BBTime 640 セイタイハイリョ

円鏡のラジオやせわし年用意」小沢昭一

2023/12/17投稿 2024/01/05追加(セミナー向け)
 小生落語大好きです、まずは解説を。『年用意は、新年を迎えるためにいろいろと支度を整えること。私などは何もしないが、それでも部屋の掃除などをはじめると大変だ。本の山をあっちへやりこっちへやり掃除機をかけたところまではよかったが、その本どもが元の場所に戻らない。どう積み重ねてみても、以前より広い場所を占めてしまう。寝る場所の確保さえ覚束なくなり、本は乱雑に積み上げたほうが狭いスペースですむという真理を発見するに至る。ところで、このときの作者は何をしていたのだろうか。ふと気がつくとつけっぱなしのラジオから、円鏡のせわしない話し声が聞こえてくる。ただでさえせわしないのに……と、さすがの小沢昭一も苦笑の図。これで三平でもからんだヒには、ラジオをぶん投げたくなってしまっただろう。『変哲』所収。(清水哲男)』(引用元)。この方の声は「鈴を転がす」とは言い難いです・・今回は声帯についてのお話「声帯配慮」。ちなみに「セイタイハイリョウ:聖体拝領」はこちら

先日、NHKラジオ「健康ライフ」は声帯についてのお話。声帯をケアすることがスムーズな嚥下につながるとのこと、かいつまんで見ていきましょう。読むらじるもご参照の程。
1)声帯の役割:「声帯」は声を出すだけではなくて、食べ物や飲み物を飲み込むことと密接につながっています。良い声を維持することは生活の質の向上につながりますし、食べ物や飲み物を飲み込む機能がうまく働かなくなる「嚥下障害」、さらに命に関わる「誤嚥性肺炎」などの病気を防ぐことにもつながっています。
2)のどの役割は三つ:のどには、大きく分けて「物を飲み込む」「空気を運ぶ」「声を出す」という三つの役割があります。
3)声帯の場所:人間の特徴は音声言語コミュニケーションつまり「話をすること」。言葉を出すために大切な器官が、喉頭の中にある「声帯」でちょうど「のどぼとけ」、のどの真ん中辺りにあります。
4)声帯のもうひとつの役割:誤嚥防止です。「誤嚥」とは、食べ物や飲み物が気管に入ってしまうこと。喉頭と、それに蓋をする喉頭蓋は哺乳類にはみんな備わっているんですけれども、人間の特徴はその位置なんですね。人間は言葉で会話をするために、喉頭と、それに蓋をする喉頭蓋は首の真ん中の辺りまで下がってきちゃったんですね。
5)咳反射:喉頭蓋で蓋ができなかった時は「咳反射」といって、声帯が左右ぶつかり合ってくれるんです。加齢や病気などで声帯の筋肉が衰えてしまうと、うまく飲み込むことができなくなることがあります。声帯は声を出すことだけではなく、飲み込むことと密接なつながりがあります。

6)声帯の老化:ゴムのパッキンが劣化することと同様で、左右の声帯が閉じても隙間ができてしまいます。そうすると「声がれ」や「息漏れ」が起きてしまうんです。声帯の老化が進んでしまうと、誤えん性肺炎やえん下障害にもつながります。
7)声帯老化の確認:思いっきり息を吸って「あーーー」と声を出して一息で何秒続くか。この時間を計ることで、声帯の衰えを確認できます。「あーーー」と声を出すときは、普段の会話くらいの大きさで出しましょう。男性で15秒以上、女性で12秒以上が正常で、声が高くなったり、震える、変な声になる場合は要注意です。他にも人から「声が変わった」と言われた。歌い慣れた歌が歌いにくくなったなども老化の表れです。
8)加齢以外の原因:声をあまり使わない。仕事やプライベートで人と話す機会が減ってきますと、筋肉が衰えて声の萎縮が進みます。姿勢も重要です。猫背の方やうつむいて話す方は、肺から上がって来る空気を遮ってしまうので、声の響きに影響を与え、こもった声になります。また、余分に胃酸が出やすい食生活を送っていることも、原因のひとつとなります。アルコールをとり過ぎて、胃酸が食道に逆流して「のどやけ」を起こして声帯を痛めてしまいますし、タバコも声帯にとってはよくないです。
9)声帯の鍛え方:電話やオンライン通話でも会話はできますが、毎日通話の相手を見つけるのも難しいので、1人でもできることとして、本や新聞を声に出して音読することです。また、テレビ番組に参加しているつもりで「あ~、そうそう」などと言ってみたり、クイズ番組なら声を出して答えるのもいいと思います。カラオケや詩吟などもおすすめします。ご自分の気分が楽しくなるような、好きな歌や好きなことを歌っていただくのが一番よいと思います。

10)誤嚥性肺炎:水や食べ物や唾は、肺に入ってはいけない“異物”です。水や異物が気管から肺に入ってしまうと、肺では対応できませんから炎症を起こします。この炎症を起こすと「誤嚥性肺炎」となります。誤嚥性肺炎の症状として、発熱、せき、たんが出て、呼吸も苦しくなります。何となく元気がないとか食欲がない、唾がたまったようなこもった声、呼吸に伴い首の辺りがゴロゴロ鳴る、などの症状も、誤嚥性肺炎になりやすい特徴です。厚生労働省の人口動態統計によると、2022年、令和4年に誤嚥性肺炎で亡くなられた方は5万6,000人強で、死因の中で6番目に多い病気です。特に、高齢者の方には気をつけていただきたい病気です。
11)誤嚥防止策:顎を引いて飲み込むことで、のどを口に近づけられますので、飲み込みやすくなります。飲み込みにくくなったら、ストローを使うことをおすすめします。
また、えん下の動作全体が加齢で遅れますので、食事に“とろみ”をつけて流れを緩やかにすることで飲み込みやすくなります。薬をゼリーに包んで飲み込むのも、誤えん防止にいいでしょう。
12)声帯が衰えると:会話をしなくなると、認知症のリスクも高まります。会話には耳や目、脳も使いますので、会話によるコミュニケーションの低下は認知症のリスクを高めるとも考えられます。また、声が出にくいと話さなくなり、さらに声が出しにくくなるという悪循環を招きます。日頃から声を出すこと、これを心がけてほしいです。
13)声帯萎縮の予防:声帯も筋肉ですから、鍛えて萎縮を予防する体操があります。1から10の数字を唱えていただきます。まず胸の前で両手を合わせてください。左右の手を押し合う瞬間に「いちっ」などと短く区切って発声します。短くがポイントです。10まで発声します。これを朝晩2回ずつやってみてください。声帯が鍛えられて筋肉がついてきますから、肺炎の予防につながってまいります。やってはいけないのは、「い~ち」「に~い」「さ~ん」と伸ばし、力を長く入れてしまうことです。

