BBTime 490 ブラシラブ・名

BBTIme 490 ブラシラブ・名
「お菓子が好き好きスガ シカオ」(出典はこちら

菅 止戈男」氏が、本当にお菓子好きかは知りませんが・・。お気づきの方もいらっしゃるでしょう。回文です・・「「回文」という言葉遊びがあります。上から読んでも下から読んでも同じ文になるというもので、「竹やぶ焼けた」「私負けましたわ」といったものが有名ですよね」(引用元)。前回「新デザイン」でご紹介したブラシラブについてのお話です。

初期試作品で、起き上がり小法師、達磨さんをイメージしました。名付けて「ダルマブラシ」・・しばらく使ってみて、別段起き上がる必要もないので却下。その次が次の画像です。デザイン的にもまあまあですが、製品として作るとなるといろいろとハードルが高くて却下。

次に考えたのが「カヌレブラシ」・・これは台座をカヌレ型を使ってシリコンで作ったのでこの名前。成形したシリコンをオーブンで焼くと変形しなくなるのですが、含まれる空気のせいか狙う形より太ってしまって断念。他には「ちょこまか磨く歯ブラシ」でチョコブラシ、も考えましたがボツ。立っているので「タツブラシ」とかも。

試行錯誤の末、落ち着いたのが発泡酒のコルク栓。これは行けそうだと考えた名前は「ラ・ブラシ」ラブとブラシでラブラシ。言い易いしいいぞ!と検索したら、すでにこのような名前の化粧用ブラシがありましたので、これまた断念。立っているというより座っている・・坐禅だ!と思い「Zenブラシ・ゼンブラシ」もいいかなと思いましたが、コンペ没だったので変えました。

結局「ブラシラブ」で行きます、なぜこの形なのかは次回。最後にまだ霜月で気が早いのですが・・回文といえばコレ!「なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな」詳しくはこちら。ではでは 8470
SweetsLove, TeethLove, BrushLove!


BBTime 489 新デザイン

BBTime 489 新デザイン
「焼芋を二つに折れば鼻熱し」吹田孤蓬

小生が焼芋から連想するものは、味でも熱でもなく「音」です。あの「ピーッ」の音に何かしら物悲しさと、少しばかりの温かさを感じます。例の「いーし焼き芋、焼芋っ」は減ったような・・。句の解説には『そのまんまの句。たしかに、焼芋は二つに折ってから食べる。折ると、湯気が鼻をつく。その一瞬をとらえた微笑ましい作品だ。いますぐに、焼芋を食べたくなった読者もいるのではないだろうか。私は、あまり食べない。ここ数年間は口にした覚えがない。なにせ戦後の食料不足時代に、芋ばかり食べていたので、どうしても当時のみじめな記憶が甦ってきて、食欲とは結びつきにくいからだ。(後略)』(解説より)。今回は焼き芋とは関係なく「デザイン」についてのお話。

画像は新デザインの歯ブラシ「Zenブラシ」をコンペに応募した際のものです・・ボツでした。近々、手作り販売サイトにアップします。
「白珪尚可磨:はっけいなおみがくべし」(禅語の意味はこちら
「磨いているのにムシ歯になる@何か足りない何が足りない?
理由は明らか@磨き残しあり
磨き残しを減らすには@丁寧に小まめに磨く
丁寧磨きの日常化に EARS:イアズ
Ethical     Anytime/where    Rest    Saliva
腰据えて歯をまもるために坐りました
「歯を磨く」ではなく「歯をまもる」
面倒なルーティンを手軽で楽しめるものに
あなたの歯をまもる@ZENブラシ」

「Happy New Ears」
「歯磨きの新スタイル EARS:イアズ
ethical「E」予防は自愛 環境への配慮
anytime/where「A」いつでもどこでも
rest:レスト「R」息抜き・癒しとして
saliva:サリバ「S」唾液で磨く唾液みがき
「歯をみがく」のではなく「歯をまもる」
面倒なルーティンを手軽に楽しめる習慣へ
あなたをまもる新スタイル@EARS」

以前発表した「タツブラシ」に改良を加えています。新デザイン改良版歯ブラシの名は・・「ブラシラブ!」この名前への思いは・・SWEETS LOVE!  TEETH LOVE!  BRUSH LOVE! スイーツ大好き! まもる白い歯! いつでも歯磨き! 7420


 

