BBTime 336 羊羹猪羹

BBTime 336 羊羹猪羹:ようかんちょかん
「大南風黒羊羹を吹きわたる」川崎展宏

解説に『季語は「南風(みなみ)」。元来は船乗りの用語だったらしく、夏の季節風のことだ。あたたかく湿った風で、多く日本海側で吹く強い風を「大南風」と言う。旅先だろうか。作者は見晴らしのよい室内にいて、お茶をいただいている。茶請けには「黒羊羹」が添えられている。外では猛烈な南風がふきまくり、木々はゆさゆさと揺れざわめいている。近似の体験は誰にもあるだろうし日常的なものだが、それを「黒羊羹」を中心に据えて詠んだワザが、情景をぐんと引き立たせ異彩にした。実際にはどうか知らないけれど、黒い羊羹は素材の密度がぎっしりと詰まっているように見える。人間で言えば沈着にして冷静、どっしりとしている。その感じをいわば盤石と捉え、激しくゆさぶられている周辺の木々と対比させながら、「大南風」の吹く壮観を詠み上げた句だ。動くものは動かぬものとの対比において、より動きが強調される。この場合の動かぬものとは、しかし目の前のちつぽけな羊羹なので、多分に作者のいたずら心も感じられ、激しい風の「吹きわたる」壮観を言ってはいながら、全体としては陽性な句だ。秋の台風だったら、こうはいかない。やはり夏ならではの感じ方になっている。以下、蛇足。羊羹でもカステラでも、あるいは食パンでも、私は端(耳)の部分が好きだ』(引用元)とあります。解説読んでも「南風と黒羊羹」の関係性がなんとも不可解なんですが・・今回は「外郎外伝」に続いて羊羹のお話。

羊羹と豚汁の関係性は?と聞かれたらどう考えますか。「羊」と「羹に懲りて膾(なます)を吹く」の「羹:あつもの」で羊羹です。羊の肉も入ってなければ「羹:野菜や肉を入れた熱い吸い物」でもありません。にもかかわらず「羊羹」とはこれいかに?

中国の話です。羹(あつもの)には、羊の肉のみならず猪羹(ちょかん:豚肉の汁、豚汁)や魚羹、鶏羹など四十八もの種類があり、その中の羊肉の羹を羊羹と呼んでいました。日本に伝来した頃、日本人は獣肉を食べませんでしたので、羊肉の代わりに小豆や小麦で作ったもの(団子)を入れました。この団子が汁から独立したものが羊羹の原型で、蒸し羊羹へと進化します。その後、江戸時代になって小麦粉の代わりに寒天を入れるようになったのが今の「羊羹」なんです。詳しくは本「新和菓子噺」をどうぞ。画像は本文です。

本の中には「なぜ饅頭に「頭」があるのか」「本来は栗はなくとも栗饅頭」など興味深い和菓子噺が満載です。読んで改めて和菓子と日本人の関係・和菓子の奥深さを知りました。皆さん、和菓子を頂きましょう!その後は歯磨きをお忘れなく。7500

BBTime 335 外郎外伝

BBTime 335 外郎外伝
「暮れ際の紫紺の五月来にけり」森 澄雄

令和初日5/1の暮れゆく高千穂峰(たかちほのみね)、天孫降臨の地とされる霊峰です。「天孫降臨(てんそんこうりん)とは、日本神話において、天孫邇邇藝命(ににぎのみこと)が、天照大御神神勅を受けて葦原の中つ国を治めるために高天原から日向国高千穂峰へ天降(あまくだ)ったこと」(Wikipediaより)。平成から令和へ変遷しました。真偽のほどはさておき伝承的には、この秀峰に天降った神様(瓊瓊杵尊)から令和天皇に繋がっていることを思うと感慨深い夕暮れでした。瓊瓊杵尊のひ孫が神武天皇(初代)で126代目が新天皇です。さて前回「滑舌改善」で外郎について触れましたが、今回は由来について。

