BBTime 497 大晦日の余禄

BBTime 497 大晦日の余禄
「ともかくもあなた任せのとしの暮」小林一茶

本日で2020年も終わります・・が「ともかくもコロナ任せの歳の暮れ」となりました、どうなることやら。解説には『あいかわらずとぼけていて、わかったようでどうもよくわからない句です。「あなた」をどのように解釈するかによって、家庭の中のことを詠んだ句なのか、あるいは世の中すべてを見渡している句なのかが決まるのでしょう。どちらにしても、「ともかくも」この句を読んでいると、なぜか安心してしまいます。年末だからといって、そうあくせくする必要はない。どうせなるようにしかならないのだからと、だれかに肩をたたかれているような、ほっとした気持ちになってきます』(解説より抜粋)。現状は解説と異なり「どうせなるようにしかならないのだからと・・ほっとした気持ち」にはなれませんが。さて恒例の大晦日の余禄です。今年一年366日を振り返ってみましょう。ちなみに昨年2019年はこちらへ。画像は今朝(12/31)の雪化粧した桜島。

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大に揺れた2020年。いろはカルタで振り返る。【い】医療従事者へのエール【ろ】論よりGoTo【は】ハンコ業界の反抗【に】二階からお目付け【ほ】香港、涙の国暗法【へ】平和の礎(いしじ)、核禁条約【と】トランプにバイバイデン【ち】沈黙の巨人【り】竜宮から黒い宝石【ぬ】「ぬれ手であわ」とGAFA規制【る】ルートたどれぬクラスター【を】大阪都構想は二度死ぬ【わ】ワクチン競争曲【か】家族の前で照れワーク【よ】世に訴えたなおみマスク【た】ダウンで信頼ストップ安【れ】レバノンにゴーン【そ】総合的・好かん敵【つ】翼をくださいスペースジェット【ね】寝耳にアベの一斉休校【な】夏に響いた春の球音【ら】来年会いたいキャンパスで【む】ムダノマスクの山【う】腕すり合うもタッチの縁【ゐ】石破氏をたたいて首相の座【の】農相接触者の激白【お】大飯隠せぬ不安【く】苦悩実習生【や】夜郎自大の自粛警察【ま】町のくまさん【け】検察重宝改正案【ふ】フリップ欠かせぬ小池劇場【こ】五輪霧中【え】AI超えで最年少2冠【て】天国からアイーンを【あ】嵐、去る【さ】桜で論外の弁【き】金窮事態宣言【ゆ】夢が暗転クルーズ【め】夫婦(めおと)断罪【み】未来がかかる脱炭素【し】親しき仲にもアクリル板【ゑ】SNSの刃(やいば)【ひ】ヒット曲に魅せられて【も】もうイイデス・アショア【せ】全集中で「答弁控える」【す】巣ごもりであつ森【京】協調の世界、コロナ克服を

(イラストはこちらから引用)いろは四十七文字の中でコロナ関連が二十一字で約半分弱45%、まさにクラスター発生!おそらく余禄の歴史の中でも稀有なことでしょう。
ともかくもコロナ任せの今の世界・・どのような丑歳になるのやら、牛のみぞ知るか。8110


 

BBTime 487 パンとイタミ

BBTime 487 パンとイタミ
「立冬のクロワッサンとゆでたまご」星野麥丘人

クロワッサンとゆで卵の組み合わせが、ホッと温もりを感じさせます。解説にも『このパンの名前にはアンパンやメロンパンとはひと味違うよそいきの雰囲気がある。掲句はもちろん三日月形のパンそのものだろうが、このクロワッサンはおいしそうだ。かさこそ音をたてる落葉道を散歩していると、店先からパンを焼く香ばしい匂いが流れてくる。思わず買ってしまったパンのぬくみを紙袋に感じつつ帰宅。濃くいれた熱いコーヒーにゆで玉子を添えて朝の食卓を囲む。そんなシーンを思い描いた。パリパリと軽いクロワッサンの感触とつるりと光るゆでたまごの取り合わせも素敵だ。一見何の技巧もなく見えるが、これだけの名詞を並べるだけで立冬の朝の気分をいきいき感じさせている』(一部抜粋)。今回はパンと痛みについてのお話。

先日、福岡市の有名なパン屋のショップカードを眺めていて「?」。美味しいパン屋さんなので敬意を表して仮に「パン・ショップ」としましょう。店名がカタカナであれば全く問題ないのですが・・・「pain shop」でパン・ショップなんです。えっ何が「?」なの・・実は、この表記だと「pain:パン」はフランス語で「shop:ショップ」は英語。ですから「pain shop」を英語圏の人は「pain shop:ペイン・ショップ」と読み、「痛みの店」の意味。ペインは英語で「痛み」です。ちなみに英語で「パン:pan」はフライパンのこと。

パンの英語はブレッド(bread)。詳しくはこちらを御賞味あれ。折角ですので、食べる「パン:pain」の語源を調べてみました。時は織田信長の時代、パンはポルトガル人によって日本に伝えられ、ポルトガル語の「パウン」がパンとなったようです。その「パウン」の語源はラテン語の「panis:パニス」で意味は「食べ物、生活の糧(かて)」。鹿児島市にその名もズバリ「panis」というパン屋さんがあります。ここがまた「生きる糧・食べる喜び」を与えてくれる美味しさ!

