BBTime 564 つなげたい

「携帯でつながつてゐる春夕べ」田口茉於

2022/3/14投稿
画像は朝日、去る3/10朝6:47の桜島。さて今回は昨年秋、ある募集に応募したエッセイのご紹介。テーマは「つながり」、ではでは・・タイトルは「おかげさま」です。
 人はさまざまなつながりの中で、生まれ、育ち、生きて、死ぬ。親のつながりで生まれ、親とのつながりで育ち、社会とつながりながら生きて、一生を終える。学生時代、生化学の試験で苦い記憶がある。試験中、解けない問題を前に今この腕の筋肉で起こっている反応なのに、見えない、理解できないとはと地団駄を踏んだ。その後、歯科医として臨床にあたる中で、この時の苦い記憶から「内とのつながり」を考えるようになった。
 内とのつながりとは「人は体内における様々なシステムに類似した行動行為をとる・類似したモノを作る」である。例えば「免疫と挨拶」:都会では薄れてはいるが、いまだ田舎では道すがら出会う人と挨拶を交わす。会釈だけで済ませることもあるが、相手を認識する。これは免疫システムに類似している。免疫では「自己非自己」が肝で、それは自己(味方)なのか、ウイルスなど体外から侵入した非自己(敵)なのかを見極めるのである。非自己であるとわかれば攻撃して排除する。「あんたはどこの人かえ?」「〇〇の次男です」「言われてみれば母親似やなぁ、大きくなったね」というように敵味方を挨拶によって識別している。
 また「常在菌と時間配分」。口腔内の常在菌の棲み分けは三歳の頃には決まると言われ、三歳までにムシ歯菌が少なく、他の菌が多く棲みついた人はムシ歯になりにくい一生を送ることができる。腸内細菌フローラにおける善玉菌と悪玉菌なども同様である。この棲み分け言わばシェア(比率)は行動の時間配分に類似する。大人から見れば、子供は暇そうに見えるが、子供には子供のやるべきことが日々決まっており忙しいし、中学生から見れば幼稚園に通う弟には十分な時間があるように見えるが、弟は弟でスケジュールがぎっしり埋まっている。
 はたまた何かとニュースになる浮気も然りで「新陳代謝と心変わり」。人体は長くても髪の毛の数ヶ月で、多くは日々新しい細胞にとってかわる。半年も経つと細胞レベルでは別人となる。余談だが歯は新陳代謝しない。

 体内と人との究極の類似は「細胞壁と廓然無聖」ではないだろうか。動物細胞には壁がない、達磨さんは「廓然無聖」と言い放った。まさに壁はない。
 内とのつながりを考えるに逆も真なりと、行動変容で体内の状態を変えることができるのではないか。笑うと免疫力がアップすると言われ、数々の実験で証明されているのが好例である。未だ人体の謎は多く、謎の解明は医学の発達につながる。ヒトの習性とも言えるような行動行為が体内活動の何に類似しているかを研究することで、謎解きの手助けになるのではないかと思う。
 もうひとつ例をあげるならば現在のネット社会である。デジタル機器そのものも人体の模倣と言えるが、インターネットやデジタル機器の使い方なども、まさに体内と同じである。血管が毛細血管となってまさに隅々までネットワーキングしている。血管に加え神経も然り。様々な物質の運搬が血管のネットワークでなされていることは、宅配などの物流に他ならないし、痛みや温度などを感知し脳に届ける神経はSNSである。しかも知覚神経と運動神経の関係は、ネットの特性のインタラクティブ(双方向)と同じである。

 「つながりで生まれ育ち生きて死ぬ」において他者や環境とのつながりが重要となる。思うに「つながり」とは自己と体内、自己と他人、はたまた自己と地球など、本人が認識しているつながりもあれば、気がついていないつながりもある。すなわち宇宙を含めた人様によって生かされている。お陰様に「陰」の字を用いるのは、認識されていないつながりを暗示しているのではないか。「おかげさま」が「つながり」の極意と言えよう。

「悲しみはつながっているカーブする」徳永政二
句の解説に『2011年も終わりに近づいている。自分が生きてきた中で今年は今までと違う一年だったと思う。3月11日の東日本大震災の津波と原発事故。私は現地へ行ったわけでもなく、被災した人たちから直接話を聞いたわけでもないが、深く心に突き刺さった出来事だった。いや「だった」と過去形ではなくそれは今も続いている。一度起こったことは片付くなんてことはない、それは形を変えていつまでも続くのだ、と言ったのは夏目漱石の『道草』の主人公だったと思うが、そうした現実から滲みだしてくる悲しみが人の心を伝わって双曲線を描きながら自分に帰ってくる。それが言葉になって表現できるようになるのはいつだろうか。川柳は俳句にはない直接性があり、時折ダイレクトな言葉の手ごたえを感じたいときには川柳を読む。』(解説より抜粋)。ウクライナの青空が赤く赤く焼け、小麦の実る豊かな大地が焦土となっている。祈りだけでもつなげたい!ご自愛の程。

BBTime 563 Say No!