外郎の由来についてネット検索すると、やはり薬の透頂香(とうちんこう:外郎薬)が起源のようです。『ういろうは仁丹と良く似た形状・原料であり、現在では口中清涼・消臭等に使用するといわれる。外郎薬(ういろうぐすり)、透頂香(とうちんこう)とも言う。中国において王の被る冠にまとわりつく汗臭さを打ち消すためにこの薬が用いられたとされる。14世紀元朝滅亡後、日本へ亡命した旧元朝の外交官(外郎の職)であった陳宗敬[2]の名前に由来すると言われている。陳宗敬は王朝を建国する朱元璋に敗れた陳友諒の一族とも言われ、日本の博多に亡命し日明貿易に携わり、輸入した薬に彼の名が定着したとされる』(Wikipediaり)。

薮光生(やぶみつお)氏の著書「新和菓子噺」には次のようにあります。「鎌倉時代に中国で礼部員外郎(れいぶいんういろう)の役職にあった陳宗敬が、日本に来て透頂香という薬を広めるのですが、「外郎」という役職にあった人が伝えた薬であったことから、「外郎」といわれるようになりました。その陳さんは、やがて改名して陳外郎と名乗るのですが、菓子の外郎は、その陳さんがお客様をもてなすためにつくった菓子にはじまるといわれています」(一部抜粋)。

また『以前読んだ本に、この薬と役職名、菓子の名の勘違いから、的はずれの勘違いのことを指す透頂香を別読みした「トンチンカン」なる言葉が誕生したと書かれていたことを記憶していますが、成程と思わせられる話です』とあります(131頁より)。フリスクの元祖とも言える「透頂香:とうちんこう」と伝えた人の役職名「外郎」が、お菓子の「外郎」となって今に伝わる・・なんとも「外郎」の本伝のみならず外伝も面白い!外郎を末長く楽しむためにも歯の予防をお忘れなく。ふと、小さん師匠に「トンチンカン」に似た演目があることを思い出しました(こちらは万金丹)。ちなみに「トンチンカン」には「鍛冶などで師が鉄を打つ間に弟子が槌を入れるため、ずれて響く音の「トンチンカン」を模した擬音語であった。 音が揃わないことから、ちぐはぐなことを意味するようになり、さらに間抜けを意味するようになった。 漢字で「頓珍漢」と書くのは当て字である」とも(出典はこちら)。7330




 

BBTime 333 和顔施

BBTime 333 和顔施:わがんせ
「晩春をヌード気分のマヨネーズ」小枝恵美子

鹿児島の昼間は晩春を通り越して初夏です。今や「ヌード」は死語かもしれませんね。解説に『春もようやくたけなわを過ぎ、どこか気だるいような雰囲気のなかで、卓上に「マヨネーズ」の入ったポリ容器が立っている。「ヌード」は単なる裸体を言うのではなく、そこに審美的要素が絡む概念だ。流線型の容器の形といい、薄く透けて見える卵黄色といい、たしかになまめかしい感じがする。この句のよさは、おそらくは誰しもが何となく感じているマヨネーズのなまめかしさを、ずばりヌードと言い切ったところにある。さらにマヨネーズを擬人化して、マヨネーズが勝手にそんな「気分」になっているのだと思うと、可笑しくも可愛らしい。もしも、句のマヨネーズにキューピー人形のマークが付いていたとしたら、もっと可笑しいだろうな。なまめかしさとは無縁のキューピーちゃんが、一所懸命大人ぶっている図には微笑を禁じえない。あれはメーカーがマヨネーズを健全なる家庭に普及さすべく、なるべく本体のなまめかしさを打ち消すために採用した苦心のキャラクターではあるまいか。感覚そのままに成人女性のヌードでは具合が悪いし、かといって、あまりにも違うイメージではもっと具合が悪いし……。と、そんなことまで考えてしまった。ところで、いまでこそどこの家庭にもあるマヨネーズだが、四十年前くらいまではなかなか受け入れられなかったようだ。全国マヨネーズ協会の調査によれば、一人当たりの年間消費量は、1960年度でたったの151グラム。それが2000年では1895グラムと、10倍以上に跳ね上がっている。少年時代の私は、マヨネーズの存在すら知らなかった』解説より。

