BBTime 574 やれないこと

「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」上杉鷹山

2022/5/8投稿
先日(5/6)のほぼ日「今日のダーリン」です
『・このごろ、あらためて、つくづく、しみじみ思う。
 「やれることをやる」というのが、なにより大事だ。
 そりゃそうだと思うかもしれないけど、
 「やれることをやる」をやれる人が、実は少ないんだ。
 みんなが憧れたりする人、名人達人と言われるような人、
 いつもいいことをやってる人、すごい技術を持ってる人は、
 みんな「やれることをやる」を、きっちりやってきている。

 「やれること」は、「やれる」と思えるから、
 「いつでもやれる」と考えられやすい。
 でも、人は「いつでもやれること」をなかなか始めない。
 そして、「やれること」は、ずっと「やれる」ことなのだ。
 それでも、「やれること」を続けてる人はとても少ない。』

『昔から、このことについてはみんなが伝えてきた。
 ちりが積もると山になるんだぜ、だとか、
 千里の道も一歩からなんだよ、だとか、
 雨だれがやがて岩に穴をあけてしまうぞ、だとかね。
 ちりはどこにでもいくらでもあるものだし、
 一歩歩くことならかんたんにできるし、
 雨だれの一滴なんて気に留めてもいないだろう。
 そういう「やれること」を、ほんとに「やる」ってことが、
 (いまから間違った言い方をしますが→)
 「ほんとにむつかしいんだよねぇ!」
 (←これが、まちがった言い方です)
 実際にはむつかしくないんですよね。
 だってそれは「やらない」だけで、「やれること」です。
 つまり、むつかしいことじゃないんです。』

『ちょっと頭よさそうな人が「愚直にやるだけです」
 とか言いたがりますけどさ、
 「ちり」や「一歩」や「雨だれ」さんは、
 そんな「愚直」みたいなことばは使わないだろうな。
 愚かでも、真っ直ぐでもないんだもの、
 「やれること」を「やる」だけのことなんだから。

 「やれること」を「やる」。
 ほんとうに「やりたい」なら、それをいますぐ「やる」。
 「人生のコツ」みたいなことを、人は知りたがるけれど、
 どんな「コツ」よりこれなんだよ、と思うのだ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
あらゆるものごとを「むずかしくないこと」に解体するのだ。』

今日のダーリン」をほぼ毎日読んでいて、毎回さすがダーリン(糸井重里氏)だと思います。文章を反芻する中で思いました。「やれることをやる」以外に三つの場面があるのではないかと。1)やれることをやる 2)やれることをやらない 3)やれないことをやらない 4)やれないことをやる(やらされる・せざるをえない)の四つです。

小生思うに恐らく一番問題となるのは、4)「やれないことをやる」でしょう。つまり「本当はやれないのに、やれると(できる・可能であると本人や周りが)勘違いしていることを、やらされる・せざるをえない」が最も本人にとってマイナスです。・・もうお分かりでは?そうです。歯磨きは自分だけでは「やれないことをやっている」「やれないことをできると思ってやっている」「隅々までキレイに磨けると思って日々磨いている」が事実です。何度でも言います。「歯は、自分だけでは磨けません」「歯は、磨いてももらうもの」。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。6021

文楽「為せば成る」


BBTime 566 Agua:水

「そんなことよく思ひつく春の水」岡田史乃

2022/3/29投稿
本日、鹿児島は雨。句の解説『さて、「そんなこと」とは、どんなことなのか。「そんなこと」は、書いてないのでわからない。わかることは、「そんなこと」が「そんな馬鹿なこと、どうでもよいこと」に近い中身であろうということだけ。もしも「そんなこと」が、心より賛嘆すべき内容を持っていたとしたら、「春の水」と照応させたりはしないはずだ。水温む候、作者の機嫌はすこぶるよろしく、「そんなこと」にも立腹せずに微笑して応えている。また、あなたの馬鹿話がはじまった。それにしても、次から次へと、よく「そんなこと」を思いつく人であることよ。わずらわしい時もあるけれど、今日はむしろ楽しい感じだ。目の前には、豊かな春の日差しを受けてキラキラと輝く水が流れている。全て世は事もなし。束の間ではあるかもしれないが、至福の時なのだ。ところで、句の成り立ちを作者の立場になって考えてみると、上中の十二文字は素直にすらりと出てきたはずだが、さあ、下五字をどうつけるかには少なからず腐心したにちがいない。それこそ「春の水」を「思ひつく」までには、相当に呻吟したと推察される。すなわち、突然口を突くように出てきた上中のフレーズを、簡単に捨てるには忍びなかったということ。反対に、実は一切そんな苦労はなかったのかもしれないが、長年俳句を読んでいると、つい「そんなこと」までをも気にかけてしまう。ビョーキである。史乃さん、間違ってたらごめんなさい。『ぽつぺん』(1998)所収。(清水哲男)』(解説より)。今回は「どうでもよいこと」ではなくて・・「水」にまつわるお話。

