップルのキスをモニターした結果、10秒間のディープキスにより、8000万個もの細菌が交換されることが判明したよう。さらには、キスをすればするほど、カップル同士の舌の上に生息する細菌が類似していることも発覚したそう。』記事より。

そもそも口の中の菌数はそれはそれは多く「歯垢1ミリグラム中に数億もの細菌がいます。全身の中でも、口腔内の細菌数は非常に多く、便と同じくらいのレベルといわれています」(引用元はこちら)。このように億単位の細菌がいつも棲んでいるのが口の中です。また細菌=バイキンではありません。善玉菌もいれば悪玉菌もいます。紹介した記事も『でも、キスによって交換される口腔内の大量な細菌に関して、研究者は何も結論付けていないとか』のようです。要は「口の中を清潔に保つ」すなわち「きちんと歯を磨きましょう」です。安心して「べサメ・ムーチョ」!もっとキスして!

この女性Consuelo Velázquez:コンスエロ・ベラスケスが、約80年前1940年に発表し世界的大ヒットとなった『ベサメ・ムーチョ』(Bésame mucho)の作曲者です。Wikipediaには「彼女はこの曲を、16歳の誕生日前に作った。ベラスケス自身によれば、この曲を書いた時点で彼女はまだキスを未経験で、キスとは罪深いもののように思えたという」とあります。ただし生年が1920年ではなく1916年だという説も。いずれにせよ二十歳前後でこの曲を世に出しました。歌詞和訳は『BÉSAME MUCHO キスして、いっぱいキスして まるで今夜が最後のつもりで キスして、いっぱいキスして だってあなたを失うのが恐いの いつかあなたを失うことが。(リピート)私はあなたの近くにいたいの あなたの目の奥深くのあなたを見るため あなたがとても近くにいることを確かめたくて 多分、明日には 私は遠くにいることと思うわ とてもあなたから遠くに。キスして、いっぱいキスして まるで今夜が最後のつもりで キスして、いっぱいキスして だってあなたを失うのが恐いの いつかあなたを失うことが。だってあなたを失うのが恐いの いつかあなたを失うことが。』(引用元はこちら)。

もうひとつ「Unforgettable:忘れられない」。先日も定期検診で来院の方が「日頃使ってますけど、今日は忘れました」と義歯忘れ。また「銀歯が取れたんですけど・・」外れたモノは自宅に忘れ。お願いです、日常使用の義歯は必ず持ってきてください(口の中にいれて来て下さい)。外れたモノは、金属でも白いものでも割れたものでもカケラでも可能な限り持って来て下さい。たまに「外れた金属は黒くなっていたから捨てた」とおっしゃる方も・・勿体無いですよ。保険内の金属「12%金銀パラジウム合金」は名の通り「金パラ製品の組成・成分としては、金12%、パラジウム20%、とJIS規格(JIS適合品)で定められており、銀50%前後、銅20%前後、その他インジウムなど数%が含まれています。 メーカーによって多少の成分バランス・液相点・硬度など異なりますが、金とパラジウムの含有率に関しては、どちらのメーカーでも同一規格となります」(出典はこちら)のように約8割が貴金属です。捨てるのは勿体無い!

「忘れられない」で忘れちゃいけない人がこの人、Nat King Cole:ナット・キング・コールで、もちろん「Unforgettable:アンフォゲッタブル」。しっかり歯磨きと外れたモノは、お忘れなく!6050



https://youtu.be/aXjdMV7SOfE
最後に「山椒魚」について。句の解説にも『山椒魚と聞けば、井伏鱒二の短編を思い出す。近所の井の頭自然文化園別館に飼育されているので、たまに見に行くが、いつも井伏の作品を反芻させられてしまう。この国では、本物の山椒魚よりも、井伏作品中のそれのほうがポピュラーなのかもしれない。この句を読んだ時にも、当然のように思い出した。作者にしても、おそらく井伏作品が念頭にあっての詠みだろう。文学、恐るべし。谷川にできた岩屋を棲家としている山椒魚は、ある日突然、その岩屋の出口から外に出ることができなくなるほど大きくなってしまっていることに気づく。大きくなった頭が、岩屋の出口につっかえてしまうのである。孤独地獄のはじまりだ。そこでついには、岩屋の中に入り込んできた蛙を自分と同じ境遇にしてしまえと考えて、閉じ込めてしまう。彼らのその後の運命については、書かれていないのでわからない。しかし、たぶんその蛙は先に死んでしまい、その後の山椒魚は孤独の果てに、ついには世俗へのあらゆる関心を失って行く。ただ、ぼおっとしていて、ほとんど身じろぎすらもしない存在と化してしまう。そのことを「あらゆる友を忘れたり」と一言で表現した作者の想像力は深くて重い。なんという哀しい言葉だろうか。今度山椒魚を見る時には、私はきっとこの句を思い出すにちがいない。』(引用元)。