BBTime 488 新スタイル

BBTime 488 新スタイル
「おでん煮えさまざまの顔通りけり」波多野爽波

都城市「雨風」の黒板。この時季、好きな句です。解説には『屋台のおでん屋。あそこは一人で座ると、けっこう所在ないものだ。テレビドラマでも映画でもないのだから、人生の達人みたいな格好の良いおじさんが屋台を引いてくるわけではない。だから、おじさんと人生論などかわすでもない時が過ぎていくだけだ。したがって客としても、そんなおじさんをじろじろ眺めているわけにもいかず、必然的に、目のやり場としては、屋台の周辺を通っていく見知らぬ誰彼の方に定まるということになる。と、まさに句のように「さまざまな顔が通り」すぎていく。それがどうしたということもなく、チクワやハンペンをもそもそと食べ、なぜかアルコールの薄い感じのする酒をすすりながら、「さまざまな顔」をぼんやりと見送っているという次第。句の舞台はわからないが、爽波は京都在住だったので、勝手に見当をつければ出町柳あたりだろうか。出町柳には、私の学生時代に毎晩屋台を引いてくる「おばさん」がいた。安かったのでよく寄ったのだが、彼女は学生と知ると説教をはじめるタイプで、辟易した思い出がある。「悪い女にひっかからないように」というのが、彼女得意の説教のテーマであり、辟易はしていたが、おかげさまで今日まではひっかからないで(多分……)すんでいるようだ』(解説より)。今回は様々な食べ物のお話。

「パニス:panis」のパンです。夏以降、三つの「新スタイル」に出会いました。パニスのパン、コーヒーカウンティの豆、スフォリーノヨシモトのパスタ。パニスのパンは「食事パンと菓子パンの中間」のようなパン。コーヒーカウンティの豆は「コーヒーと紅茶の中間」の飲み物。スフォリーノヨシモトのパスタは「食事とおやつの中間」的な一皿。

サンドイッチや食パンが食事パンで、甘いパン、ドライフルーツ入りパンはお菓子パンではありません。トーストに蜂蜜つけたりジャム塗ったりしますよね。美味しいが一番の問題で、あとは中身(材料)と量でしょ。コーヒー豆も「コーヒーは苦い飲み物」ではなく、紅茶のようなフレーバーの違いを十二分に味わえるコーヒー。ミルクや砂糖はむしろ邪魔。小腹を満たすような量と内容(具)のスフォリーノのパスタ。おやつと食事の中間的一皿。

珈琲だからミルクと砂糖が必要・・なのではなく、必要なら足すというコーヒーの飲み方。一般的に緑茶には何も加えません。パイナップルが酢豚やハンバーグに加えてあることもあります。果物の柿は「柿なます」として和食に登場します。以前、記事で読んだことがあります。「日本人はカテゴライズ(分類分け)が好きな民族」・・カテゴライズが好き・・例えばその人の「血液型」を聞いて「なるほどB型だから、あの人は」と科学的根拠もなく納得したり。集団として一括りにする、従来のやり方の踏襲などは、楽かもしれませんがね。

朝日新聞11/16朝刊の「折々のことば」です。食べ物・料理も文化のひとつ、食文化の新陳代謝・多様性を味わうことは、時に新しい「美味しい」に出会えます。皆さま、ご自愛のほど、ご歯愛のほど。7180

BBTime 487 パンとイタミ

BBTime 487 パンとイタミ
「立冬のクロワッサンとゆでたまご」星野麥丘人

クロワッサンとゆで卵の組み合わせが、ホッと温もりを感じさせます。解説にも『このパンの名前にはアンパンやメロンパンとはひと味違うよそいきの雰囲気がある。掲句はもちろん三日月形のパンそのものだろうが、このクロワッサンはおいしそうだ。かさこそ音をたてる落葉道を散歩していると、店先からパンを焼く香ばしい匂いが流れてくる。思わず買ってしまったパンのぬくみを紙袋に感じつつ帰宅。濃くいれた熱いコーヒーにゆで玉子を添えて朝の食卓を囲む。そんなシーンを思い描いた。パリパリと軽いクロワッサンの感触とつるりと光るゆでたまごの取り合わせも素敵だ。一見何の技巧もなく見えるが、これだけの名詞を並べるだけで立冬の朝の気分をいきいき感じさせている』(一部抜粋)。今回はパンと痛みについてのお話。

