BBTime 685 唯一無二かも

「ワタナベのジュースの素です雲の峰」三宅やよい

2025/8/9「長崎原爆の日」
前回投稿 7/5から早ひと月経ちました。句の解説『雲の峰は郷愁を誘う。「子供にだって郷愁はある」と言ったのは辻征夫だが、少年期を過ごした三宅島の夏の海での感慨だったような……。沖には、きっと巨大な雲の峰が聳えていただろう。空は未来を指さすけれど、雲の峰は人を過去へと連れていく。私だけの感受性かとも思ったりするが、どうやらそうでもないらしい。それにしても「ワタナベのジュースの素」とは、懐しや。すっかり、忘れていました。よく飲みました。「ジュースの素」である粉末をコップの水に溶かすだけ。オレンジ味、イチゴ味などがあり、それぞれにそれらしい色がついていたと記憶する。一世を風靡したのは、いつごろのことだったのか。いずれにせよ、日本がまだ貧乏だった時代だ。「ワタナベのジュースの素です、もうイッパイッ」というラジオのCMソングも流行した。1962年にテレビCMで登場したコカ・コーラの歌「スカッとさわやか、コカ・コーラーッ」も同工異曲だった。無理やりに、商品名を覚えさせられたという感じ。ちなみに、コカ・コーラの戦後の日本での発売は1961年だが、戦前にも輸入されたことがあり、高村光太郎や芥川龍之介も飲んだことがあるという。難しい顔で飲んでいる様子を想像すると、ほほ笑ましくなる。『玩具帳』(2000)所収。(清水哲男)』(引用元)。今回、チャットGPTに色々と質問してみました。冒頭画像は鹿児島市喜入の雲の峰(入道雲)。

昨今「生成AI」「チャットGPT」など、聞かない日はありません。そこで、おやつ堂・ムシ歯予防カフェなどを質問したところ、結構、嬉しい答えが帰って来ました。

手前味噌の内容となりましたが、四点の画像(スクリーンショット)はチャットGPTの回答です。ちなみにムシ歯予防カフェ「おやつ堂」インスタグラムはこちら。なお「ムシ歯予防カフェ」「おやつ堂」ともに商標登録取得しております、ご使用に関してはご注意ください。「オヤツどうですか?ハミガキどうですか」皆様、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 681 aBc

「母の日のてのひらの味塩むすび」鷹羽狩行

2025/05/11母の日投稿
櫂 未知子著「食の一句」に『海苔も巻かず、米と塩だけを供する塩むすびはまさしく家庭の味。かつての母達は、おなかをすかせた子供達のためにさっとおむすびを作ってくれた。贅沢とは無縁だった古き日本の母親達は、その<てのひら>から素朴な、しかし間違いなく美味しいものを生み出してくれた。子が母を信頼するのは、理屈ではない。空腹を満たしてくれたかどうか、である』(82頁より引用)。今回は「abc」の「B」。abcとは歩く(a)、口から食べる(b:バイト)、きれいにする(c:クリーニング)。「B」bite=噛む(口から食べる)について。

東京三田「コート・ドール」赤ピーマンのムース。昨年夏食事した際、斉須政雄シェフに「記憶の中の美味しいものは?」とお尋ねしたところ、即答「母のおむすび」でした。昔、シェフにインタビューしております。是非お読みください「「La Cuisine,C’est toute ma Vie.」-料理、これこそ、わが全人生」。

「国産牛の尾の煮込み・ワイン・ソース」
訪問診療でいろいろな施設に行きます。時間がお昼前だとちょうどお昼ご飯の用意の最中。利用者の方の「食べる」の状態に合わせて食事の形状も色々です。普通食、きざみ食、ミキサー食等々。ある時、ミキサー食に発見がありました。ミキサー(ブレンダー)処理してありますので、料理の色はぼやけています。一番の驚きは「臭い・香り」です。普通食であればテーブル脇に立った姿勢でサラダなら野菜の匂い香りがします。ミキサー食はその皿に顔を近づけて鼻でクンクンしてやっとカボチャだな、とわかるのです。

口の状態:歯があっても噛む力が弱い、義歯を持っていても使えないなど理由は様々でミキサー食選択となるですが・・。歩く同様「口から食べる」を死守してください。口から食べる、歯で噛んで食べることで味わえるのです。噛んで食べることで脳にもプラスがあります。噛むごとに脳に血液を送り込んでいるのです。ひと噛み毎に約3.5ccの血液が脳に供給されます。魚の形の醤油入れの量です。詳しくは「カムカムポンプ」を。

「B」の死守して欲しいもうひとつは「声を出す」です。おしゃべりでも歌うでもOKです、ともかく声を出してください。声を出さなくなると次第に声が出なくなります。声が出なくなる、すなわち声帯が弱くなると「咳払い」ができなくなるのです。すると誤嚥性肺炎リスクが高まります。施設のスタッフの方には「おはようと声をかけた際に、必ず利用者の方からも、声でおはようと返してもらってください」とお願いします。「おはよう・おはようございます」の声に、ただ頷くのではダメです、「おはよう」の声が出るまでしつこく声をかけてください。声帯については「セイタイハイリョ」をご参考に。

ふと思い出しました。その昔、小学生の頃下校時に近所の家から「お経」が聞こえて来ました。おそらくお年寄りの読経でした。この読経(どきょう)、昔の人の知恵だと思います。それなりに大きな声を日に数回数分間出す、しかも毎日・・これは明らかに声帯筋肉のトレーニングです。今回はabcの「B:口から食べる・声を出す」。人生を生ききる秘訣のひとつです。皆様、ご自愛の程ご歯愛の程

BBTime 679 歩きました50km!

