BBTime 574 やれないこと

「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」上杉鷹山

2022/5/8投稿
先日(5/6)のほぼ日「今日のダーリン」です
『・このごろ、あらためて、つくづく、しみじみ思う。
 「やれることをやる」というのが、なにより大事だ。
 そりゃそうだと思うかもしれないけど、
 「やれることをやる」をやれる人が、実は少ないんだ。
 みんなが憧れたりする人、名人達人と言われるような人、
 いつもいいことをやってる人、すごい技術を持ってる人は、
 みんな「やれることをやる」を、きっちりやってきている。

 「やれること」は、「やれる」と思えるから、
 「いつでもやれる」と考えられやすい。
 でも、人は「いつでもやれること」をなかなか始めない。
 そして、「やれること」は、ずっと「やれる」ことなのだ。
 それでも、「やれること」を続けてる人はとても少ない。』

『昔から、このことについてはみんなが伝えてきた。
 ちりが積もると山になるんだぜ、だとか、
 千里の道も一歩からなんだよ、だとか、
 雨だれがやがて岩に穴をあけてしまうぞ、だとかね。
 ちりはどこにでもいくらでもあるものだし、
 一歩歩くことならかんたんにできるし、
 雨だれの一滴なんて気に留めてもいないだろう。
 そういう「やれること」を、ほんとに「やる」ってことが、
 (いまから間違った言い方をしますが→)
 「ほんとにむつかしいんだよねぇ!」
 (←これが、まちがった言い方です)
 実際にはむつかしくないんですよね。
 だってそれは「やらない」だけで、「やれること」です。
 つまり、むつかしいことじゃないんです。』

『ちょっと頭よさそうな人が「愚直にやるだけです」
 とか言いたがりますけどさ、
 「ちり」や「一歩」や「雨だれ」さんは、
 そんな「愚直」みたいなことばは使わないだろうな。
 愚かでも、真っ直ぐでもないんだもの、
 「やれること」を「やる」だけのことなんだから。

 「やれること」を「やる」。
 ほんとうに「やりたい」なら、それをいますぐ「やる」。
 「人生のコツ」みたいなことを、人は知りたがるけれど、
 どんな「コツ」よりこれなんだよ、と思うのだ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
あらゆるものごとを「むずかしくないこと」に解体するのだ。』

今日のダーリン」をほぼ毎日読んでいて、毎回さすがダーリン(糸井重里氏)だと思います。文章を反芻する中で思いました。「やれることをやる」以外に三つの場面があるのではないかと。1)やれることをやる 2)やれることをやらない 3)やれないことをやらない 4)やれないことをやる(やらされる・せざるをえない)の四つです。

小生思うに恐らく一番問題となるのは、4)「やれないことをやる」でしょう。つまり「本当はやれないのに、やれると(できる・可能であると本人や周りが)勘違いしていることを、やらされる・せざるをえない」が最も本人にとってマイナスです。・・もうお分かりでは?そうです。歯磨きは自分だけでは「やれないことをやっている」「やれないことをできると思ってやっている」「隅々までキレイに磨けると思って日々磨いている」が事実です。何度でも言います。「歯は、自分だけでは磨けません」「歯は、磨いてももらうもの」。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。6021

文楽「為せば成る」


BBTime 573 イマジン

「レノン忌より小さき記事なり開戦忌」藤本章子

投稿2022/5/5こどもの日立夏 今日から夏。
ジュリアン・レノンの記事(5/4)を目にしました。記事には『ビートルズの元メンバー、ジョン・レノンの息子で、ミュージシャンのジュリアン・レノンさん(59)が4月、父の代表曲である「IMAGINE(イマジン)」をウクライナ難民支援の一環で歌った。イマジンは平和を願う曲として世界中のアーティストがカバーしているが、ジュリアンさんが公の場で披露するのは初めて。なぜ今、歌うことを決心したのか。ジュリアンさんが毎日新聞の単独インタビューに応じ、その経緯や平和への思いを語った。  ジュリアンさんがイマジンを歌ったのは4月8日、ウクライナ難民への寄付を呼びかける国際人道支援団体「グローバル・シチズン」のイベント。動画はYouTubeでも公開されており、今月3日までに250万回以上再生されるなど反響が広がっている。  ジュリアンさんは1963年、ジョンと最初の妻との間に生まれたが、5歳の頃に両親が離婚。ジョンはその後、オノ・ヨーコさんと再婚した。ジュリアンさんは84年に歌手デビュー。グラミー賞にもノミネートされるなど活躍してきたが、かつて「父が歌った『平和と愛』は決して私の家には訪れることがなかった」と公言するなどジョンへのわだかまりを隠さなかった。また、これまでイマジンを歌うこともなかった。  しかし、ロシアによるウクライナ侵攻を目の当たりにし、ジュリアンさんは「罪のない一般人、母親、子どもたちが殺されている。僕が人生で見てきた中で最悪の光景」と心を痛めたという。そして「この問題に対する人々の関心を高めるため、イマジン(のカバー)を思いついた」と明かした』(引用元はこちら)。

Imagine there’s no Heaven
It’s easy if you try
No Hell below us
Above us only sky
Imagine all the people
Living for today…
想像してみて、天国など無いと。
その気になれば簡単さ
大地の下に地獄など無く
頭の上にあるのは、空だけ。
想像してごらんよ、みんなが今日を生きている