「耕人は立てりしんかんたる否定」加藤郁乎

2022/3/9投稿
まずは句の解説から『土とともに生きるのは容易なことではない。農家の子供だった私には、よくわかる。いかに農業が機械化されても、同じことだ。春先、田畑をすき返す仕事はおのれの命運をかけるのだから、厳粛な気持ちを抱かざるを得ない。春の風物詩だなんて、とんでもないことである。この句は、土とともに生きてはいない作者が、土とともに生きる人の厳粛な一瞬と切り結んだ詩。かつての父母など百姓の姿も、まさに「しんかんたる否定」そのものとして、田畑に立っていたことを思い出す。いまどきの人の安易な農業嗜好をも、句はきっぱりと否定している』(解説より)。最近目についた記事二つご紹介します。

ひとつ目は『歯科業界に横行するカネ儲け主義 高額医療への誘導を“撃退”するベストな方法を指南』(出典はこちら)。仰々しいタイトルですが結論は極めてシンプルで「Say No!」「いいえ!」「考えてみます」「今回は結構です」などと断ることです。記事には『そこは初めての歯科医院だったのですが、自由診療(保険外治療)を勧めてくるので、保険でお願いしたいと伝えると、先生の口調が急に不機嫌そうになった。そして『保険だと、歯を残せないよ』という。もうかかりたくないのですが、しっかり断ることができなくて困っています』『「自由診療のほうが適切な場合があるのは事実。しかし、自由診療なら歯が残せて、保険診療だとうまくいかないというケースはほとんどありません。明らかに、高額医療への誘導です」  そんなことを平気で口にする歯科医師は許しがたいと話す斎藤氏だが、最近そうした傾向がより強くなっているという』(引用元)。

小生(歯科医師)からすると「断りにくい」がピンときません。記事にも『斎藤氏は「患者さんは自分の考えをはっきり、歯科医師に伝えるべきです。遠慮する必要ありません」と話す』。医療と言えど、ある意味買い物ですので納得いかなければ、気が進まなければ「買いません」「他の商品はないのですか?」など言うべきだと思います。また現実的には、いきなり「保険の歯にしますか?陶器の歯にしますか?」の場面は来ません。初めての歯科診療所・歯科医師であっても1回目2回目と重ねるごとに「なんか違うな」「儲け主義かも」などの雰囲気を感じると思います。これは「私の望む歯科治療・治療方針ではない」と思ったら、次回予約時に「予定が分かりませんので、こちらから電話します」と言って去るのがスマートでしょう。

記事は続きます『「一度、不信感を覚えた歯科医師のもとで治療を続けるのは、苦痛以外の何物でもない。やはり、別の歯科医院に変えるほかはないような気がします」  ただ、それを言い出すにはかなりの勇気がいる。「別の医院に行きます」と言える患者は現実には少ないだろう。毎回、診察が終わると、うながされるがままに次の予約を入れて、ずるずると通院を続けてしまうのだ』。記事には「勇気がいる」とか「ずるずる」などとありますが、これが事実だとすると患者さん側にも問題があります。はっきり言いますけど「ご自分の体」ですよ、「一度削られたら元に戻らない」のですよ、それなのに義理人情で治療続けるのですか?歯科医師歯科診療所は十人十色、ピンからキリまでいます。「違う」「やばい」と思ったら無断キャンセルであろうが「電話します」でもいいので止めるべきです。あなたの歯を守るのはあなたしかいません・・ただし「あなただけで完璧に守れないのも事実です」。となるとベストな方法は後手後手医療から先手先手予防に考えを変えることです。

二つ目の記事は『ウクライナ侵攻 銀歯の材料「パラジウム」価格急上昇で危機感』。ご存じかも知れませんが、歯科用金属の金銀パラジウム合金(金パラ)には20%のパラジウムが含まれています。『仕入れ価格は30グラムあたり2万円近く値上がりして、診療報酬の基準となる価格よりも1万円以上、高くなっているということです。金銀パラジウム合金の価格は、これまでも上昇傾向にありましたが、ウクライナ情勢の悪化が追い打ちをかけているとしていて、歯科医院ではこのまま価格の高騰が続けば、持ち出しが増え、経営を圧迫して、人件費などを削らざるを得なくなると、危機感を募らせています』(引用元)。ひょっとするとパラジウムの高騰を理由に、保険外の被せ物を勧める歯科医がいるかも知れませんが、保険診療は価格(保険点数)が決まっていますので、患者さんには無関係な話です。また現在保険では、条件付きですが6番目の歯までは白い被せ物(CADCAM冠:キャドキャムかん)が保険適用です。歯医者が削る前に「被せ物は白ですか?銀色ですか?」と確認されることを強く勧めます。もし、突然歯医者が削り始めたら左手を上げてうがいを希望し質問された方がよろしいかと。

今からでも遅くありません、まずは予防(歯石取り・クリーニング)で受診されることをお勧めします。不幸にも治療(削ること)が必要な場合は、削られる前になんの目的でどのような治療なのかをしつこいまでに聞くこと。そうして納得いかなければ「その治療は次にしてください」と言って次の予約を入れないことです。皆さま、くれぐれもご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 562 No War!

「戦争が廊下の奥に立ってゐた」渡辺白泉

2022/2/26投稿 2/25今日のダーリンより 3/1ライブ配信追加
『知ったようなことは言えないが、なんとも嫌な感じがある。距離があるだけに、なにも見なければなにも見えない。昨日と似た日本の空が広がっていて、たぶん明日もそうだ。しかし、なにも見ないでいることもできないわけで、不確かだったり、よくない雑音だったりも含めて、細切れの情報がひっきりなしに渦巻いている。現実に、戦争がはじまっている。それをできる権力を持った人間が、「やる」と決めたらできてしまうものなのか。他の立場の国やら、いわゆる国際世論やら、国内の世論に気遣う素振りもないまま、戦争ははじめられた。』(2/25今日のダーリンより)

『なんだか、一気に歴史の時間が巻き戻されたような。そんなことがあっていいんだ、できてしまうんだ? どういう理由でもこじつけて、なんでもやれるものなのか。これまで、人が考えたり進めてきたような善きことが、すべてひっくり返されたような気持ちがある。どういうものでも、つくるのは時間もかかるし難しい。しかし、それを壊すのは一瞬でできてしまったりもする。暴力には、そういう「簡単さ」がある。』

