BBTime 315 記事二つ

BBTime 315 記事二つ
「腹の立つ人にはマスクかけて逢ふ」岡本 眸

マスクの新しい使い方でしょうか(笑)。ちなみにマスクは冬の季語。仕事柄毎日マスクを使用します。同じくメガネ(拡大鏡)も同時に使います。時に困るのがメガネの曇り・・先日、目にしたのが「警視庁直伝! マスクで眼鏡が曇るのを防ぐ方法」の記事、技はシンプル簡単。1)マスク上部を内側に折る。2)マスクの内側にティッシュを添える。この二つを記事では紹介しています(詳しくはこちら)。今度、曇ったら早速試してみます。その昔、ド近眼メガネ使用中の頃、ラーメンの湯気でレンズが曇ると何回か瞬き(まばたき)すると、まつげがワイパーのようにレンズの曇りを取ってくれました。睫毛の長い方はお試しあれ!自転車ライダーでマスクとメガネ併用の方もこのマスクの使い方は有効でしょう。

もうひとつの記事「それでも 笑顔の担い手」を見つけました。歯科技工士を目指す学生が減ってきているとのこと。「技工士を目指す専門学校などの入学者数は2000年度の2922人から、18年度は991人と約3分の1に減った(全国歯科技工士教育協議会調べ)」記事より「なぜ歯科技工士を目指す若者が減ったのか。仕事自体があまり知られていないこと、技術の進歩で職業の将来像が描きにくくなっていることなどの理由が考えられる」とあります。被せ物(補綴物:ほてつぶつ)もさることながら義歯に関しては歯科技工士と歯科医師の二人三脚、患者さん含めての三人四脚なんですがね。技工士さんに関しては「七夕の虹」もどうぞ。9310

BBTime 314 究極の予防

BBTime 314 究極の予防
「春宵や食事のあとの消化剤」波多野爽波

消化剤飲むくらいなら食事抜けばいいのにと思いますが、背景はわかりません。楤の芽(たらの芽)の天麩羅大好物です。昔、楤の芽名人について行ったことがあります。楤の芽スポットをご存じで自作の道具を持って行かれます。50cm位の棒の先に1m弱の荷造り用の白いペラペラした紐がつけてあります。楤の芽は先っちょ(高いところ)についてますので、この道具で引っ掛けて引き寄せて(楤の木は曲がって)芽を摘むのです。楤の木を自宅裏に植えたこともありますが、10本ほど植えて半分は腐ってダメでした。根付いた残りも数年は芽をつけましたが、やはり枯れました。

最近「不食」「断食」などの言葉をネットでよく目にします。不食とは「ふしょく:食べ物を摂取しないで生活すること。主に宗教的行為や食事療法として行われる断食、絶食とは異なり、食欲と闘わずして食べない行為を指す」出典はこちら。断食とは「だんじき:食物を断つこと」です。プチ断食、月曜断食などもよく目にします。実は1ヶ月ほど前から完全に朝食を抜きました。それまではヨーグルトとか果物などを口にしていましたが今は紅茶かお茶、水のみです。すこぶる気持ち良いのです、それが!「今更、そんなこと言うてんの」と声が聞こえそうですが。

朝はどうしてもバタバタします。完全朝抜きにすると「時間的余裕」「カロリー過剰摂取防止」「歯を汚さない」等々、一石三鳥も四鳥も。歯を使わない、歯を汚さないは究極のムシ歯予防法です!使わないから汚れないのは当たり前、食べないからムシ歯にならないのは当たり前と言えば当たり前なのですがね。実践可能ポイント1)朝、出勤前に少しの空腹感を覚えます。この空腹感をネガティブなものではなくポジティブな感覚として解釈します。「胃の中がキレイになった!」2)昼、しっかりした空腹感が我が身を襲います。昼はトースト2枚の弁当を食べます。重度空腹は「茶腹も一時」の言葉通り軽い食事でおさまります。3)晩御飯は普通に食べます。4)朝と昼の間、昼と晩の間に口にするのはマイボトルのお茶とミンティア(フリスク)のみ。

使えば使うほど歯は汚れます。汚れれば汚れるほど磨く必要が生じます。使わなければ、その分汚れませんし、ムシ歯のリスクは減ります。「朝食完全抜き」のメリットは片手に余るほどあると確信する今日この頃ですが・・いかがでしょうか?これぞ究極の予防法です・・本末転倒じゃないの?の声が聞こえてきそうですがね。