「一歩在り百歩に到る桜かな」永田耕衣

2025/3/29投稿 3/30追加
一週間前の3/22土曜日50km歩きました!参加したのは「関西エクストリームウォーク50K」。まずは掲句解説から『句集では掲句の前に、「一歩をば痛感したり芹なずな」があります。春がやって来た実感です。今、「やって来た」と書きましたが、春はやって来るものであると同時に、こちらから一歩近づいていかなければ訪れるものではないという、当たり前の真実に気づかされます。若い頃なら、これを実存というのだななどと観念的に片づけていました。しかし、「痛感」という言葉は、身に起こる切実な情ですから、「芹なずな」に同化するほどの強い思い寄せがあります。掲句では、「一歩」 から出発して「百歩」に到っています。満開の花の盛りは、じつは、桜の側にあると同時に、見る側が作り出すのだという教訓を得ます。花見は座って見るばかりでなく、歩いて歩いて歩き尽くしてこそ、花が盛る、そんな、花と人との双方向的な対峙を教わりました。このおじいちゃんは、やはり、桜に対しても貪欲でした。『永田耕衣五百句』(1999)所収』(引用元)。では早速スタートしましょう!

登録順に50人ずつ出発、いよいよです。最近「歩く」について色々と考えており、「人はどのような理由で歩みを止めるのか?」この疑問を解明したくイベントに臨みました。

朝八時頃スタート。天気にも恵まれ、暑くもなく寒くもない絶好の「歩き日和」。まずは大阪城へ向かいます。友人男性と二人での参加。小生、毎日のように一万歩以上歩いており、参加前予想(希望)は「10時間台でゴールできるんじゃない」でした。では、歩きながら感じたことを書いていきます。

1)人が歩みを止める理由・・わかりました!二つあります。ひとつは「痛み」もうひとつは「日没」。小生の痛みは、足の筋肉や関節ではなく「足裏のマメ」。両足とも五百円玉二個分ほどの大きなマメができ、歩くたびにじわっと痛みました。今回、1ヶ月前購入のソールの薄い靴「vivobarefoot」でスタートし、途中で予備持参のkeenサンダルに替えました。「日没」に関しては、現代社会では照明があり歩行可能ですが、原始人には無理だったでしょう。
2)歩きの本や記事にもありますが「歩いても痩せない」。言い換えれば「歩くだけ」ではさほど脂肪は燃焼しない・エレルギーを使わない。歩いても歩いても、疲れないのです。人にとって「歩く」行為は非常に効率の良い動きなのです。
3)歩くと走るは全く違う・・小生、過去に2回フルマラソン完走(約四時間半)経験あります。歩くと走るは別物!ゴール後の満足感・達成感がマラソンとは比べ物にならないくらいあっさりしたものでした。

4)走りとは別である証拠として「疲れない」「ペースはさほど落ちない」「ゴール後の達成感が小さい」。その昔、小学校などで「罰:ばつ」として「廊下に立っとけ!」「校庭五周走って来い」などありましたが、おそらく「校庭五周歩いて来い、十周歩け」は罰にならないと思います。歩きは人にとってさほど負荷とはならないのです。

5)歩いて分かりました。「歩き」は本来、移動手段ではありません。呼吸と同じように、心臓が血液を送り出すように、人にとって当たり前過ぎるほど当然の行為行動なのです。
6)痛みと日没がなくても際限なく歩けるとは思いません。おそらく時間にして一日12時間、距離にして30~40キロが一区切りでしょう。

7)歩くときは少し遠くを見て、胸を張って、手を振って等々。これは現代人が作ったスタイルだと思います。歩くときは「足元」をしっかり見て歩かないと危険です。原始人において、道は舗装されていません。原始人の歩みを止めた「痛み」は、足裏の怪我でしょう。裸足で道なき道を歩いていたのですから。

8)直立二足歩行したことで「ヒト」となりました。歩くという行為は最も人間らしい行為行動です。もっとも人間らしい行為を、日々怠れば体に不具合が出るのは当然。自動巻き腕時計をたまにしか使わなければ長持ちしないでしょう。

9)やっとゴール(スタートと同じ場所)が見えました。この時思ったことは「もう歩かなくていい、痛みから解放される」だけでした。

10)アップルウオッチの画像。連続八万歩は、日頃「一日一万歩」歩いてますとは、全く意味が違います。休み休み、止まり止まり歩くのが本来の歩きだと痛感、こじつけですが漢字「歩」は少し(歩いて)止まるです。

11)スタートとゴールが異なるのは歩き開始の「押し忘れ」。ワクワクの緊張感・高揚感からかスタート時にボタンを押していませんでした。もし知り合いから「参加してみようかな?どう」と聞かれたら、即答「すすめません」
12)今回、友人と二人参加だったからこそ完歩できました。ひとり参加であったなら、途中で足のマメなどの大義をつけてリタイアしていたでしょう、間違いなく。もちろん参加者の中には一人参加で黙々と歩いて完歩された方も多かったと思います。驚きは、30キロ過ぎても女性グループがおしゃべりしながらスタスタと歩いておられました。複数で喋りながら歩くのが良いようです。

13)完歩翌日翌々日と二つの驚きがありました。ひとつは「足の裏の回復スピード」が速いこと。先に書きましたように「筋肉や関節の痛み」は出ませんでした。痛みは「足裏のマメ」だけ・・一晩寝ると翌朝は40%ほど回復、二晩寝ると80%ほど回復。痛みの減少の速さに驚きました。
14)二つ目の驚き・・ゴール時の達成感はイマイチでしたが、回復とともに再び普通に歩けるようになった時、「喜び」をひしひしと感じました!ほとんどの人が記憶していない「初めて立った、歩いた時」に感じる喜びに近いものかも知れません。
15)今回、改めてイヤ初めて「歩く」ことの大事さを身を持って知りました。フルマラソン完走や富士山登山とは全く異質でした。まさに「歩く」とは最も人間らしい行動であると痛感した「12時間57分」。大会関係者の皆様に感謝!友人S氏に深謝!
皆様、ご自愛の程ご歯愛の程