過日、奈良の和菓子屋のご主人のお話を聞く機会に恵まれました。「私にできることは吸水・加熱・加糖のみ。可能な限り本来素材の持つ良さを損なわないよう」の言葉が響きます。菓子材料に、材料を作る農家の方々に、菓子作りの道具製作者への敬意が随所に感じられます。素材の持ち味を失わないように、ベストでミニマムな「吸水加熱加糖」のみが和菓子屋のできることで、美味しさは素材が持っていると。確かに「樫舎:かしや」の美味しさは作られたものではなく、引き出された味であると思います。和菓子に対する並々ならぬ愛が感じられ、その愛は素材への敬意であり、農家・道具の作り手への尊敬の念です。また、手を加えることを最小限にとどめるのは、人が手を掛ければ掛けるほど素材が「穢れる:けがれる」からともおっしゃっていました。寺社への奉納(納入)が多く、寺社関係者の方とのお付き合いの中でそのように思わられるようになったとのこと。樫舎についてはこちらの記事も是非!

奈良の良さ・京都とは違う品格は、言わば「自己主張しない」であるような気がします。京都より長い歴史を持ち、歴史に育まれた今の奈良の持つ真の力なのでしょうか。

「水」のお話と言いながら「吸水」のみ。実は今月御紹介したい二曲が「水」なのです。最後に取って付けたように歯磨きについて。過去に何度か書いてますが、水というか唾液による歯磨きをお勧めします。歯磨き粉使用の方が落ち着くという方は、充分に唾液で磨いた後に仕上げでペーストを少しつけてください。吸水から唾液磨き・・まさに我田引水!その曲とは「三月の水」と「おいしい水」です。4939

BBTime 561 正法眼蔵

「如月や日本の菓子の美しき」永井龍男

2022/2/23投稿
画像は京菓子司「末富」のサイトから借用です。『下萌:したもえ。雪におおわれた地面から若芽がまさに萌えでんとしている早春を、芯のまわりによもぎの入ったあんでつけ、上に山芋を使用したあんをのせたきんとんで表現しました』(引用元)。句の解説は『甘いものは苦手なので、めったに口にすることはない。が、たしかに和菓子は美しく、決して買わないけれど(笑)、ショー・ケースをのぞきこんだりはする。句は、ひんやりとした和菓子の感じを如月(きさらぎ)の肌寒さに通じ合わせ、その色彩の美しさに来るべき本格的な春を予感させている。見事な釣り合いだ。手柄は「和菓子」といわずに「日本の菓子」と、大きく張ったところだろう。「よくぞ日本に生まれけり」の淡い感慨も、ここから出てくる』(解説より抜粋)。今回は「正法眼蔵:しょうぼうげんぞう」における歯磨きについてのお話。

NHKラジオ第二放送を聞いておりましたら「歯磨き」の話が出てきました。正法眼蔵を解説する番組の中にです(ラジオ第二「宗教の時間」)。まずは正法眼蔵について『正法眼蔵は、主にである道元が執筆した仏教思想書を指す。正法眼蔵という言葉は、本来は仏法の端的な肝心要の事柄を意味する。』『日本曹洞宗の開祖である道元が、1231年から示寂する1253年まで生涯をかけて著した87巻(=75巻+12巻)に及ぶ大著であり、日本曹洞禅思想の神髄が説かれている。道元は、中国曹洞宗の如浄の法を継ぎ、さらに道元独自の思想深化発展がなされている。真理を正しく伝えたいという考えから、日本語かつ仮名で著述している』以上ウイキペディアより抜粋。約八百年前鎌倉時代で、この頃はお坊さんのみならず一般庶民の口に砂糖が入ることはほぼ無かった時代の歯磨きです。にもかかわらず今以上に細かく丁寧な歯磨きが記載されています。歯磨き粉もなかった頃で、文章から推察するに、唾液磨きです。画像はラジオテキストより

