BBTime 461 耳寄な話

BBTime 461 耳寄な話
「幼な顔残りて耳順更衣」本田豊子

解説に『耳順(じじゅん)は、六十歳の異称。「論語」による。四十歳の「不惑」はよく知られているが、どういうわけか「耳順」は人気がない。「人の話がちゃんとわかる」年令という意味だけれど、この受け身的な発想が好まれないのかもしれない。それはともかく、この句は巧みだ。人が、新しい気持ちで衣服を身につけたときの、一瞬の表情を見逃さずに作品化している。六十歳の初々しさをとらえて、見事な人間賛歌となった。実に鋭い。そして暖かい。(清水哲男)』(解説より)とあります。老婆心ながら「耳順はじじゅん」「更衣はころもがえ」と読みます。今回は歯磨きについて耳寄なお話。

「BBTime410 SEERS:シアズ」で歯磨きの新コンセプトについてアップしましたが訂正します。まず「SEERS」とは
「S」saliva:サライバ・唾液=唾液磨き。
「E」everywhere/every time:エブリィウエア エブリィタイム=どこでもいつでも。
「E」easy/ecological:イーズィ エコロジカル=お手軽楽チン・環境に優しい。
「R」rest:レスト=息抜き。
「S」standing:スタンディング=継続・立っている。
ちなみに英単語「seer:シア」の意味は先見者・予言者です」。この中の「E」いつでもどこでもに「every time/where」を当てていたのですが・・先月、ふと考えていて「every」は違うんじゃない?と。そこで、新新コンセプトは「EARS:イアズ」、earはご存じ耳です。

EARS:イアズは
『E』ethical:エシカル=倫理的な、道徳上の意味です。検索すると『エシカル(ethical)とは、「倫理的」「道徳上」という意味の形容詞である。つまり、「法律などの縛りがなくても、みんなが正しい、公平だ、と思っていること」を示す。近年は、英語圏を中心に倫理的活動を「エシカル(ethical)○○○○」と表現し、エシカル「倫理的=環境保全や社会貢献」という意味合いが強くなっている』(Wikipediaより)。「予防に勝る治療なし」でエシカル。
『A』anytime/where:エニタイム・エニウエア=いつでもどこでも(歯を磨こう)
『R』rest:レスト=息抜き(仕事や作業の息抜きに歯磨き)
『S』saliva:サライバ=唾液(歯磨き粉使わず唾液磨き)
SEERS改め、EARS:イアズで「歯を守る歯磨き」を提案していきます。「歯」を守るのに、なぜ「耳」なのと問われると耳が痛いのですが(笑)。

冒頭の画像は「天香具山:あまのかぐやま」。女帝持統天皇の「春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山」に掛けました。因みに「耳順:じじゅん」は六十歳で、順に「十五歳は志学:しがく」「三十歳が而立:じりつ」「四十歳が不惑:ふわく」「五十歳が知命:ちめい」「七十歳が従心:じゅうしん」。「子曰く、吾 十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従いて矩を踰えず。」詳しくはこちらを。ではでは、ご自愛の程ご歯愛の程。2420



追加:朝日新聞のコラム折々のことばに「ears」見つけました。
『Happy New Ears 英語の語呂合わせ  今年こそ耳の人になろう。長く圧(お)し殺されてきた声、出かけては呑(の)み込まれた声、ぼそっと漏らされた短すぎる声、恐る恐る絞り出されたくぐもった声、今にも途切れそうな声。それらにじっと耳を傾けられる人に。「聡明(そうめい)」には耳がある。「省庁(廳〈ちょう〉)」にも。そこは天の声、民の語を聴く場所だった。その声を最もよく聴く人が「聖」。天声人語(vox populi vox dei)は「民の聲(こえ)は神の聲」という意味。(鷲田清一)』(2017/1/1朝刊)

BBTime 460 嚥下と燕

BBTime 460 嚥下と燕
「つじかぜやつばめつばくろつばくらめ」日夏耿之介

解説に『燕は「つばくろ」「つばくら」「つばくらめ」などとも呼ばれ、「乙鳥(おつどり)」「玄鳥(げんちやう)」とも書かれる。「燕」は夏の季語とまちがわれやすいけれど、春の季語である。しかも「燕の子」だと夏の季語となり、「燕帰る」は秋の季語となる。それだけ四季を通じて、私たちに親しまれ、珍重されてきた身近かな鳥だということなのであろう』(一部抜粋)。日夏耿之介は詩人・英文学者で、読みは「ひなつこうのすけ」詳しくはこちらへ。解説にあるように掲句は春です、ご容赦を。今回は燕との「エン」のお話。

近所の軒先に燕が餌を運びます。親燕の姿を目にした時に、ふと燕に口偏がつくと「嚥」になるなあと。音読みで「えん」訓読みで「のど・のむ(嚥む)」。飲み下すことを「嚥下:えんげ」と言います。近頃よく耳にする「誤嚥性肺炎:ごえんせいはいえん」にもこの文字が入ります。この飲み下すを英語で「swallow:スワロゥ」です。ここで・・アレッ?