画像は「上村松園の春宵」です。句の解説には「せつかくの春宵なるに、色気なきこと甚だしき振るまいなり。されど、かくまでの色気なき振るまいを材に、かくまでに妙な色気を点じ得たる爽波は、さながらに達人とも名人とも言うべけんや。なあんて、擬古文は難しいものですね。春宵の少しぼおっとしたような感覚が、よく伝わってきます。よほど、胃の弱い人だったのでしょうか。胃弱の文学者といえば、有名なのは漱石でしょう。しきりにタカジヤスターゼを飲んでいた様子が、『吾輩は猫である』の苦沙弥先生の描写にうかがわれます。「彼は胃弱で皮膚の色が淡黄色を帯びて弾力のない不活発な徴候をあらわしている。そのくせに大飯を食う。大飯を食った後でタカジヤスターゼを飲む。飲んだ後で書物をひろげる。二、三ページ読むと眠くなる。涎を本の上へ垂らす。これが彼の毎夜繰り返す日課である。……」。先生の胃弱は終章にいたるまで言及されており、よほど漱石がこの持病に苦しめられていたことがわかります。ここでもう一度掲句に返ってみると、味わいはずいぶんと変わったものに感じられますね。爽波と漱石とは、もちろん何の関係もありません。春宵の過ごし方といっても、当たり前ながら人さまざまで、誰もがうっとりとしているわけではないのだと、作者はいささか不機嫌なのでしょう」解説より。

終わりに「春宵:しゅんしょう」といえば「春宵一刻値千金:しゅんしょういっこくあたいせんきん」。「春宵一刻値千金とは、春の宵は趣深く、そのひとときの時間は千金にも値するということ」引用元はこちら。春の宵に晩御飯抜きは辛いですが「春朝(しゅんちょう)一刻値千金」として朝食抜きは値千金かと。ちなみに朝食完全抜きならば出勤前はうがいのみでOKです!気になればリステリンなどのマウスウオッシュでうがいというか「歯洗い」で大丈夫!と思いましたが、昨夜の歯磨きが完璧とは言えないでしょうから、お時間あれば朝磨きを!8500

BBTime 312 安眠いれば

BBTime 312 安眠いれば
「春眠の身の閂を皆外し」上野 泰

ネットで「歯の本数が高齢者の睡眠時間と関連か 本数が少ないほど短時間や長時間睡眠になりやすい?」という記事を読んで合点しました。拙ブログにも「イビキがテビキ」「不顕性誤嚥」「嘘か誠か」など書きましたが、就寝中は義歯を入れて寝るのがベターな方もいらっしゃいます。記事を読み解いていきます(記事はこちら)。

記事より引用「適切な睡眠時間を保つことは健康維持に重要であるが、これまでの研究で睡眠時間は長すぎても短すぎても死亡率の上昇など健康問題につながることが示されている。一方、歯の本数が少ない人は噛み合わせが不安定になり、下の顎(あご)が上方に回転して気道を狭め、睡眠時の呼吸を妨げる可能性があることが指摘されている」・・ここでの歯の本数はおそらく「自分の歯・残っている歯」のことで、上下総入れ歯の方はゼロ本となります。入れ歯を入れている方でも入れ歯を外せば「噛み合わせは不安定」となり、上下の歯と歯が噛まないと「下の顎が上方に回転して気道を狭め」となります。

引用「歯の本数と睡眠時間はU字型の関連を示し、歯が20本以上の高齢者に比べて歯が少ない人では短時間睡眠であるリスクは1.4倍、長時間睡眠であるリスクは1.8倍であることが明らかになった。さらに、歯の本数が1~9本の人でも短時間睡眠のリスクは1.3倍、長時間睡眠のリスクは1.5倍であった」・・歯の本数が少なくて口元が低くなる(クシャッとなる)と睡眠を妨げて短かい眠りになるか、はたまた浅い眠りとなり必要以上に長い睡眠となるようです。

結論として記事では「小山氏らは「歯が20本以上ある高齢者に比べて、10本未満と少ない高齢者では短時間睡眠や長時間睡眠になりやすい可能性がある。高齢になっても歯の健康を保ち、数多くの歯を保持することが適切な睡眠時間を取り続けることにつながると考えられる」と結論づけている」とありますが心配不要です。