Imagine there’s no countries
It isn’t hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too
Imagine all the people
Living life in peace
想像してみて、国なんか無いと。
難しい事じゃないさ
殺したり、殺されたりすることもなく
宗教も無い。
想像してごらんよ、みんなが平和に暮らしている

You may say I’m a dreamer
But I’m not the only one
I hope someday you’ll join us
And the world will be as one
君は僕を夢想家だと言うかも
でもそれ(夢想家)は僕だけじゃない
いつか君が仲間になってくれたら
世界は一つになるんだよ

Imagine no possessions
I wonder if you can
No need for greed or hunger
A brotherhood of man
Imagine all the people
Sharing all the world
想像してみて、独り占めも無いと。
君にできるかな
欲張る必要も、飢える必要もなくなって
人類は兄弟だ。
想像してごらんよ、人々が世界を分かち合う

You may say I’m a dreamer
But I’m not the only one
I hope someday you’ll join us
And the world will live as one
君は僕を夢想家だと言うかも
でもそれは僕だけじゃない
いつか君が仲間になってくれたら
世界は一つになるんだよ(和訳出典元

五月二日(2009年)命日、忌野清志郎氏も歌います
天国はない ただ空があるだけ
国境もない ただ地球があるだけ
みんながそう思えば 簡単なこと さあ
社会主義も 資本主義も
偉い人も 貧しい人も
みんな同じならば 簡単なこと さあ
夢かもしれない でもその夢を見てるのは
君ひとりじゃない 仲間がいるのさ

誰かを憎んでも 派閥をつくっても
頭の上には ただ空があるだけ
みんなそう思うさ 簡単なこと
夢かもしれない けどその夢を見てるのは
君ひとりじゃない 仲間がいるのさ ほら ここにいるぜ

夢かもしれない でもその夢を見てるのは
君ひとりじゃない 夢かもしれない
でも君ひとりじゃない ひとりぼっちじゃない
違う 仲間がいるのさ
夢かもしれない かもしれないかもしれない
夢じゃないかもしれない

君はひとりじゃない ひとりぼっちじゃない
僕らは薄着で笑っちゃう ああ 笑っちゃう
僕らは薄着で笑っちゃう ああ 笑っちゃう
(歌詞出典元

冒頭句の解説『十二月八日はかつての大戦の開戦日であり、ジョン・レノンの命日でもある。日本人にとって、いや世界の人類にとって、どちらが社会的に大きな出来事であったかは言うを俟たない。だが、この日の新聞はレノンの忌のことを大きく取り上げていたというのである。むろんレノン忌のことも風化させてはなるまいが、開戦の日のことはなおさらだろう。だが、ジャーナリズムとは残酷なもので、戦争の記憶の風化を嘆く舌の根も乾かぬうちに、かくのごとくに事態を風化させて平然としている。作者はそのことに大いなる義憤を覚えて詠んでいるわけだが、今日配達された紙面はどうであろうか。来年は戦後も七十年だから、そのことに引っかけて、多少大きめの記事を載せているかもしれない。近ごろの私は万事に悲観的だから、どのような大きな出来事もいずれは風化してしまうと思ってしまう。が、せめても自分の中では風化させないようにとも願っている。開戦日については、敗戦日よりもっと多々論じられてよい。俳誌「苑」(2011年3月号)所載。(清水哲男)』(引用元)。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。・・祈ウクライナ


BBTime 567 What a wonderful world

「朝寝して寝返りうてば昼寝かな」渥美清

2022/3/31投稿
鹿児島も桜満開です。お分かりのように渥美清は寅さんです。さて解説は『映画『男はつらいよ』で親しまれた俳優・渥美清の句です。亡くなったのが1996年で没後20年(2015年で)ですが、親しみのある顔と愛嬌のある声質が、まだ瞼に耳に残っているせいか、つい最近までお元気だったような気がしています。いや、映画の寅さんは、これからも新しい観客の心の中で産まれ親しまれるでしょうから、渥美清は死んでも、寅さんは、映画と日本語が存続する限り、観る人の心の中で産声をあげるはずです。なぜなら、寅さんはベビーフェイスだからです。赤ちゃんだから、よく寝ます。「とらや」の二階で、旅先の旅館で、よく横たわっていました。「とらや」のおじちゃんと喧嘩をしては、二階に上がって不貞寝をし、「いつまで寝てるんだよ、寅」と、はたきをかけているおばちゃんに、朝寝をたしなめられていました。掲句も、そんな寅さんの自堕落な午前中を描いているようにも思われます。しかし、朝から昼へとモンタージュで編集するところに、映画人が作った俳句だな、と感心します。また、「朝寝」という春の季語から「昼寝」という夏の季語へと一気に飛躍できるところに、この人の心の中に棲む風羅坊を感じます。ほかに、「朝寝新聞四角いまままっている」。俳号は風天。『赤とんぼ』(2009)所収』(解説より)。今回は名曲「What a wonderful world」について。

What a wonderful worldが反戦歌であったことを先日知り、驚き、涙しました。それまではタイトル通り、歌詞通りの歌であると思っていましたので。ネットには『「What a Wonderful World」がリリースされた1960年代後半は、ベトナム戦争が最も激化していた時代でした。  アメリカ本土でも、戦争の実情がテレビや映画フィルムによって報道されるなか、ベトナム戦争の惨劇を嘆いたG・ダグラスによって「What a Wonderful World」は作詞・作曲されました。  黒人への人種差別の意識がまだ抜けていない中、黒人であるルイ・アームストロングが反戦歌を歌うというのは、命の危険すらある勇気のある行動でした。  「What a Wonderful World」のリリース当初、アメリカでの宣伝活動がうまくいかなかったのも、テレビ局などがオファーを拒否していたという事情があるようです。』(出典はこちら)。