『たいしたことのないもの、ただちょっとおもしろいこと、そんなものを、小学生の工作のように続けてきた。たぶん、これを読んでる人だって、似たようなものだろう。好きな人がいたり、だれかをちょっとよろこばせたり、なにかを見つけたり、いくらか勇気を出したり、そんなことばっかりを積み重ねて、生きて老いて、やがてみんなにお別れしていくのが人生だ。そういうことが、すべてぶっ潰されてしまう悔しさがある。ミサイルも戦車も銃も、心もなければ痛みもない機械だ。そういうもののほうが強いなんて、どうにも腹立たしい。』

『いまの感染症もそうだけれど、地震も津波も、豪雨も、人間が命令してやらせたものではなかった。悲しい辛いことではあるが、天を仰いで嘆くことができた。戦争はそれとはちがう、人がやらせている。怖がらせて、力でなにかをしようとする。こういう場面で、いまは無力なじぶんをそのまま知る。そこから、どうしていくのか、どう祈るのかわからないが、まだずっと「やさしく、つよく、おもしろく」でいたい。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。なるべく視野を広くもって、おちついて。と思っております。』今日のダーリン2/25より

ウクライナの国旗です。青色は空を、黄色は小麦を象徴し、実り豊かな農業を表わしているとのこと。まさに冒頭の画像です。怒りを持ちながら祈ります。

https://youtu.be/4ayv7DmYbOg
https://youtu.be/XqQdWsZnMkI

BBTime 561 正法眼蔵

「如月や日本の菓子の美しき」永井龍男

2022/2/23投稿
画像は京菓子司「末富」のサイトから借用です。『下萌:したもえ。雪におおわれた地面から若芽がまさに萌えでんとしている早春を、芯のまわりによもぎの入ったあんでつけ、上に山芋を使用したあんをのせたきんとんで表現しました』(引用元)。句の解説は『甘いものは苦手なので、めったに口にすることはない。が、たしかに和菓子は美しく、決して買わないけれど(笑)、ショー・ケースをのぞきこんだりはする。句は、ひんやりとした和菓子の感じを如月(きさらぎ)の肌寒さに通じ合わせ、その色彩の美しさに来るべき本格的な春を予感させている。見事な釣り合いだ。手柄は「和菓子」といわずに「日本の菓子」と、大きく張ったところだろう。「よくぞ日本に生まれけり」の淡い感慨も、ここから出てくる』(解説より抜粋)。今回は「正法眼蔵:しょうぼうげんぞう」における歯磨きについてのお話。

NHKラジオ第二放送を聞いておりましたら「歯磨き」の話が出てきました。正法眼蔵を解説する番組の中にです(ラジオ第二「宗教の時間」)。まずは正法眼蔵について『正法眼蔵は、主にである道元が執筆した仏教思想書を指す。正法眼蔵という言葉は、本来は仏法の端的な肝心要の事柄を意味する。』『日本曹洞宗の開祖である道元が、1231年から示寂する1253年まで生涯をかけて著した87巻(=75巻+12巻)に及ぶ大著であり、日本曹洞禅思想の神髄が説かれている。道元は、中国曹洞宗の如浄の法を継ぎ、さらに道元独自の思想深化発展がなされている。真理を正しく伝えたいという考えから、日本語かつ仮名で著述している』以上ウイキペディアより抜粋。約八百年前鎌倉時代で、この頃はお坊さんのみならず一般庶民の口に砂糖が入ることはほぼ無かった時代の歯磨きです。にもかかわらず今以上に細かく丁寧な歯磨きが記載されています。歯磨き粉もなかった頃で、文章から推察するに、唾液磨きです。画像はラジオテキストより

文章にあるように使用しているのは「房楊枝」と呼ばれる柳の枝で作られた道具です。「よくかみて、はのうへ、はのうら、みがくがごとく、とぎ・あらふべし。たびたびとぎ・みがき、あらひ・すすぐべし。はのもとのししのうへ、よくみがき・あらふべし。はのあひだ、よくかきそろへ、きよくあらふべし。漱口たびたびすれば、すすぎきよめらる。しかうしてのち、したをこそぐべし。」房楊枝とは次のような道具です。

テキストの文章を参考に意味をとると「よく楊枝の先を噛んで房を作り、歯の表面、歯の裏側を磨くようにこすって洗いなさい。何度もこすって洗い、すすぎなさい。はぐきをよく洗いなさい。歯の間をよく擦ってきれいに洗いなさい。何度もうがいすればきれいになります。最後に舌をこすって洗いなさい」となるのでしょうか。全く今と同じです!

本当に驚きです。当時のお坊さんは仏教のみならず、学問・科学の最先端を探究する人々であったと思います。それにしても驚きです。柳と歯の関係は「BBTime310 柳と歯」にも書いております、ご参照の程。琉球や奄美大島でサトウキビが栽培され、砂糖が普及し始めたのは江戸時代になってからのこと。にもかかわらず、鎌倉時代にここまで口の清掃を細かく説いたのは、汚れているから掃除するのではなく、実際には汚れていなくとも清めるのである、とラジオの解説でした。茶道に見られる「清める」と同じ意味でしょう。汚れていなくともキレイにする・・理由はシンプルで「お釈迦様がそのようにされていたから、お釈迦様がそうしなさいと仰ったから」とのこと。お釈迦様には目に見えない細菌が見えていたのでしょうか。やはり当時の僧侶は哲学者であり科学者でもあったのです。