これはQPマヨネーズが創業百周年記念に作ったいわば「ご当地マヨネーズ」。九州は柚子胡椒マヨネーズ、かなりいけます!解説に消費量について書いてありますが、昨年平成30年の生産量は220,859トンで、人口1.26億人(平成30年11/01確定値)で割ると1,752グラムとなります。マヨネーズ消費量は横ばいですかね。今回は朝日新聞のコラム「折々のことば」より「和顔施:わがんせ」と「お」について。

『いつもニコニコしていることで、徳を積めるんです。瀬戸内寂聴
人に笑顔を施すことを「和顔施(わがんせ)」という。そのために普段からユーモアの感覚を磨いておくよう僧・作家は奨(すす)める。そして好きなことしかしないこと。何かに呆(ほう)けると悪口を言う暇もなくなる。日本文学研究者、D・キーンとの対談『日本の美徳』から。演出家の久世光彦は、寂聴姉(ねえ)は〈女〉をやめなかったから「死んで桃色の骨になるだろう」(『美の死』)と書いて、先に逝った。(鷲田清一)』
和顔施は顔施とも言うようです。こちらにも『布施とは、相手の欲することを与えること。物施(ぶつせ)もあれば心施(しんせ)もあります。でもわたしは、顔施(がんせ)ということばがいちばん好き。だれに逢ってもにこにこ優しい表情をみせることで、顔さえあればだれにでも可能なのです。瀬戸内寂聴』引用元はこちら。・・とは言うものの「仏の顔も三度」ですから、凡人小生にとって「いつもニコニコ」は無理です。文章中の『普段からユーモアの感覚を磨いておくよう僧・作家は奨める』は大賛成!マヨネーズからヌードを連想するユーモア心・・見習います。加えて大賛成は『そして好きなことしかしないこと』・・実践してます!画像を見ると寂聴さん、どこかしらキューピーちゃんに似てますね(ニコニコ)。

『「にぎり」と「おにぎり」では食費の予算が変わる 糸井通浩
日本語には、「お」をつけると意味が大きくずれる例が少なくないと、日本語・古典文学研究者は言う。「ひや」と「おひや」、「めでたい」と「おめでたい」、「しゃれ」と「おしゃれ」、「はこ」と「おはこ」、「ふくろ」と「おふくろ」。音の僅(わず)かな差が世界を緻密に分けてゆく。濁点の有無もそう。江戸期には「はけに毛があり、はげに毛がなし」と言ったそうな。『谷間の想像力』から。(鷲田清一)』

おっしゃる通り!日本語は面白いですね、生きてますね。「笑い」と「お笑い」区別してますよね。日本語のデリケートな中に潜むユーモアかも。差は一文字でも意味は大違い。日本語の美しさ・ユーモア、大事にしたいと思います。最後にいつものコジツケですが、ニコニコにも歯は大事!お握り食べるのも、握りをつまむのにも歯は大事!ご自愛ください、ご歯(じ)愛ください。

今回の曲は「愛と青春の旅立ち」のテーマ。映画の中でリチャード・ギアが「マヨネーズ」と呼ばれますのでマヨネーズ繋がりで。最後にひとつ御紹介、本日4/22はアースデイで拙ホームページ開始日でもあります。スタートが1999.4.22ですので丸二十年、本日「connote:カノート」二十歳の誕生日なんです、祝!二十歳。2770