ラジオで聞きました。ルイ・アームストロング、愛称「サッチモ」「ポップス」がトランペットではなくひと回り小振りのコルネットを吹いていたのも、黒人差別が理由だったそうです。Wikipediaには『アームストロングが生まれ育ったのは、ニューオーリンズアフリカ系アメリカ人が多く住む比較的貧しい居住区であった。子供の頃、祭りに浮かれ、ピストルを発砲してしまい、少年院に送られた。その少年院のブラスバンドコルネットを演奏することになったのが、楽器との最初の出会いとなる。その後、町のパレードなどで演奏するようになり人気となった』(引用元)。

この曲のイントロ付きバージョン(1970年録音、亡くなる前年)を先日初めて聞きました。イントロ・・泣けてきます。まさに今の、今日の世界を憂いています。そして世界を地球を、人々を愛しています。
『Some of you young folks been saying to me.
“Hey Pops, what you mean ‘What a wonderful world’?
How about all them wars all over the place?
You call them wonderful?
And how about hunger and pollution?
That ain’t so wonderful either.”
“Well how about listening to old Pops for a minute.
Seems to me, it ain’t the world that’s so bad
but what we’re doin’ to it.”
And all I’m saying is see what a wonderful world
It would be if only we’d give it a chance.
Love baby, love. That’s the secret, yeah.
If lots more of us loved each other
we’d solve lots more problems.
And then this world would be gasser.
That’s wha’ ol’ Pops keeps saying.”(英文引用元

最近若いやつがよく俺にこう言ってくるんだ
「“この素晴らしき世界”ってどういう意味なんですか?」
「世界中で戦争が行われていますよね?」
「それも素晴らしいっていうんですか?」
「飢饉や環境汚染の問題もありますよね?」
「全然すばらしくなんてないですよ」
落ち着いてこのじいさんの言うことに耳を貸してくれ
俺には世界がそんなに悪いって思えない
人間が世界にしていることが悪いんだ
俺が言いたいのは、世界にもう少しチャンスを与えれば、
みんなその素晴らしさがわかるってことさ
愛だよ愛。それが秘訣なんだよ
もしもっとみんながお互いを愛しあったら
沢山の問題なんて解決される
そして世界はとびきり面白くなる
だからこのおいぼれは言い続けるのさ(和訳引用元

Louis Armstrong:1901/8/4−1971/7/6
寅さんも利己に執着せず人々を愛しました。時にマドンナを好きになりますが、人々を愛しました。寅さんが朝寝昼寝と惰眠を貪れるのも平和だから・・。この曲の聴き方が変わりました。さすが!サッチモ。Wonderful Satchmo!



BBTime 564 つなげたい

「携帯でつながつてゐる春夕べ」田口茉於

2022/3/14投稿
画像は朝日、去る3/10朝6:47の桜島。さて今回は昨年秋、ある募集に応募したエッセイのご紹介。テーマは「つながり」、ではでは・・タイトルは「おかげさま」です。
 人はさまざまなつながりの中で、生まれ、育ち、生きて、死ぬ。親のつながりで生まれ、親とのつながりで育ち、社会とつながりながら生きて、一生を終える。学生時代、生化学の試験で苦い記憶がある。試験中、解けない問題を前に今この腕の筋肉で起こっている反応なのに、見えない、理解できないとはと地団駄を踏んだ。その後、歯科医として臨床にあたる中で、この時の苦い記憶から「内とのつながり」を考えるようになった。
 内とのつながりとは「人は体内における様々なシステムに類似した行動行為をとる・類似したモノを作る」である。例えば「免疫と挨拶」:都会では薄れてはいるが、いまだ田舎では道すがら出会う人と挨拶を交わす。会釈だけで済ませることもあるが、相手を認識する。これは免疫システムに類似している。免疫では「自己非自己」が肝で、それは自己(味方)なのか、ウイルスなど体外から侵入した非自己(敵)なのかを見極めるのである。非自己であるとわかれば攻撃して排除する。「あんたはどこの人かえ?」「〇〇の次男です」「言われてみれば母親似やなぁ、大きくなったね」というように敵味方を挨拶によって識別している。
 また「常在菌と時間配分」。口腔内の常在菌の棲み分けは三歳の頃には決まると言われ、三歳までにムシ歯菌が少なく、他の菌が多く棲みついた人はムシ歯になりにくい一生を送ることができる。腸内細菌フローラにおける善玉菌と悪玉菌なども同様である。この棲み分け言わばシェア(比率)は行動の時間配分に類似する。大人から見れば、子供は暇そうに見えるが、子供には子供のやるべきことが日々決まっており忙しいし、中学生から見れば幼稚園に通う弟には十分な時間があるように見えるが、弟は弟でスケジュールがぎっしり埋まっている。
 はたまた何かとニュースになる浮気も然りで「新陳代謝と心変わり」。人体は長くても髪の毛の数ヶ月で、多くは日々新しい細胞にとってかわる。半年も経つと細胞レベルでは別人となる。余談だが歯は新陳代謝しない。