山椒魚は悲しんだ。 彼は彼の棲家(すみか)である岩屋の外に出てみようとしたのであるが、頭が出口につかえて外に出ることはできなかったのである。今はもはや、彼にとっては永遠の棲家である岩屋は、出入り口のところがそんなに狭かった。そして、ほの暗かった。強いて出て行こうとこころみると、彼の頭は出入り口を塞(ふさ)ぐコロップの栓となるにすぎなくて、それはまる二年の間に彼の体が発育した証拠にこそなったが、彼を狼狽(ろうばい)させ且つ悲しませるには十分であったのだ。 「なんたる失策であることか!」 彼は岩屋のなかを許されるかぎり広く泳ぎまわってみようとした。人々は思いぞ屈せし場合、部屋のなかをしばしばこんな具合に歩きまわるものである。』引用元はこちら。6050

BBTime 340 乳と薬

BBTime 340 乳と薬
「枇杷熟れてまだあたたかき山羊の乳」三好万美

山羊乳を飲んだ経験はありませんが、山羊チーズは好きです。先日「授乳中の服薬、諦めないで・・薬の成分、母乳への移行は微量」の記事を見つけました。読売新聞記事「授乳中の服薬、諦めないで…薬の成分、母乳への移行は微量」で、以下引用『国立成育医療研究センター(東京)にある「妊娠と薬情報センター」の肥沼(こいぬま)幸さんは「多くの薬が授乳中も安全に使用できると考えられている」と話す。薬の成分は母乳に移行するが、多くの薬は移行量がごくわずかで、赤ちゃんの健康に影響する可能性は極めて低いという。同センターのウェブサイトでは、安全と考えられる薬の一覧を掲載。「特に慢性疾患のある場合、母親の体調を安定させることは赤ちゃんのためにも重要。一過性の症状でもつらいときには、服用を選択肢の一つとして考えて」と肥沼さん。ただし、自己判断ではなく、医師や薬剤師に相談するよう呼び掛けている。』(記事より)。

山羊のチーズ、サントモールです。安全と考えられる薬一覧はこちらです。歯科で処方する抗生物質(抗菌薬)や痛み止めのほとんどが含まれます。「痛みが出る前に」とか「不安だから」などの理由で服用することは感心しませんが、必要な時には飲んでも大丈夫と言えます。歯科で授乳中の方に気を使うのがもうひとつ「麻酔薬」です。結論から言いますと「歯科麻酔」も問題なしです。記事の後半では食事についても触れてあります。『特定の食べ物を避ける必要はなく、バランスの良い食事を心がけることが大切だ。十分な水分摂取も必要で、できれば体を冷やす冷たい飲み物より、温かいものが望ましい。大井さんは「栄養価の高い具だくさんの汁物や鍋などがお薦め」とする。アルコールは避けたいが、コーヒーなどカフェインを含む飲み物は1日2、3杯なら問題なく、「好きなものでほっと一息つく時間も大事にしてほしい」と話している』(記事より)。

書きながら思い出しました・・「牛は水を飲んで乳とし、蛇は水を飲んで毒とす」出典はわかりませんが、ある講演で耳にしました。少々話は飛びますが、ある講演で次のようなことも聞きました。「牛乳を飲んで吐く子供さんは、牛乳に対する急性中毒症状として吐くのです。もしそのお子さんが吐かずに飲めるようになったとしても、それは急性中毒が慢性中毒になっただけのことです」とのこと。牛乳のみならず体や心が受け付けない(吐く)ものを無理強いすることはいかがなものでしょうか。

必要な時、緊急な時は別として、やはり予防に勝る治療なしです。歯科の多くの疾患は回避可能です。日々のケア・予防を!2980

BBTime 339 しみる!