おまけ:歌詞もいいんです!ぜひこちらを参照。

BBTime 323 十六時間

BBTime 323 十六時間
「父を呼ぶコーヒの時間春の宵」小山白楢

皆さんは「春の宵」と聞いて何時頃をイメージされますか?調べてみると意外にも早い時刻なんです。『辞書を見ると、「宵」は「日が暮れてまだ間もない頃」「夜がまだそれほど更けていない頃」「日が暮れて間もないとき」などと書いてあります。「日暮れ」が一つの基準になっているなら、「宵」の時間帯は季節によって違うはずです。「日が暮れて間もないとき」は日没後1時間ほど。日が短い冬なら17時頃、日が長い夏なら19時30分頃、春(4月)なら18時30分頃となります』出典はこちら。確かに「宵の明星」は日没後間もない西の空に輝く金星です。

句の解説には『この句は、新潮社が1951年に発刊した『俳諧歳時記』に載っており、となれば、この茶の間の光景は戦後すぐのものだろう。もとよりインスタント・コーヒーなどなかったころだから、とても貴重なコーヒーというわけで、一家で大事にして飲んでいた雰囲気も表現されている。飲む時間は、一家が揃ってくつろげる時、すなわち宵の刻であった。当時は、夜間にコーヒーを飲むと寝られなくなるということがしきりに言われていた記憶もあるが、そんなことは構わずに、作者一家は宵のコーヒーを楽しみに団欒していたようだ』とあり、小生は晩御飯後のコーヒのように受け取ってしまいますが、宵を正確に解釈するならば晩御飯前のコーヒで「書斎にいらっしゃるお父様を呼んできて・・」なのでしょうか。

洋画に「48時間」「72時間」「96時間」「127時間」などがあります、今回は「空腹は薬」に出てくる十六時間について。アップした後に十六時間の可能な取り方を考えてみました。結論!夜9時に晩御飯終了し翌日昼1時からランチ、これで十六時間絶食可能です。もちろん夜8時終了の翌昼12時でも十六時間!

画像はラマダーン「ラマダーンは、ヒジュラ暦の第9月。この月の日の出から日没までの間、ムスリムの義務の一つ「断食(サウム)」として、飲食を絶つことが行われる」ウイキペディアより。ラマダーンのような習慣、また一時期話題になった「パレオダイエット」など、「一日三食しっかり食べよう」ではない食事法が健康維持に効果ありの気がします。単刀直入に言えば現代人は「食べ過ぎ」・・量も回数も!パレオダイエットとは『旧石器食事法の考え方は、人間の遺伝学性質が農業が始まった頃(およそ1万年前)からほとんど変わっていないという考え方に基づいている。この考え方は進化論医学のテーマの一つである。パレオダイエットでは、現代人も旧石器時代の先祖の食生活を遺伝的に受け継いでいると考える。そのため、健康であるための理想的な食事法は、我々の旧石器時代の先祖と同じような食事をとることであると考えている』ウイキペディアより。

パレオダイエットは『旧石器時代の食事に立ち返ることを念頭に置き、農耕牧畜に頼らず、日常的に簡単に入手できる魚介類、鳥類、小動物、昆虫、卵、野菜、キノコなどの菌類、根菜、ナッツ類などを中心とする。旧石器時代には、自然界から容易に入手できなかった穀物、豆類、乳製品、芋類、食塩砂糖、加工油は原則的には避ける』(ウイキペディアより)のように主に食事内容ですが、旧石器時代においては食事は不規則であったと推測されますし、十六時間絶食など普通のことでしょう。

いやあ十六時間なんて絶対無理とお考えのあなた、グゥと鳴ったらブラックコーヒは胃に良くなさそうですから牛乳たっぷりのカフェオレでも。小生、完全朝食抜きで1ヶ月ほど経ちますが、すこぶる快適気持ちがいいのです!繰り返しますが、朝食抜きで「ガン予防」「ムシ歯予防」「肥満予防」「元気溌剌」「倹約可能」となれば・・やらないのはソンですよ。成功の秘訣二つ目:十六時間は固形物は胃に入れない!飲み物やミンティア・フリスクで乗り切る!0600