 体内と人との究極の類似は「細胞壁と廓然無聖」ではないだろうか。動物細胞には壁がない、達磨さんは「廓然無聖」と言い放った。まさに壁はない。
 内とのつながりを考えるに逆も真なりと、行動変容で体内の状態を変えることができるのではないか。笑うと免疫力がアップすると言われ、数々の実験で証明されているのが好例である。未だ人体の謎は多く、謎の解明は医学の発達につながる。ヒトの習性とも言えるような行動行為が体内活動の何に類似しているかを研究することで、謎解きの手助けになるのではないかと思う。
 もうひとつ例をあげるならば現在のネット社会である。デジタル機器そのものも人体の模倣と言えるが、インターネットやデジタル機器の使い方なども、まさに体内と同じである。血管が毛細血管となってまさに隅々までネットワーキングしている。血管に加え神経も然り。様々な物質の運搬が血管のネットワークでなされていることは、宅配などの物流に他ならないし、痛みや温度などを感知し脳に届ける神経はSNSである。しかも知覚神経と運動神経の関係は、ネットの特性のインタラクティブ(双方向)と同じである。

 「つながりで生まれ育ち生きて死ぬ」において他者や環境とのつながりが重要となる。思うに「つながり」とは自己と体内、自己と他人、はたまた自己と地球など、本人が認識しているつながりもあれば、気がついていないつながりもある。すなわち宇宙を含めた人様によって生かされている。お陰様に「陰」の字を用いるのは、認識されていないつながりを暗示しているのではないか。「おかげさま」が「つながり」の極意と言えよう。

「悲しみはつながっているカーブする」徳永政二
句の解説に『2011年も終わりに近づいている。自分が生きてきた中で今年は今までと違う一年だったと思う。3月11日の東日本大震災の津波と原発事故。私は現地へ行ったわけでもなく、被災した人たちから直接話を聞いたわけでもないが、深く心に突き刺さった出来事だった。いや「だった」と過去形ではなくそれは今も続いている。一度起こったことは片付くなんてことはない、それは形を変えていつまでも続くのだ、と言ったのは夏目漱石の『道草』の主人公だったと思うが、そうした現実から滲みだしてくる悲しみが人の心を伝わって双曲線を描きながら自分に帰ってくる。それが言葉になって表現できるようになるのはいつだろうか。川柳は俳句にはない直接性があり、時折ダイレクトな言葉の手ごたえを感じたいときには川柳を読む。』(解説より抜粋)。ウクライナの青空が赤く赤く焼け、小麦の実る豊かな大地が焦土となっている。祈りだけでもつなげたい!ご自愛の程。

BBTime 551 去年今年

「去年今年貫く棒の如きもの」高浜虚子

この句を目にすると、鐘を撞(つ)く「撞木:しゅもく」を連想します。解説には『季語は「去年今年(こぞことし)」で新年。午前零時を過ぎれば大晦日も去年であり、いまは今年だ。(中略)高浜虚子の有名な句に「去年今年貫く棒の如きもの」がある。このときに虚子は「棒の如きもの」と漠然とはしていても、時を「貫く」力強い自負の心を抱いていた』(引用元はこちら)。2022年初投稿は去年の振り返りです。

大晦日恒例毎日新聞「余録」です。『五輪も政権もコロナに翻弄(ほんろう)された2021年。いろはカルタで振り返る。【い】いけー!璃花子(りかこ)【ろ】露骨な軍集結【は】白寿まで恋バナ寂聴(じゃくちょう)さん【に】ニューヨーク、ニューライフ【ほ】報じる執念、平和賞【へ】変異で知ったギリシャ文字【と】と/う/しば分割【ち】知の巨人旅立つ【り】立憲ふらり「路線」の旅【ぬ】拭えぬ疑惑も強シンゾー【る】ルール無用のリコール署名【を】重い軽石被害【わ】我が身省みずほ【か】画面越しの平和の祭典【よ】4冠でも道半ば【た】誰の声を「聞く力」【れ】レイレイはどっち?【そ】総務省七光り接待【つ】翼広げたパラ開会式【ね】ネバーギブアップ核廃絶【な】内部告発でFBメタメタ【ら】楽観にスガって幕【む】無理やりの森友封じ【う】宇宙でやがてセレブ婚【ゐ】異郷で無念、入管の闇【の】ノーと言えぬ石炭火力【お】王者の証しグリーンジャケット【く】軍政に抗議の3本指【や】辞メルケル【ま】マナベばいつかノーベル賞【け】権力習中【ふ】文通するのに100万円【こ】ごっつぁん理事長【え】エンジンはないねん【て】天高くツバメ舞った秋【あ】あれ、COCOAどこ?【さ】サイゴンかぶーる陥落【き】銀ぶら男爵【ゆ】夢の満票、賞タイム【め】名横綱は孤高の花道【み】見せる野球がシンジョー【し】10万円で混乱分配【ゑ】えせ統計は消しゴムで【ひ】火の車半導体【も】盛られ続けた土砂リスク【せ】選挙より占拠のトランプ流【す】捨てマスク【京】きょうの祈り、鎮魂の10年』(2021/12/31余録より)。

毎年いくつか理解困難なものがります。昨年は「【れ】レイレイはどっち?」のひとつ。家人に聞くとすかさず「双子のパンダ」とのこと。もし不明なイロハがあれば検索してみてください。今回は寅年にちなんだ四曲です。では皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 533 綺羅、星

BBTime 533 綺羅、星:きら、ほし
「父がつけしわが名立子や月を仰ぐ」星野立子

タイトル「綺羅、星」は「きら、ほし」が正しい読み。綺羅星の如くは『元々は「綺羅、星の如く」で読み方は「きら、ほしのごとく」。「綺羅星(きらぼし)」と一語扱いにするのは本来は誤り』(引用元)。今回は歯とは無関係ですが「キラキラネーム」について。