文章にあるように使用しているのは「房楊枝」と呼ばれる柳の枝で作られた道具です。「よくかみて、はのうへ、はのうら、みがくがごとく、とぎ・あらふべし。たびたびとぎ・みがき、あらひ・すすぐべし。はのもとのししのうへ、よくみがき・あらふべし。はのあひだ、よくかきそろへ、きよくあらふべし。漱口たびたびすれば、すすぎきよめらる。しかうしてのち、したをこそぐべし。」房楊枝とは次のような道具です。

テキストの文章を参考に意味をとると「よく楊枝の先を噛んで房を作り、歯の表面、歯の裏側を磨くようにこすって洗いなさい。何度もこすって洗い、すすぎなさい。はぐきをよく洗いなさい。歯の間をよく擦ってきれいに洗いなさい。何度もうがいすればきれいになります。最後に舌をこすって洗いなさい」となるのでしょうか。全く今と同じです!

本当に驚きです。当時のお坊さんは仏教のみならず、学問・科学の最先端を探究する人々であったと思います。それにしても驚きです。柳と歯の関係は「BBTime310 柳と歯」にも書いております、ご参照の程。琉球や奄美大島でサトウキビが栽培され、砂糖が普及し始めたのは江戸時代になってからのこと。にもかかわらず、鎌倉時代にここまで口の清掃を細かく説いたのは、汚れているから掃除するのではなく、実際には汚れていなくとも清めるのである、とラジオの解説でした。茶道に見られる「清める」と同じ意味でしょう。汚れていなくともキレイにする・・理由はシンプルで「お釈迦様がそのようにされていたから、お釈迦様がそうしなさいと仰ったから」とのこと。お釈迦様には目に見えない細菌が見えていたのでしょうか。やはり当時の僧侶は哲学者であり科学者でもあったのです。

鶯餅です、末富のサイトには『初音を待つ心を鮮やかなうぐいす色にこめた餅です』。富安風生の句に「街の雨鶯餅がもう出たか」があります。和菓子屋さんによっては一月半ばから鶯餅を出す店があり「早すぎるのでは?」と聞いたら「初音が聞かれた途端に売れなくなります」との答えでした。ちなみに鶯餅に関して「BBTime437 鰯の頭も!」に詳しく書いております。今回、改めて昔のお坊さんの偉さ・凄さに感心しました。(自戒をこめて)今の歯医者は何しているんでしょうかね。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。2482

BBTime 556 Long Life

「春立つと古き言葉の韻よし」後藤夜半

2022/2/1投稿 2/2追記・歯磨き曲変更 2/5Longlifeにリンク追加
まずは句の解説から『韻は「ひびき」と読ませる。昔から、立春の句や歌は数多い。それだけに、後代になるほどひねくりまわし過ぎた作品が目立つようになってきた。止むを得ないところではあるけれど、だからこそ、逆に立春という題材をどう扱うかは、俳人や歌人の腕の見せどころでもある。「芸の人」夜半としては、そこでしばらく考えた。考えた結果、立春のあれやこれやの情景を捨て去って、一見すると素朴な発想のこの一句に落ち着かせることにした。さすが、である。つまり、この句には古今の名句や名歌のひびきが、すべて収まってしまっているからだ。さりげなく「他人のフンドシで相撲をとる」のも、立派な芸というべきだろう。脱帽。(清水哲男)』(解説より)。今回はLongLifeについて。

先日、デパートでふと見つけたのがこのマグカップ。「Long Life Plastic Project 2021」のタイトルでパンフレットには次のように書かれています。

Plastic Products can be lifelong companions if you care for them.