鶯餅です、末富のサイトには『初音を待つ心を鮮やかなうぐいす色にこめた餅です』。富安風生の句に「街の雨鶯餅がもう出たか」があります。和菓子屋さんによっては一月半ばから鶯餅を出す店があり「早すぎるのでは?」と聞いたら「初音が聞かれた途端に売れなくなります」との答えでした。ちなみに鶯餅に関して「BBTime437 鰯の頭も!」に詳しく書いております。今回、改めて昔のお坊さんの偉さ・凄さに感心しました。(自戒をこめて)今の歯医者は何しているんでしょうかね。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。2482

BBTime 560 快眠快食快便

「眠る山薄目して蛾を生みつげり」堀口星眠

2022/2/21投稿
イラストをご覧ください。カエル大好き詩人草野心平の詩です、本文(四文字)よりもタイトル字数が多い作品です。句の解説は『季語は「眠る山(山眠る)」で冬季だが、冬の間は眠っていた山が目覚めかけて「薄目して」いるのだから早春の句だ。山のたくましい生産力を描いて妙。早春の山というと、私などはすぐに木々の芽吹きに気持ちがいってしまうけれど、それでは凡に落ちる。当たり前に過ぎる。というよりも、山を深くみつめていないことになる。山は、我々の想像以上に多産なのだ。植物も生むが、動物も生む。もちろん「蛾」も生むわけだが、ここで「蛾」を登場させたところが素晴らしい。「蝶」ではなくて「蛾」。「蝶」でも悪くはないし、現実的には生んでいるのだが、やはり「薄目して」いる山には、地味な「蛾」のほうがよほど釣り合う。「蝶」であれば、「薄目」どころかはっきりと両眼を見開いていないと似合わない。「薄目」しながら、半分眠っている山が、ふわあっふわあっと、幼い「蛾」を里に向けてひそやかにかつ大量に吹きつづけているイメージは手堅くも鮮やかである』(解説より抜粋)。今回は快眠のみならず快食快便についてのお話。

小生ほぼ毎日訪れる「ほぼ日」で目にしたのが「快眠快食快便」。『小説雑誌に『快眠快食快便』という連載コラムがあった。いまの時代には、このコラムのタイトルは、よく言われる常識のように見えるかもしれないが、当時はずいぶんとユーモラスなものに思えた。「快眠快食」まではあちこちで語られていただろうが、「快便」は一般的には下ネタでもあるわけで、リズムにまかせて快を3つ並べた表現に、考えた編集者のセンスを感じていた。つまり、いまよりだいぶん若かったぼくは、このタイトルを「おもしろいなぁ」と思っていたのである。』(今日のダーリン2/17より)

『しかし、いま「快眠快食快便」というタイトルは、もうユーモラスには感じられない。
 どちらかといえば、人生の目的というくらい立派な目標だ。なぜならば、快眠も、快食も、快便も、「そんなことはふつう」じゃなくなっているからだ。眠が快なること、食が快であること、便が快たること。そのひとつひとつが、そうそう思うようにはならない。詳しく語るつもりはまったくないのだけれど、この3つの快から、ぼくはもう遠ざかっているのである。遠ざかっている、とまでは言いたくないな。遠ざかりつつあるというような感じです、ほんとは。そして、その快からの距離は広がるばかりだろう。知らなかったなぁ、考えてこなかったなぁ。』(今日のダーリン2/17より)

いくらでも眠れるし、いくらでも眠りたい男であった。食いたいものがあれば、満腹の後もさらに食うアホだった。出るとか出すとか、考えることもなく日々通じていた。どうだろう、2〜3年前くらいまでは、それだった。それがそうでなくなるということが、老いるということだ。だれに教わることもなく、覚悟をしてきたわけでもなく、ごく自然に、身体が変化してきたというわけだ。老いるつもりもなく、老いを恐れていたわけでもないのに、老いにともなう事態に「へーえ、そうか」と思うばかりだ。』(今日のダーリン2/17より)

『若い諸君、先に知ってしまったものとして伝えておく。「老い」なんてものはない、そんなもの見たことない。ただただ、老いると起こることが起こるのである。たとえば「快眠快食快便」がありがたく思えはじめたら、「そうか」と、わが秋の気配を知ることになるのである。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。秋には秋の実りもあるし、などと、春を待ちつつ言ってみる。』(今日のダーリン2/17より)

このエッセーを読んで思いました。「眠食便」を同時に「快」にできる方法あり!(と確信してます)。ズバリ「歩き」です(ダーリンを読むと糸井さんは日々歩いていらっしゃるようですが)。数年前より腕にアップルウォッチ、これが結構せかすんです。「今日はどうしたの?」「立ちなさいよ」「今日スゴイじゃない」等々。せかされると、こちらも「ハイハイ」と言いながら立ったり歩いたり・・。以前より明らかに歩く量が増えての実感が「快眠快食快便」です。

昔々「足は第二の心臓」と耳にした時、そんなことはないでしょ、足は足、心臓は心臓と思ってましたが、今では「第二の心臓」であると実感します。「ポンプとして流れをアシストする」意味で第二の心臓なのでしょう。ご存じのように血液は心拍によって全身を巡るのですが、さすがに隅々までとはいきません。血管は大別して「動脈・静脈・毛細血管」の三種類あります。歩くことで、心臓から送り出される血液、毛細血管を通過して、再び心臓にかえる血液の流れがより活発になるのだと思います。