14)声帯を鍛える:人と話す機会を増やす。喉の乾燥を防ぐ。声帯に悪影響を及ぼす生活を改める。
15)人と話す:人と話すことで声帯は鍛えられます、たくさん話しましょう。特にお年寄りや会話が減った人は、話をするということが大切です。会話で声の異変を指摘されたり、大きな病気が見つかる場合もあります。
16)喉の乾燥防止:喉の乾燥は声帯を痛める原因のひとつ。マスクや加湿器を使って、喉の潤いを保つことが大切です。うがいをして口全体を湿らせておくのも良いし、適宜、水を飲むことも良いです。
17)声の衛生に留意:無理な高さでの発声やささやき声、これは避ける必要があります。せきばらい、からぜきは必要最小限にとどめてください。食事は水分もとりつつ、少しずつ、むせないように慌てずゆっくり食べるようにすると良いでしょう。
18)声の衛生に留意2:大量にお酒を飲むと、口の中がアルコールで乾燥してしまいます。さらに気分が高揚して、いつの間にか大声を出すようになるので、ほどほどにするのがおすすめです。思うように声が出ない時、かぜをひいた時は、無理に声を出さないことが一番。
19)声の衛生に留意3:胃から出る胃液が逆流すると、声帯を傷つけます。食べてからすぐ寝ると、胃液や消化途中の食べ物が食道に逆流して、炎症を起こします。胃液はとても強い酸なので、胃液にさらされると声帯に炎症を起こしてしまいます。声帯を守る意味でも、寝る2時間前は食事やお酒を避けてください。また家庭でできる工夫として、寝るときに肩や肩甲骨の辺りを高くすることや、布団の下に座布団を入れると逆流が起きにくくなります。

かなり長くなりましたが声帯の健康のためのお話「声帯配慮」でした。ご存じ「阿吽:あうん」です。皆様、ご自愛の程ご歯愛の程。

https://youtu.be/76s8c8D_YMQ?si=gIWFan1PT9sl_d9l

追加:声帯健康を保つひとつの方法として「朗読」もいいと思います。ふと思い出しました。昔、近所の家から読経の声が聞こえてきたことを。お経であっても朗読のひとつです、昔の人の知恵でしょうかね。オススメの詩を四篇。こちらもどうぞ「寿命延長」。

「山のあなた」カール・ブッセ 上田敏訳
山のあなたの空遠く
「幸ひ」住むと人のいふ
噫 われひとと尋めゆきて
涙さしぐみ かへりきぬ
山のあなたになほ遠く
「幸ひ」住むと人のいふ

「われは草なり」高見順
われは草なり
伸びんとす
伸びられるとき
伸びんとす
伸びられぬ日は
伸びぬなり
伸びられる日は
伸びるなり
われは草なり
緑なり
全身すべて
緑なり
毎年かはらず
緑なり
緑の己れに
あきぬなり

われは草なり
緑なり
緑の深きを
願ふなり

ああ 生きる日の
美しき
ああ 生きる日の
楽しさよ
われは草なり
生きんとす
草のいのちを
生きんとす

自分の感受性くらい」茨木のり子
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志しにすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ陰ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
宮沢賢治

https://www.dailymotion.com/video/x12dc3w


BBTime 637 Tea for Teeth

「雪降ってコーヒー組と紅茶組」中原幸子

2023/11/18投稿
 鹿児島は突然冬になりました(寒)。福岡市では平年より1ヶ月も早く初雪の便りとか(記事はこちら)。まずは句の解説から『寒いと思ったら、この街ではめったにお目にかかれない雪が舞いはじめた。外の情景をさっと描写したところで視点は喫茶店の内側へと切り替る。どっと入ってきてようやく席に落ち着いた一行。注文をとりに来たウェイトレスを前に幹事役の人が「コーヒーの人」「紅茶の人」と賑やかに声をかけ、手を挙げてもらっている。たくさん人が集まればよく見かける光景であるが、いい大人が「はい、はい」と、素直に手を挙げる様子もどこか子供じみて可愛げがある。幹事のとっさの問いかけであったが、この時は他の注文もなく、きれいにコーヒー組と紅茶組に分かれたのだろう。そんな偶然をきっかけにちょっと堅かった座の雰囲気も自然にほぐれる。(中略)暖かな飲物もゆきわたり、ほっと落ち着いた気分で窓に眼をやれば雪はちらちらと降り続いている。白く細やかな雪が楽しげな室内の空気をいっそう引き立てるようである。幸子の句には都会で暮らす日常のなにげない出来事が季節を感受する喜びとともに生き生きと書きとめられている。それは今の暮しの原風景であるように思える。『以上、西陣から』(2006)所収』(引用元)。今回は「歯のためのお茶」について。

先日のこと。おやつ堂に来られたお客さんとの会話「始めは歯磨き粉付けずに唾液磨きしてます」いいですね!「最後にペーストを歯に塗るようして、うがいは無し」そうです!「手にハンドクリーム塗って、すぐさま洗う人はいませんもんね」はい、その通りです。「唾液磨きの時のつばは飲み込んでもいいんですよね?」はい、問題ないです。

この会話の後、ひとつのアイデアが浮かびました。お気に入りのハーブティを用意してください。唾液磨きの途中途中で、ハーブティでブクブクうがいゴックン。もちろん、お茶でも白湯(さゆ)でもOKです。唾液磨きとティーを用意することで、リビングでもテレビや動画見ながらでも歯磨きできます。これから更に寒くなる夜に、ひんやりした洗面で磨きよりも心地良く丁寧に歯磨きできます。くれぐれも砂糖はゼロにてお願いします。個人的なオススメはミント系なら冒頭画像「ミントマジック」、ほんのり甘いカルディ「シナモンティ」です。では皆様、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 636 くちびる