(プラスチック製品であっても一生モノになり得ます。あなたが大切にすればね。)

僕はプラスチックの経年変化が昔から好きでした。本田宗一郎がスーパーカブの風除けに取り入れた時など、未来を感じる素材としてみんなが注目しました。やがて原材料の入手や製造し易さなどから鉄や陶器、主にガラスに代わってその活躍は一気に広がる一方で「使い捨て」の代名詞になってしまいました。プラスチックはその丈夫さから、過酷な環境で働き、その汚れや傷は僕には茶道の茶の湯にある「景色」という経年変化に見えます。このプロジェクトは、プラスチックもそんな経年変化により、個性ある景色を手に入れた一生モノになり得ると考え、賛同する皆さんと毎年、このマグを持ち寄って交流するプロジェクト。プラスチックは捨てなければずっと使える。そんなメッセージのプロジェクトです。ナガオカケンメイ(D&DEPARTMENT PROJECT代表)(引用元

いい言葉です・・「lifelong companions if you care for them.」「一生モノです。あなたが大切にすればね」・・大切にすれば一生モノ!まさに「歯」・・文章中でいとをかしが、『原材料の入手や製造し易さなどから鉄や陶器、主にガラスに代わってその活躍は一気に広がる一方で「使い捨て」の代名詞になってしまいました。』・・歯の場合「日本では歯科治療費の安さから「使い捨て」とは言いませんが、ムシ歯になってから治療する「ムシ歯ありき・治療ありき」となってしまいました。しかもご自分の歯の方が何倍も何十倍も耐久性があるにもかかわらず、セラミックより硬い「歯」をムシ歯にしてレジン(プラスチック)に置き換えます。残念ながら歯に詰めたプラスチックは『捨てなければずっと使える』とはいきません。過酷な口腔内環境においてはすり減ったり、プラスチックそのものが劣化したり、接着剤が外れたりします。

Your teeth can be lifelong companions if you care for them. ムシ歯で来院する方に大きな声で伝えたい言葉です。ムシ歯にしない究極のコツをお教えします。「歯は磨いても、もらうもの」なんです。ご自分だけのケア(セルフケア)だけで守り切ることは極めて困難、ぜひ月一回のプロケア(歯科衛生士・歯科医師によるケア)を受けてください。「歯は、磨いてももらうもの」・・歯は、あなたの一生ものになります。

以上五枚の画像はこちらなどから拝借。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。

2/2追記 早速購入して使い始めました。コーヒー飲みながら側面の文章を読むうちに、ふと思いました。「ケアすべきはモノではなくて、考え方・生き方なのではないか」もちろんモノも大切にします!

BBTime 553 口楽器

「運命やりんごを砕く象の口」長谷川裕

唐突ですが「象の歯は何本あるでしょう?」・・答えは後ほど。解説には『本来「りんご(林檎)」は秋の季語だが、貯蔵力が強いので、昔から冬季にも広く出まわってきた。雪の降る日の店先で真っ赤な林檎を見かけたりすると、胸の内までがぽっと明るくなるような気がする。だが、掲句の「りんご」は、そんな抒情的なしろものじゃない。情を感じる余裕もあらばこそ、大量の林檎があっという間に次から次へと「象の口」に放り込まれ噛み砕かれてしまう。これが「運命」と言うものか。と、作者は呆れつつも得心し、得心しつつも呆然としている図だ。自分の運命も、考えてみればあれらの林檎のように、あれよという間に噛み砕かれてきたようである。ちょっと待ってくれ。そう願ういとまもなく、他の多くの林檎たちともどもに噛み砕かれ消化され、あとには何の痕跡も残らない。そこで力なく「へへへ」と笑うがごとくに、自然に「運命や」の慨嘆が口をついて出てきたということだろう。なんとなく滑稽であり、なんとなく哀切でもある。自己韜晦(とうかい)も、ここまで来れば立派な芸だと言うべきか。』(解説より抜粋)。先日、ラジオから流れてきた曲を聴きながら思いついたのが「口楽器:くちがっき」。今回は口楽器の動画を見ながら歯磨きを!

