BBTime 486 謙虚な料理

BBTime 486 謙虚な料理
「謙虚なる十一月を愛すなり」遠藤梧逸

十一月七日立冬で暦の上では冬です・・唐突に「謙虚」と詠まれても。解説には『はや、十一月だ。季語としての「十一月」は、立冬のある月なので冬に分類。暦の上では冬に入る月だが、小春日和といわれる暖かい日々もあり、トータルでは案外十月よりも暖かかったりする。「あたゝかき十一月もすみにけり」(中村草田男)という印象深い句もある。とはいえ、一方では木枯らしの吹く日もあって、季節はじんわりと確実に冬へと向かっていく。掲句を読んで真っ先に思ったことは、句のように当月を人格化したときに、なるほど「謙虚」という表現がぴったりくるのは、今月十一月しかないだろうなということだった。前に出過ぎず、しかし着実に次の月へとバトンを渡していく感じがある。そこで、お遊びを思いついた。では、他の月には、どんな人格や性格を当て嵌めればぴったりくるのだろう。拙速で私なりに並べてみると、来月十二月は「短気」だろうか。一月は「堂々」でいいだろう。そして、我が生まれ月の二月は「孤独」。三月は浮かれがちになるので異論も覚悟で「軽佻」、逆に四月は年度はじめゆえ「実直」となる。五月は文句なしに「明朗」で、六月は「陰鬱」と言うしかあるまい。七月は「蹶起」ないしは「血気」のような感じだけれど、八月は七月の惰性みたいな月だから「怠惰」でいきたい。九月にはちょっと困ったが「素朴」としておいて、十月は案外に雨の日も多いことから「曖昧」としておこう。いかがでしょうか。下手くそすぎますかね。やっぱりね。『新日本大歳時記・冬』(1999)所載。(清水哲男)』(解説より)。さて「謙虚な料理」こそ贅沢!のお話。

最近出会った、ふたつの「謙虚な料理」。ひとつは先月十月スフォリーノのパスタを知りました。以来、幾度となく足を運んでおります。「スフォリーノ」や「ナイデンテ」に書きました、極めてシンプルなパスタです(しかも砂糖ゼロ)。ふたつ目は先日「COFFEE COUNTY:コーヒーカウンティ」の豆を手に入れ淹れて飲みました。COFFEE COUNTYも「素:す」が味わえるコーヒーで、ミルクや砂糖は邪魔です。

店員さんオススメの「ニカラグア:エンバハーダ農園」を飲んでみて、つくづくコーヒーの素の味の素晴らしさを改めて感じました。豆の説明には「桃やグァバやを思わす甘い香り、弾けるよような口当たりからビワや白ぶどうの柔らかな果実感、ユリの花ような香りの余韻が続きます」と、ワインの説明かと思われるような文章。聞くところによると代表の方は大のワイン好きとか・・なるほどと納得!

謙虚とは『自分の能力や置かれている立場をありのまま受け入れ、相手の意見を認めてすなおに取り入れたり相手を抑えるような自己主張を控えたりする様子だ』(新明解国語辞典第七版)とあります。このふたつにおいては「何も足さず何も引かずとも、持ち味を十二分に発揮できる」と言えましょうか。しかも美味しい・・否(いな)美味しいという陳腐な表現ではなく「味わい深い」の方が適切でしょう。

画像はトマトの実のパスタ。いつ食べても裏切られることのない味でオススメの一皿です。手打ちパスタにソースや具がのっております。もちろんこのパスタもよし!時にスフォリーノヨシモトの超シンプルなパスタもよし!ミルクや砂糖を加えてのコーヒーも美味しい!可能ならば「素の珈琲」も味わって欲しいと切に思います。ちなみに鹿児島市内では「panis:パニス」で飲むことができます。