さて、時に「痛くなったら来ます」とおっしゃる方がおられます。ところが歯に関しては、痛くなった時には手遅れ(不可逆的)のことが多いのが、歯科治療のイタイところです。是非、痛みがない時・問題ない時に来られることをオススメします。お節介ですが、pain(パン)もイタミがくる前に美味しくどうぞ。皆さま、ご自愛のほど御歯愛の程。5880

BBTime 483 スフォリーノ

BBTime 483 スフォリーノ
「梅干の真紅を芯に握り飯」中嶋秀子

握り飯なのにパスタ?まずは句の解説からどうぞ。『季語は「梅干」で夏。梅を干す季節から定まった季語だが、句のように「握り飯」とセットになると、夏よりもむしろ秋を思わせる。運動会の握り飯、遠足やハイキングの握り飯など、とりわけて新米でこしらえた握り飯は美味かった。当今のスーパーで売っているようなヤワな作りではなく、まさに梅干を「芯(しん)」にして固く握り上げたものだ。飾りとしか言いようのない粗悪な海苔なんかも巻いてなくて、純白の飯に真紅の梅干という素朴な取り合わせが、目の保養ならぬ目の栄養にもなって、余計に食欲が増進し、美味さも増したのだった。掲句は、そうした視覚的な印象を押し出すことによって、握り飯本来の良さを伝えている。昔話「おむすびころりん」のおじいさんが取り落とした握り飯も、きっとそんな素朴なものだったのだろう(後略)』(解説より)。

加えて春の句ですが「母の日のてのひらの味塩むすび 鷹羽狩行」・・『海苔も巻かず、米と塩だけを供する塩むすびはまさしく家庭の味。かつての母達は、おなかをすかせた子供達のためにさっとおむすびを作ってくれた。贅沢とは無縁だった古き日本の母親達は、その<てのひら>から素朴な、しかし間違いなく美味しいものを生み出してくれた。子が母を信頼するのは、理屈ではない。空腹を満たしてくれたかどうか、である』(櫂未知子著「食の一句」82頁より引用。BBTime449「笑の素」参照)。

今回「塩むすび」のようなパスタを見つけました!皆さん「スフォリーノ:Sfoglino」というイタリア語をご存じでしょうか?小生、初めて知りました。スフォリーノとは『ボローニャでは、パスタの製麺に従事する者を2通りの名称に分けて呼びます。ひとつは”Pastaio”、もうひとつは”Sfoglino”です。Pastaioとは機械を用い製麺する者、SfoglinoとはMatterello(麺棒)を用い完全手作業で製麺する者を示します』(出典はこちら)。先日、フリーペーパーの記事「間借りのグルメ」に「ボローニャ仕込みの週末限定手打ちパスタ」の小見出し。これは調査隊としては百聞は一見に如かず!と先日早速調査へ。そのパスタが冒頭の画像で、次はその記事。

日曜の昼お店に・・白シャツの清潔感ある男性(この人がスフォリーノ)がにこやかに迎えてくれました。間借りゆえか流しの台に「茹でるだけですから」と電熱器ひとつ。きしめんのような平たいパスタの「タリアテッレ」(冒頭画像)と、クリームチーズとほうれん草を詰めた「トルテッローニ」(次画像)の二種のみ。二人で二種頼みシェア、まずはタリアテッレを口に、続いてトルテッローニ。食べ終わらないうちに「替え玉(お替り)可能ですか?」・・「はい可能です」。

感動でした。これ以上「何も足さない何も引かない」パスタ。初めての味わい、蕎麦なら掛け蕎麦、うどんなら素うどん。思わず質問「スフォリーノを名乗っている方は九州でも少ないでしょう?」・・「ひとりです」。「鹿児島市で究極のシンプルパスタだけを提供する」「スフォリーノを名乗る」に対して感動しました、もちろん味にも。ソースも具もないパスタのみで客を満足にさせる・・スフォリーノとしての「気合い」のみで客を幸せにする、志の高さに脱帽です。まさにパスタの伝道師!