さて、ラジオからの歌声はスウィングル・シンガーズ(The Swingle Singers)でした。画像を見てお分かりのように歴史は古く1962年にパリでスタート。ウィキペディアによると『グループは全部で8人のメンバーからなり、構成はソプラノ、アルトテノールバス、各2名。ジャズのスキャットの歌唱法を男女の混声合唱に持ち込んだそのサウンドは、ジャズの側からもクラシックの側からも異色で新鮮なものとして評価され、一般にも理解しやすい音楽は「ダバダバ」コーラスとして知られる。バッハ・シリーズのヒットから始まってベートーヴェンチャイコフスキーからオペラロッシーニ)にいたるまでクラシック音楽でのレパートリーを拡げ、さらに現代ポップスのヒットチャート(ビートルズビージーズなど)やその他のスタンダード・ナンバーのアレンジと、幅広い楽曲の複雑かつテクニカルかつ印象的なカバーを生み出している。アレンジはジャズの和声法やスタイルが基調であることが多い。ナット・キング・コールなど洗練された歌手・ピアニストの影響も見られる。』(Wikipediaより)とのこと。

彼らの「口楽器」の演奏を堪能してもらう前に冒頭の答えです。象の画像を見て頂くと何となく判るのですが、象の歯は上下左右の奥歯で四本です。大きな奥歯のみの四本なんです。ちなみに前歯由来の牙(きば)を含めると六本となります。では皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 552 磨く

「明け方の夢でもの食う寒さかな」辻貨物船

大方、夢の中では食べる寸前に目が覚めます。句の食べ物は何だったのでしょうか。解説には『寒い日の明け方、意識は少し覚醒しかけていて、もう起きなければと思いつつ、しかしまだ蒲団をかぶっていたい。そのうちにまた少しトロトロと眠りに引き込まれ、空腹を覚えてきたのか、夢の中で何かを食べているというのである。誰もが思い当たる冬の朝まだきの一齣(ひとこま)だ。まことに極楽、しかしこの極楽状態は長くはつづかない。ほんの束の間だからこそ、句に哀れが滲む。いとおしいような人間存在が、理屈抜きに匂ってくる。物を食べる夢といえば、子供のころには日常的な飢えもあって、かなりよく見た。でも、せっかくのご馳走を前にして、やれ嬉しやと食べようとしたところで、必ず目が覚めた。なんだ夢かと、いつも落胆した。だから大人になっても夢では食べられないと思っていたのだが、あれは何歳くらいのときだったろうか。なんと、夢で何かがちゃんと食べられたのだった。何を食べたのかは起きてすぐに忘れたけれど、そのもの本来の味もきちんとあった。それもいまは夢の中だという自覚があって、しかも食べられたのである。感動したというよりも、びっくりしてしまった』(解説より抜粋)。今回は「磨く」についてのお話。

朝日新聞「折々のことば」です。
『磨くということは、何かと何かを擦り合わせること。擦り合わせないと磨かれない。関口怜子    
 物は他の物と何度もこすれ合うことでぴかぴかしてくる。人も同じ。自分とは異質な人、理解しにくい人、話がうまく通じない人との摩擦をくり返し体験する中で人として艶(つや)やかになってゆくと、仙台を拠点に長く子どものためのアート・ワークショップを展開してきたハート&アート空間ビーアイの代表は語る。そんな遭遇を希(のぞ)むなら自分のほうから出かけていかなくちゃと。』

この文章を読みながら溜飲を下げると同時に「歯磨き」における「他の物」とは何だろうと考えました。単純には「歯と歯ブラシ」でしょうけど、「人も同じ。自分とは異質な人、理解しにくい人、話がうまく通じない人との摩擦をくり返し体験する中で人として艶(つや)やかになってゆく」を踏まえれば「歯」と「歯ブラシ」とは考えられません・・ここでの「磨く」とは、まさに切磋琢磨。

歯磨きにおける「ものと他のもの」とは「歯と歯ブラシ」ではなく「歯の汚れと気持ち」だと考えます。「キレイを保ちたい」「健康でいたい」「美味しく食べたい」等々。「汚れ」とはズバリ「食べること」であり「生きる」ことに他ならないのです。歯を使わずに生きることはできません、食べることで当然歯は汚れます。その汚れを落とすことが「歯磨き」なのです。こう考えると歯磨きとは、「日々の生活」vs「生き方」もしくは「生き様」vs「人生哲学」・・歯をキレイにしている人はキチンと生きている人だと思います。では皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 547 歯と眼

