BBTime 594 やりたいこと

「疲労困ぱいのぱいの字を引く秋の暮」小沢昭一

2022/11/11投稿
本日ゾロ目日。「折々のことば」は朝日新聞のコラムです。句の解説に『そして同じように「ぱい」の字がわからないので、老眼鏡を掛けて字引を引いたという次第。疲労困憊。本来は今は初冬で秋の暮ではないのだが、今年は変に暖かく、まだ冬には早い感じ。でもすぐ冬になるのだ……、やれやれ』(解説より抜粋)。解説は25年前の1997年。鹿児島は今朝(11/11)なぞ生暖かい、やはり異常です!さて小生の場合「疲労困憊」とは、やりたいことをやった場合においてのみ出る言葉です。例えばフルマラソン完走直後、二日にわたる国家試験終了時など。大きな声では言えませんが小生やりたくないことは、とことんやりません(苦笑)。今回はムシ歯予防カフェ「おやつ堂」オープンについて。

建設中「シェラトンホテル」晩夏の画像。前々からお伝えしてきたムシ歯予防カフェ「おやつ堂」開店の見通しがつきました。来年2023年2月中旬にシェラトンホテルから徒歩3分の場所にオープンします!ムシ歯予防カフェ・・これが小生の「やりたいこと」。

奈良「樫屋:かしや」の葛焼き(栗)と薯蕷饅頭。おやつ堂の場所も決まり、現在お店で提供する(したい)お菓子やスイーツを調査中です。スイーツ調査・・それはそれは楽しい作業です。小生が勝手に選んでいるのは順不同にパニスのパン、C’Sスイーツラボのケーキ・焼き菓子、ベダ(Veda)さんのビーガンクッキー、くるみっ子の切り落とし、福美屋のドーナツ、くすもと食品の豆腐、樫屋の和菓子、とらやの羊羹、エピナールのチョコレート、トマトの実の野菜スープ、リミニのバスクチーズケーキ等々。

飲み物はもちろん、そんなバナナジュースがメインで、酢ぺシャルリンゴジュース、コーヒー、抹茶、ワイン、緑茶を考えております。・・なぜ「ムシ歯予防カフェ」なの?スイーツを提供するんでしょ。ハイハイ、その根拠は・・

C’Sスイーツラボのサンデーシュークリーム。根拠は・・メンバーの方には最低でも月に一回、きちんと歯磨きしてもらいます。磨き残しをこちら(歯科医師)がチェックして磨き残しをほぼゼロにします。購入チケットの回数によって異なりますが、月に最大25回チェックを受けることも可能です(25回チケットの場合)。10回チケットならば最大10回可能です。毎回はちょっと・・の時は、パスすること(飲食のみ)も勿論可能。メンバーの方は、最低月に一回は口の中がキレイになるので「ムシ歯予防カフェ」を謳っているのです。ちなみに飲み物は全て「砂糖ゼロ」・・歯は、磨いてももらうもの!歯は磨いても、もらうもの!

先日(10/23オンエア)ラジオで「おやつ堂」について話しております。SpotifyのPodcastsで聴くことができます、是非お聞きください。こちらです。プラマグについてはBBTime 556 Long Lifeをどうぞ。

プラスチックマグカップ4 仲間・・・しつこいです(笑)是非!

BBTime 593 磨きの真実

「焼芋を二つに折れば鼻熱し」吹田孤蓬

2022/10/24投稿 10/27リンク追加
焼き芋好きです、近頃食べてません。まずは句の解説『そのまんまの句。たしかに、焼芋は二つに折ってから食べる。折ると、湯気が鼻をつく。その一瞬をとらえた微笑ましい作品だ。いますぐに、焼芋を食べたくなった読者もいるのではないだろうか。私は、あまり食べない。ここ数年間は口にした覚えがない。なにせ戦後の食料不足時代に、芋ばかり食べていたので、どうしても当時のみじめな記憶が甦ってきて、食欲とは結びつきにくいからだ。最近、近くの武蔵野一中の創立五十周年記念スライドのためのシナリオを読んでいたら、弁当の中身は「芋だけだった」という記述に出会った。というわけで、わが世代は芋や南瓜には弱いのである。それと、焼芋を買って食べるという発想にもなじめない。とてつもない贅沢をするようで、後ろめたい思いがする。貧乏根性も、しっかり身についているらしい。(清水哲男)』(解説より)。今回は前回「足るを知る」を補足する内容です。雑誌Tarzan最新号(No.844)から。

仕事柄どうしてもこのような表紙に目が止まります。不思議なことに、この手の特集は「目と歯」のペアが多いようです。中身の多くは既に多くの方が周知していることですが、二箇所「ズバリ」真実が書いてありました。一箇所目は34ページ上段の「歯磨きは難しいです。歯医者さんや歯科衛生士が自分の口の中を完璧に磨き上げるのに15分かかるといわれているくらいです。それは無理としても、最低限これだけは必要という方法をお教えしますね」これは真実です。言い換えれば「歯科医師、歯科衛生士以外の普通の人には完璧磨きはできませんよ」となります・・これ真実です。もう一箇所あります!