1)まずは自己診断・・カチカチと噛んでみてください。入れ歯使用の方は義歯を外してカチカチ。この時に上下の歯がきちんと噛んでいれば(接触していれば)心配いりません。カチカチできずに歯が歯茎に当たる、歯茎と歯茎が接触するような方は問題です。2)義歯を持っている方は、はめてください。持ってない方は作ってもらいましょう。義歯を口に入れてカチカチして、カチカチと噛めれば問題なしです。かめない方、噛むと痛みを感じる方は調整が必要です。3)晩御飯終わって就寝前にきちんと歯を磨きましょう。義歯の方は義歯もキレイに!ここからがポイントです。この後洗浄剤にポチャンと入れるのではなくキチンと口に入れましょう。上下総入れ歯の方は上下とも。複数の部分床入れ歯をお持ちの方は、大きい義歯から入れてみてカチカチできれば全て入れる必要はありません。もちろん全部入れてもオーケーです。ちなみに洗浄剤を使用の際には箱書きにお目通しください。それぞれですが短いのは 三分から五分、長いものでも三十分でオーケー(洗浄終了)と書いてあります。一晩中つける必要はありません。

問題なのは「残っている歯の本数」よりも「就寝中の下顎の位置」です!ご自分の歯であろうと、入れ歯であろうと寝ている時に下顎が「適切な位置」にあれば問題ないのです。就寝前に義歯をキレイにしたら口の中へお戻しくださいませ。冒頭の句の「閂」の読みは「かんぬき」。「身の閂を皆外し」の表現は秀逸です、俳人上野泰の奥様は高浜虚子六女とのこと。寝ているだけで「皆外し」なのに、口の中に義歯がなければ閂も箍(たが)も外れてしまいます。あなたが安眠を必要とするならば、安眠確保のために是非!口の中に・・「安眠いれば」3620

BBTime 311 百年仕様

BBTime 311 百年仕様
「かごめかごめだんだん春の近くなる」横井 遥

ひと雨ごとに春の近づきを感じます。「かごめかごめ」や「ずいずいずっころばし」などの童謡には子供に理解困難な事象を歌詞に含めることで覚えさせたとも聞きます。お茶壺のことを説明してもわからない子供に歌わせることで理解させたという解釈です(ずいずいずっころばし)。玩具も同様でウイキペディアには「子供にとって遊びは余暇ではなく生活行動そのものであり、その中で玩具は活動の方向性を作り出す。遊戯の目的である、自然法則を理解するための準備や文化・社会生活へ適応するための訓練は、玩具の意義にもそのまま当てはめることができる」とあります。良い玩具ほどユニバーサルデザインに配慮しているとも言えるでしょう。

前回BBTime310「柳と歯」で砂糖消費量について触れた手前調べてみると、意外にも1970年頃のピーク時に比べて半分近くに減ってきていました。1972年に日本人一人当たり年間消費量が30Kgであったのが2016年には16.6Kgまで減っています(引用元)。

減少した砂糖に対して増加してきているのが「パン」です。2010年頃についにご飯(米)をパンの消費が追い越して、実は今の日本人の主食は「パン」なんです。と言うのは早計で、コンビニおにぎりもお米ですが統計には明瞭に出てきませんので、日本人の主食は「パン」とはまだ言えないようです。いずれにせよ「パン」が日本人の食事のメインになりつつあるのは事実でしょう。お米(炊いたご飯)に砂糖は入っていませんが菓子パンはもちろんのこと食パンにも砂糖は入っていますし、歯科医師目線だとご飯よりパンの方が食後に歯の周りに残りやすい(ひっつきやすい)のでムシ歯のリスクが高いように思えます。(下グラフ引用元はこちら

書きながらふと主食別の歯ブラシがあってもいいなと思いました。「お米ブラシ」とか「パンブラシ」「野菜ブラシ」などなど。まあこれは半分冗談ですが、砂糖消費量が減ってきているのにムシ歯はなくならないし、大人の歯周病も依然問題です。これからさらに高齢者社会化していくことを考えるに、やはり「今」に合った、これからの社会に適応した新発想の「歯磨き・歯ブラシ」が必要となるでしょう。考えました!

1)空間的に近い:どこでも磨ける・手を伸ばせば届く(どこにでも置ける) 2)時間的に便利:いつでも磨ける 3)心情的に近い:いつも一緒にいたい・愛しい・おもちゃのような愛着感・おもちゃデザイン 4)経済的に優しい:手がとどく価格 5)存在理由:健康維持のため・美味しいのため。子供が肌身離さず持つぬいぐるみ、大人が携帯するスマホ、のような歯ブラシであり、結果的にいつでもどこでも手元に歯ブラシがあるので歯を綺麗にできる、が狙いです。ぬいぐるみのような愛着、スマホのように小型で便利、爪楊枝のような場所と場面(時)を選ばない歯ブラシ。