BBTime 547 歯と眼
「レノン忌より小さき記事なり開戦忌」藤本章子

前回アップから日が流れました。さて、ご存じのように本日12/08はジョン・レノンの命日、1981年のことで満四十歳。また日本人にとって12/08は「真珠湾攻撃」(ハワイ時間12/07)。日本が開戦に踏み切った日に平和を謳ったジョン・レノンが亡くなるとは・・涙。句の解説には『今日十二月八日はかつての大戦の開戦日であり、ジョン・レノンの命日でもある。日本人にとって、いや世界の人類にとって、どちらが社会的に大きな出来事であったかは言うを俟(ま)たない。だが、この日の新聞はレノンの忌のことを大きく取り上げていたというのである。むろんレノン忌のことも風化させてはなるまいが、開戦の日のことはなおさらだろう。だが、ジャーナリズムとは残酷なもので、戦争の記憶の風化を嘆く舌の根も乾かぬうちに、かくのごとくに事態を風化させて平然としている』(解説より抜粋)。今回は最近目にした記事について。

雑誌プレジデント12.3号です。タイトルは「歯と眼の大問題」・・歯科と眼科について比較しながら誌面は進みます。主たる病気と治療法、かかる患者費用、はたまた大学の国家試験合格率や給料の比較まで。歯科医から見ると特に目新しい記事はあまりないように感じました。目を通し終わって強く感じたことは(connoteの読者の皆さんならおわかりでしょうが)根本的なことに着目していない!

例えば「緑内障」・・日本での失明原因1位。「しかし、緑内障の根本的な原因は今のところ不明です」(34頁より)。「白内障」・・「白内障は、糖尿病安堵に合併して起こることもありますが、原因の大半は加齢によるもの。誰にでも起こる老化現象の一つです」(36頁より)。原因不明もしくは加齢による病気ですから、人にとって避けられない病気と言えます。

一方歯科では「歯周病」・・「歯の表面に「バイオフィルム」と呼ばれる歯周病菌の巣窟をつくります。・・それによって、歯周組織が破壊されていくのです」(38頁より)。また「毎回1時間磨いてくれたら、歯周病は治る」(41頁より)とも。歯科の二大疾患は「ムシ歯」と「歯周病」、原因はともにバイオフィルムであり、バイオフィルムの物理的除去によって発症を阻止することができるのです。ズバリ言います!緑内障や白内障の発症を避けることはできませんが、ムシ歯と歯周病はほぼ完全に予防できるのです。この点が根本的に異なるのです。

オマケをひとつ。前回「アマゾン脱出!」でコーヒーカウンティ(coffee county)を紹介しました。小生、毎朝ハンドドリップで淹れて飲んでおります。加えて月に最低2本は赤ワインを楽しみます。このため月に一度の歯のメンテナンス時に、ステイン(外来性着色)をとってもらいます。偶然インスタグラムで見つけたこの歯磨き粉「MASHIRO:マシロ」結構良さそうです。ポイントは使う量を少量にすること。ケチって使う方が懐に優しいし、何と言っても歯に優しいのです。ピンクのザクロとグリーンのハーブミントの二種のフレーバーがあり、30gで1800円。今回の歯磨き曲はもちろんジョン・レノンの「Happy Xmas(War Is Over)」。では皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。


BBTime 532 西瓜割理論

BBTime 532 西瓜割理論
「風呂敷のうすくて西瓜まんまるし」右城暮石

夏休み、田舎に帰ると土間に大きな丸いスイカがゴロンと出番を待っていました。まん丸スイカも風呂敷も今は昔。前回「唇の脇役」で糸井重里氏の「今日のダーリン」を紹介しましたが、今回も今日のダーリンより。

読むと非常にゴモットモ!と拍手したくなります。

中学校の夏キャンプでしょうか、確かにこのような記憶があります。棒を持たされ、前方にスイカを見据えたのちに目隠しをされ、ぐるぐる回され「ハイ!スタート」。思いっきり棒を振り降ろしても・・空振り。