追加3/30
16)歩きは「疲れない」と4)に書きました。今回のように歩き目的で、さほど荷物を持っていない場合です。重い物を持たず、筋肉や関節に問題がなければ疲れません。長距離・長時間歩くことで「心の疲労」は生じるでしょう。今回も街中歩きであったため、もう少し気持ち良い景色であればと思いました。いずれにせよ歩くことでは、肉体は疲れません。
17)ボチボチ、ヨタヨタ、トボトボなど、歩く姿を表す言葉があります、これらは精神状態がベース。今回のように精神的に終始問題なければ、歩くペースはさほど落ちません。
18)自動巻き腕時計を引き合いにしました。今朝も歩きながら考えました、これは言い得て妙!ローターに相当するのが「足」、ローターの回転が「歩き」。ローターが回ってゼンマイを巻き、小さな歯車のひとつひとつまで動くのです。歩くことで血液のみならず神経、ひいては頭の巡りまでしっかり循環させ機能させる・・これは間違いないでしょう。
19)最も人間らしい行動=歩きを自ら放棄してしまっている現代人、問題が出ないわけがありません。歩きの放棄には、それぞれ理由はあるでしょう。ヒトとして人として、一歩でも多く歩く日常を心がけたいと切に思いました。


BBTime 677 Abc

「なずな咲くてくてく歩くなずな咲く」小枝恵美子

2025/02/28投稿 3/3追加
気が付いたら如月も終わり!句の解説『なずな(漢字では「薺」と難しい字を書く)は、陰暦正月七日の七種粥に入れる七草の一つなので、単に「なずな」だと、歳時記的には「新年」に分類される。が、花が咲くのは早春から梅雨期にかけてであり、掲句の場合には「薺の花」で春。またの名を「ぺんぺん草」とも「三味線草」とも言う(こちらのほうがポピュラーか)。さて、この句の魅力は「てくてく」にある。「歩く」といえば「てくてく」など常套的な修辞でしかないが、実にこの「てくてく」の用法は素晴らしい。いたるところに咲いているなずなの道を行く気分は、別にいちいち花を愛でながらというわけでもないので、むしろ常套的な「てくてく」がふさわしいし、句の情景を生き生きとさせている。「むしろ技巧的に思われるほどだ」と句集の栞で書いた池田澄子は、さらにつづけて「そこここに咲いている『なずな』と、そのことを喜び受け止めながら歩いている人物は、春を輝く万物の細部としての代表である」と述べている。これまた素晴らしい鑑賞だ。春の道は、こんなふうに「てくてく」と歩きたい。なお「なずな」を「ぺんぺん草」「三味線草」と呼ぶのは、その実を三味線のバチに見立てたことにちなむそうだ。今日調べてみるまでは、つゆ知らなかった。『ポケット』(1999)所収。(清水哲男)』(引用元)。さて今回は「abc」の「A」、abcとは歩くa、口から食べる(バイト)b、きれいにする(クリーニング)c、についてのお話。

「ABC=歩く・食べる・キレイにする」について考えるようになったのは、訪問診療に携わるようになってのことです。ご存じかと思いますが「2025年問題」を日々耳にします。小生、施設の職員さんに話します「残念ながら、もしあなた方が将来、要介護になっても今あなた方が行なっているような介護は受けられないかも知れません」と。必要なのは、考え方を変え「介護予防=亡くなる直前まで自立する・できる」、介護を受けられないのならば、介護を極力必要としない生き方に「今日」から変えることです。まずはA=歩くについて。

ヒトの定義においてまず挙げられるのが「直立二足歩行」です。直立二足歩行する生き物が「ヒト」ならば、極端な表現ですが直立二足歩行しない・できなければ「ヒトにあらず」とも言えます。しかしどうでしょう、周りを見渡すと・・。ちょっとそこのコンビニ行くのも車、デスクワークにおいては座りっぱなし、小学校から大学まで授業中はほとんど椅子。足に問題がない人も「歩いていない・歩かない」日常になってます。

小生、ほぼ毎日一万歩は歩いております。歩きにシフトしたきっかけは3つ。
1)きっかけ1:車が無いこと。車を手放して9年になります。当然、公共交通機関を利用し歩いて自転車に乗ります。
2)きっかけ2:アップルウォッチ。時計が「Move」「Exercise」「Stand」を計測してくれます。日々の目標を設定し達成するようになりました。
3)きっかけ3:睡眠の波形。ウォッチで睡眠をトレースできます。以前は片道8キロ弱を自転車通勤。ある時、気がつきました。自転車通勤日の睡眠波形よりも、路面電車と徒歩通勤の波形の方がキレイなのです。それ以来、電車+片道徒歩30分通勤に変えました。

現生人類は約五万年前にアフリカから出て世界中に進出していきました。それを可能にしたのは「直立二足歩行」で、歩いてこそ「ヒト」であり、歩いてこそ「人」なのです。にもかかわらず人々は車に乗り、椅子に座り・・。

2025/2/2 朝日新聞「天声人語」、次のように続きます。

〈歩け、歩け/どんなものが出て来ても乗り越して歩け/この光輝く風景の中に踏み込んでゆけ〉・・歩くからこそ「乗り越して歩け」ができるのです。自転車でも車でも段差があると進めません。道がなければ車や自転車では進めません。しかし人生は〈僕の前に道はない/僕の後ろに道は出来る〉のです。歩きであれば道なき道を「乗り越す」ことも可能です。日々毎日、歩いていると、歩くことは単なる移動手段ではなく、ヒト・人の生き様に深く関わっている気がしてならないのです。

2/8の桜島、雪化粧しております。小生、カフェ日は朝、歩いて桜島に会いに行きます。鹿児島はようやく寒さが抜けました。徐々に歩く季節が近づいて来ました。薺を見つけに歩きましょうか。では皆様、ご自愛の程ご歯愛の程。

追加(3/3)「歩く」についてオススメの一冊

この著者「池田光史氏」を知ったのはYouTubeでした。ひょっとすると多くの方が「歩く=面倒臭い・疲れる」のイメージをお持ちかも知れません。本に「歩くのってこんなに楽しかったっけ?」とあります(2頁目)。ヒトがアフリカを出て世界の果てまでたどり着いたのも「楽しみ・心地良さ」を彼らが身体感覚として感じていたからだと思います。「人間の幸せは、動物として快調かどうかにかかっている」(8頁目)。御意!