同じページの下段に「プラークは洗口剤では取れません」とあります。言い換えれば「洗口剤や歯磨き粉を使ってもプラーク(歯の汚れ)は落ちません、歯ブラシで汚れを物理的に落とすことが唯一の方法です」

補足します。まずひとつ目の真実「普通の人には無理」・・なぜか?理由のひとつは解剖の知識の差です。歯科医師、歯科衛生士は歯の解剖を習っています。歯の形をしっかりと把握しています。歯の形態が隅々までわかるからこそ、全く見えない口の中の自分の歯を隅々まで磨くことが可能なんです(もちろん把握していない歯科医師・衛生士もいますが)。

二つ目の「洗口剤では取れません」・・今まで書いていますように「歯の汚れを落とすのは歯ブラシによる物理的除去のみ」です。洗口剤や歯磨き粉はほんの少し手助けはしますが、これら薬剤でプラークは落ちません。びくともしません!歯の汚れ=バイオフィルムについて詳しくは「鰯の頭も!」もどうぞ。

よって「歯は、磨いてももらうもの」・・これが最も効果のある(エビデンスのある)予防法です。しつこいですが「歯は磨いても、もらうもの」!・・ハイハイ、あんたの言う事はわかった、ではどこで磨いてくれるの?・・いい質問です。余談ですが上の画像は「歯磨き達磨」。
1)かかりつけ歯医者を持つ方は・・おそらく数ヶ月(多くは三ヶ月)ごとにメンテナンスに通ってらっしゃると思います。可能ならば次回「月に一度、磨いてほしい」と言ってみてください。多分「OK」だと思います。もちろん保険でカバーできます。月一回がオススメです。
2)かかりつけの無い方・・早速かかりつけを見つけましょう。

3)「んー歯医者には行きたくないなぁ」の方は・・しばしお待ちを、来年2月(2023/02)にムシ歯予防カフェ「おやつ堂」を開きます。バナナジュースやスイーツを楽しみながら予防可能です(1号店は鹿児島市)。では皆様、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 592 足るを知る

「鯛焼のあんこの足らぬ御所の前」大木あまり

2022/10/20投稿
最近「鯛焼」食べてません。解説は『朝夕はだいぶ冷え込むようになってきた。辛党の私でも、ときどき街でホカホカの鯛焼きを食べたい誘惑にかられるときがある。まして、作者は女性だ。旅先の京都で鯛焼きを求めたまではよかったが、意外に「あんこ」が少なかったので、不満が残った。庶民の食べ物とはいえ、さすがにそこは京都御所前の鯛焼き屋である。上品にかまえているナ、という皮肉だろう。それにしても、御所の前に鯛焼き屋があったかなあ。どなたか、ご存じの方、教えてください。ついでに「あんこ」の量についても。無季。『雲の塔』所収。(清水哲男)』(解説より)。てっきり「鯛焼」が季語で、晩秋か冬と思っておりました。さて今回は「足らぬ」が完成形なのだ!のお話。

ほぼ毎日アクセスする「今日のダーリン」10/15付は、
『・「たいしたことないやつ」としてのじぶん。それは、とても本気で思っていることだ。謙遜とか腰が低いとか、ぜんぜんそういうことじゃない。ほんとうに、ただ「たいしたことないやつ」なのだ。
 いい人ぶって言ってるのでない証拠に、こう続けよう。じぶんばかりでなく、だいたいほぼすべての人が「たいしたことないやつ」なんだと思っている。天才と呼ばれる人も、偉人と言われている人も、立派な人も、博愛の人も、大物も、超人も、みんなどの人だって、ずうっと近くにいたらなにかしら弱いところだとか、欠点やら嫌なところがある。
 近くにいる人にさえわからないとしても、そのご当人が、おそらくじぶんが「たいしたことないやつ」であることをわかっていることだろう。ご本人が「なにを言うか、わたしはたいしたものだ」と言い返してきたとしたら、それはそれでもう、「たいしたことないやつ」の資格は十分だよね。
 人間だもの。っていうか、人間なのだから。人間というのはそんなにたいしたものじゃない。人間は「たいしたことないやつ」が完成形なのだ。』

『天才も偉人も王様も、「たいしたことないやつ」なりに、あれやこれやにがんばったりしたというだけのことだ。すごいことやったにしても、毎日毎時ひっきりなしにすごかったわけじゃないに決まってる。寝たり食ったり厠にでかけたりしている時間は、少なくともたいしたことはしていないだろうよ。それは、とても当たり前のことだ。

 ぼくも、けっこう長いことまちがえていた。若いときは「たいしたことないやつ」だということを、なかなか認めたくなかったような気がする。
 さて「たいしたことないやつ」だと、なにもできないのか? ぜんぜん、そんなことはない、すっごくいろいろできる。人にやさしくもできるし、でっかいことだってできる。
 あの建物も、あの仕組みも、あの発明も、あの演劇も、さまざまな「たいしたことないやつ」が集まってつくった。みんなが「たいしたことないやつ」で、ピカソだとか、ウサイン・ボルトだとかも、そのなかのひとりなのだ。ぼくもきみも「たいしたことないやつ」のひとりなのだ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。再度言う。人間は「たいしたことないやつ」が完成形なのだ。』

最後の文章『人間は「たいしたことないやつ」が完成形なのだ』を言い換えれば、「足るを知る」でしょう。この言葉、よく使われる意味は「身分相応の満足を知ること。身分という言葉を聞くと、社会的な地位を連想するかもしれませんが、このことわざでは自分の置かれた立場や今の状況などを指しています」(引用元はこちら)。小生の「足るを知る」の解釈は少し違っており、ほぼ日にあるように「未完成が完成形である」が現実であり、「人において完全はない、パーフェクトはない」です。

さて本題・・「歯は、磨いてももらうもの」なんです。足りないのが本来の姿、ご自身で完璧にできることはおそらく何ひとつ無いのです。当然、ご自分の口の中を完全に磨く、キレイにすることは無理難題不可能なこと。ゆえに「歯は磨いても、もらうもの」。お子さんだけではなく、いくつになっても仕上げ磨きが必要なんです、本当は。仕上げ磨きが最も効果のあるムシ歯予防法なんです!