BBTime528「美味求真」の「美しき緑走れり夏料理」も星野立子です。解説に『父は虚子。自分の名前に誇りを抱くことの清々しさもさることながら、父への敬愛の念をこれほど率直に表現した句も珍しい。直接に仰ぐのは月であるが、この月はまた天下の虚子その人なのである。臆面もないと感じる読者がいるかもしれぬ。が、父のつけてくれた名前にかけて凛とした人生を生きていくという気概が、そうしたいぶかしさを撥ね除ける句だと、私には思われる。月を仰ぐ人には、人それぞれの感慨がある。『立子句集』所収』(出典はこちら)。仕事柄、日々多くの方の名前に接します。今月に入って夏休みのせいか、小中学生も多く来られます。数人ですが「?」と思ってしまうキラキラネームの子供さんが・・。

本「親から子へ伝えたい17の詩」で見つけたのが冒頭の「名前は祈り」です。

『「名前は祈り」毛里 武
名前はその人のためだけに/用意された美しい祈り/若き日の父母(ちちはは)が/子に込めた願い  幼きころ 毎日、毎日/数え切れないほどの/美しい祈りを授かった  祈りは身体の一部に変わり/その人となった  だから 心を込めて呼びかけたい/美しい祈りを』親はそれぞれ、子もそれぞれ、名前もそれぞれでしょうけど。
皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。4910

https://youtu.be/9iOFIKP-22Y


BBTime 530 呵呵大笑

BBTime 530 呵呵大笑:かかたいしょう
「赤とんぼじっとしたまま明日どうする」渥美清

本日八月四日は寅さんの命日。1996年、享年六十八。掲句は秋の句ですが御容赦を。解説には『掲句はもう一歩踏みだしている。お前、明日はどうするんだい。そう言ってはナンだが、何かアテでもあるのかい。この優しい呼びかけは、もとより自身への呼びかけである。お互いに、風に吹かれて流れていく身なのだからさ。と、赤とんぼを相棒扱いにして呼びかけたところに、露風とはまた違う生活感のある人間臭い抒情味が出た。作者は、ご存知松竹映画「『男はつらいよ』シリーズ」で人気のあった寅さんだ。いや、寅さんを演じた役者だ。渥美清は、俳号を「風天」と称していた。「フーテンの寅」に発している。掲句は朝日新聞社発行の雑誌「アエラ」に縁のある人々の「アエラ句会」で披露された45句のうちの一句。熱心で、句会には皆勤に近かったと、亡くなった後の「アエラ」に出ている。このことを知ると、どうしても「寅さん」が詠んだ句だと映画に重ね合わせて読んでしまう。止むを得ないところだが、しかし、そういうことを離れて句は素晴らしい。「どうする」の口語調が、とりわけて利いている。この秋の赤とんぼの季節も、そろそろおしまいだ。「明日どうする」。どうしようか。「アエラ」(1996年8月19日号)所載』(解説より抜粋)。今回は寅さんへのオマージュ・・第45作「寅次郎の青春」にエキストラ参加したひとりとして。

タイトルの「呵呵大笑:かかたいしょう」とは、大声をあげて笑うことです。最近、興味深い記事を目にしました。この方が笑うとすべて「呵呵大笑」になるのでは、と思ってしまいます。漢字スタンプはこちら(小生作)。

その記事とは「世界で最も大きな口」の女性、米国人のサマンサ・ラムズデルさん ギネス記録」です。『(CNN) ギネス・ワールド・レコーズは8月1日までに、米コネティカット州に居住するサマンサ・ラムズデルさん(31)を世界で最も大きな口を持つ女性として認定した。開口した場合は縦が6.56センチ、横が10センチ以上と測定された。ラムズデルさんによると口の大きさは既に有名だったが、動画アプリ「TikTok(ティックトック)」上で記録への挑戦を促されたのがきっかけだった』(記事より抜粋)。

記事動画を見て頂くと口がいかに大きいか・・歯科医としては口が大きいと言うよりも「いかに大きく口が開くか」のような気がします。日々の診療の中で、口が開かない、口を開けない、口が開けづらい方が何かしら増えてきたように思います。日常的に大きな声を出さず、大きなモノ(食べ物)を食べず、欠伸(あくび)せずなのでしょうか?歯科医としては治療しにくいので大きく開けて欲しいところです。見て頂くと気付かれると思いますが白い歯です。大きく開けば、奥までしっかり磨けます!やはり「大きいことは良いことだあ!」。ちなみにこの方の愛称も大口です。

まだまだ暑さは続きます、ご自愛の程ご歯愛の程。9940



BBTime 521 むしむし

BBTime 521 むしむし
「でで虫の知りつくしたる路地の家」尾野秋奈

解説に『でで虫、でんでん虫、かたつむり、まいまい、蝸牛。この殻を背負った生きものは、日本人にとってずいぶん親しい間柄だ。あるものは童謡に歌われ、またあるものは雨の日の愛らしいキャラクターとして登場する。生物学的には殻があるなし程度の差でしかないナメクジの嫌われようと比較すると気の毒なほどだ。雨上がりをきらきら帯を引きながらゆっくり移動する。かたつむりのすべてを象徴するスローなテンポが掲句をみずみずしくした。ごちゃごちゃと連なる路地の家に、それぞれの家庭があり、生活がある。玄関先に植えられた八つ手や紫陽花の葉が艶やかに濡れ、どの家もでで虫がよく似合うおだやかな時間が流れている』(解説より抜粋)。今回は去る六月四日、六四:ムシについて。