「物言へば唇寒し秋の風」松尾芭蕉

2023/11/10投稿 11/11画像追加 11/17リンク追加
 立冬(11/08)が過ぎたと言うのに日中は冬でもなく秋でもなく夏です。四季が二季(夏と冬)になる日も近いのでしょうか?句の解説は『あまりにも有名なので、作者の名前を知らなかったり、あるいは諺だと思っている人も少なくないだろう。有名は無名に通じる。こうした例は、他のジャンルでも枚挙にいとまがない。それはともかく、掲句は教育的道徳的に過ぎて昔から評判は芳しくないようだ。ご丁寧にも座右の銘として、こんな前書までついているからだろう。「人の短をいふ事なかれ 己が長をいふ事なかれ」。虚子も、苦々しげに言っている。「沈黙を守るに若かず、無用の言を吐くと駟(シ)も舌に及ばずで,忽ち不測の害をかもすことになる,注意すべきは言葉であるという道徳の箴言に類した句である。こういう句を作ることが俳句の正道であるという事はいえない」。ま、そういうことになるのだろうが、私はちょっと違う見方をしてきた。発表された当時には、かなり大胆かつ新鮮な表現で読者を驚かせたのではないのかと……。なぜなら、江戸期の人にとって、この「唇」という言葉は、文芸的にも日常的にも一般的ではなかったろうと推察されるからである。言葉自体としては、弘法大師の昔からあるにはあった。が、それは例えば「目」と言わずに「眼球」と言うが如しで、ほとんど医術用語のようにあからさまに「器官」を指す言葉だったと思われる。普通には「口」や「口元」だった。キスでも「口吸ふ」と言い、「唇吸ふ」という表現の一般性は明治大正期以降のものである。そんななかで、芭蕉はあえて「唇」と言ったのだ。むろん口や口元でも意味は通じるけれど、唇という部位を限定した器官名のほうが、露わにひりひりと寒さを感じさせる効果があがると考えたに違いない。「目をこする」と「眼球をこする」では、後者の方がより刺激的で生々しいように、である。したがって、ご丁寧な前書は句の中身の駄目押しとしてつけたのではなくて、あえて器官名を持ち出した生々しさをいくぶんか和らげようとする企みなのではなかったろうか。内容的に押し詰めれば人生訓的かもしれないが、文芸的には大冒険の一句であり、元禄期の読者は人生訓と読むよりも、まずは口元に刺激的な寒さを強く感じて驚愕したに違いない。(清水哲男)』(出典元)。今回は唇について。

冒頭の画像は朝日新聞「折々のことば」です。
「唇のまわりに、文化が横たわっている。」ミッシェル・セール
 食べる、味わう、話す、歌う、泣く、笑う、愛撫する。口は文化を最も基本的なところで担う器官だ。知性の原型もそこから蠢き(うごめき)はじめる。赤子は物の形状を齧って(かじって)確かめるし、考えるとはそもそもが、ものごとを吟味すること、つまり味わい分けることだ。そしてホモ・サピエンス。語源をたどれば「味わう人」を意味する。フランスの哲学者の『五感』(米山親能訳)から。

ヒトにおける歯の発生は胎生六週頃、かなり早い段階で口や歯はでき始めます。その意味は、それだけ重要ということ。口ができなければ、食べることはできません。日々、訪問診療に携わっていると「口」「歯」「唇」の重要性を感じます。最近特に感じることが「ウガイする力」です。ウガイできる方は「咀嚼・嚥下」「モグモグ・ゴックン」がおおかたできます。逆に「ウガイする力」が弱まるとともに、摂食・嚥下にいろいろと問題が生じます。ウガイする力を維持してください。具体的には、日々「ぶくぶくウガイ」の励行、準備運動としてウガイトレーニングをおすすめします。水(白湯でもお茶でもOK)を口に含んで「ぶくぶく」ぺっ(吐き出す)でもいいし、そのまま飲み込む「ぶくぶくゴックン」でも構いません。食前にすれば「準備運動」、食後にすれば「口の洗浄」「歯の素洗い」となります。最後まで口から食べるために、是非「ウガイする力」を保持してください。来週から季節通りの寒さになるようです、皆様ご自愛の程ご歯愛の程。

追加:「口」が出てきます。口は生き物の入り口であり始まりです。
追加2:冒頭の折々のことばは「BBTime 549 唇」でも。

BBTime 634 イライラを洗う

「疲労困ぱいのぱいの字を引く秋の暮」小沢昭一

2023/10/18投稿
 駆け足で秋が来ました、駆け足で過ぎ去るのでしょうか。句の解説『共感して大きくうなずくことは、よくある。が、共感するあまりに、力なく「へへへ」と笑ってしまいたくなるのが、この句だ。疲れた身体にムチ打つようにして文章を書いている最中に、何の因果か「ヒロウコンパイ」と書かねばならなくなった。ところが「困ぱい」の「ぱい」の字が思いだせない。大体のかたちはわかるのだが、いい加減に書くわけにもいかず、大きな辞書をやっこらさと持ちだして来て「こんぱい」の項目を「困ぱい」しながら探すのである。「疲労困ぱい」の身には厄介な作業だ。そんな孤独な原稿書きの仕事に、秋の日暮れは格別にうそ寒い……。ちなみに、季語「秋の暮」は秋の日暮れの意味であり「晩秋」のことではないので要注意(と、どんな歳時記を引いても書いてある)。ところで、この句は「紙」に文字を直接書きつける人の感慨だ。と、この句をワープロで写していた先ほど、いまさらのように気がついた。ワープロだと「こんぱい」と打てば「困ぱい」ではなく、すぐにぴしゃりと「困憊」が出てきてしまう。その「困憊」の「憊」をいちいち「ぱい」に直さなければならぬ「わずらわしさよ秋の暮」というのが、今の私のいささかフクザツな心持ちである。この句は、既に井川博年が昨年の11月に取り上げていた。さっき検索装置で調べてみて、やっと思いだしたというお粗末。ま、いいか。最近は「困ぱい」することが多いなア。『変哲』(1992)所収。(清水哲男)』(引用元)。さて疲労困憊でもイライラします、今回はイライラを洗うお話。

イライラの原因はイロイロ。三分待たされてイライラする人もいれば、三十分待ってもイライラしない人もいます。イライラがストレスとなり、ストレスが体の不調を引き起こし、不調が病気のトリガー(引き金)になる・・理解しやすい論理です。実は感じないイライラもあるのです。

「慢性炎症」が感じないイライラです。
「慢性炎症」はサイレントキラーとも呼ばれ、気づかぬうちに炎症が継続し、毛細血管を通してさまざまな病気を引き起こす。(中略)糖尿病、メタボ、アトピー性皮膚炎、認知症、躁うつ病、心臓病、脳卒中、がん…、これらの病気はまったく別の病気に見えますよね?ところが、一見無関係な病気の根本に、慢性炎症という共通項があったんです。例えば、躁うつ病はセロトニンなどの神経伝達物質の不足によると考えられてきましたが、その上流には慢性炎症があることがわかってきました」(引用元)。