画像はタリアテッレ:tagliatelle。小生には覚えにくく、つい「きしめん」と。かたやトルテッローニ:tortelloni(二枚目の画像)は「ギョウザ」と注文してしまいます。スフォリーノのパスタもコーヒーカウンティの珈琲も、砂糖ゼロで味わえます。(別に、美味しい料理において砂糖ゼロにこだわる必要は全くないのですが、仕事柄つい・笑)美味しくて味わい深く、健康にもよろし、しかも懐にも優し!「謙虚な料理」を探してみるのも、これまた楽し!皆さま、ご自愛のほど御歯愛の程。5650


https://youtu.be/by4Cr3kPNPg

BBTime 484 ナイデンテ

BBTime 484 ナイデンテ
「いちまいの皮の包める熟柿かな」野見山朱鳥

これはトルテッローニ、これも一枚の皮(パスタ)の包める・・です。今回は、前回「スフォリーノ」のお替り。まずは句の解説から『掌に重い熟した柿。極上のものは、まさにこの句のとおり、一枚の薄い皮に包まれている。桃の皮をむくよりも、はるかに難しい。カラスと競い合うようにして、柿の熟れるのを待っていた我ら山の子どもは、みんな形を崩さずに見事にむいて食べたものだった。山の幸の濃密な甘味。もう二度と、あのころのような完璧な熟柿を手に取ることはないだろう。往時茫茫なり。なお、この句には、同時にかすかなエロスの興趣もある。『曼珠沙華』所収。(清水哲男)』(解説より)。ちなみに熟柿は「じゅくし」

パスタの茹で加減、特に乾麺においてよく耳にするのが「アルデンテ」。直訳すると「歯において」・・デンテは「歯」です。Wikipediaによると『アルデンテイタリア語al dente)とは、スパゲッティなどのパスタを茹でるとき「歯ごたえが残る」という茹で上がり状態の目安とされる表現』とあり『麺が完全に茹で上がらずに麺の中心が髪の毛の細さ程度の芯を残して茹であげることをいう。芯を残して茹で上げるのは、茹で水の塩分が麺に完全に入らない分辛くならず、ソースも麺に入りやすくなり美味しさが増すからである。”al dente” を直訳すると「歯に~」であり、茹で上がりの「歯ごたえのある状態」を示す用語。パスタ以外にも、野菜などの茹で上がり状態を表現する際にも用いる』とか『なお、「アルデンテは乾麺でなければ成立しない概念であり、生パスタを利用する時はこの概念は適用されない」という勘違いもされているがイタリアでは生パスタもal denteと言う』とのこと。このアルデンテ・・スフォリーノ(の打ったパスタには)には必要ないようです。

画像は鹿児島市のスフォリーノが打ったパスタです。兄弟子の方のブログに『タリアテッレには、アルデンテは不要である。・・・現在の工房で製造するのは幅広のロングパスタ「タリアテッレ」と、詰めものをしたパスタ「トルテッローニ」のみ。ともにボローニャを代表するパスタだ。パスタ打ちにとって最も大切なのは食感。アルデンテでもモチモチでもない。薄い絹のように滑らかな舌触りで、まるで空気のような歯切れの良さを追求した河村さんの手打ちタリアテッレは「パスタの概念が変わる」とも評される』とあります。先日、食べながらこのことを聞いてみると「そうです」とのこと。イタリアではスフォリーノが打ったパスタはアルデンテではないので、離乳食としても食べられているとのこと。ではなぜ「ナイデンテ」なのか?

理由は「プリモピアット」に徹するため。またまた兄弟子(河村氏)ブログに『コース中のプリモ・ピアット。 それがパスタのポジションだ。(中略)「家庭やトラットリアでなら食べ方もある程度自由でしょう。しかし正式なリストランテでは、パスタはあくまでもセコンド・ピアット(メインディッシュ)の前に供されるプリモ・ピアットでしかありません。味覚としても、ボリューム的な観点からも、パスタでお腹いっぱいになってしまってはいけないのです。私にとって、コースの中におけるパスタは、味覚も量も食感も軽めの仕立てに持っていくのが相応しいと考えています」』(ブログより)。スフォリーノ(鹿児島市)がおっしゃるには、アンティパスト(前菜:Antipasto)とセコンド・ピアット(主菜:Secondo Piatto)の間なので、セコンド・ピアットを食べるのに負担にならないように(噛む力や意欲をを温存するために)、じっくり噛まずとも味わえるパスタを目指してますとのこと。お話聞きながら、ふと思いました。パスタの材料は「小麦粉と卵のみ」で砂糖不使用、噛む力の弱い方でも味わえる・・子供から総入れ歯の方まで、まさに老若男女にオススメの一皿と言えます。ムシ歯のリスクはかなり低く、義歯でも味わえる一皿です。