六月四日は語呂合わせで、昔なら「ムシ歯予防デー」今では「歯と口の健康週間」です(6/4-10)。歯科医師会のページには『1928年(昭和3年)から1938年(昭和13年)まで日本歯科医師会が、「6(む)4(し)」にちなんで6月4日に「虫歯予防デー」を実施していました。1939年(昭和14年)から1941年(昭和16年)まで「護歯日」、1942年(昭和17年)に「健民ムシ歯予防運動」としていましたが、1943年から1947年までは中止されていました。しかし、1949年(昭和24年)、これを復活させる形で「口腔衛生週間」が制定されました。1952年(昭和27年)に「口腔衛生強調運動」、1956年(昭和31年)に再度「口腔衛生週間」に名称を変更し、1958年(昭和33年)から2012年(平成24年)まで「歯の衛生週間」、そして2013年(平成25年)より「歯と口の健康週間」になっています』(出典はこちら)。

八月七日は鼻の日、十月十日が目の日などに対して、病名「ムシ歯」が由来であることを思うに、ある意味「ムシ歯」が親しい、身近もしくは軽いモノであったのでしょうか。極端に言えば病気というより「日焼け」や「肥満」などのような身体のある状態との認識でしかなかったのかも知れません。その証拠に(歯科医師会ですら)初めは「虫歯」の表記を使っており、昭和17年にやっと「ムシ歯」と表記しています。ムシ歯は「虫歯」ではなく「ムシ歯」なのです。なぜなら「蝕まれた歯:むしばまれたは」でムシ歯なんです。

六月四日は「虫の日」でもあると先日知りました。朝日新聞記事「6月4日は虫の日 危機を生きる小さな命、無視できない」には『絶滅の危険性がより高いカテゴリーになるにつれて、むしろ関心や研究の「熱量」が下がっていく傾向が確認できた。極めて絶滅の恐れが高い、絶滅危惧ⅠA類は最も悲惨で、すでに絶滅した種よりも「無視」されていた』(出典はこちら)。

また別の記事「ムシ嫌い助長する都会の生活 カギは「室内」と「誤解」」も・・『そこで①昔は室内に侵入する虫は感染症の病原体を運ぶリスクがあったため、嫌がられた②危険な虫を怖がらないよりも、無害な虫を怖がる方が「誤解」のコストが低く、虫を嫌がる方が合理的、という二つの要因から、都市部では虫嫌いが助長されやすいとの仮説を立てた』(出典はこちら)。いずれも無視できない話です。

不快害虫という言葉をご存じでしょうか。不快害虫「本来無害むしろ益虫にもかかわらずヒトから不快に思われるゆえ駆除の対象とされる虫」のことです。迷惑千万な話です(こちらもどうぞ)。知り合いの和尚さんの話・・ゴキブリであっても出会ったら視界から消えるまで「目を瞑る(つむる)」・・さすがです。

最後に小生にとっては無視できないお話。何気なくラジオを聞いていると、番組「ラジオ英会話」から次のようなダイアログが・・。

私事で恐縮ですが、昔のこと祖父の入院時、朝刊を届けるついでに義歯を洗おうと病室近くの洗い場に行ったところ「食器洗い場」と「洗面所」の二箇所ありました。小生迷わず、食器洗い場の方で義歯を洗っていたところ「入れ歯は洗面で!」と面識のない付き添いの方に言われました。一瞬「入れ歯は食器よりもキレイであるべきなのに」「食器より入れ歯の方が格が上でしょ」と違和感を覚えました。歯科医師にとっては無視できない誤認です。

鹿児島は梅雨の中休みゆえか、日中はすこし蒸し蒸し。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。9100


https://youtu.be/SSudCtDoSTk

BBTime 520 ゆめゆめ

BBTime 520 ゆめゆめ
「夏草や兵どもが夢の跡」松尾芭蕉

句の解説には『五月雨の降のこしてや光堂:旧五月十三日、芭蕉と曽良は平泉見物に訪れ、別当の案内で光堂(正式には金色堂)を拝観している。「おくのほそ道」の途次のことだ。句意を岩波文庫から引いておく。……五月雨はすべてのものを腐らすのだが、ここだけは降らなかったのであろうか。五百年の風雪に耐えた光堂のなんと美しく輝いていることよ。とまあ、これは高校国語程度では正解であろうが、解釈に品がない。芭蕉はこのように光堂の美しさをのみ詠んだのではなくて、光堂の美しさの背景にある藤原氏三代やひいては義経主従の「榮耀一睡」の夢に思いを馳せているのだからである。有名な「夏草や兵どもが夢の跡」はこのときの句だ。』(解説より抜粋)。今回は「ゆめ」について。

先日、目覚めた時に、ふと気が付いたんです。睡眠中に見る「夢」と、あなたの夢は?と聞かれて「はい、私の夢は宝くじ1等に当たることです」「ムシ歯をなくすことです」の「夢」は全く別物であるということに、今更ながら気が付きました。

全く同じ「夢」を使うため「どうせ夢なんだから、実現できなくてもいいんじゃない」「そんなの単なる夢よ」「バカな夢見るのはおよしなさい」等々、言われるのがオチ。目覚めるといつしか忘れてしまう儚い夢と「将来こうありたい」「いつしかこうなりたい」の「夢」が漢字も同じであるため、混同されていると思いました(これまた今更ながら)。