BBTime 339 しみる!
「くちびるに夏欲しければ新茶飲む」小迫倫子

解説を読むと意外にもお茶は「飲む」ではなく・・『載せようか、載せまいか。何日か思い悩む句がある。偉そうにしているわけではないけれど、私なりの評価が定まらないからだ。この句も、そのひとつ。若々しく新しい感覚ではある。だが、どこか私にはいぶかしい。それは「新茶飲む」という表現のせいだ。これまでの句では、茶は「汲む」ものであり「喫する」ものでありと、「飲む」というストレートな言い方はゼロに近かった。茶には「飲む」だけでは伝わらない風合いがあるので、多くの俳人はあえて婉曲的な表現を選んできたのだろう。そんななかで、作者はずばり「飲む」と詠んでいる。ミルクやジュースと同じ「飲み方」をしている。そういうふうに読める。おそらくは、このあたりの表現法が今後の俳句の大問題になるはずで、当サイトの読者はどうお考えになるだろうか。「喫茶」という言葉が持つ色気を追放したときに、どんな新しい風が吹いてくるのか。私にも、大いに興味がある。その意味で、この作品は重要だと考え紹介することにした』とのことです(引用元)。

八十八夜(5/2)が過ぎて十日しか経たぬのに早くも真夏日のニュースを耳にします。これから冷たいお茶を飲まれる機会も増えるでしょう。さて「歯がしみる」という主訴(主なる訴え・一番の困り事)で来院される方がいらっしゃいます。そこで「歯がしみる」についてのお話。次の画像は中村藤吉本店の生茶ゼリイ・・大好きです。宇治本店で「生茶の意味は?」と尋ねたら「イメージです」とのことでした。

冷茶のみならず冷たい飲み物・食べ物で「歯がしみる」は不愉快なものです。冷たいものや甘いもので「歯が痛い」はムシ歯がその主なる原因ですが、痛みではなく「歯がしみる」場合はくさび状欠損が原因のことが多く、知覚過敏で歯がしみることもあります。時に「歯磨きの時に歯がしみます」と・・この場合は歯が原因ではなく「歯の磨き方」が主因のこともあります。細かいようですが、危惧するのは次のようなことです。「歯がしみる」と患者さんが言った場合、歯科医師が取る行動は大きくふた通り、ひとつは「では削って樹脂を詰めましょう」もうひとつは「知覚過敏改善処置をします」です。知覚過敏の処置ならまだしも「削って詰めましょう」となった場合を危惧します。詰める量よりも削る量が多いこともありうるのです・・勿体無い話です。

今朝(5/12)の天声人語です。『病気やトラブルが全くない人生はありません。完璧でなくていい。楕円形のように少々いびつでいいんです』(天声人語より)。もちろん「がん」と「楔状欠損」「知覚過敏」は、はっきり言って違うレベルの病気です。歯科医師として声高には言いません、小さな声で言います「歯も生きてます!冷たいものには冷たいと反応しますよ!」。おそらくヒトは元来常温(おおよそ15-25℃)の食べ物しか口にしなかったと思います。暑い時に冷たいものを楽しむことは有り得なかったことだと想像します。寒い時に熱いものを口にした可能性は充分有りますが、逆である「真夏に氷」のようなことは不可能だったと思います。

歯磨きの時だけ(歯の磨き方が原因)「歯がしみる」については、歯ブラシの持ち方を変えることで解決するでしょう。詳しくは「口友二本」をご参照のほど。誤解なきように付け加えます。「歯がしみる」場合の処置は原因によって違います。削って詰める必要のない場合もあります。日常生活、特に食事の際に困らなければ「経過観察」でも良いこともあるのです。歯は生きてます、温熱刺激(冷たい・熱い)に無感覚では有りません。「歯がしみた」時、日常生活に困らない程度であれば「歯は生きてるんだ」と思って頂き、さらに歯を慈(いつく)しんで貰えば幸いです。本日「母の日」声を揃えて「はは大切!」(母大切・歯は大切)。最後にアクセスが「八十万」超えました!深謝。800370