先日、福岡市の有名なパン屋のショップカードを眺めていて「?」。美味しいパン屋さんなので敬意を表して仮に「パン・ショップ」としましょう。店名がカタカナであれば全く問題ないのですが・・・「pain shop」でパン・ショップなんです。えっ何が「?」なの・・実は、この表記だと「pain:パン」はフランス語で「shop:ショップ」は英語。ですから「pain shop」を英語圏の人は「pain shop:ペイン・ショップ」と読み、「痛みの店」の意味。ペインは英語で「痛み」です。ちなみに英語で「パン:pan」はフライパンのこと。

パンの英語はブレッド(bread)。詳しくはこちらを御賞味あれ。折角ですので、食べる「パン:pain」の語源を調べてみました。時は織田信長の時代、パンはポルトガル人によって日本に伝えられ、ポルトガル語の「パウン」がパンとなったようです。その「パウン」の語源はラテン語の「panis:パニス」で意味は「食べ物、生活の糧(かて)」。鹿児島市にその名もズバリ「panis」というパン屋さんがあります。ここがまた「生きる糧・食べる喜び」を与えてくれる美味しさ!

さて、時に「痛くなったら来ます」とおっしゃる方がおられます。ところが歯に関しては、痛くなった時には手遅れ(不可逆的)のことが多いのが、歯科治療のイタイところです。是非、痛みがない時・問題ない時に来られることをオススメします。お節介ですが、pain(パン)もイタミがくる前に美味しくどうぞ。皆さま、ご自愛のほど御歯愛の程。5880

BBTime 486 謙虚な料理

BBTime 486 謙虚な料理
「謙虚なる十一月を愛すなり」遠藤梧逸

十一月七日立冬で暦の上では冬です・・唐突に「謙虚」と詠まれても。解説には『はや、十一月だ。季語としての「十一月」は、立冬のある月なので冬に分類。暦の上では冬に入る月だが、小春日和といわれる暖かい日々もあり、トータルでは案外十月よりも暖かかったりする。「あたゝかき十一月もすみにけり」(中村草田男)という印象深い句もある。とはいえ、一方では木枯らしの吹く日もあって、季節はじんわりと確実に冬へと向かっていく。掲句を読んで真っ先に思ったことは、句のように当月を人格化したときに、なるほど「謙虚」という表現がぴったりくるのは、今月十一月しかないだろうなということだった。前に出過ぎず、しかし着実に次の月へとバトンを渡していく感じがある。そこで、お遊びを思いついた。では、他の月には、どんな人格や性格を当て嵌めればぴったりくるのだろう。拙速で私なりに並べてみると、来月十二月は「短気」だろうか。一月は「堂々」でいいだろう。そして、我が生まれ月の二月は「孤独」。三月は浮かれがちになるので異論も覚悟で「軽佻」、逆に四月は年度はじめゆえ「実直」となる。五月は文句なしに「明朗」で、六月は「陰鬱」と言うしかあるまい。七月は「蹶起」ないしは「血気」のような感じだけれど、八月は七月の惰性みたいな月だから「怠惰」でいきたい。九月にはちょっと困ったが「素朴」としておいて、十月は案外に雨の日も多いことから「曖昧」としておこう。いかがでしょうか。下手くそすぎますかね。やっぱりね。『新日本大歳時記・冬』(1999)所載。(清水哲男)』(解説より)。さて「謙虚な料理」こそ贅沢!のお話。

最近出会った、ふたつの「謙虚な料理」。ひとつは先月十月スフォリーノのパスタを知りました。以来、幾度となく足を運んでおります。「スフォリーノ」や「ナイデンテ」に書きました、極めてシンプルなパスタです(しかも砂糖ゼロ)。ふたつ目は先日「COFFEE COUNTY:コーヒーカウンティ」の豆を手に入れ淹れて飲みました。COFFEE COUNTYも「素:す」が味わえるコーヒーで、ミルクや砂糖は邪魔です。

店員さんオススメの「ニカラグア:エンバハーダ農園」を飲んでみて、つくづくコーヒーの素の味の素晴らしさを改めて感じました。豆の説明には「桃やグァバやを思わす甘い香り、弾けるよような口当たりからビワや白ぶどうの柔らかな果実感、ユリの花ような香りの余韻が続きます」と、ワインの説明かと思われるような文章。聞くところによると代表の方は大のワイン好きとか・・なるほどと納得!