BBTime 318 おも白い

BBTime 318 おも白い
「三月の甘納豆のうふふふふ」坪内稔典

面白い動画を教えてもらいました。ご紹介の前に「面白い」の由来を調べてみますと・・『「面」は目の前を意味し「白い」は明るくてはっきりしていることを意味した。そこから、目の前が明るくなった状態をさすようになり、目の前にある景色の美しさを表すようになった。さらに転じて「楽しい」や「心地よい」などの意味を持つようになり、明るい感情を表す言葉として広義に使われるようになった』出典はこちら。次の画像はオヤジギャグです(笑)。

面白い動画とはANAの機内安全ビデオ。離陸前に見るべきだけど、慣れっこになって(はいけないのですが)ほとんど見ないビデオです。さすが全日空!と唸りました。いかにして搭乗客に周知徹底させるか。いかにして日本語を理解できない海外の客にも伝えるか。ルーティン(添乗員がすべきこと)なことであるけど、紋切り型ではなくお客に注目注視してもらえるか。感服しました。

仕事柄すぐに「歯磨き」に関連づけてしまいます。やらないといけないと分かっていても、やらないこと・できないこと多々あるなかで、歯磨きも恐らくそのひとつでしょう。ANA動画のように面白さ・楽しさ・エンターテイメントの要素を真摯に盛り込むことで「見なければならない」を「見たい!」に変える。スゴイ技ですが「磨かねばならない」を「磨きたい!」に変える工夫を歯科医としてヤルべきだと常々思います。現在「磨きたくなる歯ブラシ」のアイデアを煮詰めています。一日でも早く実現すべく・・・進めます!3220



おまけ:句の解説に「この句を有名にした理由は、なんといっても「うふふふふ」という音声を活字化した作者の度胸のよさにあるだろう。EPOのかつてのヒット曲に『うふふふ』があるが、彼女の場合には「うふふふ」を音声で(歌って)表現しているわけだから、度胸という点では稔典には及ばない。いずれも春の歌であり、春の喜びを歌っていて、両方とも私は好きだ」解説より。変えるためには「度胸のよさ」も必要なんですね。蛇足ですが本来は「黒衣」と書いてくろご、「黒子」はホクロです。

BBTime 285 一杯の珈琲

BBTime 285 一杯の珈琲
「珈琲は一杯がよし日向ぼこ」亀井杜雁

先日(10/23)朝・・ポタリング(自転車ブラブラ)終えて朝刊を開きました。まず目を向けるのは「折々のことば」・・飛び込んできたのは「森光宗男:もりみつむねお」福岡市赤坂の珈琲店「美美:びみ」のマスター

「一杯のコーヒーから店のあらゆる寸法を割り出す」森光宗男
「ともに焙煎(ばいせん)とネルドリップの名人、森光と大坊勝次の対談録『珈琲屋』から。椅子にもこれしかない寸法があると森光が言うと、道具から設(しつら)えまで「コーヒーを楽しむ」ことで決まると大坊が応える。森光が判断の根拠は後でしかわからないと言えば、大坊は「あきらかにしないからこそ、誰もが生きていられることがある」と返す。目の前の一事も大きな時空感覚で捉える2人。(鷲田清一)」朝日新聞折々のことばより。