冒頭の句は「不透明飲料」でも紹介しておりました。

BBTime 316 究極の治療

BBTime 316 究極の治療
「春のかぜこんぺいとうが効きました」田辺香代子

この方には金平糖が薬となったようです。プラセボ(偽薬:ぎやく、プラシーボ)効果という言葉があります。「プラセボ効果とは、偽薬を処方しても、薬だと信じ込む事によって何らかの改善がみられることを言う」ウイキペディアより。今回は気になる記事について。先日「歯の神経抜く治療は半数が再発!?…感染防御が不十分のケース多く」の見出し。「歯の痛み金平糖で消えました」とはならないので・・記事を読んでいきましょう。

イラストのように歯の中には、根っこの先の小さな穴から血管と神経がきています(図では下の方から)。ムシ歯は図の上の方(歯冠部:しかんぶ)から進行します。歯髄(しずい:血管と神経)が感染すると歯髄炎となり痛みを感じるようになり、「ムシ歯が深いので神経を取りますね」となります(抜髄:ばつずい)。多くは物理的に歯髄を除去(抜髄)します。引き千切って掻き出します。その後空っぽになった歯髄腔(しずいくう)に薬剤(多くはガッタパーチャ)を詰めて一区切りとなります。

記者の方が指摘する問題(再発)はここから始まります。「この治療、痛みが取れれば、とりあえずはOKと思ってしまいますが、その後に問題を抱えてしまうことが少なくありません。細菌を含んだ組織の取り残しなどで、治療後に根の先端から歯茎の周囲に感染が広がってしまうのです。根の治療後をエックス線写真で調べると、なんと4~6割に陰影が見えるという大学病院の報告もあります」記事より。

記事ではラバーダムやマイクロスコープ(顕微鏡、メガネタイプ拡大鏡にあらず)にも触れていますが、結論から言うと記事の最後に「神経を抜く歯内療法はうまくいかないから『しない』方がいいでしょ。だから『しない療法』って言うんですよ」と、虫歯外来を担当する親しい歯科大学教授が「なんちゃって歯内療法」をシャレにしていました。しないですめば苦労はしませんよ。筆者もすでに根にトラブルを抱える身、どうするか現在進行形で悩んでいます。そこで、せめて新たに歯を傷めないために、定期的に歯科に通って、虫歯が進む前に対処するべく努めてはいます。それが歯にとってベスト、長い目で見てきっと安上がりですね。」とあるように「しない療法・治療しない」が最高の治療なんです。

話飛びますが、昔スキューバダイビングをしていました。よく行ったスポットは007のロケ地にもなった丸木浜(鹿児島坊津)です。潜っていると画像のような海の生物が目の前に!貝類、サザエなども目の前に!潜りながら思いました。「なぜ、逃げないんだろう?」当たり前です。彼らの棲家がそこであり小生が侵入者です。極論を言えば「人はここに来てはいけない」のです。そう思った時から捕るのをやめました。

これはご覧になった方も多いでしょう、歯科用パントモと呼ばれるレントゲン像です。学生時代に歯科エックス線の授業で海外のパントモ(特にアメリカ)がよく出て来ました。それらを見ていてふと「根充(根の治療)してない」「アメリカは抜髄・根充はせずに抜歯なのかな」と思いました。理由がありました、米国ではすぐ訴訟(歯科医が訴えられる)になるので再発の可能性のある治療は避けるとのこと。

自己弁護・言い訳です「歯科医も人」神様じゃありません。歯医者目線では治療した全ての歯において「神経抜いたあとピタッと根充して再発しない」なんて「無理でしょ」と大きな声では言いませんが、小さな声できっぱりと言いたくなります。ラバーダムやマイクロスコープ使用は今の保険点数(保険の料金)、診療形態、患者さんの経済的希望を考慮すると厳しいです。一本の歯の根の治療に十万円も払いますか?被せ物まで含めると一本あたり軽く二十万円超えます。「それを言っちゃおしめえよ」と言われますが「人が人の歯を削ってはいけない」し「人が人の歯の神経を抜いてはいけない」のです。