画像は再びタリアテッレ。麺は小麦粉と全卵(白身と黄身)のみから作られます。週末(金土17時〜21時、日12時〜14:30)だけの営業。インスタグラム@sfoglinoyoshimoto スフォリーノに敬意を表してイタリア語の曲を。参考までに兄弟子の方の記事を二つ、こちらこちら。ではでは、ご自愛の程ご歯愛の程。1600


BBTime 481 咖哩

BBTime 481 咖哩:カレー
「秋風やカレー一鍋すぐに空」辻桃子

「カレェェ鍋 すぐにそら」ではなく「カレーひと鍋 すぐにから」です(笑)。解説は『ややこしい句がつづいたので、スカッとサワヤカに。「空」には「から」の振り仮名。カレーライスは、こうでなくてはいけない。いつまでも、ぐちゃぐちゃと食べるものではない。福神漬かラッキョウを添えて(ベニショウガもいいな)、一気呵成に口に放り込む。食べた後の一杯の水の、これまた美味いこと。健啖の楽しさに充ちた爽やかな句だ。この句を思い出すと、つられてカレーが食べたくなってしまう。カレーは、子供が辛いものにも美味いものがあることを知る最初の食べ物だろう。なかには父親の晩酌相手の塩辛だったという剛の者もいるけれど、たいていはカレーだ。私も、そうだった。塩辛とは辛さが違い、唐辛子のそれとも違い、なんだか不思議な辛さだなと、子供心に思ったことである。ハウス・バーモントカレーもいいけれど、専門店のカレーはやはり唸らせる。ただし、私には激辛は駄目。いつだったか、タイに住んでいたことのある人と一緒に食べたことがあるが、一口でダウンした。その人は、この程度じゃ利かないねと澄ましていた。専門店もいいが、蕎麦屋系の店が出すとろみのある和風味のカレーも好きだ。ただ、そういう店ではよく、水の入ったコップに匙を漬けて出してくる。あれは、いったい何のマジナイなのだろう。あれだけは、ご免こうむりたい。『ひるがほ』(1986)所収。(清水哲男)』(解説より)。今回はカレーについて、ひと言。

実は昨年より月に数回、厨房に立つようになりました。先々を考え「まったく料理できません」では話になりませんので。・・料理に関しては苦い思い出が・・今から四十年近く前、大学三年か四年のゴールデンウイーク。ラグビーの春のリーグ戦が始まったばかりで、連休中ももちろん練習、日によっては午前午後の二回。この時、何を思ったのかチャーハンを自炊。当時たまに作っていましたが、小生にとっては「自炊=苦行」でした。理由は明白。空腹ゆえ料理を作るのに、完成まで食べられない!まさに苦行。料理途中つまみ食いするので、完成時には半分程の量しか残っていませんし、途中つまみ食いするものは、半焼けや半煮え。その自炊チャーハンに当たってしまったのです。使った卵が古かったのか?おかげで連休中、果物しか喉を通らず苦しい連休となりました。それ以来、自炊をやめました。

閑話休題。思い描く味のゴールは熊本市の「洋食屋橋本」の土鍋で供されるカレー。
家人に必要な材料を聞き、リストを作りスーパーに買い出し。数回目からは「牛すじ」に凝り下処理もじっくり。「豚軟骨」に至っては四時間以上かけて。カレールゥもその都度変えて味比べ。食事後の皿洗い・鍋洗いで、スポンジが油でべたべたになるのに驚きながら・・。

近頃では、理想の味に程遠いものの「我ながらまずまずのカレーができた」とひとりほくそ笑んでおりました。カレールゥ以外にカレーフレークの存在も知り使うように。巷のカレー屋は「スパイスカレー」がちょっとしたブーム。足を運びつつ、スパイスカレー(この表現も考えてみれば奇妙)には舌を出しても手は出さないと思っておりました。ところが、小生に刺激を受けた?家人が作ったスパイスカレーが美味!それ以来、ルゥやフレークで作るカレーには戻れなくなりました。

ネットで「印度カリー子」氏の記事で「日本のカレーはイギリス由来の煮込みカレーで、インドのカレーは炒め物」などを読むと妙に感心したり。必須のスパイスも普段に入手可能な「クミンパウダ・コリアンダ・シナモンパウダ」の三種のみ。このレシピで作ってみると、最後に味の調整が必要でした(甘酢と蜂蜜)が、従来のルゥカレーに比ぶれば「すぐに空」「お替り」と言いたくなる程の美味しさでした。

小学生の頃から、母が家で作る様子、当時のバーモントカレーのCM、キャンプでのカレー作り体験などから、カレーとは肉にジャガイモ、にんじんなどを入れて、箱入りカレールゥのもとを加え、煮込んで作るものと洗脳されていましたので、今回のスパイスカレーを自炊可能であることは「眼から鱗・口からヨダレ」でした。思い込みは損すると、実感した次第でした。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。0620