口の中にもポンプがあります。歯の根っこ(歯根:しこん)の周りを、みかんネットのように毛細血管が取り巻いています。口の中のポンプ、歯のポンプとは「噛むこと」。グッと噛むと歯は沈みます、この時に歯と顎の骨の間の毛細血管も押されてひしゃげます。噛み終わると圧がなくなるので血管が元の太さに戻り新しい血液が流れ込みます。噛むことで貧血、圧が抜けて充血。噛むことは歯の周りの血液循環を促しているのです。

「噛む噛むポンプ」について思いました。「やめられない、とまらない!」はかっぱえびせんのコピーですが、他にもとまらない食べ物はあります。ポテトチップス、ナッツなど、パリパリポリポリの食品はとまりません。とまらない理由はいくつかあるようですが、脳の報酬系が刺激されることが主因のようです。以前「BBTime 261 あんぱん」に書きましたが、ヒトは進化の過程において「甘いものが好き」なのではなく、「好き(好んで食べる=高カロリー)ものが甘かった」のだそうです。この考え方同様、パリポリ食品がやめられないのは、パリポリする食べ物を食べた方が長生きする(生き延びる)からと考えられるでしょう。すなわち「歯のポンプ」を作動させる食品は進化的にも好んで食されるのだと推察します。

歩くこととパリポリ食品で「快眠快食快便」実践可能です。もちろん歯磨きもお忘れなく、皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。

https://youtu.be/3JS6x_B1psA

BBTime 559 舌を噛む

「子に教へ自らも噛む木の芽かな」松本清張

2022/2/17投稿 2/18外郎に追記
掲句の季語は「木の芽:このめ」で春。ややこしいのが「きのめ」となると山椒の芽。『このめ:あらゆる樹木の芽をいう。春の息吹を最もよく伝えるものの一つである。あけびやたらの芽、五加木(ウコギ)など食用になるものも多い。木の芽和えや木の芽田楽に使われる山椒の芽は、他と区別して、とくに木の芽(きのめ)と呼ばれることがある』(引用元)。先日インスタグラムで見つけた長い長い英単語、文字数が34字あります。その単語とは「supercalifragilisticexpialidocious」仮名を振ると「スーパーカリ(ラ)フラジリスティックエクスピアリドーシャス」(26文字)。舌を噛みます、今回は「舌を噛む」についてのお話。句の作者「松本清張」は小生の母校所在の小倉に縁ある方です。

来院される方から「舌を噛みました」「頬の内側をよく噛みます」等々、聞くことがあります。多くの場合、歯もしくは義歯(入れ歯)が原因です。例えば画像の木の芽和えを食べるとしましょう。奥歯の上に載った筍は上の歯が近付いてくると(正確には下顎が動くので筍を載せた下の歯(顎)が上の歯に近づいていくと)、歯の外側は頬の内側が、歯の内側は舌が筍を挟むようにして歯の上から落ちないようにホールドします。そうして逃げられなくなった筍は上下の歯で噛み潰されるのです。上下の歯が噛み合う(接触)直前に、頬内側粘膜と舌はサッと逃げて噛まれないのですが、時に逃げ遅れるとカチーンと噛まれてしまうのです。

奥歯に限らず前歯で舌や唇を噛むことがあります。しょっちゅう同じ場所を噛んでしまう場合は「歯の形」に原因有りです。長年使う間に前歯の先端(特に下)がすり減ることがあります。その結果、尖った角(かど)ができてしまって唇や舌を引っ掛けるようになり噛んでしまうのです。角を丸めてあげれば解決します。また奥歯や義歯で頬を噛む場合も歯が部分的に尖っていることで頬を噛みやすくなっていることがあります。義歯を新調した場合に、奥歯の上下の噛み合わせ(奥歯の被り具合)で噛みやすいことがあります。いずれの場合も歯の形を調整することで解決することが多いので、歯科医に伝えてみてください。

話を「Supercalifragilisticexpialidocious」に戻しましょう。この単語発音で舌を噛むのは歯が原因ではありません。発音練習あるのみです。小生はまず分割して覚えました。「スーパーカリ(ラ)」「フラジリスティック」「エクスピアリ」「ドーシャス」に分ける。次にYouTubeでメリーポピンズをみてフレーズを覚える。このフレーズに乗せてつなげて歌う。これで舌を噛まずに言えるようになります!これが言えると幸運が訪れるらしいとのこと。歯科的に解釈すると・・「発音練習で滑舌が上達し、唾液分泌が促進され、咀嚼(そしゃく・噛み砕くこと)能力が上がり美味しく食べられるようになりハッピー(幸運)である」。では皆さま、ご精進ください、より美味しく味わうために。

https://youtu.be/0FsFib4FM2w

おまけ:まだまだ練習したい方は是非「外郎売」も!ここでの「外郎:ういろう」は和菓子ではなく、薬(匂い消し)の「外郎薬(ういろうぐすり)・透頂香(とうちんこう)」のこと。

もうひとつ:昔々、一番長い英単語は「smiles:スマイルズ」だと聞きました、なぜならsとsの間が1マイルあるから・・(笑)

BBTime 558 未来形

「ものの芽の出揃ふ未来形ばかり」山田弘子

2022/2/16投稿
そろそろ大好物の楤の芽(タラ)が出てきます。句の解説には『句意は明瞭だ。なるほど「未来形ばかり」である。誰にでもわかる句だが、受け取り手の年代にによって、読後感はさまざまだろう。中学生くらいの読者であれば、あまりにも当たり前すぎて、ものたらないかもしれない。中年ならば、まだこの世界は微笑とともに受け入れることが可能だろう。だが、私などの後期高齢者ともなると、思いはなかなかに複雑だ。つまり、みずからの未来がおぼつかぬ者にとっては、ちょっと不機嫌にもなりそうな句であるからだ。「ものの芽」ばかりではなく、私たちは、日々こうした「未来形」の洪水のなかで生きているような気分であるからだ。考えてみれば、これは今にはじまったことではなく、いつの時代にも、人々は「未来形」ばかりに取り囲まれてきた』(解説より抜粋)。今回は前回「現在過去未来」に続いて「未来形」についてのお話。