洗い物をするときに目的やモノによって使用する洗剤や道具を変えると思います。今の日本人の食生活や食習慣、ライフスタイルは急激に変化しているのに歯磨きや歯ブラシだけが旧態依然としているように思えてならないのです。旧態依然とは「食後に薄ら寒い洗面に行って、歯ブラシに歯磨き粉をつけて、グー握りでシャカシャカやって、ガラガラうがいして終わり」のスタイルです。百年人生到来ならば歯の使用年数・必要年数も約百年(永久歯は100ー6=94年ですが)。百年使用に見合った仕様:手入れ方法の「歯磨き・歯ブラシ」が必要となるのではないでしょうかね、と思いつつ春近し!2600

この歌「三月の水」についてはBBTime 101「三月の水」をご覧ください。

BBTime 306 歯牙接触癖

BBTime 306 歯牙接触癖
「或日あり或日ありつつ春を待つ」後藤夜半

ちらほらと梅の開花を耳にするようになりました。明日から二月如月、平成も残り三ヶ月!句の解説には「夜半、晩年の一句。うっかりすると読み過ごしてしまうほどに地味だが、鋭い感性がなければできない句だ。「或日(あるひ)」とは、特筆すべき出来事など何もないような平凡な日の意だろう。「或日」のリフレインは、そうした日々を重ねている時間についての写生である。句の面白さは、そんな平々凡々としか言いようのない時間を過ごしているなかで、しかし、いつしか「春待つ」心が芽生えていることの不思議に気がついたところだ。「春よ、来い」などと大仰に歌っているわけではなくて、自分の心のなかに自然に春を待つ感情が湧いてきている。そのことに気づいたときの、じわりと滲み出てくるような嬉しさ。それがそのまま、読者の「春待つ」心に染み入ってくる。月並みな比喩で恐縮だが、燻し銀の魅力を思わせる句だ。」解説より引用。句のような或る日或る日の所作(行為)が引き起こす奥歯の痛みについてのお話。

タイトルの「歯牙接触癖:しがせっしょくへき:TCH」Tooth Contacting Habit 略して「TCH:ティーシーエイチ」と呼ばれます。先日も40代女性「噛むと奥歯が痛い」、30代女性「奥歯の歯茎がジンジンする」と来院されました。レントゲン撮ってみましたが特に問題はなさそう、ただし奥歯の噛み合わせの面(咬合面:こうごうめん)が、かなりすり減っています。「家族の方から就寝中の歯ぎしりを言われたことはないですか?」『ありません』「現在、スポーツは?」『特にやってません』とのこと。このような時に疑われるのが「TCH:歯牙接触癖」。夜間(就寝中)の歯ぎしり・食いしばりと異なり、昼間(覚醒中・起きている時)のご自身が気がつかない(意識していない)「歯ぎしり・食いしばり」です。

安静空隙(あんせいくうげき・安静位空隙)という歯科用語があります。「上体を起こして、顎の力を抜いて安静にしているときの下の顎の位置を下顎安静位といいます。この状態で上の歯と下の歯の間にできる数mmの隙間のことです」出典はこちら。簡単にいうとTCHとは日中この安静空隙がない状態、すなわち常に上と下の歯が接触・噛んでいる状態のことです。いつも噛んでいることが「歯の痛み・頭痛・肩こり・不定愁訴(ふていしゅうそ)など」を引き起こすので厄介です。歯科医院に行っても「ムシ歯はありません」「問題はないです」の診断で、日中覚醒時のご本人の「知らず知らず」の所作ですので、余計に原因不明となりやすいのです。

画像のように「舌に凸凹(歯型)がある」「ほっぺたの内側に白い線がある」などもTCHの可能性があります。①運転中 ②裁縫など細かい作業 ③パソコン作業 ④料理になどで「歯牙接触癖」が起きやすいと言われます。詳しくはこちらもどうぞ。では具体的に「TCH」をなくすにはどうするか?実は人は一日の中(24時間中)で会話や食事によって上の歯と下の歯が接触する時間は平均18分と言われます。「本来、上下歯列の接触は、咀嚼、嚥下、会話時に瞬間的に起こるということはご存じのことですが、これらは瞬間的な接触ですから、接触時間を加えていったとしても、24時間中20分程度しか接触していない、と報告されています。しかし、癖としてこの接触を、本来の機能時以外にも続けている患者さんがいます」出典はこちら。ご本人の知らず知らずの癖として「継続的に無意識に噛んでいること」が問題なんです。

