BBTime 149 小説いれば食堂 その1

BBTime 149 小説いれば食堂 その1
「平凡に咲ける朝顔の花を愛す」日野草城

「いれば食堂」
要約「いれば食堂」は変わった食堂です。お品書きはズバリ「入れ歯」。お客さんの希望を冠した入れ歯が注文となります。これから作る入れ歯でそのお客さんが何を食べたいのか、何をしたいのか、ご希望を具体的に冠した入れ歯の名前がメニューに並びます。焼肉を希望されれば焼肉入れ歯、トンカツならトンカツ入れ歯、タケノコ入れ歯、ラーメン入れ歯、おはよう入れ歯、カラオケ入れ歯とメニューは盛り沢山。食堂のお客さんの入れ歯にまつわる悲喜こもごもが日々繰り広げられます。そうそう、いれば食堂のモットーは「あなたがいれば」あなたがいらっしゃればこそ、必要とされるならばこその食堂です。さあ「いれば食堂」本日開店!
こちら「さんま食堂」も御参照のほど

いれば食堂
『カラオケ入れ歯』
ハナさん、本名ヤマノハナコ、七十六歳、今年喜寿を迎える。世の中は、今日はこちら、明日はあちらと花見情報満開、春たけなわである。
しかしハナさんは、春爛漫を尻目に桜どころじゃないわと塞ぎ気味。先日も友人が「三日見ぬ間に桜かな、女子会花見するわよ」と誘いに来たが、「あんたそれ違うのよ。本来は三日見ぬ間「の」なの」と嫌味たっぷりに断った。
気落ちの理由を言いたくない。原因は入れ歯、痛くて噛めないのである。去年の夏頃から歯応えのあるものが噛めなくなって、暮れにはついに上のみならず下も総入れ歯になった。
入れ歯を作ってくれた歯医者は巷では上手との評判だったが、何度も調整に通ううちに明らかに嫌な顔をされて、それ以来通うのを辞めた。
今や薬局通いである。入れ歯安定剤のお世話になっている。入れ歯が合わないと色気もないし食欲もわかない。花見なんて以ての外。もともと食べることに執着する性分だけに、雑誌や携帯で旬の情報を目にするとすぐに食指が動くのだが、口の中の現実を思うと動きかけた指も固まってしまう。

どこの歯医者に行ったものか。花見誘いの友人に聞くのは癪だし・・と思案していると、ある顔が浮かんだ。頻繁には会わないが心安き親友テツコである。彼女、ある時から呂律が回らなくなったと大騒動。かかりつけの内科から脳外科、はたまた大学病院にまで行ったそうだ。結局、脳には異常なし。しかも実年齢より脳年齢の方が五歳以上も若いというお墨付きまで頂いた。本人、これでひと安心かと思いきや、さにあらず。当人にしてみれば余計不安になったとのこと。早速、携帯に電話してみた。「あらテッちゃん。その後、調子どう?」
「それがね、はは大切!」
「母大切?母の日は来月よ」
「違うの、歯は大切よ」
「歯って、あなた私同様入れ歯じゃなかったっけ」
「そう、その入れ歯だったの原因が」
「入れ歯のせいで呂律が回らなかったの?」

顛末はこうだった。
「大学病院で異常なしと太鼓判を押されたはいいけど、相変わらず呂律が回らなかったの。落ち込んでいてもしょうがないし、脳は異常無しがはっきりした訳だし、気分直しにお鮨でもと行きつけに顔出したの久しぶりに。その時、カウンターに座っていた老紳士の話が「いれば食堂」、もう耳ダンボよ」
テッちゃんはいつになく饒舌と言うより早口で話を続けた。
「一言で言うと入れ歯専門の歯医者さんね。注文するものは料理じゃなくて入れ歯なの。しかも注文メニューが変わっているの、希望する料理や目的の入れ歯を作ってくれるんだって。その男性の注文を聞いて思わず身を乗り出したわ、「カラオケ入れ歯」よ。カラオケ大好き演歌大好きなんだけど上の入れ歯が落ちてくる、外して歌うとサビの部分が歌えないし老け顔になると悩んでたらしいの。入れ歯を新調した途端、カラオケの点数が十点もアップしたそうよ」
テッちゃんはここまで一気に話した。
「ハナちゃん、あなた聞いてんの?」
「聞いてる、聞いてる。で、ひょっとしてあなたも行ったの?」
「そう、そのひょっとして。男性が帰った後に根掘り葉掘り大将に聞いたわ、入れ歯食堂のこと。話聞いて呂律が回らない原因はこれだ、入れ歯しかないと思ったもの」
言われてみると、確かにテッちゃんの呂律は回っていた。よき親友よき情報と感謝しながら、早速電話、三日後の予約が取れた。
その2に続く・・・

その1」「その2」「その3」「その4」「その5」もどうぞ!
今回のBeat はラストの電話にかけての一曲「 Payphone – Maroon 5 with @Ciaela」

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