では、なぜ大人は仕上げ磨きをしてもらえないのか?それは構図が出来上がってしまったからです。「歯は自分で磨くもの」「歯磨き粉は使うもの」「歯は洗面で磨くもの」「歯医者は治療するだけ」等々。イメージしてください・・もし、高校生が親に仕上げ磨きしてくださいと言ったら・・「自分で磨きなさい」「あなた幾つ」「そんなみっともない」。では髪の毛はどうでしょう、床屋・美容室に行って「髪切ってください」と言ったら「はい喜んで!」となるでしょう。同じです、理由は自分で完璧に磨けないから。この話で伝えたかったことは「人は不完全である」「歯は、磨いてももらうもの」の二点です。皆様、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 591 好きなカフェ

「突抜ける青が好き青十月の」北島輝郎

2022/10/08投稿 10/12夜ニカクモノ追加
画像は十月三日(月)朝七時半、磯からの桜島です。句の解説は『直球。ストレートに、十月をむかえた喜びを歌っている。爽やかな十月。今年も、そうあってほしいものだ。。さて、せっかくの爽やかな句の雰囲気に水をさすようだが、今日は一理屈こねたくなっている(えっ、いつものことだって、……すみません)。そんな気分になったのは、句の「好き」に触発されたからだ。いつの頃からか、俳句や短歌に「好き」だの「嫌い」だのという生(なま)の感情がそのまま詠まれるようになってきた。とてもひっかかる言葉遣いだ。理由は、もとより「好き」や「嫌い」は誰にでも生ずる感情だけれど、それを生で表現することの意図がわからない点にある。そうした作品を読むと、「好き」「嫌い」は作者の勝手であるが、読者である私はそう言われても困ってしまう場合が多いのだ。そこのところを、作者は読者が困らないように説得するのが「作品」であるのに、それをしていない「作品もどき」が大半である。私の常識では、この種の書き物を文学とはとても呼べない。文学以前に、作者がそうした個人的にしか通用しない生の感情を、なぜ作品として発表したいのか。他人に読んでもらいたいのか。不可解すぎて欠伸が出てしまう。社会常識もたいしたものではないことを前提にして言うのだが、こうした表現などをひっくるめて、世間は「変態」と呼んできた。ただ、私に言わせれば「変態」も結構なのだけれど、幼稚な「変態」は「嫌い」だということである。(清水哲男)』(解説より)。結局、清水氏はこの句を評価されているのだろうか?さて今回は「好きなカフェ」のお話。

これは「coffee innovate:コーヒーイノベート」。昨年晩秋、アジアンテイストのレストラン「ARTON:アートン」に行ったところ、二軒先工事中。尋ねるとカフェができるそうな・・そこがイノベートでした。TJカゴシマ10月号No.509に見開き2ページで登場。

このカフェ、ヨイショするわけではないのですが・・スゴイんです。コーヒーと週一回納入されるビーガンスイーツ(Veda Sultenfuss)もさることながら、マスターの人間関係が凄いんです。全国区イラストレーターラッパー写真家(デザイナー)、木工鉄工家他、料理人、音楽人、ヤクルトレディーに至るまで!来年2月開店のムシ歯予防カフェ「おやつ堂」の相談にも乗ってもらってます。(おやつ堂:ホテルシェラトン鹿児島から徒歩三分の場所に来年2月オープン!)

人間関係も特筆物ですが、マスターご自身が特筆者。太宰治から鈴木大拙まで、本を読んでる読んでる!マスター相手に討論なんて、十年どころか百年以上早いと思わせる読書量と見識と自己理論を持っていらっしゃいます。是非カフェに来て人生を哲学を文学をコーヒーを、マスターと語って欲しい、と思いながら通ってます。山頭火の句に「へうへうとして水を味ふ」があります。へうへうを漢字で書けば「飄々:ひょうひょう」。さしずめマスターは「飄飄として珈琲を味ふ」・・・ですが、頭や心の中は桜島に劣らず熱いドロドロが回っております。もし、対応が素っ気なく感じられたらマスターがシャイなだけなんです(おそらく)。

イノベートに来るといつも感じます。世の中に「不可能は無い!」。マスターに相談すると、何かしら情報やヒントを返してくださるし、店に来るまで「Impossible」と思えたことが、店を出るときには「I’m possible!」に変わっているのです、気持ちの中で。

何の目的でカフェに足を運ぶかは、人それぞれ店それぞれ。小生の中ではcoffee innovateのメインメニューは奇しくも福岡美美(びみ)の伝票に書いてあった文章ではないかと思うのです。
『ダルマサンガコロンダすきに 世の中も変わっとる ゆっくり珈琲ば飲んで 元気に起き上がってみんしゃい 何か手があるや呂』(昔の伝票の裏の文章)。こちらもどうぞ。
皆さま、是非コーヒーイノベートに。ご自愛の程ご歯愛の程。

追加10/12 coffee innovateの仕掛けのひとつ「第二回コーヒーイノベート作文コンクール」への投稿文です。今回のテーマは「夜に書く文」・・だったような。

夜ニ「カク」モノ
夜に「かく」もの、あぐらで酒飲み
夜に「斯く」もの、酒を飲み飲み斯く斯くしかじか
夜に「かく」もの、飲んで眠って高らか鼾
夜に「欠く」もの、歯磨き忘れ歯を欠くムシ歯
夜に「掻く」もの、蚊に刺され痒い痒い
夜に「欠く」もの、夜空の月
夜に「欠く」もの、お茶碗欠いた悪い夢
夜に「カク」もの、ふと目覚め男性諸氏の独り遊び
夜に「駆く」もの、二度寝して夢は枯野を駆け巡る
夜に「書く」もの、面白味に欠くこの駄文


BBTime 590 煩悩ニュートラル

「百八はちと多すぎる除夜の鐘」暉峻康隆

2022/9/28投稿
九月の終わりに除夜とは気が早すぎるのですが・・あしからず。解説には『季語辞典で、鹿児島県志布志町の寺に生まれた暉峻は、百八の鐘のルーツを探っています。以下、要旨を記します。江戸中期の禅宗用語辞典『禅林象器箋』(1741)に「仏寺朝暮ノ百八鐘、百八煩悩ノ睡ヲ醒ス」とあり、寺の百八の鐘は毎日の朝暮の鐘のことだった。それをサボッテ、除夜だけ百八鐘を撞くようになったのは江戸後期からである。』(解説より抜粋)。百八の由来は諸説あるようです。今回は煩悩についてのエッセイ。