BBTime 665 はて?九月

「空っぽの人生しかし名月です」榎戸満州子

2024/09/14投稿
 今年の十五夜は9/17、満月は翌18日。まずは句の解説『今宵(2011.9.12)は仲秋の名月。名月の句は数えきれないほどあるけれど、この句はかなり異色だ。作者はべつに名月を待ちかねていたわけではないし、愛でようとしているわけでもないからである。しかも「空っぽの人生」とは言っているが、作者が自分の人生を深く掘り下げて得た結論でもなさそうで、せいぜいがその場の自虐的な感想程度にしか写らない。そう私が受け取るのは、たぶん「しかし」という接続詞が置かれているせいだろう。この「しかし」はほとんど「ともあれ、とまれ」と同義的に使われていて、前段を否定しているのではなく、それを容認する姿勢を残しつつ、後段に想いを移すという具合に機能している。つまり「人生」と「名月」とは無関係と認識しつつ、それこそ「しかし」、作者は無関係であることに感慨を抱いてしまっている。感慨無き感慨と言ってもよさそうな虚無的な匂いのする心の動きだ。こう読めば、作者の人生ばかりではなく誰の人生もまた、日月のめぐりのなかで生起しながら、やがては日月のめぐりに置き去りにされていくという思いにとらわれる。『現代俳句歳時記・秋』(2004・学習研究社)所載。(清水哲男)』(引用元)。前回の「はて?違和感」に続いて今回も「はて?」のお話を二つ

 例年九月になるとBBTimeで曲「September:セプテンバ」を紹介しておりました。ある時ある人から「それって12月の歌だよ」。「はて?」と確認したところ、そうでした!歌詞では「今は12月、9/21のことを覚えているだろう」。そうならばタイトルを「セプテンバ:九月」にするなよな!と思います。歌詞の和訳はこちらを。

 先日、小生自身の口のメンテナンス(月に一回)での会話。担当歯科衛生士「先週、スケーリング(歯石取り)の研修でした」「あと、器具のシャープニングも」。シャープニングとは歯石を取るハンドインスツルメント(手用器具)の刃を研ぐことです。聞きながら思いました「はて?」

数ヶ月ごとのメンテナンスで、歯の根っこをガリガリと歯石除去受けられた方も多いでしょう。歯石除去は必要です!小生の「はて?」は、歯石がつく前にメンテしてあげたほうがベターではないの?です。歯石除去とは、歯の根っこ、詳しくは根を覆うセメント質表面にしっかり付いた(歯ブラシでは除去できない)歯石を、器具を使って(おそらく)セメント質表面もいくらか削り取るのです。セメント質の下は象牙質(ぞうげしつ)で、歯髄(しずい:歯の中の神経)からの細い神経が通っています。歯石除去後に「歯がしみる、スースーする」などはこれも原因でしょう。極端な言い方をすれば、歯石除去(ガリガリ)ごとに根っこが細くなるのです。歯石除去は必要です!ならば歯石が付く前に歯垢の段階で除去してあげる方が良いのでは。

ネットを見ると『歯垢(プラーク)が残ったまま放置すると、個人差もありますが2~3日で石灰化し始め、やがて歯石へと変化して除去しにくくなります』(引用元)。残ったプラークが「数日で石灰化し始める」とは、歯石が数日で付くということではありません。小生の経験では毎月(月に一回)メンテナンスに通えば「ガリガリ」はほとんど不要です。1)患者さんへ:数ヶ月・半年ごとにメンテナンスに通っている方は是非「月に一回」通ってください。2)衛生士の方へ:担当の来院者(患者さん)に除去すべき歯石を見つけたら(もちろん除去されると思いますが)メンテナンス間隔についてもプロとしてアドバイスしてあげてください(ガリガリが極力不要な間隔)。保険診療の絡みで「三ヶ月に一回でいいですよ(毎月は無理です)」と言われたら、粘って「是非月一回」を希望してください。どうしても歯医者が「ハイ」と言わなければ思い切って変えましょう!

では皆様、ご自愛の程ご歯愛の程。もちろん曲は「セプテンバ」!