そうなんです、燕も英語で「swallow」。偶然なのか必然なのか・・洋の東西を問わず「嚥下と燕」は関係ありのようです。句の解説の『四季を通じて、私たちに親しまれ、珍重されてきた身近かな鳥だということなのであろう』ゆえの事でしょうか。

加えて「唾液:だえき」のことを「つば:唾」と言います。つばめに似てますね(笑)。もっともツバはツバキ『つばの意の「つ」+「吐き」』のようです。唾液に関しては「唾液磨き」や「固唾を呑む」も。

ヤクルトスワローズを別読みすると、強引ですが「ヤクルトをグッと飲む人々」との解釈も可能です。因みに球団名の「スワローズ」は国鉄と関係がありました。『「スワローズ」の名称は、当時の国鉄では唯一の特急列車、かつ日本最速だった「つばめ」号に由来する。球団旗には、列車のヘッドマーク等に使われていた「つばめマーク亅を採用し、「スワローズ」のロゴデザインは国鉄のデザイン室がデザインしたものを今日まで使っている』(引用元)。

中華(広東:カントン)料理の高級食材である「ツバメの巣」はズバリ「燕の唾:ツバメのツバ」です。最後にひとつだけ嚥下と義歯の関係について。上顎(じょうがく、うわあご)に義歯装着の方で、食べ物を飲み込み辛い、話しにくいなどの症状がある場合に、義歯(入れ歯)が原因のことがあります。特に上が総入れ歯の方はご注意ください。入れ歯だからと諦めずに、話しにくい時には歯科医にご相談を!2210





おまけ:燕の字は読めるけど書けない漢字です(小生にとって)。簡単な覚え方は・・『(つばめ)が飛翔(ヒショウ)する姿を描いた象形文字(ショウケイモジ)です。廿は頭、ヒは翼(つばさ)、口は胴体、灬は火ではなく尾の形です。漢字の部首は『灬・れっか』です』(引用元はこちら)。

BBTime 459 飴と雨

BBTime 459 飴と雨
「アイスクリームおいしくポプラうつくしく」京極杞陽

解説に『季語は「アイスクリーム(氷菓)」で夏。作者は京極子爵家の嫡流で、世が世であればお殿様であった。だからかどうなのか、この人の多くの句にはおっとりとしたところがある。(中略)掲句などは典型で、どこにも企みは見られない。小学生の句かと見まがうほどに素直な詠みぶりだが、しかしやはり大人ならではの味がする。「アイスクリームおいしく」までは小学生でも、ポプラへと目を移す余裕は子供にはないからだ。しかも「おいしく」「うつくしく」と重ねて、アイスクリームとポプラがお互いを引き立て合っている。相乗効果で、ますます「おいしく」「うつくしく」感じられてくる。まことにおいしそうで美しそうではないか。こうしたいわば生の言葉を句に落ち着かせるためには、技術云々ではなくて、まずは作者の本心が生でなければ不可能だろう。世辞や社交辞令ではない本当の気持ちがなければ、生の言葉は浮いてしまう。腰がふらついてしまう。素材対象への素直で自然な没入。悲しいかな、私などにはそれがなかなかできないから、怖くて生の言葉は使えない。掲句を見つめていて、そういうことがよくわかった』(解説より一部抜粋)とあります。今回は飴と雨、雨は雨でも酸性雨についてのお話。

まずは「飴」・・日本では飴とキャラメルは別物ですが、外国語では・・キャンディ(candy:英語)、ボンボン(bonbon:仏語)、カラメッラ(caramella:伊語)となります。いずれにせよムシ歯を作りやすいスイーツです。

一方「酸性雨」・・『酸性雨とは、二酸化硫黄(SO2)や窒素酸化物(NOx)などを起源とする酸性物質が雨・雪・霧などに溶け込み、通常より強い酸性を示す現象です。酸性雨は、河川や湖沼、土壌を酸性化して生態系に悪影響を与えるほか、コンクリートを溶かしたり、金属に錆を発生させたりして建造物や文化財に被害を与えます』(引用元はこちら)。昔、ハナ通信に書きました。「エコロジー問題のひとつに酸性雨があります。強い酸性の雨水のため、森林、草花から、大理石の宮殿にいたるまでダメージをうけているというものです。ところで口の中の酸性雨のことをご存じでしょうか。砂糖を口に入れると、歯の表面のカルシウムが溶ける酸性度にまで下がり、食べ終わっても十数分間は続いていて歯の表面は少し溶けます(ミニムシ歯)。このミニムシ歯は唾液中のカルシウムで自然修復されますが、これには数時間かかります。ミニムシ歯ができる回数が増えて修復が追いつかないと、やがて目に見えるムシ歯になります」(一部抜粋)。

「飴」が口に入ると、やがて「酸性雨」が降り始めムシ歯(歯の表面を脱灰)を作ってしまいます。そこでアイスクリームやプリンの登場!シンプルに考えてください。口の中、歯の表面、歯の近くに砂糖がとどまる時間が長い程、ムシ歯へのリスクも高まります。口の中での滞在時間が短いスイーツほど、ムシ歯リスクは低くなります。土砂降りの酸性雨を降らせる飴やハイチュウよりも、小雨酸性雨のアイスクリームやプリン、ゼリーの方がムシ歯を作りにくいんです。詳しくはこちら「BBTime028 ハイチュウ中毒 ハイ注意!」もどうぞ。