謙虚とは『自分の能力や置かれている立場をありのまま受け入れ、相手の意見を認めてすなおに取り入れたり相手を抑えるような自己主張を控えたりする様子だ』(新明解国語辞典第七版)とあります。このふたつにおいては「何も足さず何も引かずとも、持ち味を十二分に発揮できる」と言えましょうか。しかも美味しい・・否(いな)美味しいという陳腐な表現ではなく「味わい深い」の方が適切でしょう。

画像はトマトの実のパスタ。いつ食べても裏切られることのない味でオススメの一皿です。手打ちパスタにソースや具がのっております。もちろんこのパスタもよし!時にスフォリーノヨシモトの超シンプルなパスタもよし!ミルクや砂糖を加えてのコーヒーも美味しい!可能ならば「素の珈琲」も味わって欲しいと切に思います。ちなみに鹿児島市内では「panis:パニス」で飲むことができます。

画像はタリアテッレ:tagliatelle。小生には覚えにくく、つい「きしめん」と。かたやトルテッローニ:tortelloni(二枚目の画像)は「ギョウザ」と注文してしまいます。スフォリーノのパスタもコーヒーカウンティの珈琲も、砂糖ゼロで味わえます。(別に、美味しい料理において砂糖ゼロにこだわる必要は全くないのですが、仕事柄つい・笑)美味しくて味わい深く、健康にもよろし、しかも懐にも優し!「謙虚な料理」を探してみるのも、これまた楽し!皆さま、ご自愛のほど御歯愛の程。5650


https://youtu.be/by4Cr3kPNPg

BBTime 485 スタンド

BBTime 485 スタンド
「ヒト科ヒトふと鶏頭の脇に立つ」摂津幸彦

解説に『ホモサピエンスかホモルーデンスか。鶏頭の十四、五本を数えなくとも、ただその脇に立つだけでいい。するとどうだろう。言葉のハ行とカ行とタ行の音がおのずと遊びはじめる。巧まぬ何気なさ。ぼーっとつっ立っているのは誰。『鹿々集』(1996)所収』(解説より)。ホモサピエンスとは『ホモ・サピエンスは、リンネという学者によって定義された言葉で、英知人と訳す。人間は他の動物と違って考えることができる、ということを強調した言葉です。ホモ・サピエンスは生物学上の分類名として使われることも多く、「人間は英知人である」というニュアンスを持たない場合もあります』(出典はこちら)。かたやホモルーデンスは『ホモ・ルーデンスは、ホイジンガが定義した言葉で「遊戯人」と訳します。遊戯という言葉が表すように、ホモ・ルーデンスとしての人間は「自由に遊ぶ生き物」です』(出典)。個人的には「ルーデンス」の方がいいです。今回は「ホモ・スタンディングス」立つ人について。

先日、生活習慣病予防健診結果通知が手元に。肝臓データに嬉しい驚き!画像のように軒並み下がっていました。ここ数十年ほぼ毎年受けてますが、必ずひとつかふたつは「H」の数値。医者からは「お酒の飲み過ぎですかね」とお小言。ここ十年ほど、結構飲んだ年とほぼ飲まなかった年がありましたので、小生の場合、酒量が主因でもなさそう。運動量も年によってかなりの差があり、運動量でもなさそう。今年に限っての違いは何だろう?と自問自答するに・・・ありました。恐らくそれはスタンド:立つことです。立ち始めたのは、今年になってから。理由はシンプル・・仕事用椅子のキャスターが古くなり、滑らかさが無くなったため・・これいかに?そうだ、立って仕事しようと思い、立ち始めました。

今年正月から腕にアップルウォッチ 。三つのリング『ムーブ、エクササイズ、スタンドという3つのリング。これらを毎日完成させるという1つのゴール。いつもやりたくなるほどシンプルかつ楽しい方法で、あなたの毎日をもっと健康的にする。そんな発想から作られたのが、Apple Watchのフィットネスアプリです』(アップルサイトより)。ここにもスタンド!『座りすぎは健康問題の一因となることがあります。だからApple Watchは一日を通して、あなたのスタンドゴールに向けた進捗を記録し、立ち上がるきっかけを与えます。座っている時間を減らすことは、血圧を下げ、活力を高め、心疾患のリスクを低下させることにつながります』(アップルサイトより)。