文藝春秋とnoteの共同コンテスト「文藝春秋SDGsエッセイ大賞」に提出した文章です。タイトルはカーボンニュートラルならぬ「煩悩ニュートラル」
 『昔のこと。民放テレビ局の周年記念で、マーガレット・サッチャー氏の講演を聴いた。「無理がなければ無駄がない」の言葉が心に残る。常々御意と思う。逆を言えば「無理をするから無駄が生じる」。しかし所詮ひとの世、生きていくためには無理をする。もっと便利に、もっと美味しく、もっと快適に、もっと速く、もっと売れるようにと枚挙にいとまがない。全て煩悩のなせる技である。
 NASAがスペースコロニー研究のために作ったエコスフィアというモデルがある。ガラス球に数匹のエビ、藻、空気、人工海水が密閉されており、適度な光と温度のみ与えることで、この小宇宙は数年にわたり持続可能であると言う。一切無駄が無いのでサステナブルなのである。ひとの世において「無理しない」「無駄がない」は無理な話、しかし無理を減らす、無駄を減らすは可能だ。否、せねばならない。そこで、カーボンニュートラル同様「煩悩ニュートラル」の提案。
 日々歯科診療に携わっていると切に思う。歯科医なりたての頃は「甘いものを控えてください」と本気で言っていたが、今は「食べたらケアしてください」と話す。ムシ歯予防は可能である、ムシ歯になる前に足を運んでくれれば確実に予防できる。ヒントとなる経験をひとつ。タオル洗濯の際、洗濯機にタオル・洗剤・水の順に入れて回すと、途中でタオルが偏り止まった。そこで一案、まず洗剤を入れ、水を張り、そこにタオルを入れていけば止まることなく完了する。タオル・洗剤・水は同じ、順序を変えるだけで結果が異なる。

 「予防にまさる治療なし」と言うが、あまたの病の中でムシ歯のみがほぼ完璧に予防できる。問題が起きてから足を向けるのではなく、日頃何も無い時に来て欲しい。ムシ歯になる前に予防処置をさせて欲しい。順序を変えるだけで健康が維持できる。後手後手医療から先手先手予防へ。歯は磨いてももらうもの。美味しいもの、甘いもの、好きなものを食べることは「喜び」すなわち煩悩。煩悩を満たすからには、見合う努力を多少なりとも生活に加えるべきであろう。努力とは精進、煩悩と精進はセットである。
 煩悩ニュートラルは新しいことではなく、昔から生活の中に存在している。「放生会」や「ラマダンにおける断食」などはその好例であろう。ひとだからこその煩悩を、ひとの知恵をもって帳尻を合わせる。煩悩ニュートラルによって地球を守ることは必ずや可能である。』
まもなく九月尽、今年も残り四分の一。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。


BBTime 589 ifの壁

「月の夜のワインボトルの底の山」樅山木綿太

2022/9/18投稿 9/19「おやつ堂」リンク追加
ワイン瓶底の「そこ」は知っていましたが「山」とは!。解説には『人がワインを手にしたのは古代メソポタミア文明までさかのぼる。醸造は陶器や革袋の時代を経て、木製の樽が登場し、コルク栓の誕生とともにワインボトルが普及した。瓶底のデザインは、長い歴史のなかで熟成中に溶けきらなくなったタンニンや色素の成分などの澱(おり)を沈殿させ、グラスに注ぐ際に舞い上がりにくくするために考案されたものだ。便宜上のかたちとは分かっても、ワインの底にひとつの山を発見したことによって、それはまるで美酒の神が宿る祠のようにも見えてくる。ワインの海のなかにそびえる山は、月に照らされ、しずかに時を待っている』(解説より抜粋)。今回は底ではなく、ワイン畑の周りに見られる壁(クロ:cols)・・にかこつけて「ifの壁」。山についてはBBTime 061 知る人ぞ得!もどうぞ。

画像は仏ブルゴーニュ、ロマネ・コンティの畑。周囲をクロと呼ばれる壁(塀)で囲ってありますが、さほど高くはありません。大人であればあれば跨ぐことができる程度です。ウサギなどの小動物の侵入を防ぐためのクロなので、この高さだそうです。今回の「ifの壁」・・まずは次の画像をどうぞ。

マグカップ外側のレリーフ「Plastic Products can be lifelong companions if you care for them.(プラスチック製品であっても一生モノになり得ます。あなたが大切にすればね)」。マグカップについてはBBTime 556 Long Lifeをご参照のほど。この文章が好きです。「Plastic Products」を「Your Teeth(あなたの歯)」に置き換えれば、ムシ歯予防メッセージになるではありませんか!反芻するうちに「if」がキーだと気が付きました。if以下の「もし、あなたがケアすれば」・・これが「ifの壁」。「言う易く行うは難し」が人の世。そうであれば、壁(塀)が低ければ低いほど、ムシ歯予防は容易になり、マグカップであれば「一生モノ」になり得ます。

いかに「ifの壁」を低くするかがプロのワザでしょう。ちなみにナガオカケンメイ氏デザインのこのプラマグは、カップデザインもさる事ながら、LINEを使っての場作りによって仲間作り・仲間のチャットを可能にしておられ、マグカップへの愛着を増幅させる(育くむ)仕組みになっているように思います。仲間とは「作り手」「伝え手・売り手」「使い手」の全てを含みます。

先日、ブルーボトルコーヒーのコールドブリュを飲みました、美味でした。さて小生、歯科医の考える「ifの壁」を低くする仕掛けとは・・ズバリ「カフェ」です。カフェでムシ歯予防ができたなら、ムシ歯予防のためにカフェに行くとなれば、それは低い壁になるのではないでしょうか。いやいや、ムシ歯予防のために定期的に歯医者に言っているよとおっしゃる方、是非お続けください。かたや行っていない人の壁は何でしょう?小生はカフェが壁を低くすると思います、低く出来ると信じます。来年二月、ムシ歯予防カフェ「おやつ堂」オープンです!情報はインスタグラム@oyatsu.doにて。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。ご紹介する曲はもちろん「if」!

