BBTime 689 看々臘月尽

「数へ日の素うどんに身のあたたまり」能村登四郎

2025/12/06更新
ご無沙汰でした!巡礼旅の続きを書こう書こうと思いながら・・尻切れトンボとなりました(そのうち、これ必須品々は書きます)。早いもので師走、句の解説は『季語は「数へ日」で冬。日数の残りも少ない年末のこと。感覚的には、まだ少し早いかもしれない。が、あらためて壁のカレンダーをを見ると、今年もあと三週間しか残していない。これからは何かと慌ただしく、一瀉千里で今年も暮れていくのだ。忙しいということもあるが、そんな思いのなかでの独りの外食は、見た目にデコラティブな料理よりも、シンプルの極みたいなものがしっくりと来る。「素うどん」などは、その典型だ。とりあえずの「身のあたたまり」ではあるだろう。が、もう少し「素うどん」を敢えて句にした作者の実感に迫っておけば、シンプルな食べ物からしか受けることのできない恩寵に、ひとりでに感謝する響きが込められている。おかげで「身」も暖かくなった。そして、心の内もまた……。年末の多忙は、多く整理の多忙だ。来る年を迎えるために、身辺も心の内もさっぱりとしておきたい。その気持ちが、たとえば「素うどん」の「素」にすんなりとつながっていく。そういうことだと掲句を読み、今日はどこかの立ち食いの店で「素うどん」を食べたくなった。それも「七味」ではなく「一味唐辛子」を、さっと振りかけて。『人間頌歌』(1990)所収。(清水哲男)』(引用元)。この句を見て、次は絶対「かけ蕎麦」食べます!もちろん「万謝:ばんしゃ」にて。今回は「歌」で身のあたたまりのお話。

以前「Music for 介護」「唄を楽しむ」に書きましたが、訪問診療時にスマホで音楽を流します。去る十月のこと「唱歌・秋」で検索してBGMをかけていた時のこと。その方(訪問先の患者さん)が、流れてきた曲にはっきりと「庭の千草だ」と一言。他の曲には反応はなかったのに、この曲だけしっかりとタイトルをおっしゃいました。おやっと思い、他の曲の後に再度流すとやはり「庭の千草」とポツリ。きっと思い出がお有りなんでしょう。その方はその瞬間、小学生か中学生に戻られたのかも知れません。

こんなこともありました。数ヶ月に一回小生がご自宅に伺います。その日もかかっていた曲は「井上陽水」。カルテを見ると過去、小生訪問時も陽水。介護されているご主人に「この(陽水)のリクエストは奥様ですか?それともご主人?」・・ご主人のご返事は・・「先生(小生)がお好きだから」・・ウルウルでした。以前、奥様とも井上陽水について話したことがありました。「小生がひとつだけ勝ったことがあるんです、それは歯科大に合格したこと」。彼は受験に三度失敗して歌手になられました。合格されていたら「陽水ワールド」はこの世に誕生しなかったでしょう。

訪問診療のみならず、介護に携わっていらっしゃる方々、ぜひ歌をそばに!もちろん「万謝」、それは蕎麦でした。お後がよろしいようで・・。

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