ラジオか何かで聞いたのですが、就寝中に見る夢は、寝ている間の脳内整理整頓で出たゴミだそうです。ホリエモンの文章に『僕が睡眠時聞を大事にするのは、ビジネスや遊びの能率を上げるためだ。人間は通常、睡眠中に浅い睡眠と深い睡眠を1~2時間のサイクルで繰り返す。脳内では、深い眠りの間に昼間の短期記憶が整理され、浅い眠りのときに長期記憶への固定化が行われるという。つまり、学んだ知識を自分のものとして定着させるには、睡眠中の記憶の固定化が欠かせないのだ』(出典はこちら)。ここに出てくる「深い眠りの間に昼間の短期記憶が整理され」た時のゴミとのこと。よって目覚めた時には夢の内容を覚えていても「おはよう」と言った瞬間に忘れてしまいがちだし、無理して思い出さない方が脳のためには良いそうです。寝ている間に見る夢はゴミ(不要なもの)ですが、若い時に見る夢はゴミではありません。

現在放送中のNHKラジオ第二「こころをよむ」の「健康長寿の”賢食”術」に「上医治未病」が出てきます。日経新聞記事に『中国の古い医学書「黄帝内経」にこんな記述がある。「上医治未病、中医治欲病、下医治已病」。大まかな意味は「一流の医者は、病気にさせない。二流の医者は、病気になりかかっている人を治す。三流の医者は、病気になっている人を治す」。一流の医者は、まだ病気になっていない「未病」を治すと諭している』(出典はこちら)。古い医学書「黄帝内経:こうていだいけい」とは前漢代に編纂された中国最古の医学書(wikipedia)と言われるもので、前漢とは紀元前206年−8年の王朝です。二千年以上も前に、病気になりかかっている人を治すのではなく、さらに手前の未病の人を治す医者が最良の医者であるという考えがあったことに驚きました。まさしく治療ではなく予防する医者です。

歯科医院の電話番号に「6480」を見かけます。ムシ歯ゼロの語呂合わせです。ムシ歯ゼロもしくはムシ歯予防は「夢」なのでしょうか。いえいえ決してそんなことはありません、実現可能なことです。「上医治未病」とはまさにムシ歯ゼロを実現している歯科医。全ての歯科医は「上医:最良の医者」になることができます。

夢を掴むような、いえ雲を掴むような話になりましたが、最後におまけをひとつ。今宵の夢見る前の歯磨きだけは「ゆめゆめ忘るるなかれ」の「ゆめゆめ」を漢字で書くと?・・驚くなかれ「努努:ゆめゆめ」なのです。では皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。8290



BBTime 516 明珍家の音

BBTime 516 明珍家の音
「厚餡割ればシクと音して雲の峰」中村草田男

厚餡:あつあん「薄皮の饅頭でしょう」と解説にありますが、歳時記によっては「あんパン」とも。ちと早いのですが・・『季語は「雲の峰」で夏。もこもこと大きく盛り上がった入道雲を意識しながら、何も暑い季節に「厚餡(あつあん)」を「割る」こともあるまいに、と……。要するに、飲み助は甘いものを暑苦しいと思い込んでしまっているのです、たぶんね。でも、最近酒量の落ちてきた私にはよくわかるようなつもりになっているのですが、そんなことはないようです。薄皮の饅頭(まんじゅう)でしょうか。特に冷やしてあるわけでもないのに、手にする「厚餡」入りの菓子はどこか冷たく重く感じられます。作者が言いたいのは、この「厚餡」と「雲の峰」との質感の相似性でしょう。あの「雲の峰」も、いま手にしている饅頭と同じように、そおっと丁寧に「割ればシクと音して」割れるようだ。「シク」が眼目。「パクッ」でもなければ、ましてや「バカッ」でもない。あくまでも大切に割るのですから、無音に等しい「シク」と鳴るわけですね。日本のどこかで、今日もこんなふうに「雲の峰」を眺めている人がいるのかと思うと、それだけでも心が安らぎます』(解説より抜粋)。今回は前回「変異人」を踏まえて「変異しない」についてのお話。

画像は姫路の明珍火箸風鈴、まさに明珍さんは「変異人」・・時代の流れに形は変われど、唯一変異しなかったものは「音」なんです。以前、拙連載「ものづくり名手名言」で取材させていただきました。以下、抜粋引用します。
『まずはいただいた資料を元に、明珍家の歴史を少し紹介します。・・・“明珍”の名の由来は、平安の頃、京都九条で甲冑師をしていた宗介紀ノ太郎が、近衛天皇に鎧、轡を献上したところ「触れあう音が朗々とし、明白にして、たぐいまれな珍器である」とお気に召され、明珍の姓を賜ったとのことである。江戸時代になると、明珍宗信が江戸に居を構え、17世紀半ば以降、系図や家伝書を整備するなどして自家の宣伝に努めた。また、鍛造技術を顕示した作品を残すとともに、古甲冑を自家先祖製作とする極書(きわめがき;鑑定書)を発行している。特に、明珍家の特徴としては家元制度を整えたことであり、江戸時代の明珍本家には諸国から門人が集まった。その後、徳川譜代の大名で姫路城主となった酒井公に従って姫路に移り住み、代々が歴々の藩主に仕えた藩お抱えの甲冑師で、千利休の注文によって茶室用の火箸を作ったことが語り継がれている。』(引用元