先日のサッカーアジアカップの動画を観ていたら何人かの選手がガムを噛んでいました。またMLBの大谷選手もプレー中に結構ガムを噛んでいます。ガムを噛むことには様々なプラス効果があると言われますが、おそらくTCH治療にも効果ありでしょう。フリスクやミンティアを口に入れておくのも良いでしょう。嘘のような本当の治療法が「付箋紙」。付箋紙に「噛まない」「噛み締めない」と書いてしょっちゅう目にするところに貼るという方法です。パソコン画面のふち、冷蔵庫の扉、トイレのドアなどに貼って置きます(詳しくはこちら)。

奥歯の痛みや違和感で歯医者に行っても原因不明の場合、この「TCH」を疑ってみるのも一法(いっぽう)です。7730


同じような内容の記事を見つけましたのでご参照ください。「歯ぎしり・かみ締めの癖にご注意を 抜歯、10年で倍に」朝日新聞2/3記事より。

BBTime 302 ヤメルカイ

BBTime 302 ヤメルカイ
「美しき名を病みてをり花粉症」井上禄子

画像は「病める貝(あこや貝)」です。
「病める貝の吐き出した美しい異物、それが真珠です。澁澤龍彦
鷲田さんのことば:人生とは長患いみたいなもの。思うようにはゆかぬその思いを、人は内に痼(しこ)りのように溜(た)め込む。その痼りがもし、吐瀉(としゃ)物のように形の崩れたものではなく、瑕(きず)のない美しい球となって吐き出されたなら、それこそ患う人性への究極の慈悲といえるかもしれない。幼き頃よりの夢を叶(かな)えるべく、老いて天竺(てんじく)に向かう親王の幻想と怪奇の旅を描いた小説『高丘親王航海記』から。(鷲田清一)」折々のことば1/13より。

養殖真珠を簡単に説明します。人が他の貝(ドブ貝)から作った「核」と呼ばれる小球を真珠貝の中に無理やり入れ込みます。真珠貝はその異物(核)を貝体内で無害化すべく貝殻の成分でコーティングしていき、何層にもコーティングされたものが真珠となります。よって「病める貝」(詳しくはこちらあちら)なんです。

「人生とは長患いみたいなもの」・・まさしくそう思います。煩悩・欲望という核(異物)を植えつけられ、もしくは自ら手にしての人生、それが「人性:じんせい=人間としての性質」だと言われればそれまでですが。植えつけられた「痼り」を「自己解釈」「自己都合」などで幾重にも肯定化してゆきます、その結果・・。

これを読んで面白いと思いました。ムシ歯予防は逆なんです。煩悩欲望によってスイーツを食べると、あなたの真珠である「歯」は幾重にも砂糖でコーティングされます。しかし、その都度ありがたくないコーティングを取り除けば、生まれ持った真珠は幾つになっても白いまま輝き続けるのです。

「No sweets, No life」大賛成です。甘味のない人生なんて!ムシ歯をつくるからといって「甘いものをヤメルカイ?」辞めたくないです!だからこそ人も「病める貝」であり「人生とは長患い」だと合点します。みなさん諦めて歯を磨きましょう。「吐瀉物のように形の崩れた」ムシ歯ではなく「瑕(きず)のない美しい」健康な歯を保ち美味しい人生を送るために!冒頭の句は「花粉症」が季語で春、あしからず。0780

BBTime 296 暴走族とジングルベル

BBTime 296 暴走族とジングルベル
「あかんべのように師走のファクシミリ」小沢信男

唐突ですが仕事中、特に義歯治療の際に「あかんべ」をしてもらうことがあります。何気なく意味を調べたところ意外でした。あかんべは(以下引用)「赤目:赤の目」で「あかんべえあっかんべーまたはアッカンベーは、相手に向かって下まぶたを引き下げ、赤い部分を出して侮蔑の意をあらわす身体表現。現在では多くの場合、を向かって出すことを伴い、時として舌を出すことそのものを指すと受け取られることもある。 落語の落ちに使われることのある”あっかんべー”は「悪漢(あっかん)」わる者やならず者に向けた侮蔑的な意味を表す言葉であるという説もある」ウイキペディアより。これ読んでそうだったなあと、本来は目と舌で「あかんべ」でしたね。

さて、クリスマスねたをひとつふたつ。先日ラジオから「ジングルベル」のエピソードが・・もともとこの曲、クリスマスとは無関係とのこと・・「エッ!」続く話を聞いて納得。まずはジングルベルの由来から(以下引用)「1857年ジョン・モルガンの叔父で牧師ジェームズ・ロード・ピアポント英語版が作詞作曲した歌で、ボストンにある自分の教会の感謝祭のお祝いで歌うために作った。最初につけられた歌の名前は、One Horse Open Sleigh(1頭立ての)であった(この原曲は、唱歌「旅愁」の作者ジョン・P・オードウェイ英語版に献呈されている)。大変好評であったため、クリスマスでも歌われ、その後アメリカ中に広まっていき、タイトルもジングルベルに変わった。歌詞の中には宗教的な語句やクリスマスに対する言及がなく、若者たちが冬に橇で競争する様子を歌った歌である。4番まであるが、1番とコーラス部分だけが広く歌われている」ウイキペディアより。感謝祭ですから、時期は先月11月の第四木曜日(米)となります、今年は11/22でした。