歯ブラシ一本の値段、様々です。しかしこの一本の歯ブラシで数十万の治療費を回避できるのも事実です。究極の治療とは予防です。後手後手治療ではなく先手先手予防へ頭を切り替えるだけで可能なのですが・・ね。これまた難しいのも事実です。最後に記者の方も「しないですめば苦労はしませんよ。筆者もすでに根にトラブルを抱える身、どうするか現在進行形で悩んでいます」と書いてますように、すでに抜髄処置を受けた方で再発した時は、再度根管治療(根の治療)を受けるか抜歯の二択です。はっきり言って現在「根尖病巣」を持つ方はその事実を受け止めて、他の歯が轍を踏まないようにされるのがベターだと思います。究極の治療とは「予防」です。治癒率50%の治療を「しない」為にも先手先手予防へ。9670

BBTime 303 楔状欠損

BBTime 303 楔状欠損
「米磨げばタンゴのリズム春まぢか」三木正美

作者はお米を研ぐ(とぐ・磨ぐ)水の温み(ぬるみ)に春を感じたのでしょうか。洗うのではなく「研ぐ」理由は「精米後に残った糠(ぬか)を洗い落とすためにお米の粒同士をこするようにして研ぐ必要がある」とのこと(こちらに詳しく)。

「楔状欠損」は「くさびじょうけっそん」もしくは「けつじょう欠損」と読み、歯ブラシの誤用や噛む力などでくさび状に生じる欠損のことです。歯冠(しかん)の歯茎に近い部にできやすく「歯がしみる」「ものが詰まる」「歯磨きの時にピリピリする」などの症状で来院されます。治療はムシ歯同様に樹脂を詰めることになります。患者さんの「これはムシ歯ですか?」の質問には「ムシ歯ではないけれどムシ歯と同じ治療となります」と説明します。

原因のひとつは「歯ブラシの誤用」:過度な力での歯磨き、歯磨き粉の使い過ぎ、歯ブラシのグー握り、横磨きなどが考えられます。歯医者から見るとモッタイナイ話です、もちろんご本人にとっても。原因を説明すると多くの患者さんはエッ!という顔に「ムシ歯にならないためのしっかり磨きが逆にダメージを与えていたの?」と怪訝な表情をされるのです。

画像はサンスターのページから拝借。サンスターライオンも「グー握り」より「鉛筆握り」を推奨しています。先月「口友二本」で同じようなことを書いておりますが、それ以降にかなりの楔状欠損を目にしましたので同じ話題に触れました。タンゴのリズムに乗せて歯を磨くのはOKですが、ペングリップをお忘れなく。(歯科医師として)いつも思います。「歯を磨く」ではなく「歯を洗う」ほうが過度な力を入れずに済むような気がします、もっと良いのは「キレイにする」かも。磨くではなく洗う、洗うよりもキレイにする!力を抜いてペングリップで。1700


https://youtu.be/ba1n3uvM-xY
おまけ:句の解説より「気がつくと「タンゴのリズム」で「米を磨(と)」いでいた。たぶん、鼻歌まじりにである。なるほど、タンゴの歯切れの良い調子は、シャッシャッと米を磨ぐ感じに似あいそうだ。想像するに、作者は直接手を水につけて磨いではいないようである。何か泡立て器のような器具を使っていて、それがおのずからシャッシャッとリズムを取らせたのだろう。手で磨ぐ場合には、そう簡単にシャッシャッとはまいらない。そんなことをしたら、米が周囲に飛び散ってしまう。子供時代の「米炊き専門家」としては、そのように読めてしまった。(中略)いつだったか辻征夫に「『ラ・クンパルシータ』って、どういう意味なの」と聞かれても、答えられなかったっけ」(解説より)。ちなみに「タイトルの「Cumparsita(クンパルシータ)」とは、イタリア語の「Comparsa(仮装行列)」がなまったもので、「Cumparsita」はその縮小語」とのことです(出典はこちら)。