BBTime 452 しつこい

BBTime 452 しつこい
「外郎たべる五月のゆきどまり」服部智恵子

今春はコロナに始まりコロナに終わりました。気がつくと鹿児島は既に五月下旬、初夏の始まりです。今年2020年には春がなかったような・・。句の解説に『作者は、このもっちりした歯触りの菓子を食べながら、どういう事情からかはわからないが、五月も末になってにっちもさっちも行かなくなった状況に憮然としている。一年十二ヶ月を道に例えれば、いちばん「ゆきどまり」を感じるのは、年末の十二月か決算期の三月あたりが一般的だろう。そこへいくと、五月はすうっと通り抜けやすい感じが強い。だからこそ作者も憮然としているのであるが、しかし外郎を食べているくらいだから、事態はそんなに深刻ではないのかもしれない。歯切れという意味ではいささかもたつく外郎と、清々しい月のイメージからは外れた閉塞感との取り合わせが、どことなく滑稽にも思えてくる。もっともこの句を、あまり理詰めに散文的にパラフレーズすると、かえって味が落ちるような気もする。作者は実景や心情を帰納的に表現したのではなくて、自分のなかで整理のつかない心持ちを「たとえば、こんな感じかなあ」と演繹的に詠んでみたのだと解するほうが面白そうだ。そういう詠み方も、無論あってよい。『褻と晴と』(2003)所収。(清水哲男)』(解説より)。

老婆心ながら「憮然」について・・本来の意味は「意外なできごとに、呆然(ぼうぜん)とする様子、ぼんやりする様子」です。必ずしも不機嫌ではありません。さて今回は「しつこい:いつまでもつきまとわれて耐え難く思う様子」について。

去る冬、コロナ禍の始まりには「暖かくなれば収束する」とも言われていましたが、さにあらず。初夏になろうとする今「コロナと共に:With Corona:ウイズ コロナ」と言われ始めました・・しつこい!記事に『「新しい生活様式」が提唱されるなど、影響の長期化も懸念されています。そうした中でいま注目されている考え方が、「withコロナ」の社会。新型コロナウイルスと“共に生きる”ことを前提に、私たちの暮らしのかたちそのものを、変えていこうというのです。「withコロナ」の新しい社会へ、どう変わり、どう生き残っていくのか』とあります(出典はこちら)。しつこいコロナウイルスと共に生きる・・withCorona・・閉塞感です。コロナはさて置き、口の中の「しつこい」に話を進めます。

今更ながら『なぜムシ歯になるのか?」の興味深いイラストを見つけました。口の中の「しつこい」がムシ歯を発生させます。「バイオフィルムの形成とう蝕の発症メカニズム」のページから引用します。
1)歯の表面、歯肉溝(しにくこう)、歯周ポケット内セメント質表面に、糖タンパク質や静電気などによって0.1~1μmのペリクルを形成します。これは防ぐことはできません。

2)ペリクルは歯の表面を守る機能も持っていますが、同時にムシ歯菌などを引き寄せる性質も持っています。ペリクルを足掛かりに菌が付着し初期プラークを作ります。

3)初期プラークに、ムシ歯菌を始め雑多な菌が増殖することでマイクロコロニへと成長します。そこに砂糖が供給されるとムシ歯菌がグルカンを作ります。このグルカンが「しつこい」のです。粘着性が強く歯の表面にとどまり、マイクロコロニはより頑固なバイオフィルムへと変貌していきます。このバイオフィルムの中で砂糖を餌にムシ歯菌が酸を作り、その酸で歯が溶かされていくのです。

4)バイオフィルムは言わばバリヤを持っており、抗菌薬(抗生物質)や殺菌・消毒薬などは効きません。このため食べ物に含まれる砂糖を餌にさらに酸生産を続け、ムシ歯を深くして行きます。

・・しつこい話です。このしつこいバイオフィルムを取り除くには、薬液が効きませんので物理的に除去するしかないのです。そうです、ブラシで磨くしかないのです。さらにしつこいようですが、皆様が使っている歯磨き粉はほとんどバイオフィルム除去にプラスにはなっていないのです。BBTime437「鰯の頭も!」ご参照のほど。

唯一確実な方法があります。それは「砂糖を摂らない」こと・・最も効果的ですが、最も非現実的です。歯の健康、ムシ歯予防においては「with 砂糖」・・砂糖と共に「スイーツとともに」で行きましょう、生きましょう、が現実的でしょう。

30秒以上の手洗いが推奨されます。歯磨きはせめて三分以上、日に一回は五分以上は必要です。三分以上磨くためには歯磨き粉なしで「唾液磨き」をオススメします。「しつこい」を辞書で引くと『味などが濃すぎて、いつまでも不快な感じが口に残る様子だ。しつこい味』(新明解国語辞典)とあります。甘い味を楽しんだ後の歯の表面はまさに「しつこい味」。諦めて頂いて磨くより他ないようです。



冒頭の句の解説になぜ外郎をういろうと読むのか・・『名前の由来を、老舗「青柳」のHPより引いておく。「およそ600年前の中国が元の時代、礼部員外郎(れいほうえんういろう)という薬の調達をする官職にあった陳宗敬(自ら陳外郎と称した)が、日本に帰化し、せきや痰に効く薬を伝えた。その子宗奇は室町幕府三代将軍の足利義満に招かれこの家伝の薬を作り「透頂香」あるいは「ういろう」と呼んだ。また、客を接待するためにお菓子の製法も伝えたが、それが黒色・四角で「透頂香」と似ていたところからお菓子の方も「ういろう」と呼ばれるようになりました」』(解説より)。こちら「外郎外伝」もどうぞ。4670