BBTime 588 月夜の駄文

「夕月夜人は家路に吾は旅に」星野立子

2022/09/13投稿 9/15旧敬老の日「曲」追加 9/16三曲追加
句の解説は『これから旅に出る作者が、駅へと向っている。私にも何度も覚えがあるが、重い旅行鞄を提げ、勤め帰りの人たちの流れに逆流して歩く心持ちは、妙なものである。旅立ちの嬉しさと、束の間にせよ、住み慣れた町を離れる寂しさとが混在するようなのだ。「夕月夜」だから、天気はよい。それがまた、かえって切なかったりする。そんな気持ちを、言外に含ませている句だ。夜行列車で出かけるのだから、かなりの遠出を想像させる。新幹線のなかった時代には、東京大阪間くらいでも、多くの人が夜行を利用していた。昼間の急行でも九時間以上はかかったので、よほど早朝に乗らないと、着いた先では夜になってしまう。それよりも、寝ながら行って朝着いたほうが、気持ちもよいし時間の経済にも適うという心持ちであり理屈であった。ところで「夕月夜」だが、単に日の暮れた後の月夜ではなく、新月から七、八日ごろまでの上弦の宵月の夜を言う。夕方出た月は、深夜近くにはもう沈んでしまう。そんなはかない月の姿も、掲句に微妙な色合いを与えている。ちなみに今宵の月は満月を過ぎたばかりなので、厳密には句の感興にはそぐわない。『実生』(1957)所収。(清水哲男)』(解説より)。今回は最近書いた駄文二文。

「coffee innovate:コーヒーイノベート」春過ぎから足繁く通うようになりました。奇妙な面白い不思議な珈琲スタンド(カフェ)です。今夏にナント!作文コンクール開催でした。そのコンクールに投稿した駄文二文、ご披露します。月愛でながら、コーヒー片手にお読みください。

「句読点」
ウイスキーよりワインを好む。持論だが、嗜好品にはそれぞれの役割がある。ウイスキーは過去へのタイムマシン。10年ものであれば10年前に、30年ものであれば30年前に思いを馳せる。残念ながらその多くは回顧ではなく反省であり後悔、みなほろ苦い。ひとり静かに、バーの棚に目を泳がせながら聞くともなくジャズに耳を貸す・・これが小生のウイスキーの飲み方。かたやワインは今。手にしたワインのエチケットを眺め抜栓する。グラスにトクトクと注ぎ鼻を入れ口に含む。トクトクがワクワクとなり、脳の中で花開く。魅惑的な人と初めて話す時のようなワクワクである。さて、コーヒーはいかに。
 その昔「コーヒーは日常における句読点」とは美美(びみ)のマスターの言葉、言い得て妙。緑茶は読点にしかなれず、紅茶は句点、コーヒーのみが句読点となりうる。朝起きて鉄瓶を火にかけ豆を挽く、湯が沸くと温度計で確かめ、秒を計りながら湯を落とす。湯気の中の薫りを探りカップに口をつける。目覚めの儀式となっている。新聞やネットに目を走らせながら、粗熱が抜けていくとともに変化する薫りと味を楽しむ、至福の時。
 賞状の文章には句読点がない。勝手に解釈するに、賞状の文章は見る文章であり、読むものではないのだ。日常において句読点がなかったらどうなるだろう。昨年のこと、コロナ禍における飲食店時間短縮中、一人暮らしのバーテンダーが店を閉めた。時に二週間、長い時で四週間。日々の会話はコンビニやスーパーでの「ありがとう」くらい、気が滅入ったとのこと。日常における何気ない会話、仕事中の必要な会話、家族とのまさに日常会話。会話がなければ、句読点も必要ない。日常に句読点がなかったらこうなるのかも。
 日々の句読点、これがコーヒー。流されがちな日常に「喝」を入れ、日々是好日を実感させてくれる。一日の流れにメリハリをつけてくれる、リズムを与えてくれる。そして安堵の一杯である。珈琲美美の伝票には「ダルマサンガコロンダすきに 世の中も変わっとる ゆっくり珈琲ば飲んで 元気に起き上がってみんしゃい 何か手があるや呂」と。そんなコーヒーが私は好きだ。

「クラインガルテン」
このドイツ語をご存じだろうか。直訳すると小さな庭、ドイツにおいて二百年以上の歴史を持つレンタル市民農園で、その多くは集合住宅が集まる都市中心部から離れた郊外にあり、小屋が併設されているものもある。週末になるとドイツ市民は野菜づくりに勤しみながら畑の脇でBBQしたり、小屋でくつろいだりと、実益を兼ねたレジャーとして人気だそうだ。先日、近所の「カフェ」でこの言葉を思い出した。
「カフェ」とはひと昔前まで喫茶店と呼ばれ、コーヒーそのものでもある。以前、美美(びみ)のマスターから興味深い話を聞いた。もともとコーヒーチェリー(コーヒーの実)の果肉部分を乾燥させた、いわば「干しコーヒーチェリー」が商品であった。それを適量口に入れ、噛んで滲み出る汁を飲み込んではまた噛む、まさにチューイングガムのようなもの。この「干しコーヒーチェリー」をクチャクチャしながらお喋りに興じる、その時のクチャクチャ音がお喋り「チャット」の語源だそうな。さて、ベドウインはその「干しコーヒーチェリー」を商品として交易の旅に出るが、いかんせんカビたり腐ったりする。いつしか果肉に代わってコーヒー豆が主役となり、乾燥豆ゆえより遠くまで流通するようになったとのこと。
「チャット」とは、今でこそネット上での対話も指すが、もともとおしゃべりである。古来、コーヒーとお喋りは好相性だが、飲みながらの対話はコーヒーが興奮剤であるためか時に討論となり激論化することもあったろう。近代、知識人や文学・美術などさまざまな分野のオタクが集い刺激し合う場としてカフェが存在し重要な役割を果たしてきた。まさにカフェでのチャットが「カルチャ」を生み育ててきたと言えよう。
「カルチャ」と言えば、そのカフェにはコーヒーの香りに加え文化もかなり匂う。日常的に絵画、絵画的アート、立体造形の展覧があり、壁には日々変貌するアート「花」が生けてある。カウンターにはイータブルアート(食べられるアート)といえるビーガンスイーツが並び、カフェの一角には「坐って半畳」の茶室が不思議な空間を醸し出している。はたまた鉄製十六角柱椅子が片隅に鎮座しており、店主と常連客が太宰治について熱く語っている。時にライブが催されると聞く。カルチャの雰囲気漂うというより、ここでは「文化空気」を吸いながらコーヒーを楽しめる。
ご存じの通り「カルティベート:耕す・栽培する」がカルチャーの語源である。なるほど「クラインガルテン」を思い出したのも合点がゆく。ここでは様々な文化野菜が植えられ栽培されている。小生のクラインガルテンはここである。そう言えば、カフェの名はカルチベートに似ていたような気がする。