2番以降の歌詞がすごいんです!まさしく橇(そり)暴走族なんです。牧師様が作るような歌詞ですかね、やはりクリスマスと無関係だからOK(笑)。



オリジナル歌詞・意訳はこちら。ではなぜクリスマスソングの定番になったのか・・ラジオによると「クリスマスソングの王様」と呼ばれた歌手ビング・クロスビーがクリスマスソングとして「ジングルベル」を歌ったことがキッカケだそうです。

クリスマスねたをもうひとつ。ルドルフ(赤い鼻のトナカイ)は生物学的にはオスではありえないんです。なぜなら(以下引用)「トナカイの角は年に1度はえかわるため、オスのトナカイは11月から12月の中旬にかけて、妊娠していないメスは3月頃、妊娠しているメスは春の出産後数日で角が落ちる。クリスマスといえば12月下旬。一生懸命ソリをひくかき入れ時に、オスのトナカイにはあの立派な角がないことになる」とのこと(出典はこちら)。驚きの話がネットによるとさらにこう続きます。「去勢されたオス。何だか夢のない話で恐縮なのだが、これが正解。去勢されたオスはホルモンのバランスが崩れて角が抜け落ちなくなるため、クリスマスシーズンになっても立派な角が生えたままなのだ。実際、北欧などでソリを引くトナカイは、去勢されたオスだという」。というわけで夢を壊すような話ですがルドルフは「メスもしくは去勢されたオス」が生物学的には正解のようです。

ジングルベルが感謝祭のために作られ、その歌詞はヤンキー暴走族のような内容でしかも馬橇、赤鼻のトナカイはメスか去勢オス・・の事実と「ジングルベル」のイメージはかなり違います。歯医者なりたての頃、パブのカウンターなどで隣り合わせたお客さんと話す中で仕事を聞かれ「歯科医です」と答えると「歯医者は嫌い」「歯医者だけは苦手」と言われました。不思議でした・・「人のための仕事なのに、なぜ嫌われるんだろう?」・・イメージが悪いんでしょうね、未だに。GREEEENが歯科のイメージソングか何かを歌ってくれないかしら。

冒頭の句は「ファクシミリから出てくる情報は、たいていが仕事に関わるものである。それでなくとも追い立てられる気持ちでいるところに、追い討ちをかけるような情報が届く。読まなくても中身はほとんどわかっているのだが、家庭用の機械からのろのろと吐き出されてくるロール紙を見ていると、まるで「あかんべ」とからかわれているかのようだ。わかりますねえ、この気持ち」と解説。では皆様、よいクリスマスを! Merry christmas 、Buon Natale、Feliz Navidad、Joyeux Noel!1145



こちらもどうぞ「タメにがダメに」1番の歌詞も。

BBTime 292 毎日道具は!

BBTime 292 毎日道具は!
「温めるも冷ますも息や日々の冬」岡本 眸

言い得て妙!フーもハーも「同じ息・同じ温度」なのに。以下句の解説より抜粋「日々の、なにげない所作の意味を新しい視点でとらえなおすことは、創作の喜びのひとつです。作者自身が、「そうか、そんな見方があったのか」と、書いて後に気づくこともあります。掲句を読んで最初に感じたのは、なるほど「息を吐く」ことは、ものを温めもし冷ましもするのだったという発見でした。そしてこういった句を読むたびに、どうしてそんなあたりまえのことに今まで気づかなかったのかと、自分の鈍感さを思い知らされるのです。「温める」は、冬の寒さの中で頬を膨らませて、自分の体の中の温かみを掌に吹きあてる動作を言っているのでしょう。一方「冷ます」は、たとえばテーブルに載ったコーヒーカップの水面へ、横から冷たい息を送ることでしょうか。でも、いったんは冷ましたコーヒーも、結局は体の中に流れ込んで、人を温めることに結びついてゆきます。全体が、人の動作のやさしさを感じさせてくれる、てのひらで包み込むような句になっています」解説より。