BBTime 661 耕不尽

「夏の夜や崩て明し冷し物」松尾芭蕉

2024/07/20投稿
「耕不尽:こうふじん」耕せども尽きず。句の解説から『清少納言は「夏は、夜」がよろしいと言った。「月のころはさらなり、闇もなほ、螢の多く飛びちがひたる」。違いないが、健全な風流心にとどまっている。そこへいくと、掲句の「夏の夜」はよろしいようなよろしくないような、とにかく健全さは読み取れない。「なつのよやくずれてあけしひやしもの」と読む。句会が宴会に転じ、ずるずると飲みかつ語るうちに、夜がしらじらと明け初めてきた。その光のなかで卓上を見やれば、昨夜のせっかくの冷えた酒肴も見苦しく崩れてしまっている。みんなの顔もとろんと大儀そうで、ああ適当に切り上げておけばよかったのにと、後悔の念にかられているのである。眼目は、実際に「崩て」いるのは「冷し物」なのだが、座全体が「崩て」しまっている雰囲気を、崩れた「冷し物」に象徴させているところだ。徹夜の酒席の常であり、江戸期も現代も同じことで、最後はこの狼藉ぶりに後悔しながらのお開きとなる。蛇足ながら、旅にあった芭蕉は別室ですぐに休めたろうが、朝のまぶしい光のなかを歩いて帰宅する人もいたはずで、そんな人は一句ひねるも何もなかっただろう。私はいま、若き日に徹夜で飲んだ果ての新宿の早暁の光を思い出している。(清水哲男)』(引用元)。今回は前回「BBTime 660 届けるものは」の続きのようなお話し。

梅雨明け朝の桜島。冒頭の短冊は開業した1990年に南洲寺(鹿児島市)の当時の御住職矢野完道(やのかんどう)和尚の筆で、「あなたの仕事でもそれ以外でも、これで終わり(ゴール)ということはない」との言葉とともに頂きました。前回「届けるものは」をアップした後、この「耕不尽」が頭の中を回ってます。

訪問診療に従事するようになって「認知症」について勉強する機会が増えました。認知症にならないためにはどうすれば良いのか?認知症になるタイミングを極力遅くするにはいかにするか?認知症予防に有効なひとつは「生活を耕不尽」です。

鶴丸城跡御楼門前の蓮。冒頭の句を見てください、漢字とひらがなが交互です。読んでも見てもリズムを感じます。超有名句「菜の花や月は東に日は西に 与謝蕪村」も同じスタイル。見方を変えるだけでも「耕不尽」。訪問先で利用者の方を見て思います。まず第一に「自分の足で歩くこと」次に「口から食べること」・・この二つを死守してほしいと痛感します。逆の見方をすれば・・「しっかり歩く」「歯と口の健康を守る」。多くの方は充分でないのでは?ちょっとそこまででも車、ファストフードジャンクフード炭酸飲料等々を日々口にする。極端な言い方ですが、人並み(半数以上の人がやっていること)の生活をしていたら、認知症リスクは高まります。

7/20朝の桜島。今、盛んに「AI」関連の記事や動画を目にします。ネットが普及し始めた時以上の変革が始まっていると言われます。「AI」をいかに使うかが「人」として問われます。茶道で「一生稽古」という言葉をよく聞きます。「一生稽古」「生涯現役」「耕不尽」、人生百年を生ききる秘訣は、好奇心を失わず、日々キョロキョロし、歩き回って、美味しく食べることのような気がします。最後にひとつ「耕不尽」は字の通りまずは「耕す」です。耕さないと「不尽」はありません。では皆様、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 659 ハミガキ三話

「明日は又明日の日程夕蛙」高野素十

2024/06/26投稿
今朝(6/26)、特急きりしま車窓からのお姿(桜島)。句の解説『とにもかくにも今日の仕事を消化して、作者はしばし夕蛙の鳴き声に耳を傾けている。ホッとしている。明日もまた忙しいが、明日は明日のこととして、今日はもう仕事のことは考えたくないという心境だ。このように、昔は蛙たちが一日の終りを告げたものだが、いまの都会では何者も何も告げてはくれない。もっと言えば、一日の終りなどは無くなってしまっている。だから、明日の日程のために眠ることさえできない人も増えてきた。過労死が起きるのもむべなるかな。こんな世の中を愚かにも必死につくってきたのは、しかし私たちなのである。『雪片』所収。(清水哲男)』(引用元)。前回から三週間ほど空きましたが、その間、オレンジページに投稿した文章(三話)のご紹介です。

第一話:歯ブラシについて「クラプロックスの歯ブラシ」
こちらへどうぞ!

第二話:歯間ブラシなどの補助具について「歯間ブラシやフロス」
こちらへどうぞ!

第三話:歯磨き粉(ペースト)について
こちらへどうぞ!
ちなみにオレンジページ「カルノブログ」も是非どうぞ!
鹿児島は来週来月に入ると梅雨明けしそうです。
皆様、ご自愛の程ご歯愛の程

BBTime 652 酸性雨

「花の雨やがて雨音たてにけり」成瀬櫻桃子

2024/04/08投稿
この日(画像)も降ったり止んだりでした。句の解説から『季語は「花の雨」で春、「花」の項に分類。桜の花どきに降る冷え冷えとした雨のこと。「花散らしの雨」と言ったりする。桜の花に直接降る雨としてもよいし、べつに桜が眼前に無くてもよい。掲句は、後者の雨だろう。室内にいて、雨の降りはじめたことに気づいた。ちょうど桜の咲いている時期だと、まず気になるのは雨のせいで大量に散ってしまうのではないかということだ。もとよりそんなに深刻な問題ではないけれど、できれば小雨程度ですんでほしいと願うのが人情である。だが、願いもむなしく、「やがて雨音たて」て降りはじめた。ああ、これでもう今年の花もおしまいか……。と、軽い失望感が胸中をよぎったのだ。この感情もまた、春ならではの心持ちと言える。ところで、今日は全国的に雨模様だ。文字どおりに「花散らしの雨」となってしまう地方も多いだろう。そんななかで「雨に重き花のいのちを保ちけり」(八幡城太郎)と、けなげな花を目にできたら嬉しいだろうな。現代俳句文庫19『成瀬櫻桃子句集』(1994・ふらんす堂)所収。(清水哲男)』(引用元)。鹿児島市は雨がちで、桜は花の雨に濡れております。久しぶりに「酸性雨」について。