BBTime 447 哲学の時

BBTime 447 哲学の時
「緑なす松や金欲し命欲し」石橋秀野

句の解説は『誰にでも、季節は平等にめぐりくる。が、受け取り方は人さまざまだ。病者にとっては、とくに春のつらい人が多い。中途半端な気温、中途半端な自然の色彩。あるいはそこここでの生命の息吹きが、衰えていく身には息苦しいからである。そんな心境を強く表白すれば、この句のようになる。この句を読んで、誰も「あさましい」などとは思わないだろう。今年も、元気者だけのための「ゴールデン・ウィーク」がやってくる。(清水哲男)』(解説より)。

毎日の流れるニュースの八割以上が「コロナ禍」です。各国の為政者が言います「人命か、経済か」。建前は「人命第一」であると述べる言葉の裏に「経済はどうするんだ?」という本音が見え隠れしています・・これは難題です。

経済:この言葉の由来は「経世済民」で、その意味は『經世濟民(けいせいさいみん、経世済民)は、中国古典に登場する語で、文字通りには、め、ふ:よををさめ、たみをすくふ」の意。「経国済民」(けいこくさいみん)もほぼ同義である。略して「經濟」(けいざい / 経済)とも言うが、主として英語の「Economy」の訳語として使われている今日の「経済」とは異なり、本来はより広く政治統治行政全般を指示する語であった』(Wikipediaより)とのこと。至難の技ですが本来は「命もお金も」どうにかするの意味なんです。しかし時代とともに、次第に「経済」の意味が変化して行きます。

再びWikipediaより引用『しかし江戸後期に入って次第に貨幣経済が浸透すると「經濟」のなかでも「社会生活を営むのに必要な生産・消費・売買などの活動」という側面が強調されるようになっていった。海保青陵は、自著で専ら現在と同じ意味で用いており、これは「経済」という語の早い例である。ただ青陵によると、当時の大坂で「経済家」といえば、治政一般ではなく「金銀の事」に詳しい者を指したと言い、大坂商人の間では現代的な用法は既に常識的だったようだ19世紀前半の正司考祺経済問答秘録』に「今世間に貨殖興利を以て經濟と云ふは謬なり」とあるように、(考祺は批判的に指摘しているものの)今日の用法に近い「經濟」が普及していた』(Wikipediaより)。その後「economy」の訳語として使われ始め、次第に『本来の「経済」の語に含まれていた「民を済ふ」という規範的な意味は稀薄となった』とのこと。

前回「本日誕生日」でバーバパパについて触れました。気が付いたことが・・バーバパパと「シュークリームのビアードパパ」は言葉としては同じで、フランス語と英語の違いです。ちなみに『日本語版での綴りは英語風に「バーバパパ」となっているが、仏語圏では、強いてカナ表記すれば「バルバパパ」という具合に r を発音する。仏語で Barbe à papa は元来「パパのひげ」のことで、転じて「綿菓子」をも意味する。このキャラクター名は、「綿菓子」と「パパ」の2語をかけたもの』(Wikipediaより)です。バーバパパは姿かたちを自在に変えて問題を解決し難局を切り抜けます。よって人々から愛され歓迎されます。

そこで難題難問ですが・・「命か、お金か、人ごとか」。答えはその方の立ち位置・ポジション(職業など)でそれぞれでしょう。正解はないでしょうが、参考にすべきは「バーバパパ」自在に形を変える・・レストランがテイクアウトに切り替える、ネットを活用する等々。職種によっては到底無理な仕事もあるでしょう・・勝手に無責任な思いつきがあります。プロ野球・Jリーグ・大相撲などプロスポーツも大変です・・そこで無観客開催し、勝敗を「賭け」の対象とするのはいかが?観客は入場料の代わりに「掛け金」として支払う、予想が当たればわずかばかり「返金」あり。千円のチケットで三百円くらいでしょうか?残りの掛け金収入は大相撲ならば大相撲協会の収入として力士にはお金は行かない。プロ野球であれば各球団に配分され、もちろん選手にはびた一文も行かない。試合はネットで無料配信する・・結果、人は動かずともお金は動く・・などのアイデアいかがでしょうかね。先日「万馬券」のニュース見て思いました。

イラストをご覧ください、パパがピンクでママが黒です。原作者が日本人ならあり得ない色使いです。既成概念や前例にとらわれず、柔軟な頭で難局を少しでも切り抜ける方法を、国民全員で考える時だと思います。それぞれの物差しや考え方に立って深く「哲学の時」なのではないでしょうか。8980