さらなるオススメは「うがい」です。スイーツを楽しんだ後にマナーを踏まえて、水を口に含みガラガラではなく「グジュグジュ」うがいでごっくん。この夏はキャンディよりもアイスクリームを、そうして食べた後は水うがいで歯の水洗いをどうぞ。「アイスクリームおいしく歯はうつくしく」・・新型コロナで溜まったストレスを軽減するため、ひと時の幸せを求めてスイーツ摂取が増えている方、くれぐれもムシ歯を増やす事がなきよう、ご自愛の程ご歯愛の程。

余談ですが「雨」は上から下に降るのでアクセントも「上から下」と聞きました。ネットに『「雨」と「飴」はどちらも「アメ」と読む同音異義語ですが,実際に声に出して読んでみると,声の高さにはっきりと違いが出ます。NHKのアナウンサーなら,「雨」は「ア」が高く「メ」が低い,反対に「飴」は「ア」が低く「メ」が高い,ということになるでしょう。このように,声の高さの高低として捉えられるのが,日本語のアクセントの特徴です』(引用元はこちら)とありました。ではでは 1070





追加:キャンディよりアイスクリームがよろし!の資料を掲載しておきます。

表の上の説明:①プラークを作る力 ②酸を作る力と強さ ③食べている時間 ④食べ終わっても口に残って作用する時間の長さ(松久保隆1990 引用改変)

BBTime 458 笑顔笑眼

BBTime 458 笑顔笑眼:えがおえがん
「マスクしてマスクの人に目敏しよ」宮坂やよい

画像の出典は記事「名画の人物にもマスク、英美術館がグリーティングカード」(こちら)より。句の解説に『季語は「マスク」。最近では花粉症を防御するために、春もマスク姿の人は多いが,元来は風邪の季節である冬季のものである。句が言うように、たしかに自分がマスクをしていると、他人のマスクにも目敏く(めざとく)なる。やや風邪気味なのか、あるいはインフルエンザに流行の兆しが出て来たのか、いずれにしても内心ではちょっと大袈裟かなと思っているのだ。が、街に出てみると、昨日までは気がつかなかったマスクをした人がけっこう目につく。そうか、堂々とマスクをしていても変じゃないんだと、ほっと安堵の一句である』(解説)とあります。マスクは冬の季語ですが・・今回はマスク美人、マスク笑顔の話。

公共の場では恐らく九割以上の方がマスクされています。マスク着用だと表情の表現(読み取り)が困難ですが、そこを逆手に捉え、マスクの下で笑顔の練習をしてみるのもよろしいかと!毎日笑顔エクササイズすることで、口角が上がり、地顔が笑顔になり、新型コロナが終息し晴れてマスク不要になった日には、みんなの笑顔がレベルアップしているなんて、考えるだけで笑みがこぼれます。見えている「目」だけでどれだけスマイルを伝えられるか。笑顔・笑眼(えがん)の練習としてマスク着用を利用するのも楽しいかと。

雑誌「&プレミアム」に次の文章を発見
『笑うこと。
笑うのはいいなぁ。笑顔は人から人へと伝播していくのもいい。写真を撮るとき、カメラを構えて「笑ってください」と声を掛けるよりも、「さぁ笑いますよー!わぁーはっはっは!」と自分が笑ってしまうほうが、みんなつられて笑顔になるから面白い。しかも思わず笑ってしまった顔だから、自然な表情になるのもいい。笑うという行為は、自分がしあわせになると同時に、相手にもしあわせな気持ちになってもらうことなのかもしれない。たくさん笑い合って生きて行きたいなぁ。水野学』

笑うこと・笑顔が絶対的に良いと言う気はありません。笑いたくない時に無理することはないと思いますが、これから高温多湿になるのに、マスク着用を強いられる場面で「笑眼練習」として気が紛れればと思ったものですから・・笑うことで免疫はアップしますけどね。

言葉「和顔施:わがんせ」が朝日新聞の折々のことばに出てました。
『いつもニコニコしていることで、徳を積めるんです。瀬戸内寂聴
人に笑顔を施すことを「和顔施(わがんせ)」という。そのために普段からユーモアの感覚を磨いておくよう僧・作家は奨(すす)める。そして好きなことしかしないこと。何かに呆(ほう)けると悪口を言う暇もなくなる。日本文学研究者、D・キーンとの対談『日本の美徳』から。演出家の久世光彦は、寂聴姉(ねえ)は〈女〉をやめなかったから「死んで桃色の骨になるだろう」(『美の死』)と書いて、先に逝った。(鷲田清一)』こちらもご参照のほど「BBTime 333 和顔施」。