「52代目として当然のことのように、家業を継がれたのですか?」・・とんでもありません、そりゃあもう大変でしたわ(笑)。江戸の終わりまでは酒井の殿様から禄貰うて仕事してたわけです。そやから、贅沢はできませんけど、衣食住には困らしません。そら、ええ仕事できますわ。それが、明治になって禄がのうなりました。作るもんも甲冑から、それまでは副業やった火箸が専業になってきたんですわ。大正時代ですか? 志賀直哉の「暗夜行路」は。あの本のなかにも「明珍火箸」がでてきます。まあ当時は必ず、家に一つは火箸があったもんです。加えて御 先祖さんから受け継いできたうち独特の鍛え方によって、ええ音がする。そういうわけで、そこそこ需要はあったんです。昭和になって、太平洋戦争が本格化した頃に私は生まれました。そりゃもう深刻な鉄不足で、軍が来て鍛冶道具まで供出させられて、親父は少しばかりの財産を切り売りしながら食いつないどったんですわ。・・・終戦後の昭和27年から、地元の名士のかたのお口添えもあって仕事を再開するんですけど、どうにか軌道に乗り始めたと思うたら、今度は昭和35年頃からの高度経済成長による燃料革命ですわ。それまでは、夏場はともかく冬場はまだ注文がありよりました。それが、石油ストーブがでて、ガスコンロに電気コンロと・・・。もうお手上げですわ、注文なんてありゃしません。・・・当時、一番上の兄が親父とやっとったんですけど、そんな状況やさかい、もひとつ身がはいらん。他の兄たち(次男,三男)は、すでに別の仕事に就いていました。さらに私らの生まれた家まで人手に渡る。そんなときに高校卒業。食っていけるめどもありませんけど、今まで何十代と続いた技を「絶やすわけいかんと違うか」という使命感だけで、「何とかやってみよう」「何とかやりたい」という気持ちだけで、家業に就きました。三度の飯食うにも借金せなあかんというときの出発でしたわ。』(引用元)。

「では、そのあとに「火箸風鈴」を考案されたのですか?」・・・そうです。今だに風鈴を考えつかなんだらと思うと、ゾーッとしますわ。さっきも言いましたように、夏場はほとんど注文がありません。代々伝わってきた鍛え方によって、火箸が触れ合うときにええ音がする。ほな、この音を何とか使えんやろかと思うたわけです。そりゃあ、もう生きんがため、この技を伝えんがため、それだけのことですわ。何もきれいごとありゃしません。・・・いろいろ考えて、あれやこれや作ってみましたが、どうにか形になったのが昭和40年頃です。不安いっぱい抱えて店に持っていきよりましたところ、2、3日して店から「売れた。あれは売れるで、はよ作れ」との返事。ということで、少しずつ世間様に知れるようになってきたわけです。(引用元

「その音については?本来、副産物のように思えるのですが・・・。」・・・確かに、鉄に音は必要ないかもしれません。けれども、明珍の姓をいただいたのもこの音のお陰ですし、何十代と続いてきたのもきっとこの音あってのことでしょう。近くの大学で調べてもらったところ、鉄そのものやなくて、鉄の鍛え方にこの音をだす秘訣がある、いうことらしいですわ。その後、音色と余韻が優れていて、しかも音源として安定しているということで、ソニーのマイクロフォンのサウンドチェックに使われるようにもなりました。さらに、冨田 勲先生との出会いによって、この音がクローズアップされるようになり、平成9年からは、NHK「街道をゆく」のテーマ音楽に使うていただきました。また、その年の冬には「伝統工芸を守り,暮らしと心に潤いを与えてくれる音」として「音の匠」(日本オーディオ協会主催)にも選定されました。デジタル技術の発達によって、この音のほぼ完全な再現が可能になったらしく、冨田先生の昨年のロンドン公演「源氏物語交響絵巻」のCD化に際し、この火箸の音を加えたいとのことで、この2月に火箸の音色の録音がありました。何かしら、「源氏物語交響絵巻」のなかの「宇治十帖」で、浮舟が雪の降りしきる宇治川に身投げするシーンに合うらしいですわ。(引用元

「この仕事、槌を握って間もなく40年、鉄に苦しめられ、鉄に楽しませてもらいましたわ」とお話されていました。お話を伺っていて、まさしく鉄のような生き方をしてこられたのだなと思いました。鉄はさまざまな形に姿を変えます。たとえ形は変わっても、鉄は鉄。しなやかさ、強さ、時代に翻弄されるなどの脆さ、加えてこの音。時代に合わせて自由自在に形を変化させながらも、普遍のものをしっかりとなかに秘めている、継承してきている。  この「明珍火箸風鈴」の音はまさしく諸行無常の響き、不立文字の音。音を聞くと、思わず手を合わせて拝んでしまいます。この音色の何ともいえない余韻の底には、脈々と続いてきた明珍家の魂、すなわち伝統が聞こえるような気がしました。(平成12年2000年当時。出典はこちら

抜粋ゆえ話が飛んでおります。是非引用元をお読みください。現在(令和三年五月)、明珍宗敬(むねたか)氏が第五十三代として明珍家を継承されております。平安の世から兜甲冑、火箸、風鈴と形を変えつつも、変わることなく脈々連綿と受け継いでこられたものが「音」。令和はまさに「歳歳年年世不同:歳歳年年(さいさいねんねん)世同じからず」・・あなたの「音」その仕事の「音」・・耳を澄ませれば聞こえてくるはずです。ご自愛の程ご歯愛の程。3310