追加:朝日新聞「折々のことば」に見つけました。

BBTime 446 本日誕生日

BBTime 446 本日誕生日
「古池や蛙とび込む水の音」松尾芭蕉

本日 4/22 「アースデイ:Earth Day」・・『地球環境について考える日として提案された記念日である(中略)アメリカ合衆国ウィスコンシン州選出のアメリカ合衆国上院議員であったゲイロード・ネルソン英語版は、レーニン生誕100周年日にあたる1970年4月22日に環境問題についての討論集会を開催することを呼びかけた。この呼びかけに呼応した人間の数は2000万人以上であったとも言われている。この時、ネルソンがアメリカ合衆国内の活動の統括役として選び出したのが、当時スタンフォード大学大学院生であったデニス・ヘイズである。ヘイズはガレット・デュベルを編集者として討論集会の為のハンドアウトを作成するなど、ネルソンの構想に協力して集会を成功に導いた。ヘイズはこれをきっかけとして大学を去り、アースデイの定着に力を注いだ。その後、4月22日のアースデイ集会という運動形態は、全世界へ広まっていった。またアメリカでは、この行動によって、環境問題に対して人々の関心が払われるようになり、環境保護庁の設置や各種環境保護法が整備された』Wikipeiaより。1970年のことですから本日「アースデイ」50歳の誕生日です。

実はこのブログ「connote:カノート」も誕生日。1999/04/22にスタートしました、21歳です。ネットで知ったのですが他にも「サザエさん」74歳、「バーバパパ」50歳も今日が誕生日のようです。

サザエさん:『原作漫画は新聞連載の4コマ漫画である(ただし、5ページほどのショートストーリー漫画が雑誌連載されており、「別冊サザエさん」に収録されている)。西日本新聞社から独立したフクニチ新聞社の整理部長牟田口宗一郎が長谷川に福岡地方新聞夕刊フクニチ』誌上での連載を依頼1946年(昭和21年)4月22日から連載を始めたが、長谷川が東京へ引越しするために連載を打ち切った』Wikipediaより。画像は第一回目の「サザエさん」です。

バーバパパ:土の中のピンクの丸いのがバーパパパです。記事を見つけました、以下引用『「バーバパパ(Barbapapa)」の名前の由来となった「Barbe à papa」とは、フランス語で「おじさんのヒゲ」「わたあめ」という意味。フランスではわたあめと言えばピンク色なのだそうだ。1969年のある日、アメリカからパリに旅行に来ていたテイラーがカフェで偶然アネット・チゾンと隣り合った。そこで「わたあめが欲しい」と言っている子どもたちを見て、テイラーが紙ナプキンに描いたいたずら書きからバーバパパが誕生したと言われている。当時、テイラーはフランス語がしゃべれなかったため、2人は絵を交換しながらコミュニケーションを取っていたわけだ。2人はのちに「バーバパパ」の共著者、そして夫婦となる』(引用元)。

さて22日には他にも「マルマルの日」があります。ご存じの方も多いでしょう、今日はショートケーキの日です。理由は月カレンダーをじっくり眺めてください・・わからない時にはこちらをどうぞ

冒頭のあまりにも有名な句の解説に『俳句に関心のない人でも、この句だけは知っている。「わび」だの「さび」だのを茶化す人は、必ずこの句を持ち出す。とにかく、チョー有名な句だ。どこが、いいのか。小学生のときに教室で習った。が、そのときの先生の解説は忘れてしまった。覚えておけばよかった。どこが、いいのか。古来、多くの人たちがいろいろなことを言ってきた。そのなかで「実際この句の如きはそうたいしたいい句とも考えられないのである。古池が庭にあってそれに蛙の飛び込む音が淋しく聞えるというだけの句である」と言ったのは、高浜虚子だ(『俳句はかく解しかく味う』所載)。私も、一応は賛成だ。つづけて虚子は、この句がきっかけとなって「実情実景」をそのままに描く芭蕉流の俳句につながっていく歴史的な価値はあると述べている。この点についても、一応異議はない。が、私は長い間、この句の「実情実景」性を疑ってきた。芭蕉の空想的絵空事ではないのかと思ってきた。というのも、私(田舎の小学生時代)が観察したかぎりにおいて、蛙は、このように水に飛び込む性質を持っていないと言うしかないからだ。たしかに蛙は地面では跳ねるけれど、水に入るときには水泳選手のようには飛び込まない。するするっと、スムーズに入っていく。当然、水の音などするわけがない。そこでお願い。水に飛び込む蛙を目撃した方がおられましたら、ぜひともメールをいただきたく……。』(解説より)。季語はもちろんのこと、和菓子の「銘」にも自然に関する言葉が多く見られます。理由は「自然への畏怖・敬意の表れである」とラジオで聴きました(NHK第二「こころをよむ」和食という文化)。