この傘マークをご存じでしょうか。実は数十年前には日本でも結構目にしたマークなんです。拙ブログ「ハナ通信」1993年7月号に次のように書いております。

「口の中の酸性雨」  エコロジー問題のひとつに酸性雨があります。強い酸性の雨水のため、森林、草花から、大理石の宮殿にいたるまでダメージをうけているというものです。ところで口の中の酸性雨のことを御存じでしょうか。砂糖を口に入れると、歯の表面のカルシウムが溶ける酸性度にまで下がり、食べ終わっても十数分間は続いていて歯の表面は少し溶けます(ミニむし歯)。このミニむし歯は唾液中のカルシウムで自然修復されますが、これには数時間かかります。ミニむし歯ができる回数が増えて修復が追いつかないと、やがて目に見えるムシ歯になります。そこで傘マークの登場です。食べてもムシ歯をつくりにくい食品にこの傘マークがついています。まだ日本には導入されてはいませんが、近いうちに目にすることと思います。口に中の酸性雨にご注意を。(引用元はこちら、一部修正)

酸性雨に関してはこちらを。その昔二十年程前、研修でスイスチューリヒに行った時のこと。駅のキオスクに並ぶガム、キャンデーなどの殆どにマークが付いていました。さすがスイスと思っていたら更なる驚き!なんとカフェでコーヒーについてきた砂糖(のようなもの)にもマークが付いておりました。日本のように一部だけがマーク付きでは意味がないんです(薄いんです)。

もちろん「トゥースフレンドリー」活動には賛成です。ただし甘いもの・スイーツの力も評価します。日本人の食において「砂糖抜き」は不可能、これまた「甘い力」として書いておりました。『まさしく「発見」であった。卵焼きにも焼肉のタレにも砂糖は入っている。ケーキやジュースだけではない、しかもムシ歯菌にとっては卵焼きもケーキも同じ。砂糖の摂取量を減らすことはできても、ゼロにすることは無理である。細菌すなわち汚れにおいても同様で、磨けば予防できると信じていた。磨けば予防可能、これは事実。しかし完璧に磨くことはできないのが現実。フロスや歯間ブラシを併用しても、歯の汚れを自力のみで完璧に取り去ることは不可能に近い。左手の汚れは、目で見て右手で落とすことができ、落ちたか否かを確認できる。ところが口の中はさにあらず。汚れている箇所を確認しないまま闇雲に磨き、汚れが落ちたか否かを確認することもできない。日常生活で不可能なことを、あたかも可能であるかのように説き、時にムシ歯をつくったのは自業自得であるかのように説明してきたことを心密かに恥じた。「甘いものを食べ過ぎず歯を磨けばムシ歯にならない」は、実生活においては正しくないのである。』(一部抜粋、引用元)。

最後に「地球上の酸性雨」はどうなったの。検索してみると・・記事を見つけました。「いま、酸性雨はどうなっているの?」2019年の記事、「酸性雨、コロナ後ph改善傾向に・・」2023年の記事、是非お目通しください。今回「ハナ通信」を読み返して思いました。口の中に酸性雨は降りません。ムシ歯菌と砂糖によって歯の表面が長時間酸性に傾くというのが正しい表現です。老婆心ながら、物理的に歯の表面の汚れを除去する(歯磨き)ことがムシ歯予防の基本中の基本です。では皆様、ご自愛の程ご歯愛の程。

BBTime 647 拙を守る

「木瓜咲くや漱石拙を守るべく」夏目漱石

2024/02/10投稿 2/11追加 2/14追加 2/17動画追加
鹿児島には春がそこまで来ております。句の解説『花そのものではなく、木瓜(ぼけ)という語感に着目した句だ。「拙を守る」とはへんてこな意志と思われるかもしれないが、漱石のような才気横溢した人にとっては、おのが才気のままに流れていくことは、たぶん怖いことだったのだろう。才気には、知らず知らずのうちに現実から遊離してしまうという落し穴がある。小説家にしてみれば、この穴がいちばん恐ろしい。だから、どうしても「拙を守る」強固な意志を持ちつづける必要があった。「世間には拙を守るという人がある。この人が来世生れ変るときっと木瓜になる。余も木瓜になりたい」(『草枕』)。そして漱石ならずとも、現代人の多くはいま木瓜になるべきときかもしれない。シャープという名の小賢しさが一掃されたら、どんなに気持ちがよいことか。私が俳句を好むのも、俳人には「拙を守る」人がたくさんいるからである。とは、それこそまことに小賢しい言い方かもしれないが……。『漱石俳句集』(岩波文庫)所収。(清水哲男)』(引用元)。先日目にした記事「認知症を引き起こすアカン習慣13選」について、ズバリ認知症予防のお話。

まず『「拙を守る」とは、漱石が好んだ言葉で、生き方の基本としたものという。世渡りが下手なことを自覚し、それをよしとし敢えて拙を曲げぬ愚直な生き方、俗世に媚びて利を追求する事を卑しとする心』(引用元)。さて記事を見ていきましょう。
「日常生活の改善で発症リスクは約4割も下げられる」・・厚生労働省の推計によると認知症の患者数は2025年に約730万人にのぼり、65才以上の5人に1人は発症するとされている。もはや誰もが認知症に罹(かか)ると思った方がよさそうだ。最近の研究によると普段の習慣が認知症を招く要因になっていることがわかってきた。認知症を予防するためにやってはいけない生活習慣について専門家が解説する(記事)。
「2020年、世界五大医学雑誌のひとつ『ランセット』に、認知症の発症にかかわる12のリスク因子が掲載されました。それは、飲酒、喫煙、糖尿病、肥満、高血圧、頭のけが、運動不足、難聴、社会的孤立、うつ病、教育歴、大気汚染です。これらに加えて、睡眠の重要性も説かれており、これらを改善することで認知症の発症リスクを約4割下げられるといわれています。いまから、認知症になりにくい生活習慣を身につけておくことが重要です」(記事)。