108cafe 002 橋の下の力持ち

108cafe 002 橋の下の力持ち
「名月や橋の下では敵討ち」野坂昭如

句の作者名を見て「?」。野坂昭如氏は小説家だと思っておりました、ウイキペディアには「作家、歌手、作詞家、タレント、政治家」とあり俳人を加えればまさに八面六臂(はちめんろっぴ)。敵討ち(かたきうち)とは物騒な話ですが、今回ポンティックと歯肉のせめぎ合いについて。以下ラボへのレポートより。

「橋の下」:先日、ラボの社長さんとの会話でポンティック基底面について。6番欠損の567のブリッジ、5番7番はインレータイプの場合に起こりうること。「橋の下」はお分かりと思います。ポンティック=橋(pontic 橋桁:はしげた)の下で基底面と基底面に接する歯肉のことです。
「橋の下は力持ち!」インレーブリッジでたまに遭遇する症例が脱離です。ブリッジ脱離で来院され戻そうとすれど入らず・・「いつ外れました?」「昨日です」「?」・・犯人は「橋の下の歯肉」歯肉がブリッジを持ち上げて外れたんです。指で強く押して戻そうとしても、インレー体と支台歯は合わず(浮いており)よく見るとポンティック部の歯肉が真っ白。ポンティック基底部で押されて歯肉が貧血状態。フィットチェッカーで調べてみると案の定、基底面が歯肉を押している・・というより歯肉が基底面を押し上げている!結果・・脱離。

強く当たっている部分(基底面メタル)を削合するとすんなり入ります。削合部分を鏡面研磨して再セットしました。「えっ?そんなこと起きるの」「ハイ、起こるんです」
ブリッジ基底面の問題発生は大方二つ。1)一番多いのはポンティック基底部と歯肉の間にプラークがたまり炎症を惹起(じゃっき)して、炎症性の歯肉がポンティックを包み込むように腫れてきます。症状として出血、咬合時疼痛、咀嚼時疼痛など。この場合は、まずフロスを通し清掃し抗生物質入り軟膏を間に入れます。だいたいこれで解決します。解決しなければ除去・再製となります。
2)もうひとつがたまに起こる「橋の下は力持ち」で脱離。強く当たっている部分(基底面メタル)を削合して削合部分を鏡面研磨して再セットします。

実は似たようなことがPDでも起こるんです。上顎6番欠損一本義歯の例。義歯当たりが出て(咬むと痛い)、しばらく使用せず来院。はめようとしても合わず、フィットチェッカーで調べると欠損部のみ当たっています。削合研磨して使用可能に。抜歯窩に根の陥没がある場合はワックスで埋めてから床のワックスアップしてください。増歯修理のリベース時も要注意です。抜歯窩に入ったレジンの足を削合してください。レジンの足そのままだと抜歯窩の治りも良くないです。

というわけで皆様(技工士の方)にお願いしたいのは患者さんがフロスで清掃可能な基底面形態を付与してほしいこと。抜歯窩形態によっては鞍状型(あんじょうがた:歯肉が凸で基底面が凹)も見ますが、清掃できないので小生としてはやめてほしいところです。鞍状型を指示するのは歯科医師ですがね・・(苦笑)。6560

BBTime 284 歯科技工士

BBTime 284 歯科技工士
「疲労困ぱいのぱいの字を引く秋の暮」小沢昭一

先日、歯科技工士の方と話し込んでしまいました。ご存じとは思いますが「歯科技工士」とは歯科補綴物(しかほてつぶつ)などを作る国家資格を有する人です。歯に詰めるインレー、かぶせる冠(クラウン)、義歯(入れ歯)、矯正装置、マウスピースなど口の中に入れるモノを作ります。特に義歯においてはモノというより人工臓器を製作する人です。歯科医療において、歯科医師もさることながら歯科技工士の方の働きがないと歯科医療は成り立ちません。

永六輔さんは著書「職人」の中に「目医者、歯医者が医者ならば蝶やとんぼも鳥のうち そんな歌を歌っていた目医者や歯医者もいましたが、いまはとんでもない。歯科技工士なんか、高齢化社会には神様のような職人ですよ」と書いておられます。その神様のような職人の方々が「疲労困憊」なんです、困ったことに!