人が奢ると、地球は「神」の仕業に見せかけてヒトに「灸をすえる」ような気がします。人々が地球に負荷をかける、環境を破壊する、あたかも地球を支配したかのような振る舞いをする・・きちんと考え直すのが「今でしょ」と思わざるを得ません。8160


https://youtu.be/TsOiit3Mu3k


BBTime 428 時計と手帳

BBTime 428 時計と手帳
「蛇穴を出づるとの報時計見る」鈴木鷹夫

題名よりも本文の方が短い草野心平の「詩」です。昨今、ラジオから早すぎる季節の便りが聞かれます。確実に地球温暖化が進んでますね。雲雀(ヒバリ)や桜はたまた向日葵(ひまわり)の報まで・・。掲句の解説は『季語は「蛇穴を出づ」で春。ははは、とても可笑しい。面白い。でも、どういうシチュエーションなのだろうか。冬眠から覚めた「蛇」を見かけたという「報」が入った。「ずいぶんまた、今年は早く出てきたな」と思った作者は、途端に無意識に「時計」に目をやったというのである。つまり、そこで普通なら「今日は何日だったかな」と壁に掛けたカレンダーなどで確認するところを、思わずも「いま、何時だろう」とばかりに、時計を見てしまったというわけだ。カレンダー付きの時計もなくはないけれど、そうした種類の時計ではない。あくまでも、普通の時計だからこそ可笑しいのだ。咄嗟の行為だから,シチュエーションとしては電話で報せてきたと考えるのが妥当で,手紙だったらこのような間違いにはいたらないはずだ。作者はとにかく間抜けなことをやっちまったわけだが、しかしこの種の間抜けは、誰にでも思い当たる質の間抜けである。すっかり日常的に身についている行為が,何かの判断ミスから、すっと出てきてしまう。だが、その間抜けは、多く自分にだけわかる性質のものであり、たとえばこのときに誰かが作者の傍らにいたとしても、単に時計を見た作者の行為が間抜けとはわからないわけだ。したがって,間抜けの主人公は一瞬「しまった」と思い,だが次の瞬間には(誰にもそれと悟られなくて)「ああ、よかった」となる。ましてや、この場合の素材が眠りから覚めたばかりでボオッとしているであろう蛇だから,余計に可笑しく写る。そんな微妙な色合いの失敗を、淡々として提出している作者は,おそらく人生の機微をよく知る人なのだろう。『千年』(2004)所収。(清水哲男)』(解説より)。

今回は「時計と手帳」について・・。年明けて使い始めたものに「Apple Watch 3」と「ほぼ日手帳オリジナル」があります。この2つ対照的でデジタルとアナログです。まだ2月初旬ですが、小生の今年の買い物ベスト3に間違いなくランクインするでしょう。まず時計から。

「Apple Watch 3」シリーズ5が出たため、税別22,800円で購入可能です。昨年6月下旬から体重記録しながら減量に取り組んできましたが、71kgを境に壁が・・それ以上減らないのです。かといって食事量を減らしたくないし・・解決法は明白。運動量増加しかありません。そこで白羽の矢を立てたのが「Apple Watch」。悩みました・・「3」か「5」か。決断は正月二日に到来、何とアップルから対象商品にはお年玉が出るとの報。たまたま福岡市にいたため勇んでアップルストアに・・しかし長い長い行列でした、残念。ところがその夜、ネット購入でもお年玉がもらえることを知り決断しました。アルミケースを選び、シリーズ3は白バンドですので赤バンドも注文。が、パソコンをポチッとした後も一抹の不安が・・これで本当に(サイトで謳っているように)アクティビティ(活動・運動)が増えるのか?・・杞憂でした!今、歩く歩く!これまで自転車使用の距離も喜んで歩いています。駅エスカレータ、ビルエレベータも階段選択、歩く歩く!Watchの心憎い仕掛け(バッジや通知というよりお節介)も結構背を押してくれます。「耳からウドン(AirPods)」との相性もバッチリ!迷っている方にはオススメします。

かたや「ほぼ日手帳」長らく「weeks」使用でしたが、十年ぶりくらいに「オリジナル」に変えました。1日1頁ですので、これまでの使い方のメモや記録だけでは埋まらない日もあります。しかし、余白を残したくないので埋める(書く)か貼るかして無理矢理消化します。ラジオ外国語テキストの文章、気になる俳句、楽曲の名前、目についた語句等々・・先日「韜晦:とうかい」をメモ、意味は「自分の才能、地位などを隠しくらますこと」、また朝日新聞「折々のことば」など貼るのにジャストの大きさ。

これらに言えることは、画像にあるように「行為を豊かにする装置」です。BBTime 422 「革命的」に取り上げた「いいデザインは革命的である。Good design is innovative.」「いいデザインはデザインが最小限である。Good design is as little design as possible.」とはこのようなデザインを言うのでしょう。もっともっと歩きたくなる「時計」、さらに更に書きたくなる「手帳」。まさしく「生活を豊かにするモノ」「ライフを幸せにするモノ」です。