では「アカン習慣13選」とは。
【1】たばこを吸う・・周りの人にも悪影響が!
「中年期(40~64才)以降も喫煙を続けた人は、非喫煙者に比べてアルツハイマー型認知症になる可能性が2倍、血管性認知症は2.9倍高いとされます」。受動喫煙者もリスクが上がるので要注意。・・脳内の循環
【2】愚痴や悪口を言う・・ネガティブ思考が機能低下を招く
「どうせ自分なんて」といったネガティブな思考は認知機能の低下を招く原因になるという。「悪口や批判的な態度は自分のストレスを助長するだけでなく、家族や友人が離れ、社会的な孤立を深める原因になるのでやめましょう」。・・ネガティブ(自己否定)
【3】料理はしない!食事は外食やデリバリーが中心・・“料理”は最適な脳トレに!
コロナ禍の影響でデリバリーが習慣化したり、もともと外食中心の食生活で料理をしない人もいるようだが、料理には脳を活性化させる効果がある。「脳の前頭前野の働きが活発となり、血流が増加したという研究結果も。簡単なものでいいので料理は毎日続けましょう」。・・脳の不活性

【4】面倒なときは歯みがきをサボりがち・・ムシ歯や歯周病が認知症を招く
「歯の健康と認知症の関係は深く、歯周病菌がアルツハイマー型認知症の発症因子アミロイドβの生成・蓄積を促進させることがわかっています。さらにムシ歯菌が認知機能の低下と関係していることも明らかに」。口腔内の健康が脳の健康につながると覚えておこう。・・歯周病菌が原因
【5】休日は誰にも会わず家でダラダラ~人に会わないと脳が衰える
他者とのコミュニケーションは、脳を刺激し、脳の発達を促進させる。「家にひとりで閉じこもっていては、人と話す機会が減るだけでなく、社会的孤立にもつながります。買い物に行く、カルチャースクールに通うなど、意識的に外出する用事を作って」。・・脳の不活性、ネガティブ
【6】イヤホンをして音楽を聴く・・使用自体を控えるのが望ましい
「イヤホンやヘッドホンを使い、大きな音量で音楽を聴き続けると、音を伝える役割をしている内耳の有毛細胞が徐々に壊れて難聴になりやすくなります。使用は控えた方がよいでしょう。やむなく使う場合は、音量に気をつけ、1日1時間未満に」・・難聴のリスク

【7】欲求は悪!“三大欲求”はできるだけがまん!・・欲求は満たすことこそ大切です
「認知症予防には、ストレスをためないことが大切です。人が心の底からリラックスできる状態は実は、食欲・性欲・睡眠欲の三大欲求が満たされることで成立します。性欲を満たす方法は、異性と体を重ねるだけでなく、ペットなどの動物や子供と触れ合ったり、“推し活”などの疑似恋愛でもかまいません。“ときめくこと”で、脳が活性化されます」・・脳の不活性
【8】美を維持するため筋トレは必須!毎日、ダンベルを上げています!・・筋トレのやりすぎはかえって危険!
「認知症予防に運動は大切。筋力維持を目的とした適度な筋トレはいいですが、50代以上でムキムキになるくらいの過度な筋トレは、けがや病気のもとに。認知症予防が目的なら有酸素運動が有効です。おすすめは、週2~3回、1回30分以上のウオーキング。認知機能の低下防止だけでなく、代謝がよくなり血糖値や血圧の改善も期待できます」・・怪我、ストレス
【9】ちょっとした不調でもすぐ市販薬をのむ・・必要以上の服薬は控えた方が◎
ちょっとした不調ならば、ドラッグストアなどで手に入る薬をのんで様子をみるという人も多いが…。「市販の風邪薬、花粉症薬、胃酸の分泌を抑える薬、せき止め薬、睡眠改善薬などの中には、認知機能に影響を及ぼす成分が含まれているものも。過度な服用は控え、不調時は病院で適切な薬をもらいましょう」。・・薬は毒

【10】簡単な計算にすら電卓を使う・・計算は効果的な脳トレに
「脳は使わないとどんどん衰えてしまうので、日常生活で計算する習慣を作るのがおすすめです。たとえば、買い物をしながら合計金額を算出することで、計算力と記憶力が鍛えられます」・・脳の不活性
【11】失敗が怖い。得意なことしかやりたくない・・ささやかな“初体験”を心がけて
「年齢を重ねると何事も慣れ親しんだものを選びがちですが、新しい体験をすると脳の神経細胞が活性化。いつもと違う道を通る、新しい店に入るなど、ささやかでいいので“初体験”を心がけて」・・脳の不活性、ネガティブ
【12】いつも同じ人としか話さない・・知らない人との会話が脳の刺激に
「親しい人との会話は気楽で楽しいですが、緊張感が不足するかも。初対面やあまり話したことのない人との会話の方が、相手がどんな人か探りながら話すので脳への刺激も強くなります」・・脳の不活性、ネガティブ
【13】心配性で、何度も確認したくなる・・声を出して笑ってみよう!
「スウェーデンの大学が行った調査によると、心配性な人ほど認知症になりやすいとのこと。人は笑うと脳が活性化し、心身もリラックスします。心配性な人は、意識的に声を出して笑ってみて」(出典)。脳の不活性、ネガティブ

・中国原産。実が瓜のような形であるところから「木瓜」。「木瓜」を「もっけ」と呼んでいたのが 次第に 「もけ」→「ぼけ」になった。(「ぼっくわ」→「ぼけ」の説もある) ・花の色は赤、白、ピンクなど。枝にトゲがある場合とない場合がある(引用元)。