同じく「折々のことば」に次のような文章も。

ユーモアの感覚磨きとして、笑顔ではなく「変顔」練習もありかも。最後にお陰様で拙ブログ「connote:カノート」へのアクセスが百万を超えました!感謝とともにさらに精進いたします。0040



https://youtu.be/zYo6OOxjQiA

BBTime 457 地道に自道

BBTime 457 地道に自道
「浦島太郎目覚めの床にあまがえる」夏石番矢

解説は『季語は「あまがえる(雨蛙)」で夏。玉手箱を開けてしまった後の「浦島太郎」落魄の景と読んだ。竜宮城での遊びに飽きて、故郷に戻ってみれば我が家もなければ知る人もいない。三年ほどの滞在のつもりが、実は三百年も(七百年説も)経っていたというお話。やっとの思いで一夜の宿を得て、目覚めると同じ「床」に「あまがえる」がきょとんとした顔で坐っていた。人も風景もみんな変わってしまったなかで、この雨蛙だけは昔と同じ姿かたちをしている。迎えてくれたのは、お前だけか。何故こんなところに雨蛙がいるのかなどの疑問よりも先に、太郎の心は懐かしさでいっぱいになっている。いるはずもない床に雨蛙を配したことで、太郎の孤独がいっそう深まっている。浦島伝説の解釈には諸説あるが、私は地域共同体を外れた者に対するいましめのための話だと思う。伝説の原型は古く『日本書紀』にあって、ある男が海上で出会った絶世の美女とどこか遠い国に行ってしまい、ついに戻ってこなかったという。どうやら、異民族との結婚話らしい。当時の人々には、おそらくまだ共同体防衛の意識などなかったろうから、憧憬譚めいたニュアンスがある。ところが今に伝わる話は、武家が天下を取った鎌倉室町期の脚色らしく、異民族や他所者との結婚や交流は共同体破壊につながるから、これを暗示的にいましめているというわけだ。すなわち、浦島太郎は共同体破壊者であり、そんなけしからん男が最後にはどんな目にあうかという「みせしめ」なのであった。『巨石巨木学』(1995)所収。(清水哲男』(解説より)。解説文に「地域共同体」「共同体破壊者」の言葉があります。今回は地道に自道を!について。

ご存じカーナビです、車に装着してある方も多いでしょう。また手元のスマホにもナビが入っています。先日ナビ使用した時のこと。ふとスマホばかり見ていて、全く周りの景色を見ていないことに気付き、すぐに大方の見当をつけてスマホをしまいました。近頃、新型コロナウイルスによる行動の変化について思うことがあります。多くの人々があまりにも「ナビ依存症」になってしまっているのではないでしょうか。ナビ依存症=言い換えれば「指示待ち」「ナビ通り」の人。さらに言うなら、ナビ(マニュアル)通りにいかないと「このカードは使えません」とか「(あなたの)ペイペイは使えません」などと言って、ちょっとしたトラブル(すんなり行かないこと)を、あれやこれやとトライして解決しようとしません。また、自粛警察の言葉に代表されるように、他人が指示通りナビに沿っていないと、「あなたは悪い」と決めつけて、時に誤った正義感で妙な行動をとる人も。

次第に気温が上がり熱中症のリスクが高まってきても「マスク着用厳守」が正しいのだ!・・これ本当? ウイルスに対して効果の薄いマスク着用よりも・・その時の気温、その場の人数、あなたの素直な判断の方がよほど意味あることだと思います。(ナビ依存症の人々に目安として言っておきながら「国民の誤解だ」と言い放つ大臣は別の意味で、全く話にならん!バカにするな!です)。

今年も「歯と口の衛生週間」・・ナビとは言いませんが、昔からの習慣を信じて疑わない行動も如何なものかと思います。歯磨きの時には歯磨き粉を使うものだ・・あえて使う必要はありませんと断言します。また、小学校で以前よく目にした光景です・・牛乳を飲めない子に「鼻をつまんででも飲みなさい」「頑張って飲めば飲めるようになるから」・・純粋に第三者の目で見ると、これは虐待では?本人の体が拒否しているのに「牛乳を飲め」と強いるのは明らかに虐待です。飲んだ途端に吐き出すのは「急性中毒」のひとつの正しい体の反応です。じきに飲めるようになったとしても、これは急性中毒が「慢性中毒」に移行しただけのものです。

人は「十人十色」。逆の見方をすると物差し(基準)もそれぞれ。あえて万人共通のものは「数字」でしょう。百円は100円だし、朝の八時は8時です。ニューノーマル・新しい日常を鵜呑みにすることなく、羹に懲りて膾を吹くことなく、常に自分の五感をしっかり使って「地道に自道(我が道)」がよろしいのでは?

先日、久しぶりに画像の歯磨き粉を使ってみました。ところが・・使用後に味覚異常発生。美味しいはずのフルーツの味が・・苦いような渋いような。味覚異常の原因はこの歯磨き粉・・そうであれば、この歯磨き粉は味覚に(舌や粘膜には)良くないと言えます。ネット情報、SNS、知り合いからのネタを頭から信じるよりも、もっともっと自分の五感を信じませんか。歯科医療についても同じことが言えます。歯科医師が「ここの治療はこうなります」と言っても、あなたの希望とギャップがあれば、納得し難いのであれば、迷わず「他にどのような選択肢がありますか?」と尋ねましょう。どうしても希望通りの治療計画でなければ、これまた迷わず他の歯科診療所へ行くのも一法。

「明日は又明日の日程夕蛙」高野素十
好きな句です。今日は今日、明日は明日。あなたはアナタ、私はワタシ。右か左か、選ぶのはご自身で。地道に自道を歩むのがよろしいかと。ご自愛の程ご歯愛の程。9270
追加:過去の朝日新聞「折々のことば」に見つけました。