「歯周病は歯周病菌による慢性炎症ですが、糖尿病を引き起こすことがわかっています。炎症性サイトカインは血糖値を下げるインスリンの働きを悪化させるため、血糖値が高くなりやすいんです。このように慢性炎症は全身いたるところに広がる可能性があり、さまざまな病気のもとになります」(引用元)。

プラーク(歯の汚れ)と認知症の因果関係も明らかになってきています。その繋がりは1)口腔内プラークが常に多いと歯周病が悪化。2)歯周病菌が血液によって脳内に運ばれます。3)歯周病菌を攻撃するために脳内にアミロイドβが現れ蓄積します。4)アミロイドβプラークがアルツハイマー病発症に繋がります(引用元)。詳しくは「BBTime 615 明日は我が身?」に書いております、ご参照のほど。

画像は先日、国が承認したアルツハイマー型認知症治療薬「レカネマブ」です。「25日、エーザイと米バイオジェンが開発したアルツハイマー病治療薬「レカネマブ」を正式に承認した。進行を遅らせる効果を証明した国内初の薬となる。薬の公定価格である薬価の決定を経て、年内にも医療現場で使えるようになる見込みだ」(引用元)。年間で薬代が約390万円、保険適用で自己負担がおおよそ14万円くらいになるだろうとのことでした。

認知症を予防する・遅らせる、ひとつの技が「歯磨き」。健康寿命を伸ばし、最後の一日まで人生を味わうための「歯磨き」と思えば、煩わしくないのではないでしょうか?心の感じない「イライラ」をアライ流す、ムシ歯予防・歯周病予防のためだけではなく、認知症予防・PPK(ピンピンコロリ)のための歯磨きと捉えるのはいかがでしょう。

以下、施設依頼セミナーのための内容です。
1)ヘッドライトを付け、開けてくれない場合は指サック式バイトブロック(上の画像)を使用する。2)歯磨きペーストは始めから使わない。3)ライトで口腔内を照らし汚れや食物残渣(しょくもつざんさ、食べかす)を見る。4)歯ブラシで落とす。5)歯間ブラシにジェル(歯磨きペースト)を付けて磨く。6)フッ素入りのペーストを少量、歯ブラシにつけて仕上げ磨きと言うより、歯にペーストを塗るつもりで磨く。7)うがいはしない(塗ったペーストの効果がなくなるので)。

これからお風呂が癒しの季節です。ぬるめのお湯にゆったり浸かりながらの「だらだら磨き」が、人生を長く輝くものにすると考えてみては、皆様ご自愛の程ご歯愛の程。

https://youtu.be/MIxzbYmAyxY?si=E5IL2Pl1oZ-0yvxs



BBTime 633 美味しいを守る

「鯛焼のあんこの足らぬ御所の前」大木あまり

2023/10/14投稿
 鹿児島も、やっと秋らしくなって来ました。句の解説『朝夕はだいぶ冷え込むようになってきた。辛党の私でも、ときどき街でホカホカの鯛焼きを食べたい誘惑にかられるときがある。まして、作者は女性だ。旅先の京都で鯛焼きを求めたまではよかったが、意外に「あんこ」が少なかったので、不満が残った。庶民の食べ物とはいえ、さすがにそこは京都御所前の鯛焼き屋である。上品にかまえているナ、という皮肉だろう。それにしても、御所の前に鯛焼き屋があったかなあ。どなたか、ご存じの方、教えてください。ついでに「あんこ」の量についても。無季。『雲の塔』所収。(清水哲男)』(引用元)。久しく鯛焼き食べてませんが、あんこ好きです。前回の「食べるを治す」に続いて、今回は「美味しいを守る」

食べるを治す」に・・歯科医となって四十年近くなろうとしています。恥ずかしながら今頃になって歯科医の仕事は「食べるを治す」ことであると気が付きました(猛省)。ムシ歯の治療も歯周病の治療も入れ歯を作るのも全て「食べる」ためです。木を見て森を見ずでした・・と書きました。このことはムシ歯予防・歯科予防についても同様。ムシ歯にならないように「歯を守る」のではなくて、その方が常にずっと味わえるように「美味しいを守る」ことが歯科医の使命だったのです。「美味しい」を守る・維持するためにムシ歯予防する、歯周病予防するのです。
次の画像は先日(10/12)の朝日新聞コラム「折々のことば」です。

むしろ菓子は悲しみに寄り添うものである。 平野紗季子 
オンラインで菓子の店を開いたら、多くの人から気軽に「幸せ」と言ってもらえて驚いたと、フードエッセイストは言う。文章を書いてもこんなことはなかなかない。ある日、明日入社式があるという女性客は、不安でいっぱいの独りの夜にスイーツで自分をなだめようとしたらしい。それで菓子は人を救いもすると知ったと。随想「お菓子屋の日々」(「新潮」9月号)から。・・10/12朝日新聞折々のことばより

文章読んで溜飲を下げました。
インスタに「おやつ堂新企画について。休みの火水木はおおかた訪問診療に携わっております。その時ふと浮かんだアイディア、おやつの宅配!月に一度、オススメの和菓子もしくはスイーツをお届けし歯磨きがおまけで付きます。お菓子の持つ「甘い力」によって、御本人のみならず介護をする方のストレスも軽減できること請け合い。「おやつの宅配」・・早速来月からスタートします」と投稿しております。美味しいを守るから一歩進んで「美味しいを届ける」。

「食べるを治す」「美味しいを守る」さらに「美味しいを届ける」に精進します。最後に宣伝・・おやつ堂では各地の「美味しい」が味わえます。金土日月の開店で、詳しい営業時間などは「おやつ堂インスタグラム」をご参考になさってください。皆様、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 631 ラジオ出演

「人間に寝る楽しみの夜長かな」青木月斗

2023/09/16投稿
先日(9/9)地元民放ラジオ(MBC)出演でした。句の解説は『秋の「夜長」。ようやく暑い夜の寝苦しさから解放されて、一晩通して眠れるようになった。この時期にこの句を読むと、はらわたに沁み入るようなリアリティを感じる。とくに会社勤めの人たちにとっては、そうだろう。私もサラリーマン時代には、寝る前にひとりでに「寝れば天国」とつぶやいていたものだった。若かったから、むろん寝ない楽しみもあったけれど、くたくたに疲れて眠る前の至福感もまた、格別だった。江戸期の狂歌に「世の中に寝るほど樂はなかりけり浮世の馬鹿は起きて働く」があり、これは昼間も寝ている怠け者の言い草を装っていながら、眠らないで頑張る人たちへの痛烈な風刺になっている。なぜ、そんなに頑張るのか。わずかな蓄財のために、親方に鼻面をひきまわされながらも頑張って、それでお前の一生はいいのかと辛辣だ。当時の私はこの狂歌を机の前に貼り付けて、何もかもぶん投げてしまいたいと切に願っていたが、ついにそういうことにできずに、今日まで来てしまった』(解説より抜粋)。寝る楽しみもさることながら「食べる楽しみ」もあります。ラジオで話した内容を文章化してみました。