マイカップで日々コーヒーを楽しむ珈琲党の方もおられるでしょう、今回のタイトル「毎日道具は!」は「毎日使う道具」の続きです。あなたにとって365日使うパーソナルユース(あなたが所有しあなただけが使う)の毎日道具は何?でしょうか。

小生の毎日道具をリストアップすると・・携帯ラジオ(画像)・iPhone・財布・腕時計・歯ブラシ・・。マイ箸・マイスプーン・マイボトルなどをお持ちの方はリストに入るかもしれません。小生の場合、休日にはマイボトルを使用しませんし、箸やスプーンは家族と共用です。雨の日に自転車には乗りません。

あれかなこれかなと考えながら、これまた風呂磨きをしていて次のことに気がつきました。前回「毎日使う道具」で歯ブラシNo.1と書きました、実はそれ以上の「毎日道具」がありました!・・それは「は」です、歯そのものです。毎日歯ブラシを使うのは「歯」を磨くためであり、毎日食べることで「歯が汚れる」ので磨く必要があり、歯ブラシを使うことになるのです。よって毎日道具のナンバーワンは「歯」です!

多少こじつけです(笑)が「毎日道具」ナンバーワンは「歯」。鹿児島もここ数日で師走の寒さとなりました。熱々の鍋よし、焼肉よし、ラーメンよし、焼酎湯割りよろし・・温かいのが一番のご馳走。日々の味わいのために毎日道具の「歯」のお手入れも毎日必須、ご自愛のほど、ご歯愛のほど。

おまけをひとつ:「フーとハーの温度の違いは?」について。リンク先を読んでもわかりにくいのですが、簡単に言うと「フーもハーも共に体温に近い温度ですが、フーを冷たく感じるのは扇風機やうちわの風を涼しく感じるのを同じ原理」のようです。寒い朝には手に「ハー」、熱々の鍋には「フー」、鍋を堪能した後は歯ブラシ「コショコショ」お忘れなく。4400
おまけのおまけ:フーとハーについて家族と話したところ・・「対象が冷たいと「ハー」熱い・温かいと「フー」じゃない?」・・言い得て妙!


BBTime 290 満腹笑顔

BBTime 290 満腹笑顔
「福助の頭は空つぽや十二月」小泉八重子

前回「油熱乾燥法」で安藤百福氏のことを書きました。書いた後に再度本を読み、ラジオの録音(ラジオ深夜便)を聞き直して、百福氏と中華店のご主人のどちらが偉い・偉くないではなくただ単に「目指す山が違う」のだと再認識しました。目指す山は人それぞれ、そもそも山登りを希望しない人もいます。

前回ラストに「満腹笑顔の創造」と書きました。思うに安藤百福氏が創りたかったモノは「即席麺」というよりも「満腹笑顔」だったと確信しました。百福氏の脳裏に焼き付いた闇市の屋台に並ぶ人々、ラーメンを食する人の笑顔・・。

画像は「街頭テレビ」。百福氏は街頭テレビ前の黒山の人だかりを見てすぐさま「これからテレビの時代だ」と、開局間もない民放がCMスポンサー集めに四苦八苦している時分に、積極的にテレビCMを導入したそうです。闇市屋台のラーメンの味ではなく食べる人の笑顔、街頭テレビの黒山の人だかりを見てのCM導入。百福氏の凡人との違いは「視点」だったのではないでしょうか?

チキンラーメンをアメリカに売り込みに行った際、現地には「丼と箸」がない事に気づき・・器とフォークを(アメリカ人に)そちらで用意して食べてください・・ではなく私が創りますと、パッケージ・輸送時の保護容器・調理器(鍋)・食器(丼)を兼ねたカップとの融合で「カップヌードル」を発明しました。これも「視点」の違いだと思います。見ているところが違う・目の付け所が違うのです。「目の付けどころが、シャープでしょ。」というコピーがありました。まさしくこれです。すなわち・・

「目指してる、未来がちがう。」となるのです。最近「階段昇降」と称して住んでいる集合住宅の非常階段をペットボトル五本(計8キロ)背負って上り下りします。非常階段のジム化です。日々やっていることも「目の付け所」を変えれば「目指すもの」が変わり「未来(結果)がちがう」事につながります。百福氏の言葉「食足世平」「食足りて世は平らか」。百福氏の目指したものは名の通り「百人(全ての人)に萬福を!」だったのでしょう。