さて珈琲イノベートは、現在第二回目の作文コンクール募集中です。テーマは「夜に書いた文章」・・結局、何でも可?興味ある方はこちらへ。秋の夜長、皆さまご自愛の程ご歯愛の程。

追加:この時期、口をついて出るのが(出したくなるのが)・・
「月月に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月」詠み人知らず
詳しくはこちら。・・八つの月が出てきます、曲を追加します。まずは二つ。

残り三つはまた。9/15

ラスト一曲はどうしましょうかね。・・ラストはこの人の「月」

BBTime 587 しゃぼんだま

「水金地火木土天海冥石鹸玉」守屋明俊

2022/9/9重陽の節句 明日9/10は中秋の名月
石鹸玉の読みは「しゃぼんだま」春のようです。解説は『季語は「石鹸玉(しゃぼんだま)」で春。「水金地火木土天海冥(すい・きん・ち・か・もく・ど・てん・かい・めい)」は、水星から冥王星まで,惑星を太陽に近い順に並べた覚え方だ。昔,小学校の教室で習った。先生は「ど・てん・かい・めい」と平板に流さず,この部分を「どってんかいめい」とまるで一語のように発音されたことを覚えている。とかくあやふやになりがちな後半の部分を,強く印象づけようという教授法だったのだろう。おかげて私たちは、惑星というと、前半よりもむしろ「どってんかいめい」のほうに親近感を覚えることになった。さて、掲句。楽しい連想句だ。いくつも「石鹸玉」が飛んでいるのを眺めているうちに,作者はふっと「どってんかいめい」を思い出したのだろう』(一部抜粋)。前回「BBTime 586 惜しい惜しい」の補足のお話。ちなみに冥王星は惑星ではなくなりました(2006年)。

さて上のイラストは石鹸などを使うと汚れが落ちるメカニズムを表しています。界面活性剤(かいめんかっせいざい)という言葉を耳にされたことがあると思います。コロナウイルス完成拡大防止で盛んに石鹸などでの手洗いが推奨された理由でもあります。『界面活性剤は、界面(物質の境の面)に作用して、性質を変化させる物質の総称です。構造としては、1つの分子の中に、水になじみやすい「親水性」と、油になじみやすい「親油性」の2つの部分を持っています。この構造が、本来、水と油のように混じり合わないものを、混ぜ合わせるのに役に立ち、汚れを落とす洗浄の働きをするのです。代表的なものに石鹸(脂肪酸塩)があります』(引用元はこちら)。界面活性剤の働きによって汚れは落ちやすくなります。先に結論を申しますと・・なんと!歯の汚れは落ちません!歯の汚れ(バイオフィルム)は物理的刷掃、すなわち歯ブラシの毛先で磨いて落とさないと取れないのです!繰り返します、歯磨き粉を使っても歯の汚れは落ちません!こちらもどうぞ。

では、なぜ歯磨き粉を使うの?・・答えは「(初めは)歯磨き粉を買ってもらうためです」(詳しくはこちら)。なぜ歯磨き粉ペプソデントは売れたのか?「クエン酸とともに一定量のミント油などの薬品が含まれている」「ひんやりした刺激さえあれば、口の中がきれいになった気がします。刺激があるからといって洗浄力が上がるわけじゃありません。ただ、効果があるという気にさせてくれるんです」(引用元は「習慣の力」)。

では歯磨き粉の役割は?手を洗った後のハンドクリームと同じです。歯の表面をいたわる、歯茎に対する歯周病予防効果などです。画像の歯磨き粉は大人の方にオススメで、メーカーサイトには 
1.4つの薬用成分を配合し、歯周病を防ぎます。
2.ラウロイルサルコシンナトリウムが浮遊菌を殺菌し、口臭を予防します。
3.フッ化ナトリウムを1450ppmF配合。再石灰化を促進し、ムシ歯の発生と進行を防ぎます。
4.粘性の高いジェルなので、歯肉や歯周ポケットに薬用成分が長くとどまります。
5.弱ってきた部位をやさしく、じっくりみがける研磨剤無配合組成です。」とあり、「研磨剤無配合」研磨剤は入ってません、と明記してあります。

まとめます。歯磨き粉使用はハンドクリームと同じで、歯を磨いた後に使ってください。まず、うがいをして唾液磨きを最低でも2分以上行います。磨いた後に歯磨き粉をほんの少し(小豆大から大豆大)つけて、歯に満遍なく行き渡るように塗り付け、うがいはしません。歯磨き粉の混ざった唾を吐き出して終わりです。どうしてもはじめから歯磨き粉を使いたい方は、途中や最後にうがいは禁物です。勿体無いです。