「おやつ堂」はどんなお店ですか?
・・おやつ堂には「ムシ歯予防カフェ」が枕詞として付いています。メニューは看板の「ソンナバナナジュース」をはじめ、コーヒー、抹茶、ワインなど飲み物は全て砂糖を含みません、砂糖ゼロです。飲み物以外ではドーナツ、和菓子、チーズなどを常備しております。全て取り寄せで言わばスイーツのセレクトショップです。

「ムシ歯予防カフェを開こうと思ったのは?」
・・1990年に歯科医院を開業しました。開業当初、子供さんのムシ歯を見つけると親御さんを診療室に呼んで「ここがムシ歯です」「甘いものをあまり食べないように」「もう少ししっかり磨くように指導してください」とか真顔で話していました。ある時、小学四年生くらいの男の子だったでしょうか。ムシ歯があったのでお母さんに「もっと磨くようにいてください」と話したところ、お母さんが男の子に「だから言ったじゃない」と。すると男の子は「僕、磨いたもん」お母さん「でもムシ歯ができてるじゃない」男の子「ちゃんと磨いたよ」・・二人は徐々にヒートアップして男の子は泣き顔に・・。はたで見ていて「そうだよね、この子はちゃんと磨いたんだ!けど磨き方が足りなかっただけだ」・・。
そのような経験を踏まえて、2011年に天文館近くにクリーニング専門の「ニコラ歯科」を開業しました。自費診療の歯のクリーニング専門施設です。「歯は、磨いてももらうもの」を掲げてのオープンでしたが、約十ヶ月で閉めざるを得ませんでした。

その後、勤務医として働きながらも、頭の中では「歯を磨けばムシ歯にはならない、予防できる、回避できる!」との考えが渦巻いていました。病気の中で唯一ほぼ完全に予防できる、回避できる病気が「ムシ歯」。かたや巷では「グルメブーム」・・ランチ、ディナーからスイーツに至るまで。年を経るごとに盛り上がります。グルメブーム、美味しいを求める欲望とムシ歯予防を結びつけられないかと悶々する日々でした。
 ある時「あれこれ難しく考えずに、ムシ歯予防とグルメをシンプルに結びつければ良いのでは?」・・この時、ムシ歯予防カフェの誕生です。より美味しく食べるためには、口の中の食器(食具とも言います)が、食器である歯がキレイでなければ味わえません。美味しいと思われた時に、少しでも口の中の食器の大切さ・健康を再認識していただければと思うのです。このような考えのもとに、ムシ歯予防カフェが私にとっての究極の予防歯科スタイルです。

ムシ歯予防カフェと謳っているには根拠があります。ドリンクは砂糖ゼロでもスイーツには砂糖が入っています。心配御無用、希望される方には歯磨きのプロ(歯科医師)が歯磨きチェックをします。また、その人に合った歯磨きのタイミング、歯磨き粉(歯磨きペースト)の選び方、使い方もアドバイスいたします。ドリンク砂糖ゼロだけでは勿論不十分で、プロの歯磨きチェックがあるので「ムシ歯予防カフェ」なんです。

近年の研究で歯周病と認知症の因果関係、ズバリ言うと、認知症の発症のひとつの原因が歯周病であることが明らかになりました(BBTime603「プラーク三種」参照の程)。
「美味しい」の一言が歯を守る。ムシ歯予防は歯周病予防につながり、歯周病予防は認知症予防につながる。「美味しい」の感動が人生を守る、「美味しい」のひと言が人生を味わい尽くす秘訣であると心から思います。

以上がラジオで話した内容です。おやつ堂に是非お越しください。営業日営業時間などはインスタグラムにてお知らせしております。では皆様、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 630 ほぼ日二題

「腿高きグレコは女白き雷」三橋敏雄

2023/09/02投稿
九月ですが秋は来ませんね。句の解説は『ジュリエット・グレコ頌。腿は「もも」。いったいにシャンソン歌手は女性のほうが毅然としているが、なかでもグレコは群を抜いている。舞台か映像か、黒衣の彼女の歌いぶりに集中していると、その身体から白い雷が発生しているように思えたというのだ。「腿高き」が、作者の心酔度の高さを示している。私は仕事で一度だけ、来日した彼女に会ったことがある。初秋だった。半蔵門のスタジオから、紅葉のはじまりかけた皇居の森を見て「これはいまの私の色ね」と言って微笑した。つまり、自分は人生の秋にさしかかっていると言ったのである。気障なセリフだが、グレコが言うと素直に納得できるのだった。『まぼろしの鱶』所収。(清水哲男)』(引用元)。頌:しょう。句はいまいち腑に落ちませんが。最近読んだ「ほぼ日」から二題ご紹介。

一題目:8/31のほぼ日
『・若いときは、雑誌になにか原稿を頼まれたとき、
 「パンツはトランクスがいいか、ブリーフか」だとか、「ラーメンライスは是か非か」なんてことも書いていた。しかし、いつのまにか「どっちがいいか」みたいなことは、ほとんど書かなくなっていることに気がついた。
 どっちがいいとかいうことを、考えなくなっていたのだ。かんたんに言えば、「どっちだっていい」し、その言い方が冷たすぎるなら「どっちもいい」なのだ。なんで、わざわざどっちかを決めようとしていたのか。いまではもう、まったくわからない。いいと思ったら、どっちを選んでもいいし、なんなら、両方を選んでもいい。』

『トランクスかブリーフかビキニか、なんでもいい。こしあんか、つぶあんか。どっちもうまい。豆腐は、絹ごしか、もめんごしか、両方いい。
 選ばなきゃならいこともあるだろうよ、そしたら、その日、そのとき、どちらか選ぶだけだ。次の機会があるのだから、次にまた考えればいい。

 ぼかぁ、もう、まったく「毅然」としちゃってるのだ。迷いも後悔もない、どっちもいいんだもの。よくよく考えてみると、「どっちもいい」どころか、「あんまりよくなくてもいい」とさえ言える。ほんとはたいていのことが、「どっちでもいい」と、「どっちもいい」、「どれでもいい」なんだと思うんだよ。』