困憊の理由は多々ありますが簡単に言うと「長時間労働」「ストレス過多」「低収入」「ワクワクがない」等々。結果、若い技工士さんは短期間での退職・離職・・。専門学校卒後、国家資格取得、希望を持ってラボ(歯科技工所)に就職した若き技工士は希望とやる気をなくして去ってゆく・・。

理由は数々あるのですが、その中から「再作:もう一度作る」について。あなたが右上4番目(第一小臼歯)にCAD/CAM冠(保険の白い冠)をかぶせるとしましょう。歯科医はその歯を削り印象(型採り)します。この型に石膏を流して固まった石膏模型がラボに送られます。画像はイタリアンで有名な落合シェフです。ラボの仕事はシェフに似ています。届いた材料(模型)に対して最高の調理(技工)を行うのみで、もし届いた材料(模型)に問題があればその問題は解決されないまま料理(技工物)は出来上がります。落合シェフであっても八百屋さんから届いた食材が傷んでいれば美味しい料理を作ることはできません・・が、歯科の現場では「食材に問題があっても美味しい料理を作るように」という無茶な「無言の要求」をする歯科医はたくさんいます。技工は手品ではありません!届いた模型・バイト(噛み合わせ)・削られた形に問題がある場合は、もう一度歯科医が適正な形に歯を削り直し、型を取り直し、ラボに届ける必要があるのです。ラボ「先生、模型の噛み合わせが不安定なんですが・・」「マージン(歯の境目)がはっきりしないのですが・・」→歯科医「それで作っといて」・・傷んだ食材で美味しいイタリアンはできません。技工士は手品師ではありません。

後日、技工物が届きセット(歯につける)です。案の定、合いません(当たり前です)。歯科医→患者さんへ「出来上がった冠が合いませんのでもう一度型を採りますね」。歯科医に問題があっても再作(もう一度作る)のはラボで、多くの場合ただ働きです。義歯(入れ歯)でも似たようなことが起きています。歯科医は技工指示書という注文書を歯科医の責任で書いて模型と一緒にラボに送らないといけないのですが、手抜き(指示抜き)の歯科医は設計を書かずにラボ(技工士)に丸投げです。

届いた材料に問題あれば「印象に問題があり、これでは作れません」とラボが歯科医師に言えば解決するのですが、未だに上から目線の歯科医師は多くいます。歯科医師と歯科技工士はどちらが上だ下だではなく同等のパートナーです。ラボ側にも責任はあります。届いた模型に問題があって「問題がありますけど・・」と歯科医に連絡すると・・・次から仕事が来ない。ラボにしてみれば客(歯科医院)を失うことになりますので、問題があっても黙って作る・・となるのです。さて、結果どうなるでしょう?問題のある模型で作られた適合の悪い(模型にはぴったり適合)補綴物があなた(患者さん)の口に入ることになるのです。

ほとんどの患者さんはラボ(歯科技工所)の存在は知っていても、上手なラボを見つけることは至難の技で、そのラボと取引のある歯科医院を見つけるのも困難です。今日からできることをお教えします。インレー(歯の部分的な詰め物)は別ですが、歯をぐるりと削ってかぶせる「冠」の型採りの時に、右上であっても左右全部の型を採る歯科医院は、片方のみの歯科医院より信頼できます。型採りの時に「全部採らなくてもいいのですか?」と言ってみてください。相手(歯科医師・スタッフ)はドキッとすると思います。片方のみならず全顎(ぜんがく・上全部もしくは下全部)採ることで、安定した技工物を作ることができます。これはひとつの例ですが、少なからず指標になるでしょう。

義歯は人工臓器と書きました。技工所から届いた義歯を患者さんの口の中で歯科医師が調整・確認して補綴物(人工物)が人工臓器になっていきます。もちろん歯科医院とラボがいい関係を構築していて、より良い歯科医療を目指している歯科医師・歯科技工士の方も多くいらっしゃいますが、そうでない歯科医院があるのも事実。意味ある仕事をしての疲労困憊ならまだしも・・ただ働きでの疲労困憊は疲労度が増悪します。時にはあなたの口の中の補綴物製作者にも思いを馳せてみてくださいませ。2330