言われてみれば、たまに「もっと右」とか「少し左」と善良な人の声がかかることもありましたが、多くは「ちがう」の声。

もちろん最初の人が一発目でスイカを割ったら、ゲームの面白みはないかも知れません。終わりの文章「百万遍の否定より、ほんの数回の肯定で前に進めるものだ」・・歯科医師になって「もっと歯を磨いてください」「歯を磨きましょう」と何遍言ったことでしょう・・これはまさに「ちがう」と、違わないことに気がついたのは歯科医師になって二十年も経ってからのことでした。

歯科医師のみならず、プロの助言は「光の射す方に向かう」の「光」でなければ意味がないのです。「ちがう」を言い続けることはプロの仕事とは言えないのです。

冒頭の画像を見てもイマイチ包み方はわかりませんが、この図解を見れば理解できます。「ちがう」のではなく「右」「左」「前」「行き過ぎ」などを助言すべきなんです(スイカ割り以外において)。

超個人的な意見ですが、歯磨き粉に関しての「右・左」。まず、歯ブラシに何も付けずに「唾液」で磨きます。磨き中の唾液は躊躇なく飲み込んでください。この「唾液磨き」で、場所を気にせずに長時間(五分以上)楽に磨けます。気になる方は遠慮なくうがいを。終わりかけにやっとこのライオンの「チェックアップ スタンダード」(一本500円から600円)を、大豆大の量つけて仕上げ磨きというよりも、歯に擦りつけるようにします。うがいはせずに歯磨き粉混じりの唾液を吐き出します。ここでうがいすると折角、歯の表面に塗ったフッ化物が流れてしまうので勿体無いのです。

おやすみ前の歯磨きには、こちらの「SP-T」(1500-1600円)がおすすめです。これも最後に大豆大つけて歯や歯茎の境目に擦りつけるようにします。もちろんウガイは無し、つばを吐くだけ。翌朝起床時の口の中が爽やかであること請け合います。

義歯の方にはこれをオススメします。義歯をキレイに洗った後、義歯の歯茎の部分(凹んだ部分)に「コンクールジェル」をたらして口の中へ。昔は義歯は外して水につけてお休みくださいと言っていましたが、噛んで痛くない方は義歯清掃後はコンクールジェルつけて口の中へ。これまた翌朝爽快です。以上三つの商品、モノは試しで使ってみてください。これは「右」であり「左」です。ではでは皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。3370



BBTime 531 唇の脇役

BBTime 531 唇の脇役
「蘭の名はマリリンモンロー唇々々」山口青邨

解説には『季語は「蘭(らん)」。現代の歳時記では夏に分類しているほうが多いようだが、古くは馬琴の『栞草』のように秋の季語とした。(中略)ややこしいけれど、当歳時記では角川版歳時記の分類を基準としているので夏の部に入れておく。掲句は近着の「俳句」(2004年10月号)に載っていた大屋達治「山口青邨論」に引用されていたものだ。作句時の作者は九十歳を越えている。この句を味わうためには、なにはともあれどんな花なのかを知らなければならない。早速ネットで調べてみると、ときどき写真を借用してきた青木繁伸さんのサイトに鮮明なものがあり、縮小して掲載したが、なるほどねえと「納得々々」した次第だ。やはりモンローの顔を簡略化していくと、最後には「唇」が残るということか。アンディ・ウォーホールの版画を思い出したりした。ところで「唇々々」はどう読むのだろう。大屋さんは「くちくちくち」としているが、「しんしんしん」でも面白いかな。いずれにしても、青邨の茶目っ気は終生健在であったということだ。ユーモアも、文芸世界を支える大きな柱である』(解説より抜粋)。今回は唇の脇役・・健康な歯について。この蘭がマリリンモンロー

さて尊敬してやまない糸井重里氏のほぼ日に「いとをかし」を見つけました。8/7の今日のダーリンです。以下引用
『・まず、先日「左手で歯を磨く試みをもうやめます」と言ったけれど、今日気がついたら左で磨いていたので、もうどっちでもいいかと、やめるもやめることにしました。・歯磨きといえば、歯ブラシを強く押し当てて磨くと、ブラシ部分が早くダメになってしまうばかりでなく、歯磨きもうまくできてないことになる、と知ったのは、ずいぶん大人になってからでした。』