先日ネットで「削るべきか削らざるべきか?–AIは歯科医よりも歯を知っているかもしれない」とのタイトル記事を見つけました。内容は「歯科医療はAI導入に適した分野であり、導入するタイミングが来ている」とのこと。二つの理由を上げています。まず『レントゲン写真が豊富にあります。患者は2年ごとに歯科用レントゲンを撮影するので、他のどの医用画像よりも多数のレントゲン写真があります。これは、歯科用AI放射線システムの開発に非常に役立ちます。システムは、多数のレントゲン写真でトレーニングする必要があるからです』(記事より)。さらに続きます『次に、歯科業界には、他分野の医療業界よりも起業家精神があります。ほとんどの歯科医は診療所にある程度投資しているので、医者であると同時に事業主でもあります。歯科医の主な関心事は患者に最適な治療を施すことであり、AIはそれを助けます。それだけでなく、AIは歯科医が事業主として直面する経営上の懸念に対処するのにも役立ちます』(記事より)。

導入したところ・・『われわれの技術を採用している歯科医の反応は、非常に肯定的です。もっとも、アーリーアダプターはAIに好意的である可能性が高いため、これは想定内です。確かに懐疑的な歯科医もいます。疑念を晴らすためには、教育が必要です。懐疑論者でも、一度技術を手にし、AIにできることとできないことについて学べば、AIが自分の仕事にとっての脅威ではなく、より高レベルな仕事を実行できるようにする強力なツールであることに気づくでしょう。歯科におけるAIリテラシーが高まるにつれてシステムの採用が急拡大し、AI診断への抵抗がなくなっていくと期待しています』(記事より)。アーリーアダプター(early adopters)とは新し物好きの意味。患者さんの反応について記事は続きます。『歯科医は、このテクノロジーで最も気に入っているのは患者の反応だとよく言います。患者にとっては、こうした技術があること自体が素晴らしいことであり、歯科医がそのような最先端の診療技術を提供していることを高く評価します。また、AIは患者が医師の診断を理解するのに役立ちます。レントゲン写真上の不明瞭な斑点を指して「分かりにくいですが、これが治療の必要な虫歯です」と説明するのではなく、医師は、AIが明確に輪郭線を引いてラベルを付けた虫歯のレントゲン写真を患者に見せることができます』(抜粋)。最後に「10~15年後にはほとんどの歯科医が導入しているでしょう」と結んであります。

記事を読んでみて・・AI導入に反対する気はありませんが違和感を持ちます。記事ではAIが有効なのはレントゲン写真をもとにした画像診断です。レントゲン画像は診断に必須ですが、他にも視診・触診・打診など画像以外にも必要な情報は多々あります。現在を診て、過去を踏まえ、診断し治療法を選び未来(予後:病気の見通し)を判断します。ただし予後に関して歯科の場合、日々の患者さんのブラッシングなどセルフケアが大きく関わってきます。加えて日本は欧米と異なり、歯科治療のほとんどが保険診療です。保険診療は最高の治療ではありません、最低限の治療の質を保証するに過ぎません。AIはまさに日進月歩ですが、日本の保険診療の内容は日進月歩とは言えません。加えて診断能力と治療スキル(技術)は別です。歯科の場合、いかに診断能力に優れていても治療技術に問題あれば話になりません。

最後に声を大にして言いたいのは、特に日本の歯科医療が「ムシ歯ありき」「歯周病ありき」であること!例外を除いて「白く健康な歯」として生えてきます。ムシ歯ありきではなく「白い歯ありき」なんです。医療においてさらにAIは導入されるでしょうが、まず導入すべきは人々の考え方・生き方の転換だと思います。病気ありきではなく健康ありき・・が本来の姿。歯科の未来形は「白い歯ありき」であり、歯科治療ではなく「歯科予防」です。明日からの未来形をじっくり考えてみませんか。未来への予感ならぬ、まだまだ余寒の今日この頃、皆様ご自愛の程ご歯愛の程。

今回の歯磨き曲(BB:Brush Beat)は未来:futureにちなんで。

BBTime 557 現在過去未来

「スナックに煮凝のあるママの過去」小沢昭一

2022/2/4投稿 2/5追記 
「現在過去未来」から渡辺真知子の歌(迷い道)を連想した方は同世代です。解説には『掲出句の煮凝は料理として作られた煮凝ではなく、ママさんが昨夜のうちに煮ておいた魚の煮汁でできた煮凝であろう。お店で愛想を振りまいているママさんの過去について、男性客たちはひそかに妄想をたくましくしているはずだが、知りようもない。知らないなりに、しみじみと煮凝をつついているほうが身のためです。まあ、女性としての変遷がいろいろとあったのでしょう。決して輝かしい一品料理ではなく、さりげない(突き出しの)煮凝に過去の変遷が重なって感じられる。ママさんの過去がそこに一緒に凝固しているようでもある』(解説より抜粋)。今回は「過去」についてのお話。