ヒトの定義のひとつに「直立二足歩行」がありますが、直立二足歩行とは文字通り二足で歩くことのみならず「二足で立って動き回る」ことも意味するのではないでしょうか?立つことで、体内の様々な液体と重力が相まって普通(健康)を維持しているのかもしれません。

「立つことが肝臓の健康維持に関与」というのは個人的意見です。肝臓データに問題ありだけど、お酒をやめたくないと思う方、是非「立って動く」ことをお勧めします。ではでは、ご自愛の程ご歯愛の程。

蛇足ですが、冒頭の句の解説文中「鶏頭の十四、五本を数えなくとも」は・・超有名な句・・「鶏頭の十四五本もありぬべし 正岡子規」を踏まえてです。4930


 

BBTime 484 ナイデンテ

BBTime 484 ナイデンテ
「いちまいの皮の包める熟柿かな」野見山朱鳥

これはトルテッローニ、これも一枚の皮(パスタ)の包める・・です。今回は、前回「スフォリーノ」のお替り。まずは句の解説から『掌に重い熟した柿。極上のものは、まさにこの句のとおり、一枚の薄い皮に包まれている。桃の皮をむくよりも、はるかに難しい。カラスと競い合うようにして、柿の熟れるのを待っていた我ら山の子どもは、みんな形を崩さずに見事にむいて食べたものだった。山の幸の濃密な甘味。もう二度と、あのころのような完璧な熟柿を手に取ることはないだろう。往時茫茫なり。なお、この句には、同時にかすかなエロスの興趣もある。『曼珠沙華』所収。(清水哲男)』(解説より)。ちなみに熟柿は「じゅくし」

パスタの茹で加減、特に乾麺においてよく耳にするのが「アルデンテ」。直訳すると「歯において」・・デンテは「歯」です。Wikipediaによると『アルデンテイタリア語al dente)とは、スパゲッティなどのパスタを茹でるとき「歯ごたえが残る」という茹で上がり状態の目安とされる表現』とあり『麺が完全に茹で上がらずに麺の中心が髪の毛の細さ程度の芯を残して茹であげることをいう。芯を残して茹で上げるのは、茹で水の塩分が麺に完全に入らない分辛くならず、ソースも麺に入りやすくなり美味しさが増すからである。”al dente” を直訳すると「歯に~」であり、茹で上がりの「歯ごたえのある状態」を示す用語。パスタ以外にも、野菜などの茹で上がり状態を表現する際にも用いる』とか『なお、「アルデンテは乾麺でなければ成立しない概念であり、生パスタを利用する時はこの概念は適用されない」という勘違いもされているがイタリアでは生パスタもal denteと言う』とのこと。このアルデンテ・・スフォリーノ(の打ったパスタには)には必要ないようです。

画像は鹿児島市のスフォリーノが打ったパスタです。兄弟子の方のブログに『タリアテッレには、アルデンテは不要である。・・・現在の工房で製造するのは幅広のロングパスタ「タリアテッレ」と、詰めものをしたパスタ「トルテッローニ」のみ。ともにボローニャを代表するパスタだ。パスタ打ちにとって最も大切なのは食感。アルデンテでもモチモチでもない。薄い絹のように滑らかな舌触りで、まるで空気のような歯切れの良さを追求した河村さんの手打ちタリアテッレは「パスタの概念が変わる」とも評される』とあります。先日、食べながらこのことを聞いてみると「そうです」とのこと。イタリアではスフォリーノが打ったパスタはアルデンテではないので、離乳食としても食べられているとのこと。ではなぜ「ナイデンテ」なのか?

理由は「プリモピアット」に徹するため。またまた兄弟子(河村氏)ブログに『コース中のプリモ・ピアット。 それがパスタのポジションだ。(中略)「家庭やトラットリアでなら食べ方もある程度自由でしょう。しかし正式なリストランテでは、パスタはあくまでもセコンド・ピアット(メインディッシュ)の前に供されるプリモ・ピアットでしかありません。味覚としても、ボリューム的な観点からも、パスタでお腹いっぱいになってしまってはいけないのです。私にとって、コースの中におけるパスタは、味覚も量も食感も軽めの仕立てに持っていくのが相応しいと考えています」』(ブログより)。スフォリーノ(鹿児島市)がおっしゃるには、アンティパスト(前菜:Antipasto)とセコンド・ピアット(主菜:Secondo Piatto)の間なので、セコンド・ピアットを食べるのに負担にならないように(噛む力や意欲をを温存するために)、じっくり噛まずとも味わえるパスタを目指してますとのこと。お話聞きながら、ふと思いました。パスタの材料は「小麦粉と卵のみ」で砂糖不使用、噛む力の弱い方でも味わえる・・子供から総入れ歯の方まで、まさに老若男女にオススメの一皿と言えます。ムシ歯のリスクはかなり低く、義歯でも味わえる一皿です。