まだ読んでませんが新潮社から出版された対談集「珈琲屋」のページには、
森光宗男「1947年福岡県久留米市に生まれる。1966年県立久留米高校卒業後、桑沢デザイン研究所(専門学校)入学のため、上京。ハワイ・オアフ島に半年間滞在の後、1972年東京・吉祥寺「自家焙煎もか」入店。マスターの標交紀氏に5年間師事した後、帰福。1977年12月福岡市中央区今泉に自家焙煎ホーム・コーヒー販売、ネルドリップの店「珈琲美美」を開業。1987年コーヒー産地視察のため、イエメンはバニー・マタル、ハジャラ、マナハを訪問。以来、モカコーヒーのスパイシーな香りに魅せられ、イエメン5回、エチオピア7回を始め、ケニア、インドネシア、フィリピンなどを訪れ、コーヒーのルーツをひもといた。2009年5月福岡市中央区赤坂けやき通りに移転。2012年、著書『モカに始まり』(手の間文庫)を出版。2016年には、自ら発案・監修したネルドリップ抽出器具「ネルブリューワーNELCCO(ねるっこ)」を「フジローヤル」より発売。一般家庭でも専門店に引けをとらないネルドリップの一杯を実現すべく、啓蒙活動を行う。2016年12月ネルドリップ普及セミナーの帰途、韓国の仁川空港にて倒れ、急逝。享年69。(2018年5月現在、お店は妻の充子さんが引き継いで営業中)」とのプロフィール

拙インタビュー記事「丸ごと味わう」聞き取り時に「何よりも印象的だったのは、一杯の珈琲が、毎日の生活のなかで、または日々のきつい労働のなかで“句読点”であったということです。この時に珈琲の本物の味とともに、珈琲を飲むということそのものの意味を垣間見たような気がしました」と語られました。

美美では必ずカウンターに座り、いつもマスターの珈琲のお点前(てまえ)を凝視しておりました。まさしく薄茶ではなく濃茶の点前さながら・・目の前に出てくるのは珈琲の濃茶・・啜るように頂きました。もちろん美味!掲句はブラジル移民の方の句のようです。薄茶は二服目もありますが濃茶は一服のみ。マスターの珈琲も「珈琲は一杯がよし」でした・・が、味を記憶に留めようと二杯目を注文しておりました。

「一杯のコーヒーから店のあらゆる寸法を割り出す」この逆がマスターの起点のような気がします。「一杯の珈琲が、毎日の生活のなかで、または日々のきつい労働のなかで“句読点”であった」から始まった人生ゆえの言葉でしょう。茶室が一碗から始まるのと同じです。今度の師走で亡くなって丸二年・・合掌。2550


BBTime 214 命の糧

BBTime 214 命の糧
「はなはみないのちのかてとなりにけり」森アキ子

開花宣言がここかしこで話題に花を咲かせてます。掲句を漢字で書くと「花は皆命の糧と成りにけり」となり違った趣(おもむき)のものとなります、ちなみに無季の句のようです。今回は命の糧について・・。

画像を見て「麝香鹿:ジャコウジカ」とわかる方は百人に一人千人に一人でしょう。香水のムスクを作り出す動物です。さて先日、万人に一人位しか御存じないであろう言葉をNHKラジオ第二放送で耳にしました。その言葉は「麝香間祗候:じゃこうのましこう」簡単に言うと天皇の話し相手の役職名で、明治維新以降に島津久光のような元殿様が任ぜられたようです。ネットで調べてみるとなんと麝香間祗候の弟分もあり、その名も「金鶏間祗候:きんけいのましこう」

この二つの言葉を生涯知らなくても生きてゆけます。しかし知ることで趣の違う人生となるかもしれません。レアな言葉や雑学のネタも同じだと思います。ついでにもうひとつ、これもラジオで知りました。日本の植物名で最も長い名前がこれ(21文字)!
「龍宮の乙姫の元結の切り外し:リュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシ」別名「甘藻:アマモ」です。明治であれば「龍宮乙姫元結切り外し」のような表記でしょうか。お時間ある方は長大語へジャンプ。

上の画像では髪の毛を束ねている白いキレですが「元結:もとゆい」と聞くと落語好きな小生としては「文七元結:ぶんしちもっとい」です。落語の中でも人情噺とよばれる泣き笑いのお噺、今回志ん朝師匠でどうぞ!落語もそうですが、はなも桜も花見も人それぞれに命の糧となり得ます。食べること、食べ物は命の糧そのものです。食べるを助ける「歯」は命の糧の糧となるのでは?5460
「歯はみんないのちのかてとなりにけり」カルノ