小生「世のため人のため」に我が人生を「消費燃焼」したいと思います。よって日頃から「目の付け所をシャープに」と行動しますが・・ままならぬ毎日。おそらくヒントのひとつは「福助の頭」のような気がします。既成概念・社会通念・一般常識等々にとらわれず頭空っぽに物事を考えれば・・百にひとつ千にひとつ萬にひとつ「チキンラーメン級」の発明を世に出せると思う・・日々です。ところで件(くだん)のかた焼きそばは美味でしたよ(珍萬)。1180


https://youtu.be/jdvQRqRl0Mc

BBTime 289 油熱乾燥法

BBTime 289 油熱乾燥法
「らあめんのひとひら肉の冬しんしん」石塚友二

もうすぐ師走なれど寒くない今日この頃です。「冬しんしん」は先の先のこと、また画像と句の「らあめん」はかなり違いますが・・まずは句の解説をご紹介。「ラーメンを「らあめん」と書き、チャーシューを「ひとひら肉」と書いて、寒い日にラーメンを食べる束の間のまろやかな至福感を表現している。作者が食べているのはどんなラーメンかと想像して、たぶん日本蕎麦屋や饂飩屋などのメニューに、ついでのように載っている種類のものだろうと思った。ホウレンソウの緑が濃く、絶対に入っているのがナルトである。麺の量は少なく、メンマも多くない。蕎麦仕立て風ラーメンとでも言うべきか。いまでも、たまにお目にかかることがあるが、これがなかなか美味いのである。味が鋭くないだけに、ほんわかとした気分が楽しめる。そんな店に座っていると、元気よくガラス戸を開けて子供が学校から帰ってきたりする。これで暖房がストーブだったら申し分ないのだが、さすがに今では望むべくもないだろう。こうした店で、もう一つ美味いのがカレーライスだ。妙に黄色かったりするけれど、あの安っぽい色彩がなんとも言えないのである。ただ、不思議に思うのは、必ずスプーンがコップの水に漬けられて出てくることだ。何故なのだろうか。この水は飲んでもよいのかと、いつも戸惑いながら、結局は飲んでしまう。(清水哲男)」解説より。

画像はチキンラーメンご存じ日清食品です。朝ドラ「まんぷく」が盛り上がっているようですが、小生テレビを持たないため観ておりません。偶然、ラジオで安藤百福氏のエピソードを聴き興味を持ちました。即席麺(インスタントラーメン)を思いついたのは奥様(仁子:まさこさま)の天ぷらを揚げるシーンを見てとのこと。本「魔法のラーメン発明物語」を読んだ数日後、たまたま近所の老舗の小さな中華店で「かた焼きそば」を注文しました、その時ふと・・。

ところどころ塗装の剥げたカウンター越しにご主人が「どうぞ」とかた焼きそば。食べ始めに質問しました「麺はここで揚げていらっしゃるのですか?」ご主人「そうです」・・チキンラーメンとおんなじじゃん。

実は、世の中にはこのようなことが多々あるのだと思います。ニュートンのリンゴ、ジョブズのマウス・・などなど。安藤百福氏が「油熱乾燥法」と命名して特許取得する何年も前から、かた焼きそばを作るときに「生麺を揚げる」をやっていたのです。その中華店のご主人曰く「何食分か揚げて作り置きします」。

ネットで検索すると「独自開発のサクサク麺」として「独自の製法で作った麺を油で揚げます。丁寧に丸の形になるように、ひとつづつ揚げていきます。丸く揚げた揚げ麺は、直径約16cm・高さ約6cmです」のようなページもあります。安藤百福氏との違いはなんでしょう?勝手に推察するに「目指す山が違うから」だと思います。麓から頂を目指して歩き始めました。その一歩一歩にさほど差はないでしょう。登り登って気がついたら「富士山頂でした」「エベレストに来ていた」なんてことは決してありません。富士山に登ろうとすれば、はじめの一歩から富士山を目指さないと無理ですし、エベレストであれば出発前準備の時から違ってきます。

百福氏は昭和33年47歳でチキンラーメン発明後、今度は61歳でカップヌードルを世に出します。インスタントラーメンは今や年に一千億食という途方も無いマーケットに成長しています。

本を読んでもうひとつ気がつきました。目指す「頂」が違うのみならず、あの山に登ろうと決めた動機も一味違うのです、おそらく。戦後大阪の闇市でラーメンの屋台に並ぶ行列、やっとありつけた時の人々の笑顔が忘れられず、人のためになる仕事をしたいという強い気持ちがあったからこそ・・だと思います。「登り始める動機」と「目指す頂」の両方、言わばスタートとゴールが違ったんですね、きっと。一歩一歩登りながら心に秘めるは「Hungry Spirit」たぶん。

人々の「満腹笑顔」を創った安藤百福氏すごいです!9380





思わず、もう一杯!

さらにもう一杯!!