BBTime 456 一厄息災

BBTime 456 一厄息災:いちやくそくさい
「六月を奇麗な風の吹くことよ」正岡子規

好きな句です。『前書に「須磨」とある。したがって、句は明治二十八年七月下旬に、子規が須磨保養院で静養していたときのものだろう。つまり、新暦の「六月」ではない。旧暦から新暦に改暦されたのは、明治六年のことだ。詠まれた時点では二十年少々を経ているわけだが、人々にはまだ旧暦の感覚が根強く残っていたと思われる。戦後間もなくですら、私の田舎では旧暦の行事がいろいろと残っていたほどである。国が暦を換えたからといって、そう簡単に人々にしみついた感覚は変わるわけがない。「六月」と聞けば、大人たちには自然に「水無月」のことと受け取れたに違いない。ましてや、子規は慶応の生まれだ。須磨は海辺の土地だから、水無月ともなればさぞや暑かったろう。しかし、朝方だろうか。そんな土地にも、涼しい風の吹くときもある。それを「奇麗(きれい)な風」と言い止めたところに、斬新な響きがある。いかにも心地よげで、子規の体調の良さも感じられる。「綺麗」とは大ざっぱな言葉ではあるけれど、細やかな形容の言葉を使うよりも、吹く風の様子を大きく捉えることになって、かえってそれこそ心地が良い。蛇足ながら、この「綺麗」は江戸弁ないしは東京弁ではないかと、私は思ってきた。いまの若い人は別だが、関西辺りではあまり使われていなかったような気がする。関西では、口語として「美しい」を使うほうが普通ではなかったろうか。だとすれば、掲句の「綺麗」は都会的な感覚を生かした用法であり、同時代人にはちょっと格好のいい措辞と写っていたのかもしれない。高浜虚子選『子規句集』(岩波文庫)所収。(清水哲男)』(解説より)。江戸時代、疫病が流行るのは「悪い風・病の風」の仕業だと思われていたようです。今回は「無病息災:むびょうそくさい」ならぬ「一病息災」いえいえ「一厄息災」のお話。冒頭のブロンズ像は中村晋也作「朝の祈り」谷山サザンホールにて

無病息災:病気せず、健康であること。元気なこと。▽「無病」は病気にかかっていないこと。「息」はやめる、防ぐ意。「息災」はもとは仏の力によって災害・病気など災いを除く意。転じて、健康で元気なさまをいう(引用元)。「無病」に掛けて瓢箪六つで「六瓢:むびょう」とし、根付や箸置きなどの意匠として見受けられます。無病に越したことはないのですが「一病息災:いちびょうそくさい」も良しです。意味は「ちょっとした病気のある人のほうがからだに注意するので、健康な人よりもかえって長生きするということ」(引用元)。

New Normal:ニューノーマルとは「新常態、新しい日常」とも訳されます。コロナ後はコロナ前に戻るのではなく新しい日常生活になるとのこと、まさしく「一厄息災」。マスクはまだしも、小まめな丁寧手洗いは生活にとってプラスになること間違いなし。人によって基準はそれぞれですが「不要不急」の行動なしもマイナスではないでしょう。どこにいるのか、誰が保有しているのか、見えないコロナウイルスに対する一人一人の防御は健康にとって明らかにプラスです。喫煙をやめる、糖尿病予防の肥満防止などもプラスです。免疫能を低下させないために「丁寧歯磨き」「定期的な歯のメンテナンス」もニューノーマルに必須の習慣として生活に取り入れてください。

過去(2019/11/24)の天声人語です。『ネアンデルタール人の脳は私たちの祖先と同じくらいの大きさだったそうだ。身体はもっと頑丈でたくましかった。ともに生きていた時代もあったが、3万~4万年ほど前、彼らは地球上から姿を消してしまった▼どうして絶滅したのか。専門家の間では諸説あるというが、筆者には不思議で仕方がない。強い者が弱者を力で倒すこの世界で、勝ち残るのはむしろ彼らのほうではなかったのか▼「じつは生命の歴史をみると、生き残ったのは強者ではなく、変化に適応できる弱者のほうでした」。著書『生き物の死にざま』などで知られる静岡大学教授の稲垣栄洋(ひでひろ)さん(51)はそう教えてくれた▼私たちはつねに未来を意識し、いまを生きている。それを可能にしたのは、弱さゆえに集団性を強め、その過程で仲間が何を考えているのかを「想像する」という力を得たこと。「想像は一人ひとりが異なります。その多様性が生き残りのカギとなったのでは」と稲垣さん▼逆に言えば強い者はその強さのために変化を望まず、多様化しにくい。恐竜もネアンデルタール人も。「強い者が勝つのではない。勝った者が強いのだ」とは元サッカー西独代表ベッケンバウアーの言葉だ▼きょうは「進化の日」。160年前、進化論を唱えたダーウィンが「種の起源」を出版した日にちなむそうだ。環境の変化に適応できない生き物はいつかは淘汰(とうた)されていく。人類も例外ではない。その強くて弱き存在のあすを想像して、しばし謙虚な気持ちとなる。』2019/11/24付天声人語より。

新型コロナウイルスが発覚する直前(2019/11/24)の天声人語です。結びに『環境の変化に適応できない生き物はいつかは淘汰(とうた)されていく。人類も例外ではない。その強くて弱き存在のあすを想像して、しばし謙虚な気持ちとなる』とあります。まさしくニューノーマルとは環境への適応なのではないでしょうか。弱き存在ゆえの「一厄息災」。ご自愛の程、ご歯愛の程。8290