「日あたりや熟柿の如き心地あり 夏目漱石」・・先日、お昼にパスタを頂きました。食後は句のようななんとも言えない満足感と充足感・・是非、御賞味あれ!スフォリーノのインスタグラムは @sfoglinoyoshimoto


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BBTime 483 スフォリーノ

BBTime 483 スフォリーノ
「梅干の真紅を芯に握り飯」中嶋秀子

握り飯なのにパスタ?まずは句の解説からどうぞ。『季語は「梅干」で夏。梅を干す季節から定まった季語だが、句のように「握り飯」とセットになると、夏よりもむしろ秋を思わせる。運動会の握り飯、遠足やハイキングの握り飯など、とりわけて新米でこしらえた握り飯は美味かった。当今のスーパーで売っているようなヤワな作りではなく、まさに梅干を「芯(しん)」にして固く握り上げたものだ。飾りとしか言いようのない粗悪な海苔なんかも巻いてなくて、純白の飯に真紅の梅干という素朴な取り合わせが、目の保養ならぬ目の栄養にもなって、余計に食欲が増進し、美味さも増したのだった。掲句は、そうした視覚的な印象を押し出すことによって、握り飯本来の良さを伝えている。昔話「おむすびころりん」のおじいさんが取り落とした握り飯も、きっとそんな素朴なものだったのだろう(後略)』(解説より)。

加えて春の句ですが「母の日のてのひらの味塩むすび 鷹羽狩行」・・『海苔も巻かず、米と塩だけを供する塩むすびはまさしく家庭の味。かつての母達は、おなかをすかせた子供達のためにさっとおむすびを作ってくれた。贅沢とは無縁だった古き日本の母親達は、その<てのひら>から素朴な、しかし間違いなく美味しいものを生み出してくれた。子が母を信頼するのは、理屈ではない。空腹を満たしてくれたかどうか、である』(櫂未知子著「食の一句」82頁より引用。BBTime449「笑の素」参照)。

今回「塩むすび」のようなパスタを見つけました!皆さん「スフォリーノ:Sfoglino」というイタリア語をご存じでしょうか?小生、初めて知りました。スフォリーノとは『ボローニャでは、パスタの製麺に従事する者を2通りの名称に分けて呼びます。ひとつは”Pastaio”、もうひとつは”Sfoglino”です。Pastaioとは機械を用い製麺する者、SfoglinoとはMatterello(麺棒)を用い完全手作業で製麺する者を示します』(出典はこちら)。先日、フリーペーパーの記事「間借りのグルメ」に「ボローニャ仕込みの週末限定手打ちパスタ」の小見出し。これは調査隊としては百聞は一見に如かず!と先日早速調査へ。そのパスタが冒頭の画像で、次はその記事。

日曜の昼お店に・・白シャツの清潔感ある男性(この人がスフォリーノ)がにこやかに迎えてくれました。間借りゆえか流しの台に「茹でるだけですから」と電熱器ひとつ。きしめんのような平たいパスタの「タリアテッレ」(冒頭画像)と、クリームチーズとほうれん草を詰めた「トルテッローニ」(次画像)の二種のみ。二人で二種頼みシェア、まずはタリアテッレを口に、続いてトルテッローニ。食べ終わらないうちに「替え玉(お替り)可能ですか?」・・「はい可能です」。

感動でした。これ以上「何も足さない何も引かない」パスタ。初めての味わい、蕎麦なら掛け蕎麦、うどんなら素うどん。思わず質問「スフォリーノを名乗っている方は九州でも少ないでしょう?」・・「ひとりです」。「鹿児島市で究極のシンプルパスタだけを提供する」「スフォリーノを名乗る」に対して感動しました、もちろん味にも。ソースも具もないパスタのみで客を満足にさせる・・スフォリーノとしての「気合い」のみで客を幸せにする、志の高さに脱帽です。まさにパスタの伝道師!

画像は再びタリアテッレ。麺は小麦粉と全卵(白身と黄身)のみから作られます。週末(金土17時〜21時、日12時〜14:30)だけの営業。インスタグラム@sfoglinoyoshimoto スフォリーノに敬意を表してイタリア語の曲を。参考までに兄弟子の方の記事を二つ、こちらこちら。ではでは、ご自愛の程ご歯愛の程。1600