くどい様ですが、歯磨き粉には石鹸のような汚れを落とす作用はありません。磨いた後の歯や歯茎をいたわる成分が入っています。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。

https://youtu.be/YVHZ4dmrV3U

BBTime 586 惜しい惜しい

「閑さや岩にしみ入蝉の声」松尾芭蕉

2022/9/3久しぶりの投稿
お久しぶりです。これほどまでに間隔があいたのは初めてです。さて前回の「惜しい欲しい」の続きです。まずは少々季節外れですが句の解説から『芭蕉のあまりにも有名な句ゆえ、ここに掲げるのは少々面映いけれど、夏の句としてこの句をよけて通るわけにはいかない。改めて言うまでもなく『おくのほそ道』の旅で、芭蕉は山形の尾花沢から最上川の大石田へ向かうはずだった。けれども「一見すべし」と人に勧められ、わざわざ南下して立石寺(慈覚大師の開基)を訪れて、この句を得た。「山上の堂にのぼる。岩に巌を重ねて山とし、松栢年旧、土石老て苔滑に、岩上の院々扉を閉て、物の音きこえず。云々」と記してこの句が添えられている。(中略)天地を結ぶ閑けさとただ蝉の声、それは決して喧騒ではなく澄みきった別乾坤だった。あたりをびっしり埋め尽くした蝉の声に身を預け、声をこぎ分けるようにして、汗びっしょりになりながら芭蕉の句を否応なく体感した。奇岩重なる坂道のうねりを這い、途中の蝉塚などにしばし心身を癒された。芭蕉の別案は「山寺や石にしみつく蝉の声」だが、「しみ入」と「しみつく」とでは、その差異おのずと明解である。』(解説より抜粋)。小生、週に一度坐禅をします。八月は三回、一回目は「まさに蝉時雨」、二回目は「ひたすら雨音」、三回目は「無音」でした。尤も無音とはいえ早朝の街の音は流れてきます。一回目「蝉時雨坐禅」終了時、なんとも言えぬ心地良さでした。ここまでは枕、もうひとつよくご存じの句。

「古池や蛙とび込む水の音」松尾芭蕉
解説は『俳句に関心のない人でも、この句だけは知っている。「わび」だの「さび」だのを茶化す人は、必ずこの句を持ち出す。とにかく、チョー有名な句だ。どこが、いいのか。小学生のときに教室で習った。が、そのときの先生の解説は忘れてしまった。覚えておけばよかった。どこが、いいのか。古来、多くの人たちがいろいろなことを言ってきた。そのなかで「実際この句の如きはそうたいしたいい句とも考えられないのである。古池が庭にあってそれに蛙の飛び込む音が淋しく聞えるというだけの句である」と言ったのは、高浜虚子だ(『俳句はかく解しかく味う』所載)。私も、一応は賛成だ。つづけて虚子は、この句がきっかけとなって「実情実景」をそのままに描く芭蕉流の俳句につながっていく歴史的な価値はあると述べている。この点についても、一応異議はない。が、私は長い間、この句の「実情実景」性を疑ってきた。芭蕉の空想的絵空事ではないのかと思ってきた。というのも、私(田舎の小学生時代)が観察したかぎりにおいて、蛙は、このように水に飛び込む性質を持っていないと言うしかないからだ。たしかに蛙は地面では跳ねるけれど、水に入るときには水泳選手のようには飛び込まない。するするっと、スムーズに入っていく。当然、水の音などするわけがない。そこでお願い。水に飛び込む蛙を目撃した方がおられましたら、ぜひともメールをいただきたく……。(清水哲男)』(解説より)。先日カフェでの話に、この句が登場。一説によると、この句の元は「禅の公案」とのこと。公案とは老師が雲水に出す問題のことです(詳しくはこちら)。

おそらく学校では「古池があって蛙が飛び込み・・チャポン」のような場面を句にしたと習われたことでしょう。先程の「一説」が源だとすると、それはそれは深遠な解釈が必要な一句なのです。難解ですのでそのまま引用します(引用元はこちら)。
『松尾芭蕉の句集『春の日』に以下の有名な句があります。
古池や 蛙飛びこむ 水の音
一説では根本寺(現在の茨城県鹿島)住職の佛頂和尚のもとで臨済禅に参じた折の一節が元になっていると伝わっています。根本寺と鹿島神宮の間で領地争いが起こり、佛頂和尚は末寺であった臨川庵(深川。現在は臨済宗妙心寺派臨川寺)に幾度となく滞在していました。和尚の滞在中に芭蕉が訪れ、参禅を重ねていたようです。佛頂和尚が尋ねました。如何なるかこれ、青苔未生以前の本来の面目。
青々とした苔が生き生きとしているけれど、苔が発生する以前の本来の面目とは何か?)すると芭蕉は、 
蛙飛びこむ 水の音
と答えたと伝わっています。この公案は、
父母未生以前の本来の面目
(お前の両親が生まれる前の、お前の本来の面目とはなんだ?)という形で、円覚寺の釈宗演老師に夏目漱石が参禅したことでも知られています。両親が未だ生まれていない時の自分とはなにか?と問われても、常識や知識では答えに窮します。けれど立ち止まって自分という存在を考え直すと、両親にとどまらず、大きな生命の流れの中に端を発していることに気づきます。大きな生命そのものが、即今みずからの中にあることを心身で知覚することが肝要だと、この公案から知ることができます。蛙が池に飛び込む音はどの時代でも不変の音ですので、芭蕉はこの公案に 蛙飛びこむ 水の音 と応えたのもかもしれません。』(引用元)。すなわち「蛙飛び込む水の音」が先に出て、後から「古池や」がついて俳句となったのかも知れません。