「日あたりや熟柿の如き心地あり 夏目漱石」・・先日、お昼にパスタを頂きました。食後は句のようななんとも言えない満足感と充足感・・是非、御賞味あれ!スフォリーノのインスタグラムは @sfoglinoyoshimoto


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BBTime 483 スフォリーノ

BBTime 483 スフォリーノ
「梅干の真紅を芯に握り飯」中嶋秀子

握り飯なのにパスタ?まずは句の解説からどうぞ。『季語は「梅干」で夏。梅を干す季節から定まった季語だが、句のように「握り飯」とセットになると、夏よりもむしろ秋を思わせる。運動会の握り飯、遠足やハイキングの握り飯など、とりわけて新米でこしらえた握り飯は美味かった。当今のスーパーで売っているようなヤワな作りではなく、まさに梅干を「芯(しん)」にして固く握り上げたものだ。飾りとしか言いようのない粗悪な海苔なんかも巻いてなくて、純白の飯に真紅の梅干という素朴な取り合わせが、目の保養ならぬ目の栄養にもなって、余計に食欲が増進し、美味さも増したのだった。掲句は、そうした視覚的な印象を押し出すことによって、握り飯本来の良さを伝えている。昔話「おむすびころりん」のおじいさんが取り落とした握り飯も、きっとそんな素朴なものだったのだろう(後略)』(解説より)。

加えて春の句ですが「母の日のてのひらの味塩むすび 鷹羽狩行」・・『海苔も巻かず、米と塩だけを供する塩むすびはまさしく家庭の味。かつての母達は、おなかをすかせた子供達のためにさっとおむすびを作ってくれた。贅沢とは無縁だった古き日本の母親達は、その<てのひら>から素朴な、しかし間違いなく美味しいものを生み出してくれた。子が母を信頼するのは、理屈ではない。空腹を満たしてくれたかどうか、である』(櫂未知子著「食の一句」82頁より引用。BBTime449「笑の素」参照)。

今回「塩むすび」のようなパスタを見つけました!皆さん「スフォリーノ:Sfoglino」というイタリア語をご存じでしょうか?小生、初めて知りました。スフォリーノとは『ボローニャでは、パスタの製麺に従事する者を2通りの名称に分けて呼びます。ひとつは”Pastaio”、もうひとつは”Sfoglino”です。Pastaioとは機械を用い製麺する者、SfoglinoとはMatterello(麺棒)を用い完全手作業で製麺する者を示します』(出典はこちら)。先日、フリーペーパーの記事「間借りのグルメ」に「ボローニャ仕込みの週末限定手打ちパスタ」の小見出し。これは調査隊としては百聞は一見に如かず!と先日早速調査へ。そのパスタが冒頭の画像で、次はその記事。

日曜の昼お店に・・白シャツの清潔感ある男性(この人がスフォリーノ)がにこやかに迎えてくれました。間借りゆえか流しの台に「茹でるだけですから」と電熱器ひとつ。きしめんのような平たいパスタの「タリアテッレ」(冒頭画像)と、クリームチーズとほうれん草を詰めた「トルテッローニ」(次画像)の二種のみ。二人で二種頼みシェア、まずはタリアテッレを口に、続いてトルテッローニ。食べ終わらないうちに「替え玉(お替り)可能ですか?」・・「はい可能です」。

感動でした。これ以上「何も足さない何も引かない」パスタ。初めての味わい、蕎麦なら掛け蕎麦、うどんなら素うどん。思わず質問「スフォリーノを名乗っている方は九州でも少ないでしょう?」・・「ひとりです」。「鹿児島市で究極のシンプルパスタだけを提供する」「スフォリーノを名乗る」に対して感動しました、もちろん味にも。ソースも具もないパスタのみで客を満足にさせる・・スフォリーノとしての「気合い」のみで客を幸せにする、志の高さに脱帽です。まさにパスタの伝道師!