『・でも、たぶん人は「思考の練習」をしたいのだろうな。こしあんと、つぶあん、どっちがいいかを考えたいんだ。仲間に対案を出させたり、それをやりこめたりして遊ぶ。子どもがプロレスごっこをして遊ぶみたいに、「思考や判断ごっこ」や「論争ごっこ」をしたいんだね。
 きっと、ぼく自身にしても若いときは、そういうことがやりたくて、「どっちがいい」というテーマで遊んでいたんだろうな。だとしたら、これからは、よくあるようなどっちがいいの在庫から考えるんじゃなくて、もっと別の「思考や判断ごっこ」をしたほうがいいね。お笑いを仕事にしている人たちなんか、やってるもんね。「思考や判断ごっこ」って、お笑いの基礎なのかも。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。答えのおもしろさは、設問が決めてくれる。逆も、またある。』

たまに「歯磨き」について聞かれます。毎食後磨くのが良いか?朝食前か後か?等々。一日一回でもOKです、キレイになれば、と答えます。回数、歯磨き時間などの数字ではなくて目的は歯をキレイにすること。歯を使わなければ汚れませんが、そうはいきません。口の中の食器(歯)は替えがききません。その日の就寝時に口の中がキレイであればいいのです。

「どっちでもいい」・・これは前回「一膳九皿」で書きました、二食か三食か?それが問題だ!ではなく、その方(施設利用者)が必要としている回数(食事量)が正解です。離乳食や子供さんの歯磨きも同様で、何歳何か月だからではなく、その子供さんの歯の生え方、本数などで判断すべきでしょう。「ほぼ日」の言わんとすることと少々ずれるようですが、迷ったらゴール・目標・目的をきちんと見定めれば目の前の回数や数字はさほど重要ではないような気がします。電動歯ブラシの表示が二分だから終了ではないのです・・と思いますがね。続いて二題目9/1のほぼ日。

『・人は、山や森の景色を目にしたときに、ざっくりと「自然はいいなぁ」とか言います。しかし、自然というものの定義が、「人の手を加えない状態」であったとするならば、そこで目にしているものは自然ではないのであります。
 なんて、理屈っぽいことを言ってますが、早い話が、「自然に見えてるものは、人の手が入ってるよ」と。人の住む地域で「自然」として扱われているのは、だいたい「里山」と呼ばれる、人と自然の合作だよ、と。』

『人の手が入った自然ということばで、ふと思いました。人の身体も、「里山」に似ているんじゃないかなと。もともと、髪を切ったり、髭をそったりということも、服を着ることも、薬を飲むことも、人の手が入っています。人の身体という自然は、野生のクマやイノシシとちがって、生まれた次の瞬間から「里山」なんですよね。』

『じぶんのことを考えると、すごいですよ、手の入り方が。歯はインプラントのネジで顎の骨に差し込まれていて、歯そのものも数本がジルコニアだし、寝るときにはマウスピースをしています。メガネは近くを見るにも遠くを見るにも必要で、耳は必要に応じて補聴器をつけています。毎日、指示された薬をまちがいなく飲んでいるし、風邪をひいたりして別の薬が足されることもある。年に二回は身体のあれこれを最新の器械でチェックし、定期的に血液や尿からさまざまなデータをとっている。昨年の春からはワークアウトをまじめにやることにして、週に二回ずつはトレーニングをやっているわけで。
 人間のかたちをした「歩く里山」ですよ、ぼかぁ。』

『生まれたままのじぶんだったら、どうだったんでしょうか。少なくとも、歯についてはもう総入れ歯だったでしょうね。よく「医者にかかったことない」というご老人がいますが、そういう方がいざ症状を訴える段階になると、手をつけるのに困難な病気を抱えてたりもするらしいです。
 原生林みたいに、アメリカの自然公園みたいに生きるのは、実際、かなり人間には無理なんだよなぁと思うのです。ま、昔の人たちのように寿命が短ければ、あちこち悪くなる前に人生を終えていたんでしょうけどね。「人間は里山」、もとは自然だけれど、人の手が必要です。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。「人の手」が入るというのは、ある意味ありがたいことです。』

最後の下り「人の手が入るというのは、ある意味ありがたいこと」・・同感賛成です。ムシ歯予防・歯周病予防のコツはただひとつ!「歯は、磨いてももらうもの」ハッキリ言って(すみませんが)、ご自分だけでの歯磨きでは不十分です。その不十分さがムシ歯をつくり、歯周病を引き起こすのです。せめているのではなく、自分だけではできないことを知って欲しいのです。是非「人の手」を借りてください。皆様、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 629 一膳九皿

「九月来箸をつかんでまた生きる」橋本多佳子

2023/08/27投稿 8/28加筆
今週末は九月ですが気温は真夏のまま。句の解説は『多佳子は生来の病弱で、とくに夏の暑さには弱かったという。したがって、秋到来の九月は待ちかねた月であった。涼しくなれば、食欲もわいてくる。「さあ、また元気に生きぬくぞ」の気概に溢れた句だ。それにしても「箸をつかんで」は、女性の表現としては荒々しい。気性の激しさが、飛んで出ている。なにしろこの人には、有名な「雪はげし抱かれて息のつまりしこと」がある。この句を得たのは五十一歳。「箸をつかんで」くらいは、へっちゃらだったろう。しかも、この荒々しさには少しも嫌みがなく、読者もまた作者とともに、九月が来たことに嬉しさを覚えてしまうのである。九月来の句には感傷に流れるものが多いなかで、この句は断然異彩を放っている。ちなみに、若き日の多佳子は、これまた感情の起伏の激しかった杉田久女に俳句の手ほどきを受けている。「橋本多佳子さんは、男の道を歩く稀な女流作家の一人」と言ったのは、山口誓子である。(清水哲男)』(引用元)。今回は「一日二善」「一日二食」を踏まえての結論です。

前回前々回で、訪問診療中に施設の食事回数について感じたことを書きました。一日三食ではなく二食で良いのでは?。数カ所で「一日二食」の話をしました、ある施設で目撃した「一膳九皿」で結論が出ました。その日の昼食は「鮭のムニエル、サラダ、小鉢、ご飯」が標準。準備テーブルを見ていると、きざみ食、ミキサー食、水分摂取制限など、細かく利用者に合わせた膳が並びます。その中にひとつだけ皿数の多い膳を発見。数えてみると、なんと九皿が所狭しと並んでいます。これはこれは豪華ですねと、配膳係の方に問うと意外な答えが・・。

まず「一日二食」の結論から。数カ所で聞いた答えはおおかた次のようです。1)利用者の中には「こんなに(一日三食)は食べきれないから二食でいい」との声も確かにある。2)朝食はシンプルにパンと牛乳だから、そんなに時間や手間はかからない。3)施設説明時に「一日三食提供します」と「ここは一日二食です」なら、あなた(利用者家族も含めて)ならどちらを選びますか?・・というわけで「一日三食」です。