BBTime 455 不安不信病

BBTime 455 不安不信病
「真清水も病みて野をゆく初夏よ」沼尻巳津子

解説に『この季節のさわやか(もっとも「さわやか」は秋の季語だけれど)な「真清水」と「初夏(はつなつ)」との取り合わせ。そこに、作者は病的な照明をあてている。「も」という助詞に注目せざるをえないが、このとき、作者は病身なのだろう。常識を裏切った句というよりも、自分の感性に忠実な句。身体が弱っていると、世の溌溂としたもの全てが疎ましくなる。が、この句。発熱の悪寒から解放されたときのような清々しさも湛えている。不思議な句境だ。なお、考えてみたい。『華彌撒』所収。(清水哲男)』(解説より)。新型コロナウイルスは身体のみならず「心」をも病む病気だと思います。「心が弱っていると、世の溌溂としたもの全てが疎ましくなる」・・不安不信についてのお話。

新型コロナウイルスによって世の中が、未だ右往左往しています。街ゆく人の九割以上がマスクを着け、至る所に透明シートが貼られ・・5/30に梅雨入りした鹿児島の空は拍車を掛けるように気分を重くします。思うに新型コロナウイルス感染症は「不安不信病」に分類されるでしょう。不織布のマスクでもウイルス阻止はできません。インフルエンザもウイルスですが、インフルエンザはほぼ治療法が確立されており、ワクチンもあります。しかし新型コロナは不安です。恐怖の病とまではいかなくとも「不安な病」と言えます。

加えて「不信の病」でもあるように思えます。政府の対応、大臣の発言、議事録を取らない・・など枚挙にいとまがありません。新型なのですから試行錯誤して当たり前だと思いますが、国民の誤解発言とか、アベノマスクのお粗末さなど国民の不信感は募るばかり(少なくとも小生は)。

お相撲さんを始めスポーツ選手の口からよく「心技体」の言葉を聞きます。ウイルス感染すれば「体」が病みます。外出自粛、失職などで「心」が病む人もおられるでしょう。「技」を行動と捉えれば、コンビニや役所の窓口で声を荒げる人の増加も理解できないことはないです。感染していなくても(体が問題なしでも)「心」が病んだり、体も心も健康なのに「技」がおかしくなったり・・。やはりコロナウイルスは上の画像にあるように「見えない悪魔」かも知れません。

しかし悪魔は、あくまでも想像上のモノ。未経験の状況に振り回されるのではなく、今こそ自分の頭で判断し行動すべきだと思いますがね。ご自愛の程、ご歯愛の程。7650
https://youtu.be/Fm3NI5mFhfg

BBTime 454 With C

BBTime 454 With C
「あいまいな空に不満の五月かな」中澤敬子

今朝(5/26)の桜島。雲か靄か灰か黄砂か、曖昧な空です。
昨日(5/25)の今日のダーリンに賛成です。

『いまの「WITH CORONA」の生活様式が、
 辛くてしょうがないとぼやいているのは、
 大人げないし、よくないとぼくも思う。
 しかし、これがなにか天からの大事な警告で
 いままで常識としていた「よからぬ慣習」を
 変えてしまういい機会だとことさらに強調するのも、
 なんだか危ういなぁとも思うのだ。』

『緊急事態宣言が解除されたとしても、
 しばらくは安全のために
 「新しい習慣」を守り続けることになる。
 これは守りましょう、守ります。
 でも、ぼくはこの「新しい習慣」を
 よろこんで受け容れているつもりはない。
 特別な「いま」なので、仕方なくやっているのだ。』

『おおよそ、この「新しい習慣」は
 人に対して失礼なことばかりです。
 「だれかと会うとき、2メートル間を空ける」。
 この人とは近くに寄りたくないという表現と同じです。
 「マスクをして呼気や唾液が当たらないよう注意する」。
 また、「握手やハグなどは避ける」。
 これらも、すべて親しみの逆の表現になりますし、
 一年前にそんな態度の人がいたとしたら、
 ちょっと腹を立てていたかもしれません。』

『人と人とが、親しく距離を近づけるということは、
 大昔から、互いの安心と信頼を確かめ合える
 「うれしい習慣」でもあったわけで、
 それ自体が「よろこび」であったわけです。』

『しかし、感染症が流行したらみんなが、
 じぶんも含めて人間を「感染を媒介するもの」として
 見立てなくてはならないので、
 長い歴史のなかでせっかく獲得できていた
 「信じる」ことをもとにした行動習慣を、
 いったん水に流すという経験をさせられているわけです。
 「不信」を前提に交流したり行動するという
 『新しい習慣」がみんなに求められていたのです。
 そりゃぁ、ストレスもかかるというものです。
 ぼくらは、信じるをもとにして生きたいんですから。』

『今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
コロナの先でもコロナの前でも、生きやすいのがいいなぁ。』