画像は再びタリアテッレ。麺は小麦粉と全卵(白身と黄身)のみから作られます。週末(金土17時〜21時、日12時〜14:30)だけの営業。インスタグラム@sfoglinoyoshimoto スフォリーノに敬意を表してイタリア語の曲を。参考までに兄弟子の方の記事を二つ、こちらこちら。ではでは、ご自愛の程ご歯愛の程。1600


BBTime 482 ソンナ!

BBTime 482 ソンナ!
「をりとりてはらりとおもきすすきかな」飯田蛇笏

句の解説にはすすきのイメージとは真逆の「ソンナ、ばかな!」の話が・・『季語は「すすき(芒・薄)」で秋。秋の七草の一つ。(中略)そこで、ひとつどうでしょうか。近所の河原にでも出かけてみて、すすきを手折るなどして句のような風流を味わってみては……。でも、てな誘いにうかうかと乗せられて、すすきを手折ろうなんてことはしないほうが良いですよ。あの茎はとても強くてしぶといですから、普通の人には手折るなんて上品な行為では、まず「をりと」るのは無理でしょう。力任せに左右に何度もねじって、引き千切るくらいの野蛮さが必要です。学生時代にはじめて掲句に出会ったとき、私は蛇笏を人並外れた怪力の持ち主かと思いましたね。どう考えても、この句は丈の高い丈夫なすすきを「をりとりて」いるとしか読めません。なにしろ、手にして「はらりとおもき」なのですからね。そんなすすきを、句はたやすく手折ったように印象づけていますが、またそれでなくては句の美しさが失われてしまいますが、本当にさらりと「をりと」ったのだとすれば凄いことです。私だったら、「ねじきって」とか「ねじおって」、あるいは刃物で「きりとって」とでもやるところでしょうか。しかし、これでは「はらりとおもき」とはいきませんから駄目でしょう。名句の誉れ高いこの句は、ま、あらまほしき世界を描いたフィクションとしての名作なんでしょうね。世の中には「はらりとおもき」に目を奪われた解釈が圧倒的ですが、「をりとりて」にもう少し注目する必要があろうかと思います。むろん、私は俳句のフィクションを否定しません。否定しませんが、これはいささかやり過ぎじゃないのかと。いかにも実際めかした衣裳が、どうにもいただけませんので。(清水哲男)』(解説より)。先日、不動産屋さんとの会話にも雑草すすきが登場。すすきについては、解説に軍配が上がるようです。さて今回はバナナジュースに関する真逆の「ソンナ!」のお話。

バナナジュースに関して「極旨!」「超極旨!」「ほぼ完成」の三部作で完結したと思っておりました。ところが・・雑誌「エル・グルメ」最新号(11月号)に神レシピとして載っていた「決定!バナナジュースの黄金比!」はナント真逆。まず超極旨!の黄金比は「冷凍バナナ:生バナナ=7:3(=2.33:1)」。エル・グルメ黄金比は「冷凍:生=1:2」とほぼ真逆、そんなバナナ!

もちろん、逆黄金比で作ってみました・・美味でした。んーまた、考えます。共通点は「生と冷凍を使う」。両者ともに、それなりに美味しいのです、味わいが違うようです。例えるならば、しっかりとしたボルドーの赤ワインが美味しい、かたや繊細なブルゴーニュの赤も美味しい。現時点では真逆の二つのレシピの判断は保留です、また報告します。ちなみに二つのレシピは・・A)冷凍バナナ70g+完熟生バナナ30g+牛乳130cc B)冷凍バナナ50g+完熟生バナナ100g+牛乳125ccです。さて、秋の夜長にはやはりコーヒーでしょ。ということでコーヒーの歌を二曲ご紹介。1130


追記:ブログアップ後、毎日のようにエル・グルメレシピで作っています。こちらの方がなんとなく良さげです。
追加(10/26):冷凍バナナが生バナナの約二倍のレシピAと、逆に冷凍バナナが半分のレシピBで何度か作ってみました。どうやら軍配を挙げるとするならば「B」です。Aもそれなりに美味しいのですが、レシピB「冷凍バナナ50g+完熟生バナナ100g+牛乳125cc」の方がよりふんわりと甘いバナナジュースになるようです、ご参考までに。