では「一膳九皿」のわけは?・・極めてシンプルでした。利用者(九十歳を超えた女性)の御家族が「おばあちゃんには、好きな物を好きなだけ食べて欲しい」と希望され、施設がその要望に応えて九皿であるとのこと。んー目から鱗でした。そうです!ここは病院ではないし、利用者は入院患者ではない。仮に残り少ない日々を「好きな物を好きなだけ」食べて欲しい。これには納得するしかありませんでした。職員さん曰く「いつも二割から三割しか食べられません」「食事量もご家族には報告しています」「それでもいいから豪華にしてくださいがご家族の希望です」。目から鱗の後、目頭が熱くなりました。

画像は黒砂糖です。南九州ではお茶請けによく登場します。少し前のことでした。訪問診療中に十時のお茶の時間、遠目に見ているとお茶と黒砂糖。職員さん「花子さんにはおまけでひとつ多く入れておくね」・・聞きながら「やめてくれ」と思いました。黒砂糖とはいえ砂糖です。ご自分での歯磨きは不十分な方が多く、結構口の中は汚れています。タイミングを見計らって職員さんに「黒砂糖は砂糖ですよね」「できれば他のものに」など話しました。他のものにと言った手前、探しました。黒砂糖よりムシ歯リスクが低く、コストパフォーマンスは同じくらいのお茶請けは?これが意外とないんです。

しかし「一膳九皿」を目撃してから探すことをやめました。おやつに、これはダメこれが良いよりも、何を召し上がってもいいのでメンテナンス(口腔清掃)をお任せください、の方がベターだと思ったからです。九皿同様、おやつは楽しみです。歯を守るためにおやつを変えるのではなく、食べた後の習慣(システム)を改善すべきであると思います。例えば、まず固形物(黒砂糖など)を出してあげて、ほぼ食べ終わってからお茶を出す。もしくは必ず最後はお茶で口の中を歯を洗うようにする、などです。もちろん、ご希望あらばメンテナンスいたします。

食べることは、多くの方にとって喜びであり幸せ。喜び優先なのか歯の健康が優先なのか?喜び優先であることは明白!黒砂糖、九皿・・その方の人生において喜びなのです。「食べるために」五年前に書いておりました、お時間あれば是非こちらも読みください。では皆様、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 628 一日二善

「餡パンの紙袋提げ夏の果」下山光子

2023/08/15投稿
立秋(8/8)はとうに過ぎていますが「夏の果」なぞ、程遠い日々です。句の解説は『季語は「夏の果(はて)」。そろそろ、夏もおしまいだ。朝夕には、いくぶんか涼しい風も吹きはじめた。あれほど暑い暑いと呻(うめ)いていたくせに、いざ終わりとなると少し淋しい気がする。そんな情感が、さらりと詠まれた句だ。なんといっても「餡パンの紙袋」を提げているのが良い。代わりに同じ食べ物でも、茄子や胡瓜などでは荷も句も重くなりすぎるし、かといって水羊羹や何かの菓子の類では焦点がそちらのほうに傾いてしまう。その点餡パンは、主食というには軽すぎるし、お八つというにははなやぎに欠ける。よほどの餡パン好きででもない限り、食べる楽しみのために買うというよりも、ちょっとお腹がすいた時のために求めておくというものだろう。だから、餡パンの紙袋を提げていても、当人にはいわば何の高揚感もない。いくつかの餡パンをがさっと紙袋に入れてもらい、ただ手にぶらぶらさせて歩いているだけである。その気持ちの高ぶりが無いままに、しかし四辺には秋の気配がなんとなく漂いはじめているのであって、このときに作者はさながら紙袋の軽さで夏の終わりを実感したというところか。深い思い入れではないだけに、逆にあっけなく過ぎていく季節への哀感がじわりと伝わってくる。『茜』(2004)所収。(清水哲男)』(引用元)。今回は前回「一日二食」への追加です。

タイトルを考えるに「一日一善」が浮かびました。改めて語源(由来)を調べてみてビックリ!「一日に善いことをひとつしましょう」と文字通り理解しておりました。では善いこと「一日一善」の善とは?

この「善」には六つあり、他人に対する「善」は大方ひとつのみで、他は自分に対する行いのようです。一日一善とは自分自身に対して「善いこと」しましょう!の意味なんです。

一日一善:「一日に一回は善い行いをして、それを日々積み重ねなさい」「「一日一善」は仏教の「六度万行」から来ています。お釈迦様は善い行いを六行とし、「布施=親切にする」「持戒=約束を守る」「忍辱=忍耐」「精進=努力」「禅定=反省」「智恵=考え智恵を高める」の六つから成り立った言葉です。この事から、お釈迦さまはこの六行のどれか一つでも一日の中で実践することで、他の五つも行ったと同じ事になるというように教えました。よって、一善というのはこの六行のうちのどれか一つの言うことを指し、それが元で「一日一善」という言葉が生まれました。」(出典はこちら)。

さらに詳しく調べると・・六度万行(ろくどまんぎょう)とは『布施持戒忍辱精進禅定智慧六度六波羅蜜)を成就するためのあらゆる善行・徳行のこと。『大品般若経』では「六度相摂」を説き、六度行の中に菩薩行のすべてが含まれているとする。浄土教では、そうしたすべての行の功徳が念仏に包摂されているとし、これをとくに六度念仏、あるいは方行念仏という。『無量寿経釈』には、念仏は正、万行は雑と説かれている(昭法全八四)が、その万行の眼目が六度行であることには変わりない。』(出典はこちら)。

布施:ふせ 出家修行者、仏教教団、貧窮者などに衣食その他を施し与えること。
持戒:じかい 戒律をたもつこと。破戒・捨戒に対することば。仏教に帰依する者の根本として生活態度を律すること。
忍辱:にんにく 耐え忍ぶこと、堪忍すること、認めること、忍可すること
精進:しょうじん ひたすら努力して怠けることなく、仏道にかなった善行を勇敢に実践し続けることを意味する
禅定:ぜんじょう 智慧を得るために精神を集中させること。
智慧:ちえ ものごとを判断し、決定する心の働き (全て引用元はこちら)。

他人への善なる行為は「布施」のみで、他の五つ「持戒・忍辱・精進・禅定・智慧」は自分自身への行為です。善行・善い行為というより、生き方における「善」です。先日(8/11)の朝日新聞「折々のことば」・・「なにもしないことはなにもしないのではなくて、悪いことをしているのだ 佐橋滋」