俳句に出てくる「ママ」に限らず、人にはそれぞれの過去があり「今」現在があり未来へとつながります。これは病気においても同じこと。過去(病因・誘発因子など)があって発症(現在)し、回復した後は再発予防、予後のフォローとして未来へ続きます。さて先日のこと。女性が左下の歯の違和感で来院。その方の話では痛くなりそうな時に、かかりつけで薬(軟膏)を入れてもらっていたとのこと。今回も同じような症状なので「軟膏を入れて欲しい」が主訴(しゅそ:主なる訴え・希望・困り事)。口の中を診て歯のレントゲンも撮りましたが、歯茎は腫れていないし、軟膏を入れるようなポケット(歯と歯茎の間の空間)もありません。もしやと思い噛み合わせを確認するとその歯に入れてある金属インレーのみが強く当たっていました。今の状態を鏡で確認してもらい「噛み合わせ」が原因の可能性があると説明し咬合調整しました(当たり過ぎの金属を削る)。するとその方曰く「軽くなりました」・・この金属インレーは何年も前に入れて、思い起こせばその後から左下の違和感と左肩の凝りを自覚し始めたとのこと。

診療において、まず診るのは「今」です。今の困り事を解決するであろう治療法が複数ある場合に未来(予後:よご、治療後の経過など)を説明し、患者さんの希望も加味して治療法を決めます。例えば金属の詰め物(インレー)が外れた。問題なければ再セットします。他には、大きさにもよりますが樹脂を埋めましょう(CR充填)、新たにムシ歯ができているので新しく作りましょう、などの選択肢が考えられます。患者さんにオススメしたいのが「なぜ?外れたのですか」と歯科医に尋ねてみたください。その質問に歯科医は「キョトン」とするかもしれません。ケースにもよりますが、理由が歯科医にわかる場合とはっきりしない場合とあるでしょう。いずれにせよ「外れた原因は?」と聞くことをオススメします。

人の体は超精密機械(ロボット)です。不都合が起きる場合には必ず原因があると言えます。転んで歯を折ったなどの外傷以外は、ほぼ過去があっての今です。ムシ歯も同じ、習慣的に(砂糖いっぱいの)缶コーヒーを飲んでいる方は、それなりのムシ歯の出来方となります。入れ歯(義歯)が割れた時その時の対応が、ただ破折部位の接着であればまた割れる可能性があります。過去(割れた原因)を歯科医が診ていなければまた割れます。繰り返しますが「過去」を聞いてみてください。では皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。

追記2/5:定期検診などで「ムシ歯ですね」と診断されたら「なぜムシ歯が新たにできるのですか?」と聞いてみてください。おそらく歯科医は「磨き方が足りなかったからでしょう」と答えます。「毎日磨いているのに、何が足りなかったのですか?」とさらに質問してください。それに対する答えでその歯科医の力量がおおよそ分かります・・日常、歯を磨いているのにムシ歯発生・・原因は必ずあります。その核心を突き止めなければ、数ヶ月後の定期検診で再び「ムシ歯がありますね」と言われるでしょう。核心が明らかにならなければ、不十分な予防しかできません。過去(原因)あっての今であり未来です。

BBTime 556 Long Life

「春立つと古き言葉の韻よし」後藤夜半

2022/2/1投稿 2/2追記・歯磨き曲変更 2/5Longlifeにリンク追加
まずは句の解説から『韻は「ひびき」と読ませる。昔から、立春の句や歌は数多い。それだけに、後代になるほどひねくりまわし過ぎた作品が目立つようになってきた。止むを得ないところではあるけれど、だからこそ、逆に立春という題材をどう扱うかは、俳人や歌人の腕の見せどころでもある。「芸の人」夜半としては、そこでしばらく考えた。考えた結果、立春のあれやこれやの情景を捨て去って、一見すると素朴な発想のこの一句に落ち着かせることにした。さすが、である。つまり、この句には古今の名句や名歌のひびきが、すべて収まってしまっているからだ。さりげなく「他人のフンドシで相撲をとる」のも、立派な芸というべきだろう。脱帽。(清水哲男)』(解説より)。今回はLongLifeについて。

先日、デパートでふと見つけたのがこのマグカップ。「Long Life Plastic Project 2021」のタイトルでパンフレットには次のように書かれています。

Plastic Products can be lifelong companions if you care for them.

(プラスチック製品であっても一生モノになり得ます。あなたが大切にすればね。)

僕はプラスチックの経年変化が昔から好きでした。本田宗一郎がスーパーカブの風除けに取り入れた時など、未来を感じる素材としてみんなが注目しました。やがて原材料の入手や製造し易さなどから鉄や陶器、主にガラスに代わってその活躍は一気に広がる一方で「使い捨て」の代名詞になってしまいました。プラスチックはその丈夫さから、過酷な環境で働き、その汚れや傷は僕には茶道の茶の湯にある「景色」という経年変化に見えます。このプロジェクトは、プラスチックもそんな経年変化により、個性ある景色を手に入れた一生モノになり得ると考え、賛同する皆さんと毎年、このマグを持ち寄って交流するプロジェクト。プラスチックは捨てなければずっと使える。そんなメッセージのプロジェクトです。ナガオカケンメイ(D&DEPARTMENT PROJECT代表)(引用元

いい言葉です・・「lifelong companions if you care for them.」「一生モノです。あなたが大切にすればね」・・大切にすれば一生モノ!まさに「歯」・・文章中でいとをかしが、『原材料の入手や製造し易さなどから鉄や陶器、主にガラスに代わってその活躍は一気に広がる一方で「使い捨て」の代名詞になってしまいました。』・・歯の場合「日本では歯科治療費の安さから「使い捨て」とは言いませんが、ムシ歯になってから治療する「ムシ歯ありき・治療ありき」となってしまいました。しかもご自分の歯の方が何倍も何十倍も耐久性があるにもかかわらず、セラミックより硬い「歯」をムシ歯にしてレジン(プラスチック)に置き換えます。残念ながら歯に詰めたプラスチックは『捨てなければずっと使える』とはいきません。過酷な口腔内環境においてはすり減ったり、プラスチックそのものが劣化したり、接着剤が外れたりします。