BBTime 481 咖哩

BBTime 481 咖哩:カレー
「秋風やカレー一鍋すぐに空」辻桃子

「カレェェ鍋 すぐにそら」ではなく「カレーひと鍋 すぐにから」です(笑)。解説は『ややこしい句がつづいたので、スカッとサワヤカに。「空」には「から」の振り仮名。カレーライスは、こうでなくてはいけない。いつまでも、ぐちゃぐちゃと食べるものではない。福神漬かラッキョウを添えて(ベニショウガもいいな)、一気呵成に口に放り込む。食べた後の一杯の水の、これまた美味いこと。健啖の楽しさに充ちた爽やかな句だ。この句を思い出すと、つられてカレーが食べたくなってしまう。カレーは、子供が辛いものにも美味いものがあることを知る最初の食べ物だろう。なかには父親の晩酌相手の塩辛だったという剛の者もいるけれど、たいていはカレーだ。私も、そうだった。塩辛とは辛さが違い、唐辛子のそれとも違い、なんだか不思議な辛さだなと、子供心に思ったことである。ハウス・バーモントカレーもいいけれど、専門店のカレーはやはり唸らせる。ただし、私には激辛は駄目。いつだったか、タイに住んでいたことのある人と一緒に食べたことがあるが、一口でダウンした。その人は、この程度じゃ利かないねと澄ましていた。専門店もいいが、蕎麦屋系の店が出すとろみのある和風味のカレーも好きだ。ただ、そういう店ではよく、水の入ったコップに匙を漬けて出してくる。あれは、いったい何のマジナイなのだろう。あれだけは、ご免こうむりたい。『ひるがほ』(1986)所収。(清水哲男)』(解説より)。今回はカレーについて、ひと言。

実は昨年より月に数回、厨房に立つようになりました。先々を考え「まったく料理できません」では話になりませんので。・・料理に関しては苦い思い出が・・今から四十年近く前、大学三年か四年のゴールデンウイーク。ラグビーの春のリーグ戦が始まったばかりで、連休中ももちろん練習、日によっては午前午後の二回。この時、何を思ったのかチャーハンを自炊。当時たまに作っていましたが、小生にとっては「自炊=苦行」でした。理由は明白。空腹ゆえ料理を作るのに、完成まで食べられない!まさに苦行。料理途中つまみ食いするので、完成時には半分程の量しか残っていませんし、途中つまみ食いするものは、半焼けや半煮え。その自炊チャーハンに当たってしまったのです。使った卵が古かったのか?おかげで連休中、果物しか喉を通らず苦しい連休となりました。それ以来、自炊をやめました。

閑話休題。思い描く味のゴールは熊本市の「洋食屋橋本」の土鍋で供されるカレー。
家人に必要な材料を聞き、リストを作りスーパーに買い出し。数回目からは「牛すじ」に凝り下処理もじっくり。「豚軟骨」に至っては四時間以上かけて。カレールゥもその都度変えて味比べ。食事後の皿洗い・鍋洗いで、スポンジが油でべたべたになるのに驚きながら・・。

近頃では、理想の味に程遠いものの「我ながらまずまずのカレーができた」とひとりほくそ笑んでおりました。カレールゥ以外にカレーフレークの存在も知り使うように。巷のカレー屋は「スパイスカレー」がちょっとしたブーム。足を運びつつ、スパイスカレー(この表現も考えてみれば奇妙)には舌を出しても手は出さないと思っておりました。ところが、小生に刺激を受けた?家人が作ったスパイスカレーが美味!それ以来、ルゥやフレークで作るカレーには戻れなくなりました。

ネットで「印度カリー子」氏の記事で「日本のカレーはイギリス由来の煮込みカレーで、インドのカレーは炒め物」などを読むと妙に感心したり。必須のスパイスも普段に入手可能な「クミンパウダ・コリアンダ・シナモンパウダ」の三種のみ。このレシピで作ってみると、最後に味の調整が必要でした(甘酢と蜂蜜)が、従来のルゥカレーに比ぶれば「すぐに空」「お替り」と言いたくなる程の美味しさでした。

小学生の頃から、母が家で作る様子、当時のバーモントカレーのCM、キャンプでのカレー作り体験などから、カレーとは肉にジャガイモ、にんじんなどを入れて、箱入りカレールゥのもとを加え、煮込んで作るものと洗脳されていましたので、今回のスパイスカレーを自炊可能であることは「眼から鱗・口からヨダレ」でした。思い込みは損すると、実感した次第でした。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。0620