「一日一善」を今以上に心がけるならば、世の中の「一日一進」は可能です。画像にあるように「消防士は火の粉を被っても現場に飛び込んで行く」・・施設の関係者の方々、訪問診療に携わる皆様、いかがでしょうか。「一日二膳」を真剣に考えてみてはもらえないでしょうか。ではでは、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 627 一日二食

「よく噛んで食べよと母は遠かなかな」和田伊久子

2023/08/10投稿
「台風のたたたと来ればよいものを 大角真代」台風6号に関して同感です。以前より公共交通機関運休が早めすぎ長すぎのような気がします。句の解説『季語は「かなかな」で秋、「蜩(ひぐらし)」に分類。どういうわけか我が家の近隣では,ここ十数年ほど、まったく鳴いてくれなかった。それがまたどういうわけか、十日ほど前から突然にまた鳴きはじめたのである。数は少なくて,一匹か二匹かと言うほどに淋しいが,とにかく「かなかな」は「かなかな」である。素朴に嬉しい。そして、なんと昨日は朝の起き抜けにも鳴いた。まだ明けきらぬ四時半くらいだったか、一瞬空耳かと疑い,窓を大きく開けてたしかめたら、たった一匹だったけれど、やはり「かなかな」であった。早朝の鳴き声は,田舎にいた少年時代以来だろう。夕刻の声は寂寥を感じさせるが,早暁のそれは清涼感のほうが強くて寂しさはないように思われる。やはり一日のはじまりということから、自然に気持ちが前に向いているためなのだろうか。懐かしく耳を澄ましながら、しばししらじらと明けそめる空を眺めていた。伴うのが寂寥感であれ清涼感であれ,「かなかな」の声は郷愁につながっていく。「子供にも郷愁がある」と言ったのは辻征夫だったが、ましてや掲句の作者のような大人にとっては,「かなかな」に遠い子供時代への郷愁を誘われるのは自然のことだ。遠い「かなかな」,遠い「母」……。もはや子供には戻れぬ身に、母の極めて散文的な「よく噛んで食べよ」の忠告も,いまは泣けとごとくに沁み入ってくるのだ。私たち日本人の抒情する心の一典型を、ここに見る思いがする。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)』(引用元)。今回は歯磨きと「一日二食」について。

訪問診療でいろいろな施設に行きます。それぞれ特色があり、はたから見ると違いとして見えてきます。施設利用者の方々の口の中も十人十色、キレイな人もいれば汚れている人もいます。利用者のレベル(介護度、認知症程度等等)に大きく左右されますが、施設の方針の違いも影響するしているように思えます。ある施設は「自立支援」が目標。食堂の椅子から車椅子に移ろうとされる時に、手を貸そうとすると「ご自分でできることはご自分でしてもらいます」とのこと。歯磨きも同様「歯ブラシを持てる方には自分で磨いてもらいます」・・理解できないでもないです。椅子に座る行為(動作)は座ってしまえば完了します。しかし歯磨きは違います。洗面で歯ブラシを手に磨かれても・・「磨いた」と「磨けた」は異なります。食事の際にほんのひと口箸を付けただけで「食べました」とはなりません。ほぼ食べ終えて「食べました」です。

利用者の食後の口腔清掃介助はかなり大変です。口を開けてくれない、歯ブラシを噛む、嫌がる・・等々。ただ、訪問していると結構きれいにしていらっしゃる施設もあります。清掃介助は大変です!そこで汚す前に「汚れにくい、汚す量を減らす」方法を考えてみませんか?という提案です。
1)おやつを考える!ある施設の午前十時ごろ・・おやつの時間でした。お茶と小皿に「黒砂糖」(鹿児島では結構身近です)のかけらが数個。遠目に見ていると「おまけしとくね」ともう一個。歯科医師としてはアリャアリャです。歯の表面の汚れのきっかけは砂糖です。他のものに変えてみませんか?提案したらおそらく「費用の問題」開口一番出て来そうです。口の健康(言わばその方の寿命)と費用は、どちらが優先?

2)自立支援であっても清掃介助は必要!くどい様ですが「腰掛ける」と歯磨きは違います。可能であれば(利用者の方がさせてくれれば)介助は必須です。利用者の方の顔に汚れが付いていれば洗ってあげるでしょう。口の中の汚れ、歯の汚れ、義歯の汚れは他人には見えにくいだけなんです。介助が必要です。

3)施設利用者の食事を「一日二食」にする!今回の提案の中で最も真剣に考えて欲しいことが「三食から二食へ」です。雑誌サライの記事によると「現代では、基本的に1日3食が当たり前ですが、これが定着したのは江戸時代・元禄期(1688~1704年)以降のこと。江戸中期に、さまざまな産業の生産性が高まり、流通が盛んになるまでは1日2食が普通だったのです」(出典元)。一日三食は、端的に言えば江戸中期以降の食習慣に習っているだけのことです。医学的にも三食より二食が良いとの記事が目に留まります。

─―日本では一日3食が健康の基本だと教わります。あまり食事をしないほうが健康にいいということですか。
すべての人が実践できるアドバイスがあるとすれば、食べる回数を減らすことです。一日3食も必要ありません。」記事はこちら是非お読みください。

「胃腸は、4~5時間以上、食べ物を入れない時間をつくらないと正常に働いてくれないといわれています。消化・吸収の時間を考えても、それは正しいと考えます。
このため1回1回の食事の量を減らして回数を多く食べるよりは、食事の回数を減らし絶食時間を長くしたほうが、消化管の負担にもならず、栄養吸収の面でも効率的です。
もちろん、これは単にエネルギー摂取という意味だけではありません。胃腸に負担をかけず、かつ細胞にあるミトコンドリアをリセットする効果もあり、アンチエイジングにも効果的です。」記事はこちら、是非お読みください。

画像はミキサー食。一日三食であれば、ミキサー食利用者の食事は朝昼晩に仮に四皿あったとするとミキサーにかける回数は12回です。ミキサー食の方が6人いらっしゃったら、72回ミキサーにかけることになります。一日二食に変えたなら、労働量・労働時間も減ります。加えて歯の汚れる量・回数も減るのです。二食に変えようとして二の足を踏むのは「利用者家族への配慮」でしょう。しかし、そこは医学的根拠を説明して理解を求めるべきだと思います。

施設のモットーは「利用者の幸せ」と異口同音に言われるでしょう。そうであるならば1)おやつをしっかり考える 2)歯磨き介助をする 3)一日二食へ変える じっくりそれぞれの立場で考えてください、お願いします。皆様、ご自愛の程ご歯愛の程。