Your teeth can be lifelong companions if you care for them. ムシ歯で来院する方に大きな声で伝えたい言葉です。ムシ歯にしない究極のコツをお教えします。「歯は磨いても、もらうもの」なんです。ご自分だけのケア(セルフケア)だけで守り切ることは極めて困難、ぜひ月一回のプロケア(歯科衛生士・歯科医師によるケア)を受けてください。「歯は、磨いてももらうもの」・・歯は、あなたの一生ものになります。

以上五枚の画像はこちらなどから拝借。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。

2/2追記 早速購入して使い始めました。コーヒー飲みながら側面の文章を読むうちに、ふと思いました。「ケアすべきはモノではなくて、考え方・生き方なのではないか」もちろんモノも大切にします!

BBTime 555 かつ丼

「たくあんの波利と音して梅ひらく」加藤楸邨

2022/1/22投稿 2/1お替り追加
句は「たくあん」なのに「かつ丼」とは、これいかに。「新編 折々のうた 第三」には『「波利」はハリと読むのかそれともパリか。後者の方が実際の音には近いが、この場合にはあえてハリと読むべきだろう。たぶん作者は、「波利」と意識的に漢字で書いて、パリという音をうしろに漂わせながら、ハリの音に軽やかに遊んでいるのである。その結果「梅ひらく」がこの音と優しく響き合う。たくあんと梅の花がこんな形で結びつけられるのを見ることに、詩を読むだいご味もあるといえる』(11頁より抜粋)。毎年、この時期になるとこの句を思い出し味わうとともに「沢庵食べたい!」と唾液が・・今回は「食べたい!」のお話。

先日(1/21)の今日のダーリンは「かつ丼」。久々に(ひょっとすると初めて)「かつ丼食べたい!」の文章でした。食べて書いた人は糸井重里氏。何はさておき、まずは召し上がれ!

『水曜日のお昼に、去年からずっと食べたかった「かつ丼」を食べに行った。「ソースかつ丼」も大好きではあるのだけれど、やっぱり少なめの丼つゆでさっと煮て、卵でとじたものが、本流というか王道というか、ぼくのいちばんなのだ。』

『浅い丼鍋でつくるから、揚げたてのとんかつの一部分には、まったくつゆがかかってないところがある。火にかけて、つゆがわぁっと沸いたところに長ネギを入れ、そこに揚げたばかりの熱いとんかつをするっと滑らせる。とじる卵にしても、まんべんなくかけたりしないし、黄身と白身はあんまり混じり合っていない。あえて、出来上がりの「ばらつき」を料理にしているのだ。食べるときに箸を入れたその部分によって、ちょっとずつ別のメロディが聞こえてくるわけだから、おいしさの変化がたのしめる。
 つゆのかかったごはん、長ネギと重なるとんかつ、かりっとしたころもの部分もうまいし、しっとりとつゆのしみた煮物としてのかつもたのしめる。ときには、とろっとした卵の黄身をごはんに混ぜて、卵かけごはんのように食べる一瞬もある。途中途中で、箸休めのように白菜の漬物を食べたり、小梅をかりっとかじったりしてもいい。思い出したように、かつおぶしの香りも軽やかに残るなめこの味噌汁をすすったりもする。』

『そして、これはみんながやっていることではないのだが、小皿に盛ってくれたキャベツの千切りに、とんかつ用のソースをかけたものを待機させておいて、そこに最初に目をつけておいた、つゆも卵もかかってない、まだ衣のちくちくしているようなかつの一切れを取り分け、ソース味のとんかつとしてキャベツといっしょにいただく。ロースかつ定食にせずに、かつ丼にしたわたしなのに、ソースのとんかつも味わえるのである。
 それも、かつ丼をあえて「むら」に仕上げているおかげだ。この店の、こういうかつ丼のつくり方は、いまは亡きご主人がつくっているころからずっと同じだ。奥さんと娘さんが、店の味をしっかりと引き継いでいる。

 行こうと決めて行く前の日々も、たのしみだったし、 こうやって、思い出している時間も、またおいしい。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。とんかつのなかでも特に丼については、「やまいち」だなぁ。』

最後に出てくる「やまいち」とは東京淡路町のお店だそうな(小生未体験)。こんなにも美味しい「かつ丼」は読んだことがない。嵐山光三郎著「頬っぺた落とし う、うまい!」にもかつ丼はなかったような、明日にでも「やまいちかつ丼」食べたい!

小生、高二から寮生活で日曜は食事無く自前調達。学校近くの喫茶食堂「花の木」のカツ丼が好きでした。味もさることながらおかみさんが美人、けどいつもご主人と仲悪そうに働いていました。画像のような陶器の丼ではなく、底の浅い塗物の大きな蓋付きで、蓋を取った時に立ち登る卵とじの甘い湯気をはっきり覚えています。残念ながらその店は今はなし。

画像は銀座「とん喜」のかつ丼。昔、この店で隣テーブルの男性(工事現場労働者風)が「歯が悪いから小さく切ってくれ」に、お店のご主人「切ったらかつ丼にならん」と。横で聞きながら「だよね!だから歯は大切」とひとり合点しました。カツのみならず、付いてくる沢庵も歯が健康でなければ「パリ」とはいきません。皆さま、かつ丼を味わうためにも御自愛の程ご歯愛の程。

お替り!ここのメニューにかつ丼はありません、丸一です。画像は上ロース、ボリュームすごいでしょ!店は丸一、味は花丸。