『歯磨きには、主になる目的があります。歯と歯の間の食べ物のカスや歯垢を落とすこと、歯と歯茎の間の食べカスや歯垢を落とすことです。そのためにブラッシングするのですから、歯垢をブラシの先の部分の弾力を利用して、弾き出す、掻き出すというやり方が正解です。強く押して磨くと、ブラシの毛が折れ曲がってしまって、弾き出す、掻き出すということができなくなります。それは、竹箒(たけぼうき)で落ち葉などを掃くとき、だれでも実際に経験していることでしょう。払うように、弾くように、掻き出すように、というのは、すべて同じような行為で、表面での仕事になります。押すとか、強くとかはまったく不要なのです。歯の表面についているヌルヌルを落とすにも、まったく同じことが言えるでしょう。こちらも表面についたヌルヌルの膜をはがすのですから、強く押したり高速で往復してもしょうがないですよね。』

『昨日、お風呂のなかで、ぼくは考えたのでした。歯磨きという「コト」には目的があって、それをするための道具として「歯ブラシ」という「モノ」を手に入れる。しかし、ぼくらはついつい「モノ」をモノとして選ぶことに熱心になり過ぎてしまって、本来ほしかったはずの口のなかを掃除する「コト」が、忘れられてしまうのだろうな、と。さらに「コト」についても「磨き」ということばが、床磨きとかタイル磨きのような動きを連想させて、強くだとか速くこすりたくなってしまうんですよね。いちおう、本日の教訓としては、「コト」を考えることで「モノ」を使おう、かな。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。古典的な説明。客はドリルを買うのでない。穴をほしいのだ。』

まさに「コト」(歯を守ること)を考えることで「モノ」(歯ブラシ・歯磨き粉)を使おう、です。最後の一文がまたまた「いとをかし」。ムシ歯のことを英語でcavity=空洞・穴と言います。「客はドリルを買うのでない。穴をほしいのだ。」は「人々は歯ブラシを買うのではない。穴が欲しくないのだ!」

先日8/5はモンローの命日、1962年没享年36歳。体の中で、本来最も寿命が長いのが「歯」なのです。熱い唇、朱い唇、脇役の白い歯をお守りください。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。二曲目邦題は「口笛を吹きながら」1930



BBTime 526 BBT

BBTime 526 BBT
「土用鰻劉寒吉の歌と待つ」八木林之助

今年の土用丑は七月二十八日です。句の解説には『作者は、しかるべき店で注文し、料理が運ばれてくるのを待っている。箸袋にか、あるいは店内に飾られている色紙にか、劉寒吉(りゅう・かんきち)の歌が書かれているのだから、店のある場所は九州の鰻の名産地・柳川だろう』(解説より抜粋)。柳川へ学生時代に行きました!本吉屋か若松屋でしょうかね。さてタイトルの「BBT」とは?ズバリBBTimeのことです。ではBBTimeとは?・・ズバリBrush Beat Timeのことです。訳すなら「音楽聴きながら歯磨きタイム」。早速、機嫌の悪い人も上機嫌の方も、まずはこの動画を観ながら歯磨きを!4:59 磨けます。

キレイな歯に感動しながら観てました。さてお次は・・ちょっと違うけど、あの曲。最後がこれまたシュール。3:53 磨けます。

気付かれましたか?一人二役です。実は、一人二役を演じている人がこの方です!2:11 磨けます。

実は、次の動画を偶然見つけてハマってしまいました!2:26 磨けます。

頭に血が上っているのでは?鎮めましょう。3:47 磨けます。

健康は「健体康心:けんたいこうしん」の略です。身も心も平常に保つために「Pooh:プー」は必要です。3:06 磨けます。

決してラジオ体操としてオススメしません!ラジオ体操ならぬラジカル体操。3:18 磨けます。終わりの方に脳味噌体操もあります。

もうかなり歯がキレイになったのでは!昔よく耳にした曲です。3:54 磨けます。

お疲れ様でした。ラストはじっくり聴いてください。(4:11 磨けます)

皆さま、歯も体も脳味噌もご自愛の程、ではでは 1970