この伝え通りに句を解釈するならば、清水哲男さんの解説文にあるように『するするっと、スムーズに入っていく。当然、水の音などするわけがない。』と、これは正しい!理解しているようで、全くもっての頓珍漢(トンチンカン)も多々あるようです。さてやっとタイトルの「惜しい惜しい」歯磨き粉の使い方について。カルノオススメは「最後にちょびっと、うがいはしない」です。まずは現在の歯磨き粉(歯磨きペースト)の原型とも言える「ペプソデント」について。

ペプソデントがアメリカで発売されたのが1915年、1914年7月28日第一次世界大戦勃発です。ペプソデントは世界大戦がきっかけとなって世に出ました。拙ブログ「BBTime 435 ハミガキ」から引用します。『しかし、そのホプキンスも旧友からペプソデントを持ち込まれたときには、あまり興味を示さなかった。アメリカ人の歯の健康状態が急速に悪化していることは周知の事実だった。国が豊かになるにつれて、人々は甘い加工食品を大量に購入するようになっていた。第一次世界大戦の徴兵が始まったとき、あまりに多くの新兵にムシ歯があったため、口腔衛生に対する意識の低さは国家の安全を脅かす問題だという政府見解が出されたほどだ』(57-58頁より)。『問題は、歯磨きの習慣がないこの時代には、ほとんど誰も練り歯磨きを買わないことだった。口腔衛生が国家の問題となっても、誰も歯を磨かなかったのである』(引用元)。・・今から100年以上前に現れたのがハミガキペーストなんです。しかもペプソデントの目的は、なんとズバリ!ムシ歯予防効果の無いこのペーストを「使用させること・消費させること」が目的だったのです(詳しくは本「習慣の力」93ページ参照のこと)。現在のペーストには大方「ムシ歯予防効果のあるフッ化物」と「歯周病予防効果を期待する成分」が入っています。こちらの記事も参照ください。

100年たった今、正しい歯磨き粉(ペースト)の使い方を伝えます。まず、まともに作られた歯ブラシ(ホテルにある無料歯ブラシはおすすめしません)だけで磨きます。ブラシを口に入れるとすぐに唾液が出てきますので、唾液磨きをおすすめします。電動歯ブラシも同じです。一通り(3分から5分はかかります)磨いた後に、ペーストをほんの少し、3ミリから5ミリ程度で十分ですのでブラシに着けて、磨くというより歯に塗っていきます。唾液と混ざって歯全体、口全体に行き渡ったら、吐き出して終わり。うがいはすすめません。お風呂上がりに手にクリームを塗った後、もう一度手を洗いますか?洗わないでしょ、同じです。うがいしたらペーストの薬効成分が流されてしまいます。惜しい惜しい。

とは言え、この文章を読んで即実行に移す人は少ないでしょう。「雀百まで踊り忘れず」です、なかなか身についた習慣は変えられないもの御一考ください。では皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 585 惜しい欲しい

「惜しい惜しい惜しい惜しいと法師蝉」北登猛

2022/8/15投稿
蝉というもの「声すれど姿見えず」が常です。句の解説は『なるほど、法師蝉の鳴き声はそんなふうにも聞こえる。最後は「惜しいよおっ」と駄目押しするようにして飛び去ってゆく。何がそんなに惜しいのか。作者ならずとも、だれにだって「惜しい」ことがらの一つや二つはあるのだから、それぞれの「惜しい」思いで聞くことになる。このように虫や鳥の鳴き声を人間の言葉のように聞くことを「聞きなし」と言うが、有名な例ではウグイスの鳴き声を「法華経」、ホトトギスのそれを「特許許可局」「テッペンカケタカ」などがある。Wikipediaによれば、この「聞きなし」という用語を初めて用いたのは、鳥類研究家の川口孫治郎の著書『飛騨の鳥』(1921年)と『続 飛騨の鳥』(1922年)とされているそうだ。そんなに昔のことじゃない。なかなかにオツなネーミングだと思う。句に戻れば、「惜しい」が四度も繰り返されており、このしつこさがまた残暑厳しき折りの風情を伝えていて秀抜である。今日もまた各地で「惜しい」の連発が聞こえるだろう。』(解説より抜粋)。いつもながらの我田引水です(笑)。小生にとっての「惜しい」は、ムシ歯にするのは「惜しい」。今回、久しぶりにオススメの歯ブラシを見つけましたので御紹介します。

この歯ブラシ、今時珍しく「SWISS MADE:スイス製」なんです。メンテナンスに通っている歯科医院の衛生士の方より教えて頂きました。まず色がカラフルというかサイケデリック(psychedelic)。まさに「サイケな夏」に似合う歯ブラシ CURAPROX 5460 ultra soft!

色の次はヘッド(植毛部分)の大きさ・・これ大きんじゃない?衛生士さん曰く「意外と大きく感じないんです」。疑り深い小生、念のためにひとまわり小振りなsmartも同時購入しました。結論:スマートは不要、5460ウルトラソフトがオススメです。

オススメ理由は「汚れがよく落ちる」「やわらかい毛が密で歯を包むよう」「ハンドルがかなり考えられている」などなど。ちなみに5460の意味は植毛5460本のようです。日本人なら5454本にしたかも・・5454でゴシゴシ。

ひとつ目の「!」がサイケな色。二つ目が「ブラシの感触」。三つ目が御値段。おそらく通常買われている歯ブラシの三倍の値段です。衛生士さん曰く「その分、長持ちします」。1,000円でお釣りが来るお値段ですが、自己投資と思って是非一度使って見てください。ムシ歯にするのは「惜しい惜しい惜しい惜しい」・・「欲しい欲しい欲しい欲しいは煩悩蝉」と思わずに是非!ところでツクツクボウシは「惜しい」でも「欲しい」でもなく「ボウシ」と鳴いているのでは?「ボウシ」と聞こえるので「ツクツクボウシ」の名では?暑いというより「熱い」日々です、皆さまご自愛の程ご歯愛の程。