BBTime205 三寒四温一姫二太郎

BBTime205 三寒四温一姫二太郎
「春がくる少し大きい靴はいて」浮 千草

今朝(2/14)ラジオで「三寒四温」について話していました。本来、真冬に中国東北部において「三日間寒いと四日目には寒さが緩むこと」を意味するそうです。日本では今の季節に「三日間寒くて四日間温かい」の意味で次第に春が近づいてくる言葉として使われていますが・・。

先日雛祭りについての「エッ!」を見つけました。ナント「お内裏様」「お雛様」はそれぞれ男女一人ずつ二人ひと組の意味で、正しくは「お内裏様とお雛様=二人+二人=四人」。「お内裏様とお雛様=殿様ひとり+姫様ひとり=二人」の誤用はサトウハチロー作詞「うれしいひなまつり」で広まったようで、サトウハチロー自身この誤りを恥じ、後々まで気にしていたというとのことでした(ウイキペディアより)。

蛇足ですがよく耳にする誤用が「一姫二太郎」。正しい意味は「初めが女の子で二番目が男の子」(男児数は何人でも可)であり「長女に続き男の子二人」(合計三人)ではありません。

さて、歯科臨床で誤用ではありませんが、誤って理解されていることのひとつに「始めは違和感あったけど良くなりました」があります。被せ物(金属冠や白い冠)や詰め物の治療後数日経っての一言で、これは誤った理解です。冒頭の句のように「革靴・布靴」なら靴が足の形に合って(変形して)「良くなる(痛くない・歩きやすい・慣れる)」ことはあっても、歯科治療での金属冠や詰めた材料が変形してその人(患者)の噛み合わせに合うことはありません、入れ歯も同様です。

違和感あったけど良くなったと感じるのは「良くなった」のではなく、合っていない人工物(被せ物・詰め物)にその人が噛み方を合わせたにすぎません。合わない被せ物によって噛み合わせがズレてしまったのです。このズレを放置することは非常に怖いことで調整が必要です。被せ物をした数日後にきちんと噛み合わせをチェックしてくれる診療所は良心的です。6790



「三寒四温」はBBTime102 でも同タイトルでアップしていました。こちらもどうぞ。

 

BBTime203 栗なき栗饅頭

BBTime203 栗なき栗饅頭
「如月や日本の菓子の美しき」永井龍男

先日来、和菓子の話をラジオで聴いています。愛し(いとし)恋し和菓子!五話にわたりますが、非常に面白く興味深い内容です。タイトルの「栗なき栗饅頭」も然り。話者は全国和菓子協会専務理事:薮光生(やぶみつお)氏。時にクレームが来るそうです。「栗饅頭なのに栗が入っていない!」に対して「たぬき蕎麦にタヌキは入ってません、きつね饂飩にキツネは入ってません」と対応されるとのこと、御意!

「栗より美味い栗饅頭」が始まりのようです。本来は画像のように黄身を塗って焼き色が付いた状態、形が栗に似ているから栗饅頭。いつしか「栗饅頭」なら栗を入れましょうとなり、今では「栗無し栗饅頭」と「栗入り栗饅頭」があるとのことでした。また「栗より美味い」に関連してサツマイモの話も出てきます。

栗(九里)には及ばないので八里五分(はちりごぶ)、栗より(九里四里)美味いで十三里(9+4=13)、当時芋で有名な川越が江戸から十三里あったからとか。NHKラジオ第二放送「私の日本語辞典」の「和菓子文化が生んだ言葉」で聴けます。第五話で「和菓子で健康」とあります。もちろん豆、和三盆などのしっかりした農産物を使用しているなども理由のひとつですが、やはり「Sweet Smile」。炬燵蜜柑同様、お茶と和菓子に勝る団欒はないでしょう。豆や砂糖の栄養素や成分よりも、和菓子を食べての心の栄養が健康を維持する。体の栄養より心の栄養。和菓子を食べての安堵幸福、これが健康につながる。大賛成!