このような意味合いで、手帳開発者イトイさんはLIFEのBOOKと表現していらっしゃるのでしょう。ほぼ日手帳がLIFEのBOOKなら、さしずめApple WatchはLIFEのWATCH。小生オススメの「チョコブラシ」も生活を豊かにする歯ブラシと自負しております、ご興味ある方は是非。0300




このCMは誇大広告ではありません(笑)よ。

BBTime 421 耳うどん

BBTime 421 耳うどん
「パンに耳うどんに腰や冬うらら」千坂希妙

バイアスがかかってました(笑)。毎日新聞朝刊(1/13付)に、この句を見た瞬間「耳うどん」が俳句に詠まれてる!と驚き「パンに 耳うどんに 腰や冬うらら」と読んでしまい何度読んでも「?」意味不明・・前回「うどんの形」をアップしたので頭の中に「耳(から)うどん」が茹で上がっていました。皆様は、お分かりのように「パンに耳 うどんに腰や 冬うらら」です。普通に読めばすんなりと解説文も理解できます。(バイアス:思い込みや偏見)

以下解説より『「パンに耳うどんに腰」がある。では、大根には?答えは「足がある」だろうか。とまれ、こうした言葉遊びを楽しむような、いわば能天気でおだやかな日和、それが季語「冬うらら」』(毎日新聞季語刻々より)。

「大根には足がある」もバイアスがかかっているような気がします(笑)。「首がある」も正解では?(青首大根があるでしょ)。さて「お菓子を食べすぎるとムシ歯になる」・・これもバイアス。他の食べ物でもムシ歯になります、砂糖が僅かでも含まれていればムシ歯になり得るのです。肝心なのは「何を食べてもいいので、食べた後にいかにキレイにするか」。お菓子→甘い→砂糖が多く含有であれば、ムシ歯のリスクは高くなりますが「お菓子の食べ過ぎ=ムシ歯発生」ではありません。

さらに「歯を磨けばムシ歯予防できる」も思い込みです。歯を磨くことはできますが、完全に磨き上げることは、ほぼ無理難題なのです。そのため歯医者の口から「あまりお菓子を食べないように」の一言が出るのです。毎日100%磨き上げるのは無理ですが、乱暴な言い方をすると「一週間で磨き上げる」ことは可能です。歯ブラシのみならず、フロスや歯間ブラシも使ってくださいませ。定期的(せめて3ヶ月に1回)な歯科受診もお勧めします。チョコマカ磨きしやすい「チョコブラシ」もオススメです!2120

BBTime 417 門松の竹

BBTime 417 門松の竹
「まつかれてたけたくひなきあしたかな」作者不詳

ネットで見つけた画像です、よく見ると竹が水平に切ってあります。「寸胴:ずんどう」と呼ばれネット記事には『門松の寸胴は水平に竹が切られている状態のものを指します。こちらの形が実は門松の本来の形状で、そぎの切り方は後ほど現れた形です。元々は寸胴の方が一般的で、江戸時代以前は寸胴でした。江戸時代になっても武家の家では寸胴の門松が飾られたと言われています』(出典はこちら そぎ:斜めにカット)とありました。

では斜めカット(そぎ)の由来は・・結構えぐい話です。冒頭の句の解説に『新年早々、頭の体操です。この句は、どう読んだらよいのでしょうか。時は戦国時代。元亀四年正月。浜松北方の三方ケ原で武田軍との合戦に破れ、浜松城に逃げ帰りシュンとしていた徳川家康のもとに、武田方よりこれみよがしに上掲の句が届けられた(昔の戦さは呑気なところがあった)。読んでみると、「松(松平=徳川)枯れて竹(武田)類なきあしたかな」とあり、要するに、これからは武田の天下なんだぞと書いてあった。家康にしてみれば、結局はこの敗戦が生涯唯一のものになるわけだから、その意気消沈ぶりもすさまじかったに違いない。そんな心境の彼に、句の追い討ちである。まいったなあ。落ち込んでいると、徳川方にも知恵者がいた。「殿、おそれながら……」と、彼は独自の読み方を披露してみせたのである。すなわち、「松枯れで武田首無きあしたかな」と。これで家康も元気になった。で、ここからが本題。いまだに東京などで門松の竹を槍のように尖らせているのは、このときの「武田首無き」という徳川方の解釈に由来している。武田の地元である山梨県や外様大名の支配下にあった土地では、門松の竹は節のところから水平に切り落として飾るのが普通だ。お宅は、どちらでしょうか。(清水哲男)』(解説より)とあります、血生臭い話です。

来週月曜日(1/6)より今年の本格始動の方も多いことでしょう。「口は生きるの1丁目」、「百年一生」の百分の1の2020年今年、ご自愛の程ご歯愛の程!年の始め、エンジン始動にはこの曲を!6100


おまけ:あるラジオ番組でゲストデザイナーが「今年2020は、アヒルが卵を背負って歩いているようだ」と、言い得て妙!ひょっとすると子年ならぬアヒル歳?