句の解説『いま、苦笑された方もおられるだろう。本当に、このゴールデンウイークは全国的に「あいまいな空」つづきだった。降るのか、このまま降らないのか。空ばかり見る日が多かった。作者も、旅先で仏頂面をしている。常に天気の崩れを気にしながらの旅は、気持ちも晴れないし疲れる。同じ作者に「不愉快に脳波移動す旅五月」がある。手元の角川版歳時記の「五月」の項には、「陽暦では晴天の日が多く、芍薬・薔薇が開き、河鹿が鳴き、行楽やピクニックの好季節」とある。これが、まずは一般的な五月のイメージだろう。引用されている例句も、みな晴れやかで不機嫌な句はない。その意味で、掲句は事実を感じたままに詠んでいるだけだが、五月へのアングルが珍しいと言えば珍しい。こういう句は、案外、晴れやかな句よりも逆に残るのではないかと思ったりした。少なくとも私は、天気の良くない五月の空を見るたびに思い出してしまいそうだ。ところで、気象庁創立以来百二十年の統計を見ると、今日「五月六日」の東京地方の天気は、晴れた日は五十回だが、三十九回が曇りで、後は雨。雷が発生した日も一回ある。晴れの五十回は、これでも五月の他の日に比べて最も多いのだから、今月の東京の「あいまいな空」の日は、漠然と思っているよりも、かなり多いということである。『現代俳句年鑑・2000』(現代俳句協会)所載。(清水哲男)』解説より。

冒頭の句の「五月」をなんと読まれましたか?「ごがつ」がベターかと。五月は「ごがつ」と読むのが良いと「季語の博物誌 工藤力男著」で読みました。ご自愛の程、ご歯愛の程。5880

https://youtu.be/9eKfcaj8PQQ

BBTime 453 要不要

BBTime 453 要不要
「考へがあつての馬鹿を冷奴」加藤郁乎(いくや)

老婆心ながら冷奴はヒヤヤッコです。解説に『冷奴だけではあるまい。句集には並べて「別の顔みせてやらばや冷し酒」とあるから、ちゃんとお神酒がついている。考えがあって、よかれと思って、意図的に馬鹿をやってみせたのではあるが、どうやら誰にもせっかくの意図が通じなかったようだ。本当の分別なし、馬鹿に見られたらしいという憤激の内での冷奴。故意に馬鹿を演じたのだから、みんなから馬鹿にされて本望のはずなのだが、そこがそうはいかないところに人間の辛さがあり面白さもある。誰かその場に一人くらい具眼の士がいて、言わず語らずのうちにわかってくれないと、にわか馬鹿の心はおさまらないのだ。にわか馬鹿の世界は、たいてい義理人情がからんでいる。だから「お前は偉いなあ」と、たとえば目で挨拶してくれるような義理や人情を期待するわけだ。それがそうではなかった。ぷいと、みんなと別れてしまった。で、乱暴な箸を冷奴に突き立てたってはじまらないのに、うーむ、悔しい。どうしてくれようか……。冷奴こそ、いい迷惑である。『初昔』(1998)所収。(清水哲男)』(解説より)。

句の解説文を読んで笑ってしまいました。「どうやら誰にもせっかくの意図が通じなかったようだ。本当の分別なし、馬鹿に見られたらしいという憤激の内での冷奴」(解説より)・・拙宅に昨日(5/24)届いたアベノマスクに繋がりました。はっきり言って「今更」です。かと言って使わないのは勿体無いので回収窓口に送ることにしました(上の画像)。回収(寄付)先はこちらこちらなど。・・枕が長くなりました。今回は「不要不急」について

不要不急を辞書で引くと『さしあたっては必要で無いこと、急いでする必要が無い様子』とあります。不要不急の外出は控えてください・・と言われても、貧乏性の小生など「私の外出には不要不急はありませぬ、全て必要です」と反論したくなります。本日(5/25)には緊急事態宣言が解除されそうですが、解除されたから「不要不急」OKではない事は容易に察しがつきます。結論です・・ムシ歯予防・歯周病予防は考え方によっては「不要不急」なのかもしれませんが必要な事です!

「歯が痛い・歯茎が腫れた」は不要不急ではありません(大方の場合)。しかし、どんな時であっても歯科においては「治療に勝る予防なし」。解除された今こそ、口のメンテナンスに足を運んでください。緊急事態(痛み・腫れ)を回避するためのメンテナンスです、不要不急のようであっても必要なんです!

記事に次のような下りを見つけました。『ブラッシングが健康にもたらす効果を医学的見地から解説。「ウイルスは、周囲をたんぱく質の膜で覆われており、プロテアーゼという酵素なしには活性化しない。プロテアーゼは、口の中で生成されやすいので、ブラッシングが歯周病だけでなく、さまざまなウイルスに対する予防になる」。これは現在、猛威を振るっている新型コロナウイルスも例外ではないという』(引用元はこちら)。

中国語で「要不要:ヤオプーヤオ」とは必要ですか、不要ですか?の意味。歯科においては治療以上に予防(メンテナンス)が必要なんです。最後に朝日新聞折々のことばを。ではまた 5630