拙(小生)なりにまとめてみます。(2/11追加)
1)喫煙・・脳内の血液循環悪化
2)愚痴悪口・・ネガティブ・自己否定
3)料理しない・・脳の不活性
4)歯磨きサボリ・・歯周病菌による慢性炎症
5)人に会わない・・脳の不活性、ネガティブ
6)イヤホン使用・・難聴のリスク
7)我慢・・脳の不活性、ヒト本来の否定
8)筋トレやりすぎ・・怪我リスク、ストレス
9)薬の服用・・薬は毒
10)暗算しない・・脳の不活性(漢字の確認でも可)
11)失敗が怖い・・脳の不活性、ネガティブ(今さら失敗はない)
12)同じ人のみ・・脳の不活性、ネガティブ
13)心配性・・脳の不活性、ネガティブ
さて、いくつ当てはまりましたか?ご覧のように殆どが脳の不活性、言い換えれば「脳を使わない」。「廃用性萎縮:はいようせいいしゅく」使わないと使えなくなる!脳をもっともっと使いましょう、よりポジティブに、より楽しく。例「テレビ捨ててラジオ聴こう」「クルマ捨てて歩こう」さっそく今日から、いや今から!
皆様ご自愛の程ご歯愛の程。
2/14追加・・セミナー用2040年問題(詳しくはこちらを)。






BBTime 644 歩く!

「なずな咲くてくてく歩くなずな咲く」小枝恵美子

2024/01/20大寒投稿 1/21追加
 今朝の桜島(1/20)大寒なのに鹿児島は温かい朝です。昨春から本格的に歯科訪問診療に携わるようになって痛感すること・・それは「口から食べると歩く」・・これだけは死守して欲しい!まずは句の解説『なずな(漢字では「薺」と難しい字を書く)は、陰暦正月七日の七種粥に入れる七草の一つなので、単に「なずな」だと、歳時記的には「新年」に分類される。が、花が咲くのは早春から梅雨期にかけてであり、掲句の場合には「薺の花」で春。またの名を「ぺんぺん草」とも「三味線草」とも言う(こちらのほうがポピュラーか)。さて、この句の魅力は「てくてく」にある。「歩く」といえば「てくてく」など常套的な修辞でしかないが、実にこの「てくてく」の用法は素晴らしい。いたるところに咲いているなずなの道を行く気分は、別にいちいち花を愛でながらというわけでもないので、むしろ常套的な「てくてく」がふさわしいし、句の情景を生き生きとさせている。「むしろ技巧的に思われるほどだ」と句集の栞で書いた池田澄子は、さらにつづけて「そこここに咲いている『なずな』と、そのことを喜び受け止めながら歩いている人物は、春を輝く万物の細部としての代表である」と述べている。これまた素晴らしい鑑賞だ。春の道は、こんなふうに「てくてく」と歩きたい。なお「なずな」を「ぺんぺん草」「三味線草」と呼ぶのは、その実を三味線のバチに見立てたことにちなむそうだ。今日調べてみるまでは、つゆ知らなかった。『ポケット』(1999)所収。(清水哲男)』(解説より)。今回は歩くについて。

私事で恐縮です、就寝時アップルウォッチをつけて寝ます。ある時、面白いことに気がつきました。雨以外はほぼ毎朝、自転車かウオーキングで30分以上のエクササイズをします、天候などによって自転車なし歩きだけの日もあります。ちなみに一日トータル80分以上のエクササイズがノルマ。驚いたことに、エクサイズ時間は同じでも「歩き」と「自転車」では睡眠の質が違うのです(小生の場合)。

ある日の睡眠パターン。さほど自分では認識していないのですが、記録を見ると覚醒と睡眠を細かく繰り返しています。

これは途中の覚醒がありません。実はこちら「歩きだけ」の日の睡眠です。思うに、自転車よりも歩きの方が、体全体(脳を含めて)が程よく疲労するのではないか。よって自転車エクササイズ日よりも落ち着いた睡眠になるのではないか、ということ。気付いてからしばしば睡眠パターンをチェックしますが同じような結果です。
追加:小生の仮説を裏付けるような記事を見つけました、こちらです

さて、必要なので(仕方なく)車椅子を使用されることは理解できますが、施設によっては車椅子を多用する傾向があると感じます。もちろん理由は推測できます。施設利用者の転倒、転倒によるケガ骨折防止、職員側の効率等々。ある訪問先の要介護男性宅(ワンルームひとり住まい)にて・・季節が良いので散歩どうですか?と提案したところ、「看護師から外出は禁止されている」とのこと。数ヶ月後、玄関に車椅子・・車椅子がありますね。「転けると危ないので車椅子を使うように」とのこと。その方は室内ではつたえ歩き可能な方でした。ある理学療法士との会話・・リハビリに励み杖使用で歩行可能になったら、その方の家族から介護度が下がったとクレームが来た。それぞれのケースがあるので一概に「車椅子より杖歩き」とは言えません。しかしはっきり言えることは、今現在、歩ける人は自分の足で歩くことを死守してください!です。

ヒト(ホモ・サピエンス)の定義は未だはっきりしていないと聞きますが、特徴でまず挙げられることが「直立二足歩行」です。Wikipediaには「現存生物で唯一ヒトのみが直立二足歩行を行う。 二足歩行のみなら鳥類やカンガルー、一時的な二足歩行であれば一部の哺乳類が行えるが、頭から足までまっすぐ伸ばした直立姿勢を取るのはヒトのみ。」とあります。逆に言えば(極端な表現ですが)直立二足歩行しなければヒトではないとなるのでは?

施設職員の方を見ていると大変な仕事だと思います。きつい介護の仕事を減らすために可能なことは、今健康な方が「口から食べる」「自分の足で歩く」を死守していただくことだと痛感します。歩くを死守するために日頃から歩く!くどいようですが直立二足歩行可能な哺乳類が唯一「ヒト」なのです。皆さま、ご自愛の程ご歯愛の程。