ちなみに「ムシ歯は虫無し」です。菌はいますが虫はいません。昔(江戸時代)は病の原因は「虫」と考えられていたようです。蝕まれた(ムシバマレタ)歯でムシ歯です(こちらにも書いています)。鹿児島の今朝(2/6)は雪でした。和菓子をいつまでも味わうために御歯愛(御自愛)のほどを。3400
「うすらひをゆつくり跨ぎ和菓子店」丹沢亜郎




おまけ:きつねに「油揚げ」、たぬきには「揚げ玉」がのっているのが一般的のようです。地域差あり、詳しくはこちら

BBTime202 itaPhone

BBTime202 itaPhone
「糸電話ほどの小さな春を待つ」佐藤鬼房

「究極スマホ」のCMを見つけました。「断捨離」を耳にするようになって久しくなりますが、シンプルなものほど耐久性もあり費用もかかりません。これ以上削ぎ落とすことのできないところまで削ぎ落としたスマホです、感服いたしました。auスゴイ!

アプリ「らじるらじる」で第二放送をよく聴きます。聞き逃し番組で「人間を考える より良く生きる」第1回花園大学教授 仏教学者 佐々木閑(ささきしずか)氏の講演を繰り返し聴いています(2/5午後三時まで可能)。「人間を考える~より良く生きる」第1回は花園大学教授、仏教学者の佐々木閑さんです。佐々木さんは仏教学や仏教史について長年研究してきました。釈迦は誰しも人世において逃れられないこととして「老、病、死」であると説いています。すなわち、歳を取ること、病気になること、死ぬことです。今回は佐々木さんに釈迦の生き方、教えから私たちが「より良く生きる」とはどういう事なのかをお話し頂きます。」番組ホームページより。聴いていると「断捨離」の究極のような内容です。これまたスゴイ!

折々のことばに次の文章を見つけました。
622「破れてなかみのなくなった畳が畳であり、菜のない食事が食事であり、玩具のない遊戯が遊戯である。野間宏」それでも子どもたちは「笑いをはじかせている」と作家は言う。なのに大勢が一所に集まるとなぜ「暗い顔」になるのかとも。弁当を持って来られない子どもが同じ教室で絵本を見るふりをしている様子がとにかく切ない。閉山に沈む筑豊の炭鉱町で極貧の生活を送る子らを撮った土門拳の写真集「筑豊のこどもたち」に寄せた文章から。(鷲田清一) 2016.12.30

究極スマホは最後に御紹介します。
「食べた後に歯をキレイにすればムシ歯にならない」「食後に皿をきれいに洗う」全くもってシンプルなことなんですが・・・なかなか実行できない。言うは易く行うは難しなんでしょう。言うは易く行うも易しにするのがプロ(歯科医師)の仕事だと思うのですが・・これまた言易行難。「鬼は外福は内、ムシ歯ソト福ハ口(クチ)!」

さて板フォン、商品説明も秀逸です。
Most Simple.:世界初、すべての機能を削ぎ落とした最新のスマートフォン誕生
Imagine Free.:タップ、フリック、ピンチアウト、自由自在
Sounds Good.:「トントン」音がいい
Very Tough.:落としても割れない、水に強い、it’s tough.
0Charge 0Basic Charge 0Communication Charge:基本料ゼロ通信料ゼロ充電不要
Reversible.:さらにリバーシブル
Can Talk.:近くにいる人と話せる、海外でも使える
Can Smile.:まだ誰も感じたことのない体験をその手に、板フォンデビュー
板Phone:timber Phone
Try New Communication.
どうです、あなたも欲しいでしょ!糸電話より板フォン!iPhoneより板フォン!


おまけ:冒頭の句を一年前も使っておりました。「BBTime103 スマホ歯科」1930
もひとつおまけで「Can Smile.」

「人間を考える~より良く生きる」第1回花園大学教授仏教学者佐々木閑氏は
youtubeで聴くことができます!