おまけ:豆腐がらみの折々のことばです

BBTime 452 しつこい

BBTime 452 しつこい
「外郎たべる五月のゆきどまり」服部智恵子

今春はコロナに始まりコロナに終わりました。気がつくと鹿児島は既に五月下旬、初夏の始まりです。今年2020年には春がなかったような・・。句の解説に『作者は、このもっちりした歯触りの菓子を食べながら、どういう事情からかはわからないが、五月も末になってにっちもさっちも行かなくなった状況に憮然としている。一年十二ヶ月を道に例えれば、いちばん「ゆきどまり」を感じるのは、年末の十二月か決算期の三月あたりが一般的だろう。そこへいくと、五月はすうっと通り抜けやすい感じが強い。だからこそ作者も憮然としているのであるが、しかし外郎を食べているくらいだから、事態はそんなに深刻ではないのかもしれない。歯切れという意味ではいささかもたつく外郎と、清々しい月のイメージからは外れた閉塞感との取り合わせが、どことなく滑稽にも思えてくる。もっともこの句を、あまり理詰めに散文的にパラフレーズすると、かえって味が落ちるような気もする。作者は実景や心情を帰納的に表現したのではなくて、自分のなかで整理のつかない心持ちを「たとえば、こんな感じかなあ」と演繹的に詠んでみたのだと解するほうが面白そうだ。そういう詠み方も、無論あってよい。『褻と晴と』(2003)所収。(清水哲男)』(解説より)。

老婆心ながら「憮然」について・・本来の意味は「意外なできごとに、呆然(ぼうぜん)とする様子、ぼんやりする様子」です。必ずしも不機嫌ではありません。さて今回は「しつこい:いつまでもつきまとわれて耐え難く思う様子」について。

去る冬、コロナ禍の始まりには「暖かくなれば収束する」とも言われていましたが、さにあらず。初夏になろうとする今「コロナと共に:With Corona:ウイズ コロナ」と言われ始めました・・しつこい!記事に『「新しい生活様式」が提唱されるなど、影響の長期化も懸念されています。そうした中でいま注目されている考え方が、「withコロナ」の社会。新型コロナウイルスと“共に生きる”ことを前提に、私たちの暮らしのかたちそのものを、変えていこうというのです。「withコロナ」の新しい社会へ、どう変わり、どう生き残っていくのか』とあります(出典はこちら)。しつこいコロナウイルスと共に生きる・・withCorona・・閉塞感です。コロナはさて置き、口の中の「しつこい」に話を進めます。

今更ながら『なぜムシ歯になるのか?」の興味深いイラストを見つけました。口の中の「しつこい」がムシ歯を発生させます。「バイオフィルムの形成とう蝕の発症メカニズム」のページから引用します。
1)歯の表面、歯肉溝(しにくこう)、歯周ポケット内セメント質表面に、糖タンパク質や静電気などによって0.1~1μmのペリクルを形成します。これは防ぐことはできません。

2)ペリクルは歯の表面を守る機能も持っていますが、同時にムシ歯菌などを引き寄せる性質も持っています。ペリクルを足掛かりに菌が付着し初期プラークを作ります。

3)初期プラークに、ムシ歯菌を始め雑多な菌が増殖することでマイクロコロニへと成長します。そこに砂糖が供給されるとムシ歯菌がグルカンを作ります。このグルカンが「しつこい」のです。粘着性が強く歯の表面にとどまり、マイクロコロニはより頑固なバイオフィルムへと変貌していきます。このバイオフィルムの中で砂糖を餌にムシ歯菌が酸を作り、その酸で歯が溶かされていくのです。

4)バイオフィルムは言わばバリヤを持っており、抗菌薬(抗生物質)や殺菌・消毒薬などは効きません。このため食べ物に含まれる砂糖を餌にさらに酸生産を続け、ムシ歯を深くして行きます。

・・しつこい話です。このしつこいバイオフィルムを取り除くには、薬液が効きませんので物理的に除去するしかないのです。そうです、ブラシで磨くしかないのです。さらにしつこいようですが、皆様が使っている歯磨き粉はほとんどバイオフィルム除去にプラスにはなっていないのです。BBTime437「鰯の頭も!」ご参照のほど。

唯一確実な方法があります。それは「砂糖を摂らない」こと・・最も効果的ですが、最も非現実的です。歯の健康、ムシ歯予防においては「with 砂糖」・・砂糖と共に「スイーツとともに」で行きましょう、生きましょう、が現実的でしょう。

30秒以上の手洗いが推奨されます。歯磨きはせめて三分以上、日に一回は五分以上は必要です。三分以上磨くためには歯磨き粉なしで「唾液磨き」をオススメします。「しつこい」を辞書で引くと『味などが濃すぎて、いつまでも不快な感じが口に残る様子だ。しつこい味』(新明解国語辞典)とあります。甘い味を楽しんだ後の歯の表面はまさに「しつこい味」。諦めて頂いて磨くより他ないようです。



冒頭の句の解説になぜ外郎をういろうと読むのか・・『名前の由来を、老舗「青柳」のHPより引いておく。「およそ600年前の中国が元の時代、礼部員外郎(れいほうえんういろう)という薬の調達をする官職にあった陳宗敬(自ら陳外郎と称した)が、日本に帰化し、せきや痰に効く薬を伝えた。その子宗奇は室町幕府三代将軍の足利義満に招かれこの家伝の薬を作り「透頂香」あるいは「ういろう」と呼んだ。また、客を接待するためにお菓子の製法も伝えたが、それが黒色・四角で「透頂香」と似ていたところからお菓子の方も「ういろう」と呼ばれるようになりました」』(解説より)。こちら「外郎外伝」もどうぞ。4670